植物を愛する人に悪い人はいないと思います
3年生になって、わたしはピアノを習い始めました!音楽、大好きなので。
ちなみにお姉ちゃんはダンスを習っていて、一緒にダンスもしてみたかったんですけど……運動オンチみたいで……うまく踊れず……。残念です。
ピアノ教室は、うちから徒歩10分くらいところです。
最初はお母さんと行きましたが、3回目からは1人で行くようになりました。
最近、そのピアノ教室の近くで気になる家があります。
植木がいっぱいある家なんです。道路にもたくさん並んでいます。こんなにあると、お世話って大変そう。
どんな人が住んでいるのかしら?と思っていたら、どうやら、白いおヒゲのおじいさん1人みたいです。
ピアノ教室の帰りに、おじいさんが植木に水をあげていたので、お話してみました。
「こんにちは!たくさん、植木があってお世話は大変そうですね」
でも、おじいさんはジロリとにらんだだけで、返事はありませんでした。
ピアノ教室の行きか帰りに、おじいさんを見かけたら挨拶するようになって2ヶ月めだったでしょうか。
「もうすぐ雨が降るぞ。傘は持っているか」
と声を掛けられました。初めておじいさんがしゃべってくれました!
「え!雨が降るんですか?うわ~、傘、持ってきてないです。ピアノ教室は30分で終わるんですけど、それまで降らないでいてくれないかなあ」
「……ちょっと待っとれ」
おじいさんは家に入り、しばらくしてビニール傘を持って出てきました。
「持っていけ」
「え?でもあの……」
「たくさんあるから、返さんでいい。ほら、はよ行け。遅れるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
うわあ、おじいさん、すごくいい人ですね!
そして、ピアノ教室が終わったときには本当に雨が降っていました。天気が分かるなんて、おじいさんはもしかして何か特別な能力を持っているのでしょうか。
傘は返さなくていいと言われましたが、翌週、手作りのイチゴ大福とともに返しました。
わたし、今、お姉ちゃんとお菓子作りにハマっているのです。
お団子は電子レンジで作ることが出来て、意外と簡単で美味しいのです。
「なんじゃ、これは」
「イチゴ大福です!ちょっと形がヘンですけど、わたしが作りました」
「……傘は返さんでええと言ったじゃろが」
「もしかしたら、また同じことがあるかも知れません。そのとき、また貸してくれませんか」
「ああ……まあ……」
「ありがとうございます。おじいさん、天気が分かるなんてすごいですね」
ニコニコとそう言ったら、ふんっとおじいさんは家に帰ってしまいました。
あら?特別な能力のことは秘密なのかしら?
それからは、毎回、一言二言しゃべるようなりました。
お母さんは、傘を貸してもらったときから「あんまり関わらない方がいいわよ」と言うんですけど、どうしてでしょう?
「これからはお母さんも一緒に行く」とも言われました。
でもね。
おじいさん、たぶん人見知りな方なんです。前世でわたしの馬車の御者をしてくれたおじさんと似ています。ようやくわたしに慣れてくれたみたいなので、もう少し、このままがいいんです。
そんなある日、おじいさんのお家の前で大きな男の人とおじいさんが言い争っていました。
「───だから、この鉢、ジャマなんだよ!道路はアンタのもんじゃねえ、さっさと片付けろよ!」
「うるさい!これは全部、ワシのもんじゃ。勝手に触るな!」
きゃあ大変、おじいさんが殴られそう!
