200 合鍵
家に帰ると、玄関の明かりがついていた。
「……」
靴を見て、少しだけ息を抜く。
(……いるな)
ドアを開ける。
「ただいま」
「おかえり、アオ」
リビングから声が返ってくる。
キッチンの方を見ると、愛菜が立っていた。
エプロン姿で、何かを作っている。
その光景が、もう当たり前みたいになっている。
春休みに入ってから——
愛菜は週に四日くらい、蒼の家に来ている。
週末は、ほぼ必ずいる。
いつの間にか、合鍵も渡していた。
最初は少し違和感があったはずなのに、
今はそれが、自然になっている。
「いい匂い」
蒼がそう言うと、
愛菜が少しだけ振り返る。
「でしょ?」
ちょっと得意げに笑う。
「今日ちょっと頑張った」
「マジ?」
「うん」
軽く頷く。
蒼はバッグを置いて、ソファに腰を下ろす。
「……はぁ」
少しだけ体の力が抜ける。
その様子を見て——
愛菜が近づいてくる。
「ねえ」
「……ん?」
「部活、どうだった?」
「……」
少しだけ考える。
「キツかった」
正直に言う。
愛菜がくすっと笑う。
「でしょね」
「レベルも全然違うし」
蒼が続ける。
「ノックも速いし、判断も早いし」
「……」
「バッティングも最初全然合わなくて」
「……」
「でもまあ」
少しだけ間。
「途中からは、なんとかなった」
愛菜が少しだけ目を細める。
「へぇ」
「どうだったの?」
「……」
蒼が少しだけ視線を逸らす。
「まあ……悪くはなかった」
「ふーん?」
少しニヤッとする。
「なんか言い方怪しいな」
「いや、別に」
蒼が苦笑する。
「普通だよ」
「絶対普通じゃないじゃん」
くすっと笑う。
少しだけ間。
「でもさ」
蒼が続ける。
「これからもっとキツくなると思う」
「……」
「一部リーグ狙ってるらしいし」
「……そっか」
愛菜が小さく頷く。
「じゃあ、忙しくなるね」
「まあな」
蒼が軽く答える。
「……」
少しだけ、沈黙。
そのあと——
愛菜が、すっと蒼の隣に座る。
本来の愛菜は、こうやって甘えるタイプではない。
どちらかと言えば、しっかりしていて、
蒼を支える側の人間だ。
でも——
最近は、こうして時々
少しだけ距離を詰めてくることがある。
「ねえ」
「……ん?」
「部活ばっかじゃなくてさ」
少しだけ距離を詰める。
「せっかくの一緒にいれる時間、減っちゃうんだから」
「……」
蒼が少しだけ視線を向ける。
「部活も大切だけど、ちゃんと2人の時間も大事にしてよ?」
「……」
蒼は一瞬言葉に詰まる。
「……するよ」
少し照れながら答える。
愛菜が少しだけ笑う。
「ほんとに?」
「ほんと」
「……」
じっと見てくる。
近い距離。
少しだけ沈黙。
「……じゃあさ」
愛菜が小さく言う。
「今も、構ってくれる?」
「……」
蒼は一瞬だけ迷って——
軽く笑う。
「……めんどくせぇな」
「え?」
愛菜が少しムッとする。
その瞬間——
蒼が軽く頭を撫でる。
「ちゃんと分かってるよ」
「……」
一瞬、止まる。
そして——
愛菜の顔が一気に赤くなる。
「……なにそれ」
小さく呟く。
でも、嬉しそうに笑う。
「……もう」
少しだけ強く、蒼の肩にもたれかかる。
「ちゃんとだからね」
「……おう」
静かな部屋。
でも——
そこには、確かな温もりがあった。




