わたしがすべきこと
5年生の夏前のことです。
近所の寂れた神社で、中学生6人が意識不明で倒れているのが見つかったというニュースがありました。
夜中に肝試しをしていたらしいのですが、一体何があったのか……すっかり衰弱していて誰も目覚めないので、何も分からないそうです。
そのニュースを聞いたとき、わたしは何故かとても嫌な気分になりました。テレビでちらっと神社の映像が流れたのですけど、黒いモヤに包まれているように見えます。
あのモヤ……まさか。
そんなはずはない……と思うのですけど。
───どんどん不安が増してゆくので、わたしは確認しに行くことにしました。
「ああ、あの神社。ちょっと山の方だな。北山中学校の裏辺り」
「そうなんだ。ありがとう、翔梧くん」
ニュースで詳しい場所は言ってなかったので、学校で何人かに聞いてみました。
自分家の近くだと、三ツ木翔梧くんが教えてくれました。
……翔梧くんとは、1年生と2年生が同じクラスでした。それから別のクラスになったのですけど、5年生でまた一緒に。
そしたらいつの間にか、わたしのことを優那って呼び捨てです。そして、自分のことも翔梧と呼べと言われました。友達だからって。
そっか~、翔梧くんはわたしのことを友達と思っててくれたんですね。わたしは1年生のときから友達だと思っていましたが、翔梧くんもそうだったのでうれしいです。
ちなみに、翔梧くんは今は学校で1番か2番くらいに成績がいいです。だから宿題で分からないときは、翔梧くんに教えてもらっています。
「優那、あの神社に行くつもりか?」
「うん、ちょっと見てみたくて」
「お前がそんな野次馬なことするなんて珍しいな。でも、止めておいた方がいいぞ。現場検証していた警官も気分が悪くなって倒れた人がいるらしい。変なガスが出てるんじゃないかってさ」
そうなんだ。じゃあ、余計に急がないと。
「そっか。分かった、ありがとう」
わたしは翔梧くんにお礼を言いました。
一度家に帰ってから、自転車で行こうかと思いましたが、お母さんに行き先のウソを言うのはイヤです。
学校帰りにそのまま寄ることにしました。
「優那!神社に行くのか?」
「翔梧くん……」
「行くんなら、俺も一緒に行く」
「え、でも」
「気分悪くなったらヤバいだろ。2人なら、どっちかが助けを呼びに行ける」
「うん……ありがとう」
本当は1人の方がいいんだけど。言えなかった~。
───神社に近付くにつれて、わたしのイヤな予感は確信に変わっていきました。
どうしよう。
今のわたしにアレをどうにかできるのかしら。
鳥居が見えました。鳥居の先は階段になっていて、上の方に神社があるみたいです。
鳥居の前にはカラーコーン。「立ち入り禁止」の札があります。階段の上の方を見ると、警察が張ったのでしょうか、立入禁止の黄色いテープも見えました。
「入っちゃダメみたいだな」
「そうだね」
そのとき、立入禁止のテープを越えて出てくる男の人がいました。
背が高いです。リュックを背負い、カメラを持っています。帽子を深くかぶっているので顔は分かりませんが、警察の人ではないですよね。
わたしと翔梧くんを見て、一瞬、立ち止まりましたが、そのまま普通に下りてきました。
そして鳥居をくぐり、少しかがんでわたし達に視線を合わせます。大学生くらいの人でしょうか?背が高いだけでなく、とても鍛えられた体をしています。でも、すごく優しそうな目……。
「やあ。俺が神社へ勝手に入ってたこと、ナイショにしておいてくれるかな?」
「何をしていたんだ?」
「カメラマンなんだ。特ダネが欲しくて」
そう言って彼はニコッと笑いました。屈託のない笑顔で、全然悪い人には見えません。
ふと、懐かしい感じがしました。
知らない人のはずなのに、この笑顔はよく知っている気がする……。
「でも、上の空気は本当に良くない感じだったよ。だから君たちは、行っちゃダメだからね」
「わかってるよ。……優那、行こう」
「ユーナ?」
翔梧くんがわたしの手をつかみ、来た道を引き返そうとしました。
男の人は、ハッとわたしを見ました。どうしたんでしょう?
翔梧くんの方は鋭い目つきになり、すっとわたしの背中の方に回って肩を押してきました。
「帰ろう」
「う、うん」
男の人は、ずっとわたし達を見つめていました……。
「家まで送ってく」
と翔梧くんが譲らないので、家まで送ってもらいました。
家に帰ったら、お姉ちゃんがにやにやしています。
「優那、もう彼氏ができたの?」
「ち、ちがうよ、お姉ちゃん!翔梧くんは友達」
「ほうほう、ショウゴくんね。同じクラスの子?」
「もう!」
この頃、お姉ちゃんは某ダンスユニットに夢中です。推しだの何だの言って、部屋は写真やグッズだらけです。そして、恋愛話にも興味津々です。
お父さんは、瑠奈に彼氏なんてまだ早い!って言いますけど。
お姉ちゃんでも早いんだから、わたしなんてまだまだですよね?
家に帰ったものの、やっぱり黒いモヤは気になる!
なので、「図書館に本を返しに行ってきます!」と言って、自転車で再びあの神社へ向かいました。
夕暮れ近くになって、神社の辺りは人気がありません。
よし。今がチャンス!
急いで自転車を邪魔にならない辺りに止め、立ち入り禁止のカラーコーンを越えて階段を上がりました。警察の黄色いテープもくぐり……わたしは足を止めました。
神社の本殿?の前に黒い穴があります。
ああ、やっぱり。
これは瘴気です。悪い気の塊です。この世界には無いと思っていたのに。
そうか―――わたしが前世の記憶を思い出したのは、きっとこのためですね。瘴気を浄化するために。
あるべき位置にストンと物が収まるように、わたしは自然とその事実を受け入れることができました。何故、前世の記憶を思い出したのか、ずっと不思議だったのです。
では、今世で一度も浄化をしたことはないけれど、きっとわたしは出来るでしょう。
前世を思い出して、両手を前へ掲げます。
ゆっくりと息を吸って、内にある光のイメージを広げます。どんどんと光は溢れ出し……やがて両手からも溢れ、瘴気が徐々に薄れて……
―――たぶん、前世の倍以上の時間をかけてわたしは浄化を終えました。疲労困憊です。
あ、ダメだ。聖力が空っぽになったせいで、意識が……?