地球転生編 2-29 最神玲と物部かすみの引っ越し
最神玲と物部かすみの引っ越し
物部かすみは今、自分の住んでいる女性専用マンションの一室に居る。ところでこのマンションの契約は3月31日までとなっているため、かすみは次の引っ越し先を探す必要があるのだが、今日3月30日になっても彼女は未だに動く気配を見せない。なぜか。それは、他でもない、最神玲の転移に頼っているからである。卒業式の翌日に、かすみは玲と今後の事を話し合った。そして出た結論は、かすみの母親の実家近くにある神社で住み込みの手伝いをすることに決めた。そうと決まれば愈々引っ越しとなるのだが、その前に件の神社の様子をまずは確認すべく、二人で転移して向かった。それがかすみの転居期限の1週間前。その神社は、中部地方の△△県差間見町の東端にある標高50m程の美土路山という小山の中腹にある美土路神社と呼ばれる氏神を祭る神社である。流石に転移でいきなり境内に現れる訳にはいかないが、今回は神職用の住宅が用意されているので、その裏手に転移した。なお、住宅のカギは宮司の田所光利というご老人が持っているので、まずは田所宮司に挨拶に向かうことにした。神職用の住宅は平屋の木造住宅であり、場所は社務所の裏手、方角でいうと神社の敷地の東側にある。そこで社務所の横を抜けて境内に出ると丁度目の前に手水舎とその向こう側に宝物庫と呼ばれる祭りの神輿を収めた蔵が見える。そして右手を見ると50m程先の所に拝殿と本殿の一部が見えるが、玲とかすみは、左手に進み50段程の石段を下って鳥居を抜けた。鳥居から10mほど進んだ右手にブロック塀で囲まれた庭に松の木が聳える平屋建ての住宅が見える。表札には[田所]とあるので、そこが宮司の住宅であった。今は午後1時。早速呼び鈴を押して「すいません、田所宮司はお見えですか」と声を掛けるかすみである。そのうち、引き戸を開けて現れたのは、見た目は年齢そのままの田所宮司その人であった。
「お休みの所失礼します。
私達今度こちらの美土路神社へ
住み込みで手伝いをするために来ます、
物部かすみと最神玲です。
私の母の京子から宮司さんに
お話しは通っていると思いますが」
「あー、はいはい、物部さんですな。
はい、神薙家からお話は伺ってますよ。
こんな所ではなんですので、
どうぞお入りくだされ」
と言って玲とかすみは、田所宮司の自宅に招かれた。田所宮司はどうやら一人暮らしのようである。暫くしてから、お茶と茶菓子を持って玲とかすみのいる応接間に現れた。
「遠いとこ態々来てもらって有難いことですな。
改めて挨拶させてもらいますな。
私は美土路神社の宮司をしております
田所といいます。
そちらの、かすみさんですかな、
京子様の若い頃によく似ていらっしゃるなー」
えー、そうなんですか。そんなこと言われたこと無いんですよ、はは、とかすみは照れ笑いした。ちなみに、かすみの母の京子の旧姓は神薙であり、その神薙家は戦前までこの美土路地区の大地主であり、美土路神社の氏子総代は神薙家が務めるなど、今でもその影響力は強いのだそうだ。そしてかすみの母の京子は、今年で47歳になるのだが、見た目は30代と言っても十分に通用する位に肌艶のある美貌の持ち主である。そんな母と似ていると言われて、満更でもないかすみであった。
「あの、宮司さん、
僕ら今日はこちらに引っ越すに辺り、
神職用の住宅を見ておきたいのですが、
家の鍵をお借り出来ますでしょうか?」
「ああ、えーと、最神さんでしたかな。
珍しい呼び方で。苗字はどのような字を…
あー、これは私共神職と何やら
関係ありそうなお名前ですな。
ははは。おっと、そうでした、
家の鍵ですな。ちょっとお待ちくだされ」
と言ってまた応接室から出ていった。
「ねえ、玲、宮司さん何だか人当りの良さそうな、
良いお爺さんと言う感じね」
うん、そうだね、とどこか曖昧に答える玲であるが、基本的に玲ことカーンは、話し方などで人の良し悪しは判断しないようにしているため、どうしても曖昧な返事になってしまう。そんなことを話しているうちに、田所宮司は戻って来て、玲に鍵を2つ渡した。
「これは各自が持っておいてくだされ。
この鍵はな、玄関を開ける鍵です。
それと各部屋にも
鍵がかけれるようになってますが、
そちらの鍵は部屋の中にある
