地球転生編 2-53 M&M心霊ファイル3: 若林成一朗のケース
M&M心霊ファイル3: 若林成一朗のケース
10月下旬のある週末の午前、リビングのソファーで寛ぎながらテレビを見ていた最神玲のスマホから着信を知らせるメロディーが流れた。通話元を見ると未登録者であるが、相手の電話番号は表示されており、どうやら携帯電話から掛けているようだ。そこで、
[もしもし、最神です]
[もしもし、ワールド・クローズの若林です。
最神さん、その節はお世話になりました]
この声はかすみの言う所のおっさんこと若林成政である。若林からは大抵メールで連絡を貰うのだが、玲の携帯に直接電話するとはいったい何があったのか?
[あー、若林さん、どうもご無沙汰しております。
声を聞く限りお元気そうですが、
メールでなく電話されたということは、
何かあったのでしょうか?]
[はい、実は…]
と言って語り出したのが次のような話である。
現在ワールド・クローズでロムリア関係の営業を行っている営業部第3課の係長である若林の息子の若林成幸であるが、彼の一人息子、つまり電話の主の若林成政の内孫で小学1年生の成一朗が1週間ほど前に原因不明の病か何かで倒れてしまい、今も意識が回復しないまま入院中であるという。入院先の医師に話を聞いても、内臓に異常はなし、脳への損傷もなく、従って体自体はいたって健康体だという。また何かしらのウィルスや病原菌に侵されたのかと検査したが、血液その他の数値に全く異常は見られない。つまり、どう見ても健康そのものの子供が意識だけが完全に失われているのである。ところで、なぜ成一朗が意識を回復しないような状態に陥ったのか?それは倒れる少し前に、3人の友人と学校の近くにある古い神社で肝試しみたいなことをしていたと言う。その時、成一朗だけがその場で意識を失ってしまい、驚いた友人達は学校の先生に助けを求めて駆け込んだ。その後学校からは救急車と若林家に連絡を入れ、知らせを受けた教師は件の神社に向かって成一朗の安否を確認したという。
以上のような経緯を息子の成幸から聞かされた若林成政は、何か霊的なモノが関係しているのではと睨み、玲に相談を持ち掛けたのであった。
今の段階では何が原因かは特定できないため、一度現地で状況を確認する必要があること、そして明日は自分も休みなので、明日の朝にでもそちらに伺うけど問題ないか、と若林に伝え了解を得た。なお、万が一蘇生措置が必要となった場合、その費用は500万円になるが、ただし前金として250万円、残りは無事蘇生した時点で250万円とする、もし魂が輪廻して元に戻らない場合費用は発生しない等の注意事項を説明した。当然、高額の報酬を要求されたので暫し沈黙が発生したが、蘇生に関しては自分の命にも関わる問題であり、また様々なリスクが絡むことなのでその点は承知いただきたいと懇切丁寧に説明を加えた。その結果、費用に関しては自分が責任を持って払うから心配しないで欲しいとの確約が得られたのである。そして、一度拙宅に来て欲しいと若林から要望されたので、近くに居たかすみにもどうするかを確認して、結局二人で訪問することにした。
「玲、あの時来ていた若林さんの息子さんだよね。
その方のお子さんが意識不明って、
親としたら気が気ではないよね」
「うん、そうだろうね。
だから出来るだけ手助けしてあげたいけど、
ただ、病気とかの問題も捨てきれないから、
そこはちゃんと確認しないといけないけどね」
古い神社と言うだけで霊的な何かが影響しているとは言い切れないけど、取りあえず、明日の訪問準備をすることにした玲とかすみである。ところで
「ねえ、玲。明日は転移で行くの、
それとも電車で行くの?」
「そうだね、若林さんの自宅を
スマホの地図で見ていたんだけど、
近くに大きな公園があるんだよね。
だからそこに転移して行くといいかな、
と思うけど」
