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召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?  作者: 島ノ松月
地球転生編第二部

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地球転生編 2-65 タチアナの引退

タチアナの引退


3月初めの美土路(みとろ)神社では、本殿の近くでなぜか数本だけ植えられている赤い梅の花が咲き誇っていた。最神玲と物部かすみは境内の掃除をしながら、その梅を二人で眺めていた。残念ながら玲もかすみも、この梅の花の名前やなぜここにだけ植えられているのかは全く分からない。だがかすみは、どこから仕入れたのか分からないが、赤い梅の花言葉には「優美」とか「艶やか」と言う意味があると玲に教え、まるで私じゃない、などと誇らしげに宣うのであった。その時の玲は、「ウン、ソウダネ」と感情の籠らない平坦の口調で応じた。そんな玲の態度を意に介することなく、かすみは


  「そう言えば、昨年の今頃って、

   私たちパリに居たんだよね。

   あれからもう1年経つんだね」


などとあの日パリで過ごした風景が、目の前にぼんやりと浮かんでくる様を思って遠くを見つめながら微笑んだ。確かにあの旅は自分も今まで経験したことのない未知の世界があることを教えてくれたし、色々な出会いがあったりして、確かに充実した日々を送ったな、と玲も1年前の記憶が胸の奥にそっと蘇るのだ。そして、


  「タチアナさんには本当にお世話になったけど、

   まさかあれから1年後に決断するとはね」


と言って、かすみはふっと視線を落とし、小さく息を吐いた。



 玲とかすみが美土路神社の梅の花を見ながら物思いに耽る数日前、ファッションブランドロムリアの創業者でありロムリアのトップデザイナーであるタチアナ・エグリスコバが今年の8月1日をもって引退するというニュースは、ファッション業界に大きな衝撃を与えた。彼女の年齢からしても引退するには早過ぎるとの論調がある中、なぜ彼女は引退するのか?と言った記事も多く見受けられた。勿論この疑問に対する答えはタチアナも用意しており、彼女曰く「もっと自分の自由な時間を持って、色々とやりたいことがあるし、ロムリアに関しては経営からデザインまで、すでに後継者が育っているから、今がその時と判断しました」と言うのだ。そしてタチアナが公に語ったように、デザインに関しては、既に幾人かのトップデザイナーが育ってきて、ロムリアブランドを任せるに十分と判断されている。残るは経営の面だが、実はタチアナは最初ゲラルド・エクセルガーにロムリアの今後のことを頼んだのだ。理由は、彼は社内での評判の良さは文句なく、また人づきあいがよく外交的な面では申し分ないからということでタチアナは判断した。ところが、彼には速攻で断られたという。やはり自分には荷が勝ちすぎることだというのだ。そこで、タチアナは、全く表に出たがらないが会社の運営と言う点では安心して任せられる現副社長のエレナ・ニールバウムに後継者をお願いした、と言うことになった。勿論、エレナは先にゲラルドが断ったことは知らず、そのためタチアナは玲に対してもこのことは内緒ね、と釘を刺したのだが、玲は元からそんなことを話す性格ではないので、この点は安心して良いだろう。



 ところで、タチアナの引退は、文字通りの引退ではないことをロムリアからの転移者は熟知していた。実はタチアナが正式に引退表明する前に、ホームページ[サモンズパラダイス](通称サモパラ)を通じてロムアリからの転移者宛にアンケートが送られていた。そこには、ロムリアへの帰還を希望するか否か、と言ういたってシンプルな内容のアンケートであった。勿論、この時点では具体的に何時かと言うことは何も書かれていなかったのだが。これに対し、地球に転移していたロムリア人の半分近くは自分たちの故郷であるロムリアへの帰還を希望した。一方それ以外の者達、例えば玲とかすみがパリ滞在中にお世話になったゲラルドを含めた者達は、地球にそのまま残ることを選んだ。勿論、個々に理由があるわけで、タチアナも彼ら彼女たちに無理強いすることをせず、それぞれの意思を尊重した。そして、愈々(いよいよ)タチアナはロムリアへの帰還に向けて本格的に舵を切ったのであった


 そのような事があり、タチアナ引退のニュースに対して、最神玲、物部かすみ、そしてロムリアからの転移者達は至って冷静であったのだ。だが彼女の口から引退の話が公にされ、序に8月での引退と決まったことで、帰還の時は8月だと期待する転移者もいれば、遂にその時が来たのかと少し落胆気味な転移者もいた。そして、前者は今か今かと待ち望んでいる一方、後者は精神的な支柱であるタチアナを失うことに対する未練と不安を伴う感情が現れたのだった。


