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最終話    :ずっと、ご一緒に

最終話となります。色々詰め込んだので、少々長くなってしましました…。

よろしくお願いします。

七日目:4月6日 金曜日



 結局、咲耶は見つからなかった…。


 もっと、いろんなところを探したかったけれど、会社に行く時間になってしまった。…今日も、気合で仕事を終わらせて、帰ってから、もう少し探してみよう。


 手紙には“私は行く”と書いてあった。では、きっと、咲耶は消えたりしたのではなく、どこかにいるはず。そう気づいた私は、メソメソ泣くより、探すほうが先だと思ったのだ。


 けど、どこを? 咲耶はうち以外行くところなんて………あ、あった! お花屋さん!!


 唯一の行き先を思い当たった私は、何が何でもお花屋さんの閉店時間までに商店街へ行こうと心に決めた。閉店は7時。……定時上がりじゃないと間に合わないじゃない!!


 そこからの私の勢いはすごかった。ひたすらシャッシャッと伝票をめくり、カタカタ、カタカタとキーボードを打ち込む。エンターキーを押すときはダンッダンッと音がするほどだ。


 井上さんが「…伝票、やぶれるよ…」とか「キーボード、壊れそうよ…」とか呟いていた気がするけれど…。 




 定時は無理だったけれど、なんとか、6時に仕事を終えることができた。一応、他に仕事はないか井上さんにお伺いを立てようとしたら「木花ちゃん、もう十分だから。今日は(ぜひ)帰りなさい!」と先回りして言ってもらえた。

 さすが井上さん。私が急いでいるのを察してくれたんだ! (ほとんどの人が気づいていた。)





 ハッ、ハッ。7時3分前。私は商店街を走っていた。日ごろの運動不足と通勤用のハイヒールがうらめしい。もう少し。間に合うかな?

 ほどなくして、お花屋さんが視界に入った。 良かった。間に合った。…って…何----!!!


 なんと!花屋さんまであと200メートルという辺りで、おじさんがシャッターを下ろし始めるのが見えた。 待て---! 早仕舞い(おそらく2分くらい)なんて許さんぞ-----!!


「お、おじさーん! 待ってー!!」


「こ、木花ちゃんかい?」


 ギョッとした顔で、おじさんはシャッターを下ろす手を止めてくれた。必死の形相の私にただならぬ気配を感じたらしい。(後日、おじさんは「どこの鬼がきたかと思った…」と語った。)


「おじさん。さ、咲耶。咲耶見なかった?」


 ハーハーと上がる息をなだめつつ聞いてみる。どうか、どうか咲耶がここにいますように…。


「咲耶君? ああ、朝会ったよ。」


「会った!? いつ? どこで??」


 吐け、吐くんだと言わんばかりの勢いで、おじさんの両肩をゆさゆさと揺する。おじさんの首ががくがくと前後した。 あ、いけない。やりすぎた。


「いつって……俺が市場に向かう時間だから、朝5時くらいか。家を出たら立ってたんだよ。」


 おじさんは、7時から始まるりに間に合うように家を出る。卸売市場はここからけっこう遠い。


「何しにきたの?」


「何って…。桜の場所を聞きに。」


「は?」


 意味が分からない。もう少し詳しく話すよう、おじさんに頼んでみる。


「朝っぱらからどうしたんだ? って聞いたら“日本で一番古いソメイヨシノはどこにある?”って言うからさ。」


 そのソメイヨシノがある東北の公園の名前を教えたんだ、とおじさんは言った。…一番古い木…? 何のために…? ……そう言えば! 一番古い桜の話をいつだったか話してた!!


「長老だ!!」


 そうだそうだ! 長老、長老! 確か咲耶が「長老に比べれば、私の力など微々たるもの」って言ってた。 じゃあ、何? 咲耶は長老に会いに行ったの?