わたしは慌てて2人の間に入りました。
「ケンカはダメですよ!暴力反対です!」
「な、なんだ、このチビっこ」
「嬢ちゃん、向こうへ行きな」
「人間は、言葉がしゃべれるんです!お互いに考えていることを伝えられるんです!ちゃんと話し合って解決しましょう」
魔物なんて、問答無用で襲い掛かってくるんですよ。どうして人間を襲うんですかって聞いても、絶対に答えは返ってこないんですよ。
でも、人間同士なら話せるはずです。まずはきちんと話し合わなくては。
「……この爺ぃは人と話す気なんてねぇから意味がないんだよ!」
「そんなケンカ腰の人とは、話をするのは難しいです。ちゃんと、こんにちはって挨拶から始めましたか?」
「あ?……ふざけんな、このガキ」
「止めろ。……嬢ちゃん、構うな。コイツの言い分は分かってる。植木を全部、処分しろっていうんだよ。だが、この植木はワシの大事な宝だ。処分なんか出来ん」
おじいさんは悲しそうに植木を撫でました。
男の人は、目を丸くしました。
「アンタ、ちゃんと話せるじゃねえか」
「勝手に狂人扱いせんでくれ。こっちの話を聞く気のないヤツと話したくなかっただけだ」
……どうやら殴り合いは阻止できたみたいです。良かったぁ。
おじいさん───タカハシケイゾウさんと言うそうです───が植木を大事にしているのは、訳がありました。
植木は、亡くなった奥さんが大切に育てていたものだったのです。
奥さんが亡くなったとき、タカハシさんはショックでしばらく何も手につかなかったのだとか。
そのせいで、いつの間にか植木は枯れそうになっていて……ある日、少し水をあげてみたら、翌朝には元気になっていました。タカハシさんはそれを見て、(ああ、これはアイツが大事にしていた植木だ。枯らしちゃいけない)と思ってちゃんと世話をするようになったそうです。
でも、どんどん大きくなるので、大きい植木鉢に植え替えたり、株分けしたりするうちにみるみる増えてしまったみたいで……。
「なるほど~、そうだったんですね。でも、ちょっと増えすぎじゃないですか?だって、お家に光が入っていませんもん」
タカハシさんのお家に、わたしとイトウさん(あの大きな男の人です)は招かれていました。
お茶を飲みながら、わたしは暗い室内を見渡します。
「お仏壇の奥さんも、太陽の光が恋しいと思うんですけど」
ハッとタカハシさんは顔を上げました。
「太陽の光……」
「全部の植木を大事にしたい気持ちは分かります。だけど、お野菜だって最初はたくさん植えて、途中で間引かないと美味しく育たないそうです。大切だからこそ、少し減らして、伸び伸びと成長できる環境にしてあげる方がいいと思います」
「……アンタ、本当に小学生か?」
隣から信じられないといった口調の台詞が聞こえます。
でも、タカハシさんはわたしの言葉に「そうか……」と呟いて頷いてくれました。
「確かにそうだな。こんな有り様じゃ、アイツも喜ばんか……」
───こうして、タカハシさん家の回りはすっきりと片付きました。
わたしは、本当はあのもっさりと森の隠れ家みたいに見えるタカハシさん家も良いと思っていたんですが……道路はみんなの物ですもんね。やはり占領したらダメですよね。
それからは、ときどき、タカハシさんとイトウさんの3人でお茶をしています。
ちなみにイトウさんはバスの運転手さんだそうです。
夜中遅くに帰ってきたとき、タカハシさん家の植木に何度もぶつかって腹が立ってたんだよ、と教えてくれました。この辺り、街灯が暗いそうです。
「でもま、オレも大事に育ててるサボテンがあるんだよ。1つだけだけどな。今度、写真を見せてやる」
……イトウさんのサボテンは、部屋の天井につきそうなくらい大きな柱サボテンでした。
「人んちにケチをつける前に、お前さんちもなんとかした方がいいんじゃないか?」
タカハシさんが呆れ返って、そんなことをイトウさんに言っていました。
どっちもどっちですよねえ?
結果的に良い方向へ進みましたが……
「お母さん、優那のことが心配だわ。あの子、誰にでも笑顔で挨拶するから」
最近はホント、物騒ですもんね。
知らない人だけじゃなく、知ってる人でも安心できない世の中って悲しい……