と言うことで、明日は転移で向かうことにした二人であった。
さて翌日曜日に、M&Mの制服に身を包んだ玲とかすみは若林邸近くの公園に転移した。午前中と言うことでそんなに人出はなく、しかも植え込みの中に転移したので、誰にも見られず無事到着した。
「時間的には、丁度朝の新幹線で東京に来て、
乗り継いで最寄り駅に到着した感じかな。
うん、なかなかいい時間じゃない、玲」
とはかすみの感想である。今は午前9時半。早速彼らは若林邸に向かった。
若林成政の邸宅というか屋敷と言うべきか、都内で庭付きの豪邸を構えるには相当な資産がないと難しいだろうと、東京の不動産事情に疎い玲でも十分理解できた。そしてこの屋敷はと言うと、周囲を高さ2m程の築地壁で囲われており(所々に監視カメラがあり)、その内部は2階建ての屋敷が2棟L字型で建てられていた。そしてL字の空白部分に日本庭園が設けられていた。そんな屋敷の母屋と言うか若林成政の居宅に玲とかすみが訪れた。
「すいません、私M&M超心理学研究所の
最神玲と申します。
本日、こちらの若林成政氏からの
招待を受けましてお伺いしました」
とインターホンで来意を告げた。暫くすると、鉄製の門扉が開き、中から使用人らしき人が現れた。
「最神玲様と物部かすみ様ですね。
お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
と案内されて屋敷に向かう玲とかすみである。流石はワールド・クローズを一代で築き上げた社長宅。玲とかすみは車寄せから玄関に入り、中で主の若林成政からの歓待を受けた。
「最神さんと物部さん、
遠い所態々お越し頂いて有難うございます」
「若林さん、態々ご丁寧な挨拶、恐縮です」
とお互いに挨拶をかわし、玄関先ではあるが早速本題に入った。
「若林さん、お孫さんの成一朗君は今は病院ですか?」
「はい、そうです。これから、そちらに向かいますので
宜しくお願いします」
「分かりました。では直ぐに行きましょう」
と言って、3人は早速若林家の車で病院に向かった。
若林成一朗が入院する病院は都内にある某大学病院であり、若林家からは30分程で到着した。そして病院の車寄せで降りた3人は成一朗が入院する集中治療室(ICU)に直行した。病室内では、成一朗の父親の若林成幸とその妻美咲が彼らを出迎えたのであるが、成幸は以前会った時よりも疲労と心労からか、げっそりとしてかなり窶れていた。早速玲は、
「では、早速状況を確認します。
その前に、皆さまはこの眼鏡をかけてください。
若林社長は既にご存じの物ですが、
他の皆様は初めてですので簡単に説明します。
この眼鏡は…」
と霊視グラスの説明を行って、それぞれ着用してもらった。若林成政はもう既に勝手知っているが、息子夫婦は何やら胡散臭い物でも見るような目つきで霊視グラスを手に持って眺めている。しかし父親の成政が何の疑いもなく眼鏡をかけたのを見て、自分たちも装着した。そして
「では、まずはご子息の魂の状態を確認します。
今から僕は召喚術を行いますが、もしご子息の魂が
ここに現れた場合、魂が肉体から完全に分離している
状況を意味します。その場合は、僕の方で蘇生措置を
行うことは出来ます。
しかし魂が現れない場合、既に輪廻転生のプロセス
に入っているか、あるいは...」
何らかの原因で肉体のどこかに魂が閉じ込められているか、と言うことが考えられると一同に伝えた。そして、「後者の場合は我々には手の打ちようもないので、その点はご容赦頂きたい」と付け加えた。玲の言葉に暫し沈黙する若林家の人々だが、成一朗の祖父の成政が「わかりました。お願いします」と言うや、成一朗の両親も「お願いします」と頭を下げたのである。
「降霊召喚門、術式出迎え、召喚」
と呟いて成一朗が眠るベッドにアニュラス型降霊召喚門を展開した。すると
「えー、何なんですか、あれは?