 そこでもう1つ思い出した。「木花の願いを叶えるだけの力は私にはない」と悔しそうに言っていた咲耶。


「…私の…願いを叶えるため…?」


 そのために咲耶は行ったのではないだろうか? 長老の下に。


「おじさん! その公園、私にも教えて!!」







 そして私は駅へと向かった。


 咲耶が本当にいるのか分からないけれど、いつ戻るか分からない咲耶を家でじっと待つ気はなかった。だって、待っている間にすべての桜が散ってしまったら、いくら待ってももう咲耶には会えなくなってしまうのだから。


 駅の券売機の前に立つ。ここから東北へ向かうには新幹線を使うのが早い。それには、まず4駅先の大きな駅へ行かなければならない。とりあえず、そこまでの切符を買おうと財布を取り出していると…


「木花!!」


 この数日ですっかり聞きなれた声が聞こえて手を止めた。 …聞き間違いじゃないよね?


「木花!!」


 間違いじゃない! 聞きたくてたまらなかった声。


 声のしたほうを振り返ってみると、改札を抜けて、こちらへ走ってくる咲耶の姿が見えた。


「咲耶!!」


 慌てて走り寄る。足がもつれてうまく走れない。今日は走ってばかりだから、足が疲れていたのかもしれない。


 終いに、何もないところでつまづいて転びそうになった私を、同じく駆け寄って来てくれた咲耶がしっかりと受け止めてくれた。


 この腕を探してた。この胸を探してた。


 会えなかった時間はほんの半日。でも、もう会えないのかもしれないと不安になっていた私に、半日はとても長く感じた。


「…っく、…ど…、えぐっ…どこに行ってたのよ。」


 涙があふれてきてうまく喋れない。咲耶は、私の髪を撫でながら、「心配をかけてすまない…」と呟いた。

 もう、どこにも行かないでほしい… 涙で声にならない思いを込めてギュッと咲耶に強く抱きつくと、走ってきたせいだろうか? いつもなら聞こえない咲耶の鼓動が聞こえてきた。ドクン、ドクンと…ん? 咲耶の鼓動?


「さ、咲耶! 何か、ドキドキ聞こえる!?」


 少し体を離し、咲耶の顔を見上げると、咲耶は静かに微笑んでいた。


「人間にしてもらってきた。」


「は!?」


「最長老のところへ行ってきたんだ。」






 詳しくは家で。と、咲耶は私の手を取って、いつものバスに乗り込んだ。バスの整理券(このあたりのバスは、料金は降りるときに払うシステム)を2人分取る。2人分?


「これからは、私も“1人分”だ。」


 イマイチ状況が呑み込めていない私に、咲耶がいたずらっぽい笑顔を向ける。その時、周りから視線を感じた。

 そぉっと見渡してみると、何人かいるバスの乗客…その中の、女性の視線がチラチラこちらを向いている。咲耶の笑顔にやられたのか、皆さんの目がハート型に見えるのは気のせいではないだろう。


「…他の人にも見えるんだ…。」


「人間だからな。」


 ほどなくして、降りるバス停に着いた。咲耶が料金を2人分払ってくれた。…お金…どうしたんだろう…?


「長老が“おこづかい”をくれた。」


「まだ心の中読んでるでしょ!!」

 人間になったなら、私の心の中の疑問にタイムリーに返事をするわけがない。…やっぱり、基本は精霊のままなんじゃ…?


「読むまでもなく、木花の考えてることは顔に全部出ている。」


 笑いながら咲耶は私の手を取った。 …温かい…。手をつないだときはいつでも温かかったけれど、それはどちらかといえば心が温かい感じだった。でも、今は違う。咲耶の手、そのものが温かい。


「じゃあ、本当に人間に…?」


「さっきから、そう言ってるだろう。本当に、木花の理解力は問題が…」


「ありません!!」






 家につき、ダイニングテーブルに向かい合って座った。なんだろう? 変に緊張する? 何かが違う…いつもの雰囲気と何かが……あ!!


