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強面菓子職人と恋するエクレア  作者: 五織心十


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5/6


 オーブンの代わりに竈を使い、鉄板に並べられた細長い生地がじりじりと焼かれていく。

 煙の匂いと香ばしい香りが混じり合い、工房の中を満たした。


 やがて取り出したそれは――


「ふ、膨らんで……る……?」


 少し膨らみが足りず、端が歪んでしまったエクレアの生地だった。

 クレアは複雑そうな表情を浮かべる。


「やっぱり、お菓子作りは難しいですね……」


 肩をしゅんと落とすクレア。

 けれどロルフからすれば、上々のように思えた。何しろスタートがあれだったのだから。


 ロルフは無言でひとつを手に取り、無骨な指で割った。


 ふわりと立ちのぼる湯気。

 まだ粗いが、ほんのり甘い香りが確かにそこにあった。

 ロルフはそのままそれを口にした。


「……中々、悪くないんじゃないか?」

「え……」


 表面は固め、内側はまだ少し湿っぽい。けれど、ほんのりバターの風味がして、噛むごとにじんわり甘さが広がった。


「俺は好きだぞ、この味。何と言うか……こう、手作り感があって」


 ロルフの精一杯の褒め言葉。

 クレアは泣きそうな表情をする。


「そ、それにほら、どうせこの上からチョコでコーティングするんだ……中はクリーム詰めて膨らませばいいし」


 ロルフはクレアを励ましたくて一生懸命言葉を並べた。


「これ、渡すんだろ? 自分のために一生懸命作ってくれた菓子なら、もらって嬉しくない男はいないぞ、な?」

 

 後半は、自分でも何を言っているのか分からなかった。


「というか、君らの年代なら……自分にリボンでも巻いて、チョコは私って言えばコロッと落ちるんじゃ……って、俺は一体何を言ってるんだ? おばあさんとの思い出のエクレアをだったよな、すまん、忘れてくれ……」

「――ロルフさんでも、そうなんですか?」

「え?」


 至極真剣に、どこか目の据わったクレアが問う。

 雰囲気の変わったクレアに怖気つくロルフは曖昧に答える。


「そ、そうだな……?」

「そうなんですね……」


 一瞬何かを思案しているようなクレア。そんな彼女を黙って見守る。


 クレアは側にあったラッピング用のリボンを手にし、自らの首に巻き付けた。


「? 何をして……」

「た、食べてください!」

「……は?」

「ロルフさんが言ったんですよ! コロッと落ちるって……!」


 真っ赤な顔、涙目でこちらを見上げるクレア。


「私、あなたが好きなんです」


 嘘を付くような性格ではないと、今日初めて会った相手だが分かる。

 今度はロルフが顔を真っ赤にする番だった。


「は、え、あ、えぇ? ま、待ってくれ、君が好きなのは弟のノアじゃ……?」

「ち、違います! ロルフさんです!」

「いやいやいや、可笑しいだろ、こんな指名手配されてそうな顔の男なんて」

「お、男らしくてキリッとしてて、私は好きです!」


 否定すればするほど、恥ずかしい言葉が返って来る。

 誰かに好意を持たれたことなんてないロルフは、こういう時、どうすればいいのか皆目検討がつかない。


「も、もう、やめてくれ……」

 

 ロルフはお手上げだった。


「俺の、どこがいいんだ……」


 それは独り言に近い呟きだった。

 信じられないあまり、そうぼやいていた。


 クレアは迷いなく言葉を紡ぐ。

 

「お菓子を作っている時のロルフさんが、好きなんです」


 また好きと言われて、過剰に反応してしまう。

 けれどクレアの話に耳を傾けた。


「黙々と生地を捏ねている時とか、オーブンを覗く真剣な横顔とか……。強面なのに、お菓子はどれも優しい味で……初めて食べた時、びっくりしました」


 胸がどくりと跳ねた。

 仕事中の自分なんて、周りからは「恐ろしく無口で近寄りがたい」としか思われていないはずだ。それを好きだと言う人がいるなんて、想像したこともない。


「……それが、仕事だ」

「仕事だからこそ、なんだと思います。手間を惜しまず、一つ一つ丁寧に作る姿……格好いいって、ずっと思ってました」


 目を逸らした。まともに見ていられない。

 だが、彼女の言葉は、甘い香りのように胸に残る。


 ふと、弟ノアの顔が浮かんだ。

 やけに含みのある笑いを浮かべてたのは、これのことだったのかと腑に落ちる。


「……ノアは知ってたんだな」

「はい……ロルフさんはその……鈍いから、私が言わないと一生分からないよって、背中を押してくれました」


 ロルフは思わず天を仰いだ。

 確かにその通りだ。言われなきゃ一生気付かなかった。


「……まったく、余計なことを」


 呟いたが、口元はほんの少しだけ緩んでいた。


「私の想いは、余計でしたか……?」


 クレアは、震える声でそう問うた。

 潤んだ瞳の奥に怯えが見え隠れし、その表情は見ているだけで胸を締めつけるほど切実だった。


 ロルフは返事に詰まり、黙り込んだ。

 否定したい。そうじゃないと伝えたい。

 だが、不器用な男の口からは、思うように言葉が出てこない。


 確かに、ノアが言った通りだ。ロルフは鈍く、誰かの好意に気付いたこともなければ、向けられたことすらなかった。


 だからこそ――嬉しかった。


 胸を叩くような高鳴りも、頬を熱く染める感覚も、初めてのことだった。

 だがその感情の裏には、戸惑いが重くのしかかっていた。


 ロルフは色恋とは無縁の人生を歩んできた。

 粉と卵にまみれ、ただ菓子を作ることだけに没頭してきた男だ。そんな自分に、彼女が長く惹かれ続けるはずがない。

 いずれ愛想を尽かされる日が来るだろう――そう思うと、どうしても自信が持てなかった。


 震える声で、ようやく口を開く。


「俺は、菓子を作ることしかできない……つまらない男だぞ」


 声は低く、弱々しく、情けないほど正直だった。


 だがクレアは、一瞬も迷わず顔を上げる。

 その瞳は驚くほど真っ直ぐで、揺るぎなかった。


「そんなことありません!」


 きっぱりとした声が、空気を震わせる。


「私は、そんなロルフさんを好きになったんです。お菓子作りに真っ直ぐな、ロルフさんを」


 その言葉は、まるでロルフの歩んできた日々すべてを、そっと掬い上げるようだった。

 胸の奥が、じわりと熱を帯びる。


 恋を知らないロルフには、この疼きの名がまだわからない。

 鼓動は落ち着かず、指先まで妙に熱い。


 クレアとは今日出会ったばかりだ。しかも弟の同級生で、年も離れている。

 常識を並べ立てれば、距離を取る理由はいくらでもある。


 それでも……彼女の想いも、自らの感情も、拒むという選択だけはできなかった。


 自分に向けられた、真っ直ぐな想いを。


 ロルフはゆっくりと息を吸い込み、胸の奥に芽生えたものを、そっと受け入れた。

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