わたしだって、怒るときは怒ります
4年生の秋に大変なことが起こりました。
お母さんが「離婚する!」と言い出したのです。
「瑠奈と優那は、お母さんに付いてきてくれるわよね?」
……ううう、どうしよう。わたし、お母さんもお父さんも大好きだから選べない。離婚なんて、しないで欲しい!
「お母さん、離婚は止めようよ。お父さんと話そう?」
「ムリよ、優那。だってお父さんが話す気ないんだもの」
そう。お父さんは去年からすごく仕事が忙しくなって、出張も多くて、疲れて帰ってくることが増えました。そのせいで、帰ってきても機嫌が悪くてあまりしゃべらなかったり、休みの日は昼まで寝ていたり。
ものすごーく酔っぱらって帰ってくるときもあります。酒くさくて、よく分からない話を大声でするお父さんは、ちょっと苦手です。
「夕飯いらないなら、ちゃんと連絡してって言ってるのに全然しないし。昔っからダラしない人だったけど、最近は輪をかけてヒドイし!出張の用意くらい、自分でしなさいよぉ、いちいちパンツは?シャツは?って、置いてる場所は知ってるくせに。私はあんたのメイドじゃなーい!」
ダメです。お母さん、すっかり限界です……。
「私はお母さんについていく。優那はどうする?」
お姉ちゃんにそう言われました。
わたしは、泣きそうになりながら首を振りました。
「家族がばらばらになるの、イヤ……」
「でもね、ギスギスした空気の中でムリに家族をするのもイヤだよ」
「うん……」
お父さんとケンカして機嫌が悪くなったお母さんは、わたしやお姉ちゃんにもよく怒るようになりました。
前は一緒に笑って見ていたテレビを、「うるさいから、消して。宿題は?ちゃんとやったの?」って。
どうして、こんな風になったんでしょう。前世のユーナは、家族に憧れていましたが、家族って壊れてしまうこともあるんですね……。知りませんでした。
その日の夜遅くに帰ってきたお父さんは、ただいまも言わずに「飯は?」と言いました。
「は?昨日も連絡なしで飲み会に行っておいて、今日もこんな遅くに帰ってきて、飯は?って何。コンビニで何か買ってきたら?」
「お前……俺は家族のために身を粉にして働いているんだぞ?!」
「あたしだって、家族のためにがんばって家事してるわよ!あんただけががんばってるわけじゃない!」
「家事と仕事を同じにするな!」
「バッカじゃないの、ろくに家事をしたことないくせに!」
「お前の方こそ───」
「やめて!!」
わたしは思いっきり大きな声をあげました。
ご近所さんがビックリしているかも知れません。でも、今はそんなことを気にしている余裕はないのです。
「優那、お前もお母さんの味方か!」
「ちがうの、お父さん!……あのね、お帰りなさい!」
「え?……あ……うん……」
いつもわたしには優しいお父さんが、真っ赤で怖い顔になっていましたが……一瞬、固まってから目をパチパチさせました。
わたしは、お母さんを振り返りました。
「お母さん。まずはお帰りなさいだよ。お父さんは、こんな時間まで仕事してたんだよ」
「優那。でも……」
「言って、お母さん!」
お母さんにこんな強い口調で言い返したことはなかったのですけど、お母さんは口をしばらくパクパクさせたあと……
「お、お帰りなさい……」
と言ってくれました。
「はい。じゃあ、お父さんもただいまって言って」
「あー……」
「お父さん!」
「……た、ただいま」
「よし」
わたしは2人の前で腕を組みました。
偉そうですけど、これから偉そうなことを言うつもりなので、気合いがいるのです。
「お父さん。お母さんは毎日、ちゃんとお父さんの夕飯を作っているよ。でも、お父さんが食べないこと多くて、ムダになった夕飯がいっばいあるって知ってる?」
「いや……でもな、急な誘いで断れないことも多いんだよ、優那には分からんだろうが……」
「お父さんに事情があるのは分かります。それでも、帰ってきたらお母さんに夕飯食べれなくてごめんねくらい、言ってもいいと思う」
「でも……あー、うん、その……ごめんなさい」
お父さんは気不味い顔で頭を下げました。まあ、良しとしましょう。
次はお母さんです。
「お母さん。お父さんは毎日、遅くまで仕事を頑張ってる。帰ってきたとき、どうして連絡しないのよ!って怒るより前に、お帰り、お疲れ様って迎えなきゃいけないんじゃない?」
「分かってるわよ、優那。だけどね」
「“だけど”も“でも”も、無しです!」
「………………はい」
しゅん……とお母さんは俯きました。
ふう。ちゃんと、わたしの話を聞いてくれてホッとしました。
「お父さん、毎日長時間のお仕事、大変だよね。休みの日にお昼まで寝なきゃいけないくらい頑張ってて、本当にありがとう。お母さん、洗濯に掃除、買い物、ご飯の支度……当たり前みたいに365日、休みなくやってくれてて、本当にありがとう!」
「優那……」
わたしは、2人に深々と頭を下げました。
「お父さんとお母さんのおかげで、わたしやお姉ちゃんは幸せな毎日が送れています。お父さんもお母さんも大好きです」
言いながら、勝手に涙が流れてきました。
「お父さんもお母さんも、家族のためにいっぱい頑張ってくれてるって、こんな状態になってわたし、初めて知ったよ。ごめんなさい。……だからね、お父さんとお母さんも一度、ちゃんと話して欲しい。大変なことや不満とか……お互いに怒らずに」
「優那」
お父さんもお母さんも、目が赤くなっていました。
2人は顔を見合わせ、少しして言いました。
「うん……そうだね。ちょっと、2人で話し合ってみるよ」
「仕事が終わったら、すっごく疲れてるし腹も減ってるんだよ。で、誰かが飯行こうって言い出して……いつも、ちょっとだけ食べてすぐ帰ろうって思ってるんだけどな。飲んだら、そのままずるずると……ごめん」
「前はマメに連絡くれてたのに最近は全然だし、出張も残業も多くて……違うって思ってても、浮気してるかもしんないって不安になるし……だから言い方もきつくなっちゃって……ごめん……」
───お父さんとお母さんは夜遅くまで2人で話し合っていました。
次の日。
ちょっとだけスッキリした顔になった2人はわたしとお姉ちゃんに頭を下げました。
「いろいろ、不安にさせてごめんな、瑠奈。優那」
「もう1回、お父さんとお母さん、やり直してみる。瑠奈も優那も、心配かけてごめんね」
わたしとお姉ちゃんは、その言葉を聞いてわんわん泣きました。
家族……ばらばらにならなくて良かった…………。
一度こじれると、一朝一夕では修復しないかも知れませんが。
お互いを思いやりつつ、それぞれ少しずつ我慢できるちょうど良い着地点を探したいものですね。
家族といえども、それなりの譲り合いは必要……だって趣味嗜好がみんな違うんですもの。
さて、次話から少し違う展開へ突入します!




