177 温泉2
「蒼ちゃんのこと、ずっと好きだった」
その言葉に——
「……え」
愛菜は思わず顔を上げる。
一瞬、言葉が出ない。
湯気の中で、澪の顔を見る。
澪は——
少しだけ笑っていた。
「あー、でも」
軽く手を振るように言う。
「ずっとって言っても、ほんと昔の話だから」
肩まで湯に浸かりながら、少しだけ視線をずらす。
「中学くらいまでかな」
「……え?」
愛菜が小さく聞き返す。
「14くらいまで」
澪が笑う。
「そのへんで、なんとなく終わった感じ」
「……」
愛菜は、少しだけ息を吐く。
胸の奥にあったものが、すっと軽くなる。
「そう、なんですね」
自然と、そう言葉が出る。
「うん」
澪が頷く。
「今はもう全然」
さらっと言う。
「普通に懐かしいなーってくらい」
湯気が揺れる。
静かな空気。
「でもさ」
澪がふと思い出したように言う。
「一回だけ、電話したことあって」
「……電話?」
愛菜が顔を上げる。
「高校のとき」
澪が言う。
「たしか、2年の夏くらい」
少しだけ考えるようにしてから続ける。
「久しぶりに話したくなってさ」
「……」
愛菜は黙って聞く。
「“今年の夏、帰ってこないの?”って聞いたの」
少しだけ笑う。
「そしたらさ」
澪が、蒼の声を思い出すように言う。
「“今は野球に集中したいから”って」
「“夏大終わったばっかだし”って」
「……」
愛菜の表情が、わずかに変わる。
(……その時期)
頭の中で、繋がる。
高校2年の夏。
(私と付き合い始めた頃だ)
「……」
何も言わない。
でも——
胸の奥が、少しだけざわつく。
「なんかさ」
澪が軽く笑う。
「らしいなって思った」
「……」
「昔からああいうとこあったし」
肩まで湯に沈みながら言う。
「一回決めたら、そっちしか見なくなるみたいな」
湯の音だけが、静かに響く。
愛菜は、ゆっくりと目を閉じる。
さっきの言葉。
今の話。
全部が、少しずつ繋がっていく。
静かな温泉の中で——
その感覚だけが、残っていた。




