地球転生編 2-41 M&M心霊ファイル2: 根元明菜のケース (前編)
M&M心霊ファイル2: 根元明菜のケース (前編)
6月のある日。今は梅雨の真っただ中。そのため晴天に恵まれる日が少なくなり、1日中どんより曇っているか、今日みたいに1日中雨が降る予報が出る日が続いたりする。最神玲は、雨で水たまりが出来ている境内を横目に、片手で傘を差し片手で掃除道具を持ちながら参道を通って拝殿に向かっている。今日は拝殿と本殿の掃除の日であった。相棒の物部かすみは既に拝殿で待機しており、玲が到着するのを待つ状態であった。
「おい、玲、遅いぞ!」
そう、玲は珍しく寝坊したのだ。今週の食事係はかすみであるため、朝食の準備遅れでかすみに怒られる心配はないのだが、神社の朝の務めは流石にそうもいかず。しかし、普段早起きを得意とする玲がなぜ寝坊したのか。実は今新しい術式の開発に夢中になっていたためである。しかも例の降霊転移召喚に関係した術式である。通常このような全く新しい術式の開発は、一般的な召喚術師であればほぼ一生をかけて行われるものだ。ところが、玲に転生したカーンフェルトは、召喚術式の良し悪しを瞬時に判断できるという類まれなる才能を有しており、この才能のお陰で試行錯誤に陥り易い術式の開発を効率よくやってのける。ただし、この能力は今まで知られている召喚門に限定されるのだが。そして今カーンが取り組んでいるのは、あのタチアナことセラスティナでさえも見たことのないバレル型の召喚門と降霊転移召喚術に関する術式の改良と開発である。改良に関しては、元の降霊転移門を使用する際に、召喚門の設置時点で通常の召喚門の設置よりも多くの召喚エネルギーを使用することは分かっていた。そのため、これを如何にして減らせるかは、恐らくタチアナがサモナルドに転移で帰還する上でも役に立つと考えて、今は最優先で進めている。そして現状では、従来の召喚エネルギー消費量の半分程度にまで減らせることは出来たのだが、カーンの見込みでは更に半分は減らせると見ている。一方の開発の方は、漸く自立型魔改造車のような創成召喚が出来るようになり、明らかに通常の創成召喚とは異なり、召喚後に全く召喚エネルギーを消費しないことが確認できた。後はもう少し応用した事例を増やしたいと頑張っていたのであった。そして、こちらの生活にも慣れて来たため、最近は夜遅くまでやっていたりしている。
「遅くなってごめん、かすみ。
でも、起こしてくれたら良かったのに」
「はあ?私が玲を起こさないと思ってるの?
私はそんなに薄情じゃないぞ。
ち、ゃ、ん、と、
君の部屋の扉をノックしているけど、
結局起きてこないのは君なんだからね」
と、捲し立てるかすみであるが、かすみの言う通りであった。
さて、何時もの二人のコントが終わって、これから拝殿と本殿の掃除を行う。拝殿は、参拝者がお参りする場所であり、美土路神社では拝殿内でお祓い、祈祷、あるいは宮参りなどの儀式も行われたりする。そこで、玲とかすみの今日の掃除は、この祈祷室を中心に行われるのである。なお本殿に関しては、彼らもご神体のある室内に入ることは許されてないため、基本的には本殿と拝殿の途中に設けられている小規模な幣殿の掃除に留まる。拝殿の掃除を終えて幣殿へ向かおうとしていた時、ガラン、ガランと拝殿にある本坪鈴が鳴らされた。おや、この雨の中を平日の朝早くから参拝かな、と玲とかすみは話していたのだが、もしそうであれば、誰かが社務所に控えていた方が良いよね、と言うことでかすみに向かってもらうことにした。そこでかすみは、拝殿入り口から外に出て傘をさしかけた時に、賽銭箱の前で立ち尽くす一人の若い女性に目を止めた。いや、正確には、その女性の背後であった。そう、そこには子供の霊体が女性の肩口に居たのである。そして霊体を肩に載せた女性、年齢はかすみよりも少し上か、そして栄養をしっかり取っていないのか体つきが細く顔も少しげっそりして痩せた印象を与える。また左手薬指に指輪が見えたので既婚者であろう思われた。そうなると、あの子供の霊体は自分の子供か、あるいは俗にいう水子か。かすみは何となく気にはなったが、差し障りの無いように「おはようございます」と控えめな声でその女性の横を通り過ぎて行った。そのとき、後ろから「あのー」と声を掛けられた。一瞬、霊体から声を掛けられたと錯覚を起こし、ギクリとするかすみであるが、その錯覚を起こした原因は、その声が余りにもか細く聞こえたからであった。勇気を振り絞って振り向き様に「はい、何か御用でしょうか?」と何とか営業スマイルで答えたのだが、その女性からお祓いをお願いしたいと依頼された。
