第三十話:融和の軋み、そして村長の裁定
多種族が入り混じるようになってから二週間。里の風景は一変していた。
土竜族が整えた石畳の道、妖花族が急成長させた色鮮やかな生け垣、そして妖狐族が仕立てた清潔な暖簾が軒先で揺れる。だが、表面上の華やかさとは裏腹に、ユウマの耳には「現場」の不協和音が届き始めていた。
朝、執務室代わりに使っている自宅の居間で、ユウマはリリィから日報を受け取っていた。
「ユウマさまぁ、お茶淹れたよぉ。……はい、これが昨日の進捗と、ちょっと困った報告書だねぇ」
リリィが差し出したハーブティーを一口すすり、ユウマは羊皮紙に目を落とした。建材の備蓄量は目標を上回り、食糧の貯蔵も順調。しかし、末尾には小さな文字で「種族間の衝突:三件」と記されていた。
「順調そうに見えるけど、やっぱり出たか。リリィ、具体的な中身はどうなってる?」
リリィは少し困ったように、豊かな胸元で腕を組み、ふにふにと頬をつついた。
「ええっとねぇ、一番大きいのは『水場』の使い方かなぁ。猫娘族の戦士たちと、新しく入った土竜族の若い衆が、共同浴場で毎日言い合いになっちゃってるのぉ。あと、妖狐族の料理長さんと、猫娘族の伝統料理担当のオババ様も、味付けのことでバチバチだよぉ」
ユウマは苦笑しながら立ち上がった。
「机の上で考えてても答えは出ないな。リリィ、その『水場』から見て回ろう。放置すると、せっかくの協力体制が崩れる原因になるからね」
「了解なのぉ! 村長さまのお出ましだねぇ!」
村の端、土竜族が掘り当てた新設の井戸を囲む共同水場へ向かうと、そこには険悪な空気が漂っていた。
猫娘族の若手戦士たちが、土竜族の男たちに向かって顔を赤くして詰め寄っている。
「いい加減にしろよ! お前らが入った後は、水が泥だらけで使い物にならないんだよ!」
対する土竜族の男も、岩のような拳を握って鼻を鳴らす。
「あぁん? 俺たちは一日中、地べたを這いずり回って基礎を作ってんだ。少しくらい泥が混じるのは仕様がねえだろうが。潔癖すぎるんだよ、猫共は!」
ティオが割って入ろうとしていたが、力尽くで止めるわけにもいかず、困り果てた表情でユウマを振り返った。
「ユウマさん……! あの、お互い一生懸命働いているのは分かっているんですけど……」
ユウマは一歩前に出ると、静かに、しかしよく通る声で告げた。
「そこまでだ。二人とも、少し頭を冷やそうか」
「村長……!」「ユウマさま……」
ユウマは泥だらけの水場と、不満を溜めた両者の顔を交互に見つめた。
「猫娘族の言い分は正しい。清潔な水は里の衛生管理の基本だ。泥が混じった水で体を洗えば、傷口から病気になるリスクも上がる」
猫娘族たちが勝ち誇ったような顔をするが、ユウマはすぐに土竜族の方を向いた。
「でも、土竜族の言い分ももっともだ。彼らが泥まみれで働いてくれなければ、この里に頑丈な家は建たない。誇り高い労働の証を『汚い』の一言で片付けるのは、僕も感心しないな」
「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
土竜族の男が不貞腐れたように呟く。ユウマはニヤリと笑った。
「簡単なことだよ。設計を変えよう。この水場の手前に、もう一段階『粗洗い用の水槽』を作る。そこでまず土竜族の皆が泥を落としてから、本水場に入るルールにするんだ。その粗洗い用の水槽から出る泥水は、そのまま妖花族の畑へ流す。あそこの畑は、土竜族が掘り出したミネラルたっぷりの土を欲しがっているからね。……リリィ、土竜族の石工に、追加の排水路設計を頼めるかい?」
「あぁっ! それなら泥水も立派な『肥料』になるんだねぇ! さすがユウマさまだよぉ!」
争っていた両者は、顔を見合わせた。自分たちの不満が解消されるだけでなく、その原因だった泥が「役に立つ」と言われて、毒気を抜かれたようだった。
