第十話 アイリス・フィア・ホラロイト
私、アイリス・フィア・ホラロイトと我が妹、アリス・フィア・ホラロイトは当時、林田 琳菜として生を受けた人物から生まれた…
通常、魔力を生み出す魔力の源というのは魔法使いの魂に1つしか生まれない…
だが、琳菜の場合は違い、母親のお腹に宿ったその瞬間から2つの魔力の源を生み出していた。
その事が原因かどうかは分からないが、双子といえども私達は全く以て正反対だった。
好みや性格、苦手なもの…もっと言えば力の差もそう…何回、戦っても私の勝利は揺るがなかった。
でもそんな、正反対な私達姉妹でも唯一共通するものを持っていた…
それは、琳菜への思い…
私たち姉妹は、本当に琳菜が大好きだった…
ただ、それでさえも思う強さが違っていた…
中でもその思いを一際強く持っていたのは、アリス…
彼女は、常に琳菜のことを主人と呼び慕っていた。
守るべき存在として…友達として…または主従関係として…
アリスは、琳菜を守る為に強くなりたいと願っていた…
いつの日だったか…アリスが話してくれたことがあった…
「お姉様。私、主に頼られる位に強くなりたいんですの。」
_______でも、それは叶わない願い…
2歳半になった琳菜は突然高熱を出し苦しみ始めた。
「苦しいよ…助けて…」
そううなされ衰弱していく琳菜を母親が必死で看病するものの一向に良くなる気配が無く、また病院に連れて行こうにも本当に普通の人の病院で大丈夫なのか…
それが、分からず困惑していた。
「どうしたら良いの…?」
そう悩む母親に私とアリスは顔を曇らせた。
このまま行けば確実に琳菜は死んでしまう…
そんな事は絶対に受け入れられない…
もし、二つの魔力の源がいる事でこの状態を引き起こしてしまっているのだとしたら…
そして、私は一つの解決策を母親に話した。
あまりにも辛い現実を…
「貴女を琳菜の体の外に出す?」
その事を初めて聞いた母親は、信じられない様に驚いて目を真ん丸くした。
「ええ。賭けになるけれど、今はこれしか方法がないわ。仮説でしかないけれど、もし2つの魔力の源を持っていることによって異常が起こっているのだとしたらそれを一つにすれば状態は改善するはず…」
「でも、そんな事をしたら貴女は…」
「大丈夫。私だって馬鹿じゃない。なんとかして生き抜いてやるわよ」
「だけど…」
母親は戸惑いがちに言うがそのまま黙ってしまう。
どうしたら良いのか分からないのだろう…。それは、当たり前だ。
魔力の源が主の身体から出るという事は「はぐれ狼」になるのと同じなのだ。ミシェテに戻ってもただ消えゆくのみの存在…地球では異端とされこの世の力全てをもって排除される…
どちらにしても、主を持たない魔力の源であるアイリスの居場所は無くなるのだ…
それどころか、命さえ危ぶまれる…
その複雑な思いを抱えながらもアイリスは手に取りそっと包み込む。そして、優しく語りかけた…。
「ねぇ、ミシェル…。私ね、本当に感謝しているの。ただ、力を振るうだけの馬鹿だった私に良くしてくれた事、そして今は大切なこの娘を守らせてくれてる事。その他だって沢山私に喜びや楽しさを教えてくれて本当に嬉しかった。そして、私は今…この娘にも支えられている。2人に感謝してるのよ。だから…どうか、私にこの娘を守らせて欲しい。そう、願ってるの。」
「アイリス…」
不安そうな母親に出来るだけの笑顔を見せるとゆっくりと今まで隠していた羽を広げた。
「どうやら、決まったようだな」
後ろから声がし振り向くと、そこには一人の女が立っていた。
その手には、一人の赤ん坊が抱えられている。
声からして赤ん坊が、発した声であった。
「シェナ…それに舞理も来たのね」
「アイリス。本当にいいの?」
赤ん坊を抱えている女は、こちらに近づきつつそう言う。
「ええ。もう、決めたことよ。」
「そう…」