 さて、玲とかすみであるが、彼らは後者の考えに近いといえよう。ただし、玲ことカーンフェルトとしたら、やはり自分の故郷に帰ることは誰しも夢見ることであり、そういう意味では無事の帰還を応援したい気分なのであった。一方のかすみはと言うと、やはりタチアナとの出会いとその後の彼女との付き合いは1年ちょっとと短いものの余りにも深く濃かったせいか、故郷に帰ると告げられてから、胸の奥にずっと冷たい石のようなものが沈んでいる気がしていた。言葉にすれば「寂しい」とか「悲しい」なんだろうけど、それよりもっとどうしようもない、形のない何かがまとわりついて離れない。そんな時に玲は、こんなアドバイスをかすみにした。


  「かすみ、まだ直ぐにタチアナさんが

   帰還する訳ではないから、

   それまでに沢山思い出を作っておいたら

   良いんじゃない?」


そう言われたとき、かすみは心のどこかで「ああ、それが正しいのかもしれない」と思った。だけど、思い出を作るたびに、それが『最後の』何かになるような気がして怖くて、嬉しいのに胸がぎゅうっと締めつけられてしまう。それでも、いつか来る別れを怖がって遠ざかるよりも、いっそその日まで精一杯、タチアナと笑って語り合って、思い出を積み重ねた方がいいとかすみは思った。そうしなければ、この胸の痛みの居場所がなくなってしまう、そんな気がした。


  「うん、それがいいかもしれない」


そう口にした瞬間、少しだけ、心の中の冷たい石が溶けていくような気がしたのだった。



 そして、帰還までのスケジュールだが、8月初旬のタチアナの引退=ロムリアへ帰還、これは完全に確定された。その間、必要であれば、近しい人との別れや、仕事であれば退職手続きを進めておくことを了解させた。尤もロムアリへの帰還希望者の中で近しい人と別れてまで帰還する者は誰一人いなかったのだが。ちなみに、玲が知り合ったロムリアの元軍人で今も軍人をしているアルメラとグリミアムは、共に帰還せず地球に残ることを選んだ。やはり地球で愛しい家族が出来たことがその理由であった。


 それから、タチアナは、自分の持つ資産をサモナルドからの転移者に対して分配することにした。残念ながら帰還希望者には地球の資産を分配しても意味をなさないため、彼らにはロムリアに戻ってから支援すると約束した。そして、地球に残る者達へは、タチアナの個人資産を均等に分配して配布することにした。その場合一人当たり数億円相当となる。なお、ロムリアの法人としての資産(主に株式と不動産)に関しては、後継者のエレナに全て託すとした。そして、玲とかすみに対しても、タチアナは自分の資産を送ると申し出た。これに対し玲は、


  「タチアナさん、僕はもらえませんよ。

   だって、既にタチアナさんの別荘を頂いてますから」


ときっぱりと断ったのだった。ところが、タチアナは、


  「レイ君、私がこうしてロムリアに転移できる希望と

   可能性を見出させてくれたのは他でもない

   あなたのおかげなのよ。

   だから、是非受け取って欲しいの」


と説得され、結局玲は10億円を貰い受けることになった。かすみに対しても個人的に送りたいとタチアナは申し出たが、かすみも固く固辞した。そして結局、玲がもらう10億円は、M&Mの法人宛にしてもらうことにした。ところで、タチアナからの贈与となると、国によっては贈与税が発生する。そこで、タチアナは彼らへの資産贈与に対してある細工をした。それは、宝くじの当選金という名目を与えることであった。ただ、タチアナ自身はそんなことができないので、同郷のサモナルド人であるチーターにその細工をお願いした。ちなみに、チーターは地球に残るとのメッセージをタチアナに送っているが、タチアナからの資金援助は断っている。そしてM&Mが得た10憶円は、宝くじの当選金として処理されるので、この場合は非課税扱いとなり、玲もかすみも税務申告する必要はない。そこまでの配慮をタチアナは地球に残る同胞全員に行ったのだった。


 こうしてタチアナは、後顧の憂いを全て絶って気持ちよく帰還準備に入ることができたのだった。



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