あっ、せ、せ、成一朗!」
と息子の成幸が叫びをあげた。まだ、成一朗の魂が転生せずにここに現れたことは、蘇生を行うにおいて幸運であると確認できた。そこでその状態を維持しつつ、玲は社長の若林に「このまま続けるが宜しいですか?」と声を掛けた。勿論、それはビジネスとして蘇生を行うことへの同意を求めたのである。若林は玲の目を見つめて一言「お願いします」と力強く告げた。そこで玲は、続けて
「では、これから魂を本人の体に同期させます。
ただ、この作業が一番大変なので、
その点ご覚悟ください」
と言われて、一同の間に緊張が走る。そして
「魂の同期、開始」
と玲が呟く。尤も態々宣言しなくても問題ないのだが、何等かのパフォーマンスは合った方が有難味が増すよね、とかすみの意見があって、それを採用しての対応であった。やがて、成一朗の魂は本人の体に吸い込まれていった。それを一同、霊視グラスから眺めていたが、目の前の光景というか現象に何やら神秘さでも感じたのか、胸の前で手を組んで祈る姿になっていた。
「これで、成一朗君の魂は、
本人の体に同期されましたので、
恐らくもう少しすると意識を回復するでしょう」
と言い終わるや否や、成一朗が「う、うん」とうなされるような声を発した。これには一同、驚きで瞬きを忘れるほど凝視していたかと思うと、直ぐに母親は「成一朗!」と叫んで両手で息子の顔を挟み、泣き笑いしながら息子の頬と額に何度もキスをした。父親の成幸は涙を流しながら「誠一郎、よく戻って来た」と呟いて、妻と息子の輪に加わった。祖父の成政も目に涙を浮かべつつも、玲とかすみに対して「有難うございました」と深々と頭を下げたのだった。
「玲、お疲れ様」
「うん、有難う、かすみ。無事蘇生できたね」
と玲もかすみも無事の蘇生に安堵した。その後、奇跡的に息を吹き返した成一朗を担当医は信じられない表情で診察をし、意識がしっかり戻っていることを確認した。恐らく体調に問題なければ、1週間のうちに退院できるのではないだろうか。
さて一仕事を終えた玲とかすみは、その後、病院の喫茶室に目を赤く腫らした若林成政と訪れて、暫し歓談することになった。ちなみに、成幸夫妻は子供に付きっきりとなった。
「最神さん、物部さん、孫の成一朗を救って頂き、
本当に有難うございました。
このご恩は一生忘れません」
と若林は玲とかすみに頭を下げ続けた。
「若林さん、そんなに頭下げないでください。
僕らもビジネスでやっていることなので」
「ええ、勿論存じ上げております。
それと、急でしたので前金を用意できませんでしたが
明日の朝一番にご指定の口座に
全額振り込ませて頂きますので、
後程口座情報をお知らせください」
と言うことで、その場でM&M用に作った銀行口座を若林に伝えた。それから、若林は今思っていることを率直に口にした。
「しかし、本当に蘇生術というものがあるんですね。
いまだに信じられませんが」
確かに地球には、魂の抜けた体に魂を戻すという医療なり科学は存在しない。ごく稀に、植物状態の患者が何年か、何十年かの眠りから醒めるという報告があったりするが、それこそ神にでも縋って奇跡を待つに等しい。それに対し、玲ことカーンの居たサモナルドでは、ごく普通に魂や霊体と接しており、そのため蘇生と言う行為も骨折や咳を抑えることと何ら変わらないことなのであった。勿論、このようなことを地球人の若林に話すことは意味が無いしその必要もないのだが。ところで、若林はもう一つ気になることがあった。
「最神さん、変なことをお尋ねしますが、
どうか気を悪くなさらないでください」
と言って前置きして玲に尋ねたのは、蘇生行為で一度魂が肉体に戻った時、蘇生をお願いした患者家族とかが支払いを拒否したりした場合、どうされるのか?と言うことであった。
「勿論、私はしっかりと支払いさせて頂きますが、
恐らく今後蘇生行為を行うに辺り、
こういった問題が発生することは
十分考えられますよね」
この若林の質問に対する答えは、実は玲も悩ましい所なのであった。そこで正直に打ち明けたのである。
「若林さん、仰る通り、その可能性があることは
十分承知しています。もし...」
人道的な立場に立てば、そこは我慢して諦めるということになるかもしれない。そして、そういうリスクもあるので、必ず前金として半額を頂戴している。ただ、そういう事態が続くようだと、結局ボランティア化しかねないところもあり、また今の医学との衝突も生まれてくるだろう。従って、そう言ったリスクを自分が受ける代わりに、それなりの代償を払ってもらうということで理解してもらうしかない、と言うことを玲は丁寧に若林に説明した。続けて
「一方でビジネスとして見た場合は、
明らかに契約不履行になります。
従って、その様な事態が起きた場合、
僕としては元に戻すということを行います」
