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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第4章 至宝の覚醒-運命を塗り替えるまで

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地獄の幕開け ――筋肉痛と気品の狭間で――

集中講義を終えた翌朝。エレーナは、人生で初めての感覚に襲われていました。

「……う、動けない……。指先一本まで、全部の筋肉が『淑女の形』のまま固まってる……」

昨日の強行軍。慣れない姿勢、慣れない呼吸、慣れない笑顔。騎士としての筋肉が、全力で「こんなの聞いてない!」と抗議の声を上げています。

しかし、そんなエレーナの絶望を切り裂いたのは、涼やかな鐘の音でした。

「お嬢様、おはようございます。さあ、『ON』のお時間ですよ」

影から現れたクラウスが、一切の情けを捨てた無表情でカーテンを開け放ちます。

「クラウス……お願い、あと5分。……あ、いや、あと1時間……」

「いけませんわ、お嬢様」

背後から現れたマギーの手には、昨日よりもさらにボーンの数が増えた「特訓用ドレス」が握られていました。



午前9時。ロズレイド邸のサロンには、リサーナ皇太后が扇子を手に鎮座していました。

「エレーナ、座りなさい。……1時間、その姿勢を崩さず、お茶を一口ずつ、優雅に飲み続けなさい。少しでも背筋が丸まったら、最初からやり直しよ」

「1時間!? おばあ様、外でフェイたちが素振りを……!」

「あちらは『動』の訓練。貴女がしているのは『静』の戦いです。……マギー、始めて」

マギーがエレーナの背中と椅子の間に、薄い薄い「卵の殻」を挟みました。

「割ればドレスが汚れます。離れれば、その瞬間にクラウスの鈴が鳴りますよ」

一分、二分……。

筋肉痛の箇所に、じわじわと乳酸が溜まっていきます。騎士としての本能は「この体勢は効率が悪い! 重心を下げろ!」と叫んでいますが、淑女としての教育がそれを許しません。

エレーナの額に、宝石のような汗が滲みます。


午後は、クラウスによる言葉遣いの特訓です。

「お嬢様、私がどのような無作法な問いを投げかけても、微笑みを絶やさず、気高くお答えください」

「わかった! いくらでこいだわ!、クラウス!」

「……お嬢様。その『いくらでも来いだわ』をどう言い換えますか?」

「……『お手合わせ、願いますわ』?」

「不合格。淑女は戦いを望みません。……『お相手を、務めさせていただきますわ』です。さあ、100回」

一事が万事これでした。

エレーナが慣れ親しんだ騎士の用語を、一つずつ丁寧に、かつ徹底的に「令嬢の言葉」へと変換していく作業。

「おなかすいた」は「空腹を覚えましたわ」、「あの人」は「あの方」、「やってやる」は「あの方に少し、礼儀をお教えして差し上げなくては」……。

エレーナの脳内は、言葉の並列処理でショート寸前でした。



そして、ついにその時が来ました。

公爵邸の鐘が、午後4時を告げます。

「……本日の特訓は、ここまで。エレーナ、よく耐えたわね」

リサーナのその一言は、戦場での勝利宣言よりもエレーナを歓喜させました。

「ぷはーーーーーーーーっ!!!」

エレーナは椅子から滑り落ちるように床へ倒れ込みました。

「死ぬ……! マギー、肺が平らになった気がする! クラウス、頭の中が『おほほ』でいっぱいだよ!」

「お疲れ様でございました、お嬢様。……さあ、マギーさん」

「ええ、外しましょう」

マギーが手際よくコルセットを解くと、エレーナの肺に新鮮な空気が一気に流れ込みます。

その瞬間、彼女の瞳に「野生」の光が戻りました。


「バッシュ! どこ!? どこにいるの!?」

ドレスの裾を腰までまくり上げ、エレーナは中庭へ飛び出しました。

さっきまで「卵の殻」を気にしていた少女はどこへやら。生垣を一気に飛び越え、全力疾走で訓練場へ。

「お嬢! 待ちくたびれましたよ!」

バッシュが笑って石を投げます。エレーナはそれを空中回転で避け、そのまま巴投げの姿勢に!

「これだよ、これ! これがないと生きてる気がしない!」


こうして、エレーナの「二重生活」の二ヶ月が本格的に動き出したのでした

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