「咲耶、スーツ着てる!!」


 そうだ。駅であった時から何かが違うと感じてた。人間になったとか、それ以前に違う何か。イマドキっぽいスーツを身に着けた咲耶は、今まで見た中で一番かっこよかった。


「長老が、“大切な話をする時の正装だ”と言って、この服装にしてくれた。」


 長老、気が利くな!? お小遣い持たせてくれたり、ずいぶんと俗世間にも精通してるらしい…。


「長老が咲耶を人間にしてくれたの?」


「それは、さすがに長老でも無理だそうだ。それで、最長老の元へ行ってきたのだ。」


 咲耶が最初から話してくれた。


 私が願うまでもなく、咲耶も私とずっと一緒にいたいと思ってくれていたそうだ。それも、精霊としてではなく、人として。


「私の力では到底無理な願いだが、長老ならそのすべを知っているかもしれないと思ったのだ。」


 夜が明ける前、そう思い立った咲耶は、すぐに出発することにした。私に簡単な手紙だけを残して。


「あんな手紙じゃ、訳わかんないじゃない! すっごく心配したんだから!」


 恨みを込めて咲耶を睨むと、咲耶は慌てて謝った。


「すまない。詳しい事情を説明するより、早く向かいたかったのだ。」

 花が散る前でないと、動くことすらできなくなってしまうからな…と咲耶が自嘲気味に笑った。そうか。咲耶には自由に動ける時間があまり残ってなかったんだ…。


 そこで、咲耶はお花屋さんへ行き、日本で一番古いソメイヨシノのある場所を聞いた。そこから、その場所へ瞬間移動して長老の元へたどり着いた。


「そこの桜はまだ咲いていなかったが、長老はそこにいた。」


 長老ほどのパワーを持つと、開花に関係なく、常時姿を現しているらしい。咲耶は、挨拶もそこそこ、自分の思いを熱く語った。どんなに自分が人間になりたいか、どんなに私と一緒にいたいかを。


「え~、でも、それって人間にならなきゃダメなの~?」


 話を聞き終えた長老は、咲耶にそう尋ねた………って、なんか…口調が……?


「…参考までに。長老ってどんな感じ?」


「きれいな顔をしていたぞ。私以上に。」


「若いの!?」


「前に言ったぞ。精霊は歳をとらない。」


 いや、確かにそれは聞いたけども! でも、世間一般の“長老”のイメージはそうではないと思うよ。


「そこで、私は“人間でなければ意味がない”と答えたのだ。」


 あ、私の異議はスルーですか…。


「長老は“人間って大変だよ~。歳は取るし、病気にはなるし。騙したり、盗んだりする人もいるしさ~”と言っていた。」


 確かにその通りだ。咲耶は今のままなら、その美しい姿のままでいられるし、悪い人に出会うこともない。


「それでも。私は、木花と共に歳を重ね、共に老いてゆきたい。」


 咲耶は長老にハッキリと告げたらしい。長老は、肩をすくめ「じゃ、しょうがないね。」と言って、咲耶を最長老の元へと一瞬で連れて行ってくれた。

 

 最長老は、咲耶に長老と同じく「ほんとに、いいの~?」と尋ねた(長老と同じノリの人らしい)。咲耶はもう1度同じ答えを返し、そのあとすぐ何かの呪文を唱えてくれたそうだ。

 咲耶自身、あまり変化があった様には感じなかったけれど、最長老が「おめでとう。頑張れよ。」と声を掛けてくれたことで、願いが叶えられたことを知ったのだ。


 そして、人間になった咲耶と長老は元の場所に帰ってきた。そして、長老は咲耶に「ここからは電車で帰んなよ。」と言って、お小遣いと、数冊の本を渡してくれたそうだ。


「本って?」


「これだ。」


 咲耶が見せてくれた本は…。 いわゆる“マニュアル本”だった…。


 “いまどきの若者の話し方”“メンズファッション”“人間の生活の仕方”…ここまではいいとして…… “男女交際の進め方”“男女同衾の心得”って、何よこれ!? 中身、何書いてあんのよ!!

