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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第4章 至宝の覚醒-運命を塗り替えるまで

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愛の鉄槌 ――「至宝」を磨き上げる三人の守護者――

朝陽が差し込む公爵邸のサロン。そこには、普段のエレーナを全力で甘やかす三人の大人が、今まで見せたことのない厳粛な面持ちで並んでいました。

「エレーナ、おいで」

リサーナが優しく、しかし抗いがたい威厳を持って手招きします。

「おばあ様……マギー、クラウス……。みんな、どうしてそんなに怖い顔してるの?」

エレーナが不安げに立ち止まると、クラウスが一歩前に出ました。ヴィンセントに内緒で特製のアイスを運んでくれる、誰よりも優しい「おじいちゃん」のような存在です。

しかし、今日の彼は、震えるほど深く、厳かに一礼しました。

「……お嬢様。本当は、私もこのような真似はしたくないのですが……。貴女様を傷つけるようなことは、万死に値するとすら思っております。……ですが、どうか覚悟してくださいませ。 貴女様がいつか大空へ羽ばたく時、その翼が折れぬよう、今日ばかりはこのクラウス、鬼となって貴女様を磨き上げさせていただきます」

「クラウス……」

隣では、いつもエレーナの泥だらけの服を「元気な証拠ですわ」と笑って洗ってくれるマギーが、コルセットを手に静かに頷きました。

「お嬢様。貴女様のその野生の強さは、私共の誇り。ですが、それを『気品』というさやに収める術を、どうか今日一日で学んでいただきたいのです。……さあ、痛くはしませんから、背中をお貸しなさいな」


特訓は、マギーによる着付けから始まりました。

「う、苦しい……マギー、ちょっとだけ緩めて?」

「……いけません、お嬢様」

マギーは胸が締め付けられる思いを堪え、心を無にしてコルセットの紐を引きました。

(ああ、お嬢様の柔らかなお体に、このような硬いものを強いるなんて……!)と心の中で泣きながらも、指先は決して緩みません。

リサーナも、扇子で顔を隠しながら、心の中で必死にエレーナを応援していました。

(頑張って、エレーナ! 貴女ならできるわ! でも、そんなに苦しそうな顔をされると、おばあ様まで泣けてきちゃう……!)



クラウスによる歩行の訓練が始まりました。

「お嬢様。……歩くときは、心に一輪の百合を咲かせるのです。戦場を駆ける風ではなく、春の陽光を運ぶそよ風のように」

エレーナは必死に歩きます。しかし、一歩踏み出すごとに、かつてフェイたちと戦った記憶が体を動かしてしまいます。

「……お嬢様。今、左側にいたバッシュ殿の気配に反応して、肩がわずかに上がりましたね」

クラウスの指摘は鋭いものでした。

「だって、バッシュがそこで石を投げる構えをしてる気がしたんだもん!」

「……ええ、わかっております。貴女様がどれほど努力して、その鋭敏な感覚を身につけたかを。ですが、今はその力を、すべて『優雅さ』という名の内側に閉じ込めるのです」

クラウスは、エレーナの額に滲む汗をハンカチで優しく拭いながら、囁きました。

「貴女様なら、この程度の『呪縛』、遊びのように乗り越えられるはず。……そうでございましょう?」

その言葉に、エレーナの瞳に「戦士」としての負けん気が宿りました。

「……うん。わかった。私、やるよ!」



午後のカーテシー(会釈)の練習。

疲れが見え始めたエレーナに対し、リサーナがそっと声をかけました。

「エレーナ。……貴女のその強い体は、皆に守られるためのものではなく、貴女自身が誇り高く立つためのものよ。おばあ様はね、貴女がドレスを翻して戦場を舞う姿すら、本当は美しいと思っているわ。でも……」

リサーナはエレーナの頬を撫でました。

「敵を倒す力だけではなく、敵を『魅了し、ひれ伏させる』気品を身につけなさい。そうすれば、世界中の誰もお前に指一本触れることなどできないわ」

その言葉を受けたエレーナが、ゆっくりと膝を折りました。

庭から響くジュリアン兄様の剣撃音。反射的に筋肉が強張ろうとするのを、エレーナは「愛する人たちを安心させるため」の意志でねじ伏せました。

ふわり。

ドレスが円を描いて広がり、エレーナの首筋が白鳥のようにしなやかに曲がりました。

殺気も、警戒も、すべてを飲み込んだ、静かな、しかし圧倒的な「気品」。

「…………素晴らしい」

クラウスの声が、わずかに震えました。マギーはハンカチで目元を拭い、リサーナは満面の笑みで拍手を送りました。




夕暮れ時。特訓を終え、疲れ果ててソファに倒れ込んだエレーナ。

そこには、もう「処刑人」の姿はありませんでした。

「お嬢様。よく頑張られましたね。今夜は、ヴィンセント様に内緒で、とびきり甘いココアを用意いたしましたよ」

クラウスが、かつてのように慈愛に満ちた笑顔でカップを運びます。

「エレーナ。明日はもう少し、おばあ様と楽しくお喋りしましょうね。今日の貴女は、世界で一番綺麗なロズレイドの至宝だったわ」

リサーナがエレーナの髪を撫で、マギーはエレーナの足を優しくマッサージしながら、「明日はもっと楽なコルセットにしましょうね」と微笑みました。

ロズレイド公爵邸。

厳しさの裏にある無償の愛に包まれて、エレーナは少しずつ、しかし確実に「最強の淑女」へと進化していくのでした。

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