「あなた様のお祓いですか?」
「はい、あ、いいえ、
私と主人のお祓いをお願いしたいのですが」
そうですか、ではこちらで手続きします、と言ってかすみはその女性を伴って社務所に向かった。そしてかすみは、お祓いの申請書を引き出しから取り出して女性に渡し、必要事項の記入をお願いした。その間も、どうしても女性の肩口にある存在に目が行ってしまうため、出来るだけ目を逸らすように意識していたのだ。
「はい、これで大丈夫ですが、
お祓いの希望日は後日で宜しいでしょうか?」
え、今日ではダメですか、尋ねられたかすみ。
「この神社の神官を務めております田所宮司がですね、
何分高齢で足腰の調子があまりよくないものでして。
特に今日のような雨の日は
かなり痛がったりする状態なので、
ちょっと何とも言えませんが」
と差し障りのない程度にやんわりと後日にして頂こうとお願いするかすみであるが、なぜか女性は出来れば今日お願いしたいです、と懇願する始末。困り果てたかすみであったが、丁度玲が拝殿から戻って来る姿を確認したので、「少しお待ちください」と言って、玲のところに駆け寄った。そして玲に事の経緯を説明したのだが、玲も女性の肩口の存在には当然気づいており、はてどうするか、と困惑の表情を浮かべていた。
「とりあえず、かすみは田所宮司の様子を
見て来てくれない」
いいよ、と言って、玲から傘を借りて、そのまま石段の方向に向かって走って行った。
「お待たせして申し訳ありません。
今彼女に田所宮司の様子を見に行かせましたので、
暫くお待ち頂いて宜しいでしょうか?」
はい、分かりました、と言うことで、とりあえず、その女性を社務所内にある控室に通して暫し待ってもらうことにした。
さて、10分程してからかすみが社務所に戻って来た。そして、
「玲、田所宮司今日は具合が悪くて立てないみたい。
一緒に佐藤さんと見に行って確認したから
間違いないんだけど、どうしようか」
普段の田所宮司は一人暮らしのため、玲とかすみに神社の雑務のいろはを教えた佐藤栄子が田所の身の回りの世話を焼いたりしているのだが、その彼女と一緒に確認してもらった結果、今日は動けそうにないとのことである。そこで、玲は
「根元さん、誠に申し訳ありませんが、
田所宮司が今日は寝たきりで
動けないということなので、
やはりお祓いは後日になりますが、
如何いたしましょうか?」
と告げた。すると、その女性、根本明菜は、突然泣き崩れてしまった。何やら切迫した事情がありそうなので、根元明菜が落ち着くまで玲とかすみは様子を見守っていた。そして、玲は徐に
「根元さん、もし我々でよければお話を伺いますよ。
何か話すことで気持ちが
楽になることも有りますから。
勿論ここで聞いたことは他言はしません」
と優しく根元に語り掛けた。その玲の問いかけに心を動かされたのか、根元明菜は次のようなことを語りだした。
根元明菜は再婚であった。と言っても本人は初婚であり、彼女の夫が再婚であった。そして再婚相手の夫には前の奥さんとの間に一人息子がいた。再婚した当時、その子供は丁度3歳を迎えた頃である。ちなみに、夫の前妻とは離婚しているのだが、根元明菜と夫は実は不倫関係にあったのだという。そんな状況で、前妻は子供を残して去って行ったのだが、残された子供は母親が居なくなったことで不安を感じ、何かあると直ぐ泣いてしまうのだった。そんな子供を抱えながら根元明菜は結婚生活を送っていたのだが、ある時自分のちょっとした不注意で、その子が自宅マンションの窓から転落死するという痛ましい事故が発生した。