机の引き出しに入ってますので、
後で確認してくだされ」
「はい、分かりました。
それと、私達は4月1日からこちらで
仕事をすることで宜しかったでしょうか?」
ええ、それで結構ですよ、との返事。ところで、引っ越し荷物はどうされますかな、と聞かれたが、これについては玲とかすみは事前に打ち合わせしており、手荷物程度でこちらに来る予定ですとだけ答えておいた。本当は箪笥などの引っ越し荷物はあると言えばあるのだが、これらは全て転移で持ってくる予定である。引っ越し業者を見かけないのになぜ箪笥があるんだと勘繰られるかもしれないが、直ぐに宮司が玲達の部屋を見に来ることはないだろうし、暫く経ってからであれば、少しずつ買い足しましたと誤魔化せると踏んだのである。
「では、僕らはこれから
部屋の様子を見に行ってきます。
お休みの所、
対応頂きまして有難うございました」
と玲とかすみは立ち上がって田所に一礼し、そのまま田所邸を後にした。来た道を戻りつつ、周りの様子を確認している玲であるが、普段はこの辺に余り人はいなさそうと感じた。尤も、平日の昼間ということもあるので、特段珍しいことではないとは思うのだが。
再び玲とかすみは神職用住宅に戻って鍵を開けて中に入ることにした。片開き扉を開けて中に入ると、いきなり新築独特の杉材の香りが鼻を衝く。内部は壁も床も天井も全て杉板が張られており、壁紙の類は見当たらない。何と贅沢な作りだ、とはかすみの弁。流石は不動産屋の娘である。そして玄関から奥まで廊下が伸びているのが目に飛び込んでくる。廊下の両側に開き戸と引き戸が確認されたが、廊下の左側に並ぶ3枚の開き戸は各自の居室に繋がっていた。逆に右側にある3枚の引き戸は、それぞれ玄関手前から物置、トイレと洗面脱衣所用の扉である。そして一番奥に少し広くなったところがキッチンとダイニング兼居間となっているようである。さて、部屋が3つあるので誰がどこに住むかを決めるのだが、かすみ曰く、真ん中は空けて、手前と奥だけ使うようにしない?との提案が。まあ、確かに隣室の音が聞こえたりするのはちょっと遠慮したいもんね、ということで、かすみの提案に賛成する玲である。そして玄関側を玲、奥の方をかすみがそれぞれ使うことになった。
さて、各自の部屋割りが決まったので、それぞれの部屋に向かい、机の引き出しから部屋の鍵を取り出した。念のため部屋の扉を施錠すると問題ないことが分かったので、鍵をポケットにしまい込んだ。ちなみに、部屋の大きさは10畳程で床は杉板を使った本物のフローリングになっていた。しかも部屋には机と椅子以外にマットレスが敷いてあるパイプベッドが壁際に置かれていた。これだと、身一つで何時でも寝ることが可能になる、何と至れり尽くせりなんだろうと、感心する玲である。ちなみに、窓は全て西向きに設置されており、窓の外は神社の社務所と本殿の東側が見える。ここからであれば、誰か参拝客が社務所に来られても何となく分かるかな、などと考える玲である。なお、この部屋もそうであるが、どの部屋にも押し入れの類はないため、衣服の収納には箪笥は必需品であった。これは考えておかないと。一通り部屋のチェックを終えて、後はトイレや風呂や台所をチェックしたのであるが、エアコン、洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、テレビ等の家電は全て付属していた。本当に食住の住は完全保証なのであった。
「かすみ、何か家電とか
特に持ってくる必要なさそうだね」
「うん、凄いね。ここまで至れり尽くせりとはね」
ちなみに、玲とかすみが建物に入って来た時には既に電気は通っているので、何時でも引っ越しは可能である。と言うことで一通りチェックして、一旦家の施錠をして、転移で玲の下宿に戻った。後は引っ越すだけだが、引っ越す前にここで一つ決めておかなくてはならないことが。それは、かすみとはシェアハウス的な生活になるため、各自の役割分担をどうするかであった。これに関しては、事前にある程度かすみとは詰めていたので、それを確認することに。
「かすみ、向こうでの生活だけど、
料理と買い出しをする係と
風呂、トイレ、台所、リビングなどの
共有部分を掃除する係で分ける点と、
それらを1週間交代で行うことでいいよね?
