消えた記憶と愛する人の嘘 74 「小さな違和
「まい、なんか怒ってる?」
俺がそう聞くと、まいは手を止めずにあっさりと答えた。
「怒ってないよ。」
その声は、特に感情を含んでいるようには聞こえなかった。でも、どこか淡々としている気がする。
「でもなんか、後ろ姿から怒ってるオーラが漂ってる気がするんだけどな。」
軽く冗談めかして言ってみたが、まいは振り返りもしないまま、小さく笑ったような、曖昧な反応を返すだけだった。
(いつものまいなら、もう少しノリよくツッコんでくるはずなんだけどな……。)
そう思いながら、俺はなんとなく胸の奥に引っかかるものを感じていた。
やっぱり、職場に電話したことが面白くなかったんだろうか?
俺が少し考え込んでいると、不意にまいが思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。今日の午後、ちょっと出かけてくるね。」
「ん? どこ行くの?」
俺が尋ねると、まいはようやく振り返り、笑いながら言った。
「内緒だよ。」
いつもの甘えたような、冗談っぽい言い方ではない。どこかさらっと流されたような感覚があった。
(……なんだろう、この引っかかる感じ。)
別に、まいがどこへ行こうが自由だ。でも、今の俺の状況を考えると、まいがどこかに行くことを「内緒」と言われると、なぜか落ち着かない気持ちになる。
(束縛するようなことを言っても仕方ないし、考えすぎか……?)
そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥には拭いきれない違和感が残ったままだった。
そんなことを考えていると、まいの明るい声が聞こえた。
「謙、できたよ!」
俺は思考を切り替え、テーブルにつく。まいも向かいに座り、二人で朝食をとる。
食事をしながら会話はするけれど、なんとなくいつもと違う。
まいは普段通りに見える。でも、その「普段通り」がどこか作られたもののような気がしてしまう。
いつものような甘い雰囲気はない。
俺が一人で意識しすぎているだけなのかもしれない。けれど、ふとした瞬間に襲ってくる不安が、じわじわと広がっていくのを感じた。
(俺は、まいのことをちゃんとわかってるのか……?)
目の前で笑っているまいが、少し遠くに感じる。
それが俺の気のせいならいいのに——そう思いながらも、不安は小さな棘のように心に刺さったままだった。




