116 ださくないですよ
その日のバイトが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
店の明かりから一歩外に出ると、
少しだけ涼しい風が頬を撫でる。
「お疲れ様でしたー!」
七海が元気よく言う。
「お疲れ」
蒼も軽く手を上げる。
二人は並んで歩き出した。
コンビニの明かりが、後ろで小さくなる。
少しの間、言葉はなかった。
靴音だけが、静かに響く。
「……蒼先輩」
七海が、ふと口を開く。
「さっきの話なんですけど」
蒼は少しだけ視線を横に向ける。
「凛先輩のこと」
「……ああ」
短く答える。
少しだけ間が空く。
蒼は少しだけ言葉を選びながら話し始めた。
ところどころ言葉を濁しながらも、
あの夜のことを簡単に話していく。
七海は、何も言わずに聞いていた。
しばらくして̶̶
蒼は小さく息を吐く。
「……まあ、こんな感じだったんだよ」
夜の空気に、言葉が溶ける。
しばらく沈黙が続く。
街灯の光が、二人の影を伸ばす。
やがて̶̶
七海が小さく息を吐いた。
「……なるほどですねー」
いつもの少し軽い口調。
でも、どこか納得したような響き。
「なんか」
「蒼先輩らしいというか」
少しだけ笑う。
蒼は苦笑する。
「なんだよそれ」
「いや、なんとなくです」
七海は肩をすくめる。
少しだけ間が空く。
蒼は前を見たまま、ぽつりと呟く。
「……俺もさ」
「結局、よくわかんねーんだよな」
足を止めることなく、続ける。
「凛のことは、好きなんだけど」
少しだけ間を置く。
「……でもさ」
視線を少しだけ落とす。
「……さっき話しただろ」
「凛に言われたんだよ」
「俺の中に、まだ愛菜がいるって」
小さく苦笑する。
「……あのときは否定したけどさ」
小さく息を吐く。
「……今思うと、やっぱ残ってたのかもしれねぇ」
自嘲気味に笑う。
「ちゃんと終わらせたつもりだったんだけどな」
小さく首を振る。
「じゃあ、それで全部うまくいくかって言われたら」
「……なんか、違う気がして」
夜風が、少しだけ強く吹く。
「自分でも、何が正解か分かってねーし」
苦笑が漏れる。
「だせぇよな」
その言葉に̶̶
七海は少しだけ足を緩めた。
「……ださくないですよ」
ぽつりと、言う。
蒼は少しだけ驚いたように横を見る。
七海は前を向いたまま、続ける。
「ちゃんと悩んでるってことじゃないですか」
「それって、ちゃんと考えてるってことだと思います」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「まあ、偉そうなこと言ってますけど」
蒼は小さく息を吐く。
「……お前な」
「はい?」
「そういうとこ、ほんとマネージャーっぽいよな」
「えー、褒めてます?」
「さあな」
軽く笑う。
さっきまでより、少しだけ空気が柔らいでいた。
二人の足音が、夜の中に溶けていく。
少しだけ間が空く。
七海が、くるっと蒼の方を向いた。
「じゃあ」
「蒼先輩、明日デートしましょ!」
「は!?」
蒼は思わず声を上げる。
「なんでそーなるんだよ!」
七海は気にした様子もなく笑う。
「いいからいいから」
「明日土曜日だし」
「蒼先輩もどうせ暇ですよね?」
「いや、まあ……暇は暇だけどさ」
少しだけ言い淀む蒼。
七海は満足そうに頷く。
「じゃあ決まりですね!」
「明日10時に駅前集合で!」
そう言うと、くるっと背を向ける。
「それじゃ、お疲れ様でしたー!」
軽く手を振って̶̶
そのまま、ぱっと走り出した。
「お、おい!」
蒼は思わず声を上げる。
「まだ俺、行くって言ってねーぞ!」
遠ざかる背中に向かって叫ぶ。
「おーい!」
七海は振り返らない。
そのまま、角を曲がって見えなくなった。
しばらく、その場に立ち尽くす。
「……はぁ」
小さくため息をつく。
「……ったく」
少しだけ口元を緩める。
「しゃーねーな」
そう呟いて、蒼もまた歩き出した。




