第二十一話:戦塵の咆哮、そして最強の獣
戦場は、ユウマの練り上げた作戦が冷徹なまでに機能し、狼男族を圧倒していた。
断崖下の広場は、狼男族にとって逃げ場のない罠へと変貌していた。リリィが仕掛けた「臭いの罠」によって、自慢の嗅覚を逆手に取られた狼男たちは、涙と鼻水にまみれ、視界を奪われたまま、ただ闇雲に突進を繰り返す。そこへ、ティオの鉄壁の盾が立ちはだかり、無慈悲なまでの「拒絶」を叩き込む。姿勢を崩し、無防備になった喉元や脇腹を、猫娘族の守備隊たちが正確な連携で刺し貫いていく。
「グアァッ!」
「バカな……、あんな小娘一人、なぜ抜けんのだ……!」
絶叫と、獣特有の重苦しい血の匂いが広場に充満していく。
「……う、あ……」
ユウマのすぐ隣で、ルネが青白い顔をして、口元を片手で押さえた。吸血鬼という種族でありながら、彼女は極度の「血の匂い」への苦手意識を持っている。背中にマントのように畳まれた羽根を震わせ、吐き気がこみ上げてくるのを必死にこらえながら、彼女は健気にも索敵を継続した。
「ルネ、大丈夫か? 無理はしなくていい、一度下がって……」
「……だ、大丈夫……ですぅ……っ。私が、見なきゃ……みんなが、危ない、ですぅ……!」
ルネは震える脚に力を込め、必死にオッドアイを見開いた。彼女の視界には、血に濡れた大地と、その奥でうごめく敵の殺意がはっきりと映っている。
「……奥、ですぅ。……岩の陰に隠れてるやつが……三匹。弓を、狙ってるですぅ! ティオさん、上、ですぅ!」
ルネの絞り出すような声が、戦場の喧騒を抜けてティオへと届く。
「……承知いたしましたっ!」
ティオは巨大な盾を頭上へと掲げた。直後、**ガギィィン!**と鋭い衝撃音が鳴り、毒を塗られた三本の矢が盾の表面で虚しく弾け飛んだ。
「みんなぁ! 頑張ってぇ! ティオちゃんが守ってくれてる間に、一気に押し返すんだよぉ!」
後方では、リリィが村の非戦闘員たちを指揮し、矢の補給や特製の「目潰し薬」の散布を指示していた。彼女の明るく、しかし揺るぎない鼓舞の声は、恐怖で足が竦みそうになっていた村人たちの心を繋ぎ止めていた。
「大丈夫だよぉ、ユウマさまの作戦はすごいんだからぁ! リリィも、みんなのことは絶対守るからねぇ!」
豊かな胸を力強く張り、笑顔を絶やさないリリィの姿は、今の里にとって何よりの救いだった。
最前線では、ティオの八面六臂の活躍が続いていた。
彼女はたった一人で、数十人の狼男族の突撃をすべてその大盾一点で受け止め続けていた。村人たちを狙おうとする敵がいれば、即座にその巨躯を割り込ませ、盾の縁で弾き飛ばす。
驚くべきことに、猫娘族の守備隊には、まだかすり傷一つ負った者はいない。ティオがすべての暴力をその身に引き受けているからだ。
だが、その驚異的な防衛を支えているのは、ティオの精神と肉体の極限の消耗だった。
「……はぁっ、……はぁ、……っ」
ティオの呼吸が、次第に浅く、速くなっていく。額に流れる汗が目に入り、視界を遮る。それを拭う暇さえない。彼女の腕は、絶え間なく続く衝撃で鉛のように重くなっていた。
村人たちが自分に背中を預けてくれている。かつては自分を避けていた同族たちが、今は自分を頼って槍を振るっている。その事実が彼女に力を与えていたが、限界は確実に近づいていた。
(……まだ、……まだです。私は、盾……。皆さんの、平和を守る……壁なのですから……っ!)
ティオが再び盾を構え直した、その時だった。
**――――グォォォォォォォォォォォォンッ!!**
これまでの狼男族の咆哮とは明らかに次元の違う、大気を震わせるような雄叫びが森の深淵から響き渡った。
その場にいた全員の動きが、本能的な恐怖によって停止した。森を分かつようにして現れたのは、一回り、いや二回りも体格の大きな、漆黒の毛並みを持つ狼男だった。
身体には無数の傷跡が刻まれ、右目には深い傷がある。残された左目からは、業火のような黄金色の光が漏れ出していた。狼男族の族長。その圧倒的な威圧感は、ただそこに立っているだけで、リリィの仕掛けた罠の煙さえも吹き飛ばしてしまうかのようだった。
「情けなし……! たかが小娘一人に、これほどの兵を費やして、この無様な有様は何だ!」
族長の声は、低い唸りとなって地面を這った。倒れ伏し、敗走しようとしていた狼男たちが、その声を聞いただけで震え上がり、再び武器を手に立ち上がる。
「どけ、腑抜けども。……その出来損ないの鉄板ごと、俺が直々に圧し潰してやる」
族長がゆっくりと歩みを進める。足音が響くたびに、地面が微かに震える。
ティオは、そのプレッシャーに息を詰めた。これまで相手にしてきた狼男たちとは、根本的に「格」が違う。彼が放つ殺気は、鋭い刃物のようにティオの皮膚をチリチリと焼いた。
「……ティオ、無理をするな! 一度下がって陣を組み直すんだ!」
ユウマが叫ぶ。だが、ティオは動かなかった。彼女がここで一歩でも引けば、守備隊は瞬時に蹂躙されるだろう。
「……い、いえ。……ユウマさん、ここで私が……止めなければ、なりません」
ティオは、震える手で盾のグリップを強く握り締めた。
「目障りな盾だ。我が爪の錆となれ」
族長が、その巨大な拳をゆっくりと振り上げた。
広場を支配していた勝利の空気は、一瞬にして凍りついた。少女の不抜の盾を、暴力の化身が今、真っ向から砕こうとしていた。
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