ときっぱり述べたのである。つまり、一度戻した霊体を再び霊界に送るということである。そうなると、当然誰しも思うのは、「その場合、殺人行為になるのではないか?」と言うことであり、若林もこの点を指摘した。これに対する玲の考えは明確であり、現在の法律では呪術による殺人は罪に問えないのと同じ、全く手を触れずに魂を肉体から分離して霊界に送る行為も、科学的に証明出来ない以上、残念ながら法律で罰することは出来ないということである。これはある意味、蘇生術を非科学的な扱いにしていることから来る盲点とも言うべきか。ただし、後はその行為を行った自分を自分が果たして許せるかどうか、最後はそこにかかっているかな、と答えたのであるが。
「最神さん、不愉快な思いをさせてしまい、
本当に申し訳ありません」
「若林さん、気にしないでください。
僕もビジネスとしてやる以上、
今の様な問題は避けて通れないことは
十分理解しておりますので」
そして玲は今の思いを若林とかすみに吐露するのであった
「でも、やっぱり難しい問題ですよね。
今の僕の蘇生行為は、
『金で命のやり取りを解決するのか』
と思われる方が出てくるでしょう。
だとすると、それだったら医者はどうなのか、
と言うことも同じように議論して
しかるべきですけどね。
でも、誰も医者に対しては
そんなことは言いませんよね。
そこには科学で説明できるかできないかだけの
違いしかないというだけな気がするんですが」
実はこの問題はケンタリアでも実際に起きており、そのための法律が整備されているのだが、この日本、いや地球上のどの国も、未来永劫この問題を真面目に考えることは多分ないだろうな、と玲は思うのであった。
さて、丁度昼時になったので、玲とかすみは若林にランチを一緒にどうですかと誘われたのだが、2人は若林誠一郎が人事不詳に陥った問題の神社、そこを調査しておきたいということで、若林成政からその場所を聞き出して、彼とは病院で別れることにした。ちなみに、若林も同行すると申し出たが、霊的なものが関係している場合、しかも子供の魂を抜き取るような存在が居る場合に、我々ですら危険になる可能性があるということを伝えて了解してもらった。
問題の神社だが、都会の真ん中にあるこぢんまりとした神社である。そして祭神は玲とかすみが働いている美土路神社と同じような氏神を祭っていた。ただし、神社の拝殿や本殿などの建物はかなりの古さと傷みを感じるため、もしかしたら氏子が減少して手入れが行き届き難くなっているのかと想像される。そして本殿からは特に何らかの禍々しい雰囲気は感じないのだが、
「これかな、原因は...」
と玲の呟きに応じてかすみも彼と一緒に眺めているのは、1本の杉の大木。ただし、その周囲には朽ちかけた丈の短い柵が設けられ、更にかなり古くなって切れかかっているしめ縄が杉の大木の周りに張り巡らされている様子から、どうやらこの杉の大木はご神木のようである。ただし、玲はそこに神聖さを感じることはなく、むしろ霊的な存在のみを感じたのである。そこで、「召喚」と降霊召喚門をご神木の周りに設置したところ、
「うわー、何これ、キモイんですが」
とどこか呑気な口調で感想を言うかすみである。と言うのも、彼らの目の前に現れたのは、真黒な何かとしか表現できないもの、それが揺蕩っていたのである。玲も何十回と降霊召喚を行って霊体を呼び寄せてきたが、このような真黒な存在は見たこともなかった。一体これは何なんだ?
「かすみ、とりあえず何か話を聞いてみようか」
と言うことで、玲はその真っ黒な何かに向かって語り掛けたのだが、全く何も応答なし。その時、かすみが地面に転がっていた緑の葉っぱが残る木の枝を手にもってその真っ黒な中に突っ込んだところ、葉が即座に茶色く変色してしまった。これって、
「まさか、生命力を吸い取っているのか?」
としか考えられないことである。そして、恐らく若林誠一郎は、うっかりこのご神木に手を触れてしまい、それで生命力を吸い取られたことで魂が抜けてしまった、ということなのだろうか?ただその場合は、魂だけでなく、体もこの茶色い葉っぱのように生気を吸い取られて干乾びることになっていたのではないか。だが運よくというか、若林誠一郎はほんの少し触れただけだったから魂が抜けるだけで済んだのかもしれない。何れにしても、こいつは凄く危険極まりない存在であるため、玲はその真っ黒な何かを霊界に送り届けた。これでこのご神木は浄化されたのであった。
ただし、玲とかすみは一つ過ちを犯していた。それは、ご神木を浄化してしまうと、ご神木としてもはや意味をなさなくなることである。と言っても、このままにしておくべきではないので、玲とかすみの判断は正しかったのだが。それよりもあの真黒な何かは、もしかしたらご神木に宿っていた神聖な何かが、誰も手入れしなくなったからなのか分からないが、時間と共に変質した姿なのではないかと想像するのだが、果たして真実はどうなのだろうか。