あ、一応、各自の部屋は各自ですることね」
「ええ、問題ないよ。まあ、問題あるとしたら、
あんたの部屋がどうなっても知らないよ、くらいか」
うへー、面目ない、と項垂れる玲である。東洛市に居た頃は、部屋の掃除は大体かすみに手伝ってもらっていた玲であったが、もうその手は使えなくなる。ところで、このシフトだと、朝、昼、晩と料理する係が大変そうに思われるだろうが、そこは玲ことカーンが便利な調理家電を召喚するため、手抜きでも美味しい食事を楽しむことが可能である。それ故、料理が得意でないかすみ(本人曰く、苦手ではなく得意ではないとのこと)でも、楽に調理ができるのだ。ちなみに、ロボット掃除機を召喚して床掃除をするのは、彼らにとっては当たり前のことであるのだが。
では、これで確認することもなくなったので、
「とりあえず、僕の部屋へは
転移門のマーカーをセットしておいたので、
今から荷物を向こうに転移で送るね。
かすみの方も準備が出来たら言ってね」
と伝えて、玲は引っ越しの準備を進めた。じゃあ、また後でね、と言ってかすみも自宅に戻っていった。
こうして、3月30日を迎えたのだが、実のところかすみの部屋には自分用の手荷物位しかない。後は明日の午前にここを管理する不動産屋の担当者に内部点検後鍵を渡せば、明け渡しが完了となる。ではかすみはどこで寝泊まりしているのかというと、玲の転移を使って、神職用住宅で既に生活を始めていたのだった。
「結局4年間ここに住んでたんだね。
なんか、色々とあったよな」
と感慨深げに呟くかすみである。しかも部屋には何もないため、その呟きは壁で反響して、彼女の耳に大きく響いてくる。そう言えば、事故前の玲とは、ここで酒飲んだりしてバカ騒ぎしてたな。あの時、隣から苦情が来たんだけど、男を連れ込んでいるのがバレると退去させられるんで、わざとテレビの音を大きくして誤魔化していたっけ。あー、懐かしいな。もうあの時の玲はいないんだよね。でも、今の玲も悪くないんだな。どちらが好みかと言うと、うーん、迷うんだよな、などと感慨深げに独り言を呟くかすみである。それ程に、この部屋には思い出が詰まっているのであった。
さて、一旦部屋を出て玲の下宿に向かうのだが、あっ、チャリンコ忘れてた、と言って、かすみは急ぎ駐輪場に自転車を取りに戻った。そしてそのまま玲の下宿に乗って行ったのだが、「そう言えば、玲のバイク見つかったのは良いけど、あいつどうするんだろう」となぜか玲のバイクを心配しだすのである。実は玲のバイクは下宿の駐輪場と言うか端っこに置かれていたのだが、バッテリーがへたっており、全く動かなかった。そしてそのまま放置されていたのだが、かすみはなぜか気になったので玲の下宿の駐輪場を覗いたところ、既にそこにはバイクは見当たらず。あー、処分したんだな、と思いながら玲の部屋に向かった。
「ねえ、玲、あんたのバイク、結局処分したの?」
「ん?バイク?あー、あれね、
うん買い取ってもらった。
ただし、バイクは何時でも召喚できるんで
使うことは出来るんだよね」
と言って、態々台所にバイクを召喚した。
「もう、こんなところに召喚しなくても…
って、これ、動くの?」
「うん、勿論動くよ。
あっ、でもここでは煩いので、後でね」
と言って召喚解除した。あっ、そうそう、私のチャリンコも向こうに持っていくの忘れたのでお願いね、と頼んだら、「じゃあ、ちょっと送ってくるよ」と言って玲は出ていった。暫くして戻って来たら、「ちゃんと向こうに送っておいたよ」だって。流石頼りになる宅配玲ちゃんだ、とかすみは満足げに頷いた。
そして、3月31日を迎えて、玲とかすみはそれぞれの部屋の鍵を不動産屋の担当者に渡して、無事部屋の明け渡しを済ませた。かすみは4年間お世話になった部屋に、そして玲は半年ほどではあるがそれなりに親しみのある部屋に、それぞれ別れを告げて去って行った。




