21 あやまち
三十分を過ぎても、倫太郎は戻らなかった。
鍵が開いた部屋にいる麗奈が心配になり、いったん帰ることにした。 805号室に戻り、リビングに入ったその瞬間、目を疑った。
麗奈がソファに仰向けで横になり、その上に、倫太郎が覆いかぶさり、唇を重ねていた。
一瞬にして頭に血がのぼり、考えるより先に声が出た。
「何してるんだよ!」
倫太郎は、体に電気が走ったかのように飛び上がり、ソファを転げ落ちた。
顔を真っ赤にして駆け出し、高志の身体をすり抜けて部屋を飛びだした。
「倫太郎!」
後を追って外廊下に出た。
すると、804号室の扉が開いているのが見えた。
扉を押さえていたのは、肥満気味の少年だ。やけに貫禄があるが、歳は倫太郎と同じくらいだろうか。
「あ、いた」
肥満児が、倫太郎を見て言った。続いて、中から姉が顔をだした。
ひきこもり倫太郎に、ひとりでも友人がいたことを喜ばしく思いたいところだが、そんな余裕はなかった。
「倫太郎、さっきのはなんだよ!」
語気強く迫った。
高志の後を受けたかのタイミングで、肥満児も口を開いた。
「今日どうして来なかったの? 待ってたのに」
「うるさいっ!」
倫太郎は、尖った口調で声を発した。どちらに対して怒鳴ったのかは不明だ。
数秒間の静寂が廊下を走り抜けた後、
「おまえはさ」「倫太郎君?」
二人が同時に声をかけると、倫太郎は再び声を荒らげた。
「高志! うるせえ」
俺かよ。
「佐藤君、ごめんなさい。少しだけ待っててもらえるかな」
倫太郎は、これまでにない丁寧な口調で言うと、開いている扉から中に入っていった。
倫太郎を呼び止めようとしたその時、背後に気配を感じて振り向いた。
どこから現れたのか、真後ろに自殺男がいて、804号室へ入っていった。
声をかける間もなかった。
ふと、佐藤と呼ばれた少年に視線を移すと、何かを感じ取ったのか、腕を掻き抱いて身体をブルリと震わせている。
デブでも霊感があるのか?
「私、もういい?」
佐藤と向き合っていた姉が、その場から去った。
廊下に残された佐藤は、どこかで聞いたことのあるメロディーを口笛で吹きながら、壁に寄りかかっている。
二分ほどして倫太郎が現れ、無言のまま佐藤に拳を差しだした。
倫太郎の手には、千円札が数枚握られている。
「おせーよ」
佐藤は、乱暴な口調で声を潜めて言うと、手から金を抜き取り、挨拶もせずに帰っていった。
「おい、今の金はなんだ?」
高志は訊ねたが、倫太郎は無言で自室に入っていった。
後を追って同じ質問をすると、倫太郎が叫ぶように言った。
「借りたんだよ!」
「おまえ、まさかあのデブに……」
「出ていけ!」
高志が言い終えるまえに、怒鳴り声で遮られた。
「倫太郎」
「出ていけ。……出ていってよ。頼むから、もう、俺の所にこないで。お願いします」
その言葉遣いには、これ以上、何も言えなくさせる力があった。
目の前の少年から、怒りだけではないものが、押し寄せてきた。
麗奈とのことについて責めることも、ピンポンダッシュを頼めるような空気でもなく、何も言えずに部屋を後にした。