「……ふん、畑の役に立つなら、まあ、手間は惜しまねえよ」
「俺たちも……言い過ぎた。石工の作業、手伝うぜ」
がっしりと握手を交わす彼らを見て、ティオがホッと胸を撫で下ろした。
次に訪れたのは、里の共同調理場だった。
そこでは、妖狐族の繊細な味付けを「上品すぎる」と断じる猫娘族の古参女性と、猫娘族の塩辛い肉料理を「野蛮だ」と冷笑する妖狐族の料理人が睨み合っていた。
「いいかい、猫娘族は力が命なんだ! こんな薄っぺらい味じゃ、槍を振る力が出ないよ!」
「フン、ただ塩をぶっかけるだけなら誰でもできるわ。栄養のバランスも彩りもあったもんじゃない。これだから……」
そこへユウマが、ルネを連れてふらりと現れた。
「……なんだか、殺伐とした匂いがするですぅ」
ルネが鼻をひくつかせ、羽根を少し縮める。
「お二人さん、調子はどうかな。新しいメニューの開発かな?」
「村長さん! 聞いてくださいよ!」
二人は同時にユウマに詰め寄った。ユウマはそれを「まあまあ」となだめ、調理台の上に置かれた試作料理に箸を伸ばした。
「……なるほど。確かに猫娘族の料理は、保存性と即効性のエネルギーには優れている。でも、妖狐族の言う通り、これだけじゃ長期的な体調管理が難しいな。逆に、妖狐族の料理は絶品だが、今の開拓作業に従事している戦士たちには、少し塩分とカロリーが足りない」
ユウマは二人の料理を一つの皿の上で混ぜ合わせるように指示した。
「対立させる必要はないんだ。交代制にしよう。朝と昼は、体力がいる戦士たちのために猫娘族の伝統的なスタミナ料理を出す。その代わり、隠し味に妖狐族の香草を使って、消化を助ける工夫をする。そして夜は、疲れた体を癒やすために妖狐族の洗練された滋養料理を振る舞う。……お互いの『専門分野』を時間帯で分けるんだ。どうだい?」
料理人たちは、ハッとした表情で互いの皿を見つめた。
「……あんたの香草、確かにこの肉の臭みを消すにはいいかもしれないね」
「……スタミナ、か。そうね、私たちの知識でもっと効率的にエネルギーを摂れるように改良できるわ」
ユウマは満足げに頷いた。
「喧嘩ができるのは、お互いが『いいものを作りたい』と思っている証拠だ。その情熱を、次は隣の種族を助けるために使ってほしい。……期待してるよ」
夕暮れ時。里の巡回を終えたユウマは、ティオとルネ、リリィを連れて高台のベンチに腰を下ろした。
「ふぅ……。やっぱり、人が増えると大変だね」
「でもユウマさま、すごかったよぉ! みんな最後には笑顔になってたもん」
リリィが感心したように目を輝かせる。
「……ユウマさまは、心の影を見つけるのが上手ですぅ」
ルネが隣で、小さく笑った。
ティオは、赤く染まった里の家々を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ユウマさん。私、思いました。盾で攻撃を防ぐだけじゃ、本当の意味で皆を守ることはできないんですね。……ユウマさんのように、皆の不満を聞いて、居場所を作ってあげることも、立派な『盾』の仕事なんだなって」
ユウマは、ティオの頭を軽く撫でた。
「僕はただ、みんなに機嫌よく働いてほしいだけだよ。……さて、明日は土竜族の住居エリアの視察だ。まだまだ問題は山積みだけど、君たちがいてくれれば、この里はもっと良くなる。……これからも頼むよ」
「はいっ!」
三人の少女たちの元気な返事が、夜風に乗って里へと溶けていく。
摩擦は進化の証。ユウマの指揮のもと、異なる種族たちはぶつかり合いながらも、より強固な「多種族共生」の形を模索し続けていた。
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