ほんっっっっっと俗世間に精通した長老様だ。




「木花。」


 近くで声がして顔を上げると、咲耶は私の傍らに膝をついて立っていた。そして、私と同じ目線の高さで、真正面から私の目を見つめてハッキリと言ってくれた。


「これからの私は歳を取る。病気になったりすることもあるだろう。もしかしたら……木花より先にこの世からいなくなるかもしれない。それでも、私と一緒に過ごしてくれるか?」


 もちろんだよ、と答えたつもりが、ちゃんと声にならかった。涙がのどを塞いでしまったから。言葉の代わりに、私は咲耶の首に抱きついた。


「…あ、…ありがと……う、嬉しい…。」


 やっと、言葉が出て、それだけを伝えた。咲耶はずっと、私を抱きしめてくれていた…。








 あれから1年。また、桜の季節がやってきた。


「咲耶、明日の定休日はヒマ?」


「ああ、明日はスクールもないから空いてるぞ。」


「じゃあ、お花見しようか。」


 それはいいな、と笑顔で答えて咲耶が仕事へ向かう。「いってらっしゃい。」と見送ると、咲耶がピタッと立ち止まった。


「まだ、大丈夫そうか?」


 私のお腹に目をやりながら心配そうに尋ねる。


「初めてだからよく分かんないけど…今のところは大丈夫。」


「何かあったら、すぐ電話よこせよ。」


 はいはい、わかりました。と相槌を打って、今度こそ咲耶を送り出す。


 咲耶は、商店街のお花屋さんに就職した。実はあのおじさん、意外とやり手で、華道の師範やフラワーアレンジメントの仕事も請け負っていたのだ。

 昼間、奥さんにお店をまかせて華道の教室を開いたり、イベントの花を活けに行ったりと、ずいぶん忙しく働いていたらしい。ところが、昨年、お孫さんが産まれて、昼間、両親が働いている間、そのお孫さんを預かることになってからは、奥さんの手が空かなくなって、人手が足りなくて困っていたらしい。そこで、花に詳しい咲耶に「お店をまかせたい。」と言ってくれたのだ。


 初めこそ、お店の切り盛りだけをやっていたけれど、飲み込みが早く、真面目な咲耶をすっかり気にいったおじさんが「華道やフラワーアレンジメントも勉強して、そっちも手伝ってくれよ。」と言い出した。

 だから、咲耶は定休日でも色々学ぶことがあって忙しくなった。おかげで、お給料もそれなりにいただいてるけど。



 私は…、咲耶と結婚した。なんと、気が利く長老が、咲耶に“戸籍”も作ってくれていたのだ! すごいな長老…なんでもできちゃうんだ…。


 咲耶の名前は“桜木 咲耶”。 …サクサクくどい。もうすこしひねりが欲しかったところだ…。

長老から頂いたマニュアル本をすべてきっちり理解した咲耶のおかげで、私のお腹には新しい命が宿っている。まもなく予定日だ。


 咲耶は「女の子だったら“ひめ”と名付けるぞ。」と決めている。私と、咲耶と、赤ちゃんで“木花咲耶姫”を完成させたいらしい…。漢字は私に任せると言っていた。

 性別は聞いてないんだけど…男の子だったらどうするんでしょうね~、とお腹の赤ちゃんに話しかける。去年の今頃は、自分の家族ができるなんて思いもしてなかった。今、本当に幸せだ。


「あなたが大きくなったら、長老の桜を見に行きましょうね。」


 またお腹に話しかけた。ちゃんと聞こえたのだろう、お腹の赤ちゃんがボコンっと1度、お腹を蹴った。







(終わり)





 

 








最後までお読みくださってありがとうございました。

ラスト、お気に召していただければ幸いです。

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