当初、警察は彼女の虐待を疑ったのだが、近所の聞き込みと普段の彼女の言動などから、その線はないと判断され、結局子供の不注意で窓から転落したと判断された。ところが、そんな事故が発生してから数週間たった頃から、夫の体調に異変が生じた。最初はごく軽い疲れみたいなものだったが、日を追う毎に食欲を無くし、夜も寝れなくなるなどの症状を発した。終いには家で寝た切りになったという。そして、そんな夫の看病と疲労から、最近は明菜本人も食欲がなくなり、夜もぐっすり寝れなくなったのだという。もしかしたら、これは死んだ子の恨みか祟りかと恐怖を感じた明菜が、藁にも縋る思いで神社にお祓いを受けに来たのだった。
「実は、私も彼女も霊能力がありまして、
あなたの傍に霊体が見えるんですよ」
と言って、玲は何時もの霊視グラスを根元明菜に渡した。
「この眼鏡をかけて、
そこの鏡でご自分をご覧ください」
と言われたので、取りあえず素直に従う根元明菜であるが、鏡を見た途端、きゃーと言う大きな悲鳴を上げて、そのまま昏倒してしまった。危うく頭部を床に打ち付ける前に玲が根元明菜を抱き抱えたので事なきを得たが、霊体を見た途端気を失うことも有るのかと、玲は己の未熟さに反省した。とりあえずかすみに手伝ってもらって、社務所の集会室に座布団を引いてそこに根元明菜を寝かせたが、10分程して意識を取り戻した。そして、座布団の上に起き上がったところで、
「根元さん、驚かせて大変申し訳ありませんでした。
ただ、あなたの肩の所に子供の霊体が
取り憑いているのを目にしたので、
どうしてもそれをお伝えしたいと思いまして、
あのような対応をしました」
と言う玲の言葉に、どことなく怯えた表情で玲を見つめる根元明菜。そして、口をパクパクさせながら、
「あ、あ、あれは、
あの、あの、あの子なの、で、ですか?」
「僕にはそれは分かりません。
あなたが見た子供がその子に
似ているのであれば多分そうでしょう」
と玲は答えた。何とか私と夫を助けてください、と懇願する根元明菜であるが、ここは心を鬼にして善意での助けではなく、ビジネスになると忠告してから
「もし除霊とかを行うのであれば、
我々にも相当なリスクが発生します。
従って、善意であなた方を
助けることは出来ませんが、
それでも宜しいですか?」
と念のために伝えて、
「ちなみに、当神社でのお祓いは一律1万円となります。
ただしお祓いと除霊は全く別物だと思ってください。
そして...」
自分たちが除霊を行う場合、10万円+実費となること、もしこの金額が気に入らなければ他を当たられても構わない、と言うことを根元明菜に伝えた。更に、
「見たところ根元さんに取り憑いている霊体が
あなたに何か物理的な影響与えることは無いので、
暫くは大丈夫かと思います」
とも付け加えた。尤も、目の前で助けを求めている人を助けて欲しいなら幾ら出しますかと尋ねる行為は、人の弱みに付け込んだ人倫に悖る行為であることは十分承知している玲であるが、これを有耶無耶にして後でトラブルが起きるのは避けたいので、ここははっきりさせておきたかった。
今直ぐ結論は出せそうにないので、M&Mの名刺を渡して根元明菜を一旦自宅に帰すことにした。余談だが、玲が手渡したM&M超心理学研究所の名刺は、以前おっさんことワールド・クローズの若林らとの会食時に社員一人一人と名刺交換する機会があったが、玲もかすみも名刺というビジネスの基本アイテムを作ることが頭の中からすっぽりと抜けていてかなり気まずいというか恥ずかしい思いをしたので、あの後早速自分達の名刺を発注したのだ。ちなみに、彼らの肩書は、かすみが代表としての「所長」、玲は「副所長」であるが、彼ら以外は誰もいないので、実質玲はかすみの唯一の「部下」であった。そして連絡先は玲の携帯となっているので、何かあれば彼の所に連絡が来ることになる。
その日の午後に玲の携帯に根元明菜から連絡があった。10万円の支払いは厳しいので、別の手段を探しますとのことだった。まあ、態々断りの電話入れるというのは根元明菜は性格的には真面目なんだな、と思う玲であったが、変な同情心からボランティアをすることはしないと、自分に戒めてもいた。