それ以上、何も言えず止める術もない女は、ただ悲しそうな顔をしながら見つめた後、抱えている子供をゆっくりと琳菜の枕元に降ろした。
子供は、ベッドに手を着くとそこから魔法陣を生み出していく…
そして、言葉を紡いでいった。
「『契約せし魔力の源よ…。命令に従い魂との盟約を解き解放せよ』」
すると、アイリスの足下にも魔法陣が現れた。やがて、その魔方陣から光が放たれアイリスの体を包んでいく…
段々と目の前が見えなくなるにつれて今、目の前で起こっている事の現実味が帯びてくる…
アイリスの頬に涙が伝い、両手を握り締めて祈った…
━━━どうか、琳菜の容態が良くなりますように…
そして、消えゆく瞬間…この場にいる者達にとって予想外の事が起こった…
「お姉様、いけませんわ!!」
突然の声とともにアイリスは、何かに突き飛ばされる。
「きゃ!」
前のめりに倒れ、慌てて顔を上げるとそこには…優しく見つめている双子の妹…アリスの姿があった。
「アリス!」
必死で手を伸ばしてその手を掴もうとするが何かに縛られた様に足が動かず、どうしても届かない…
何故…何故…アリスは…
「何で…アンタが…ここに…」
いや、本当は分かっている…
アリスは、私の身代わりになろうとしているのだ…
でも、それでは彼女の夢は…永遠に叶わぬまま…
「そんな事って…」
あっていい訳がない…
でも、彼女はそれでいいのだとでも言う様に微笑んでみせた。
その頬には、光るものが星のように流れていた…
「お姉様、この大役…私が引き継がせて頂きますわね」
「だめよッ!その魔方陣から今すぐ離れて!でないと、あなたは…」
やっとの事でアリスの手を掴むとこっちに引き戻そうとするが、その手から稲妻の如く鋭い痛みが走った…
それによって、再び手が離れてしまう…
「私は…お姉様よりも力が弱い。その事は、分かっていますの。ですから、私は私の出来ることを致しますわ。お姉様は、お姉様の出来ることをなさって下さいな。」
「アリスッ!駄目ッ!」
もう1度、掴もうと手を伸ばすが、その頃にはもう、掴みたい手など泡となって消えてしまっていた。
「さようならですわ…お姉様…主人」
そう言うと、アリスは瞬く間に消えていった…
「アリス…」
へたりこんで呆然としながら1度、あの手を掴んだはずの手を見ると火傷して赤くなっていた…
もしかしたら、これは【こっちに来るな】という彼女なりの最後のメッセージだったのかもしれない…
でも…確実に掴んだはずなのに…私は、あの手を離してしまった…
たった一人の私の妹の手を…
「何で…何でなのよ…どうして分からないの…?」
私なんかより貴女の方が琳菜にとって必要だったのに…
私は、ただ魔力が強いだけの馬鹿で…
貴女は、賢くいつだって冷静な判断が出来る…
アリスさえいれば、琳菜は守られる筈だった…
貴女は、弱くなんてない…それは、琳菜だって私だって知ってた…
それなのに…
「アイリス…」
色々な感情や考えが巡っていた時、言葉をかけそっと頬に手を当ててきた人があった。
「アイリス…なかないで…」
それは、病み上がりなのにも関わらず励まそうとする琳菜の姿だった。先程よりも、顔が穏やかになり苦しみも消えている様だ。
琳菜を抱きかかえている母親も涙を流している。
「琳菜……」
琳菜の姿を見た時、アイリスの目からは自然と雫が零れ落ちていた。
琳菜は生きている…アリスが守ってくれたのだ。この小さな命を…
だったら、私には悲しんでいる暇はない…
アリスが必死で守ってくれたんだから、私も必死で琳菜を守ってみせる…
「琳菜…私…絶対にあなたの事を守るわ。あなたの事を守れるのは私しかいないもの」
アイリスは、涙目になりながらも小さな手を優しく包み、微笑んでみせた。
硬い決意を胸に…
それから、1年…
何事もなく過ごせていたアイリスに突然、試練が襲いかかった。
こんにちは、わんこです。
久しぶりに投稿しました。
良かったら、感想書いてくださると嬉しいです。