2. 女になることと、男であること
とりあえず2話分だけ投稿です。今後については活動報告をご覧ください。
「それじゃあ、もう一度お願いします」
目の前に立つは自称俺の姉ことエリス。その顔は真剣に満ちていた。まるで睨むかのように俺の方を凝視している。
「わ……、わ……」
対して俺はというと、彼女の前に立って顔を真っ赤に染め、お腹の前で重ねた両手を握りしめている。
「わた、わた……」
俺は限界を迎えようとしていた。でも、それをエリスは許すはずがない。下唇を強く噛み、意を決して息を大きく吸った。
「私、柏木奏向って言います。よろしくお願いします」
「はい、オッケーです」
エリスはようやくかと大きく息を漏らす。俺は無情にもその場にへたり込んでしまった。
「もう、こんなことで疲れてたらこの先大変ですよ」
「だ、だって」
学校に行くまであと数日。残り少ない時間に俺はエリスから徹底的な指導を受けていた。女として振る舞うための指導を。
「無理! いきなり私とか話すのは無理だって! すっごい恥ずかしいし」
「はぁ。とりあえず次は仕草の指導に移りますよ。これに着替えてください」
「!?」
エリスは服を俺に手渡してくる。その服は、エリスが持っているスカートだった。
「さあ、早く着替えてください」
「な、で、出来るわけないだろ!」
「制服はスカートなんですよ? ならスカートを着てないと仕草の練習にならないじゃないですか」
「別に、スカート着てなくても出来るでしょ!」
講義をする俺に対して、エリスは苛立ちを示していた。
「わかりました」
一言、そう言うとエリスはいきなり部屋着を脱ぎ始めた。
「何してんだよ!」
「私がやってわからせてあげます」
部屋着の下だけをスカートへと着替えると、俺の目の前にまるで鏡のように同じポーズで立つ。
「わからせるって、どういう……」
「ほら、いつも通りに動いてみてください。私の足を見ながら」
「足を? わ、わかった」
よくわからないが、とにかく体を動かしてみた。足踏みをしたり、しゃがんでみたり、椅子に座ったり。エリスは俺の動きに合わせてほぼ同じ動作で動いている。
動いてる間、エリスの足をずっと見ていた。すると、ある事に気がついた。
「あの、それ、下着、見えそう」
全ての動きで起こるわけではないが、座り方やしゃがみ方で時より危なく見える場面があった。
「わかりましたか?」
「えっと、うん」
エリスが言いたかった事、スカートじゃないといけない理由。それはスカートを履いてる時じゃないとわからない仕草の注意点があるからだった。
「それに、学校が始まるまでにスカートにも慣れないといけないんです。だから、履いてくださいね」
「わ、わかりました」
こうして、スカートを履きながらの仕草の指導が始まった。歩き方は出来るだけ内股で、座るときには後ろの生地を抑えながら座る。
身振り手振りや部屋の中での座り方。そして、何故か可愛い走り方とかいうのもやらされた。
気づけば外は暗くなり始めていた。一日中エリスに指導されて身も心もヘトヘトになっていた。
「うーん、今日はこの辺にしましょうか」
「やっと、終わった」
途端にその場に座り込む。するとエリスは嬉しそうにそれを眺めていた。
「ふふ、自然に出来てますね」
「え、何が?」
下を向くと、足はいつものあぐらではなく女の子座りになっていた。途端に恥ずかしくなり、顔が赤くなる。
「それじゃあ夕飯の準備しちゃいますね。それと、これからはお料理も覚えてもらいますから」
その一言がトドメとなって、俺はしばしぼーっとしてしまう。
いきなり女の体にされて、この体で学校に行くことになって、まるでスパルタのように服を着せられたり外に連れ出されたり友達を作らされたり。
ここ数日は嵐のように過ぎ去っていった。足元を見ると、頼りなくもすべすべして綺麗な足がスカートから伸びている。
手はか細くて繊細。まるで男とは違う。そして、仕草も少しずつ女の仕草に変わっていっている。
それは、凄い勢いで昔の俺を飲み込んでいくように見えて、少し……怖い。
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夕飯はカレーだった。エリスは皿いっぱいにご飯とカレーを盛るとテーブルに運んできた。
二人対面に座りながら食事を始める。
「「いただきます」」
エリスは美味しそうにカレーを口へと運ぶ。口元に手を持っていったり、美味しそうに食べる姿はやっぱり女の子の仕草だ。
それを見るたびに胸がざわついてしまう。口へとカレーを運ぶが、食欲がない。エリスは一皿食べ終えると、おかわりしようと席を立った。
「あれ? 奏向食欲無いんですか?」
その時俺の食べ進めてない皿を見てからか、エリスは心配そうに質問してきた。俺はなんとなく愛想笑いをした。
「えと、なんかお腹いっぱいで」
「そう、ですか」
「悪いけど、残しちゃっていい?」
「はい。大丈夫ですよ」
「ご馳走様」
食器を手早く片付けると、俺はそのまま自分の部屋へと向かった。よくわからないが、一人で考えたかった。
部屋に入るなり布団へと横たわる。そのままただただぼーっとする。どうしてこんなにモヤモヤしてるのかわからない。でも、なんとなく悲しいような、苦しいような。そんな気持ちになる。
頭はモヤモヤでいっぱいなのに、ぼーっとすると次第に眠気がやってくる。俺はそのまま、眠気に任せて目を瞑った。そのまま、意識は闇に落ちていった。
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「(あれ? そうか、俺寝てたのか。どれぐらい寝てたんだろう)」
瞼は閉じたまま、意識だけが先に目を覚ました。寝てしまったせいで時間の感覚が曖昧で、今が何時なのかわからない。
ひとまず目を開けようとすると、ある違和感に気付いた。頭から心地いい感覚がしてくる。それはある一定のペースで感じてくる。
それに、なんとなく頭の位置が高い。まるで枕に頭を預けているように。でも、俺寝る前は枕なんか使ってないし布団にそのまま横になっていたような。
ともかく目を開いてみると、景色は暗闇。窓からは街灯や月の光が窓から薄らと差し込んでいる。
体を起こそうと動かすと、頭が何かにぶつかった。
「あ、起きたんですね」
「えっ?」
目線を上に向けると、そこに映ったのはエリスの顔だった。えーと、この状況って?
「様子が変だと思って部屋を見に行ったら気持ちよさそうに寝てたので、ついつい膝枕しちゃいました」
「ひざ、まくら……」
膝枕、されてた。ってことは、頭の心地いい感覚ってもしかして撫でられてた? 頭を!? 眠気が一気に覚めると同時に、恥ずかしさがこみ上げてくる。膝枕なんて親でさえもう何年もされてないぞ!
「あ、そ、そう」
「えへへ」
エリスは優しく微笑む。そして、立ち上がると部屋の電気をつけた。部屋は一気に明るくなり、眩しさを感じてしまう。
「それで、何かあったんですか?」
エリスは再び俺の横で座るとそう聞いてきた。何かある、自分でもよくわからない。ただ、エリスには自分の弱いところを話してしまう。ううん、話してしまえる。
「えっとさ、その、あの……」
言葉に詰まる。どう言えばいいのか、なんで伝えればいいのか、すんなり言葉が出てこない。それでも、エリスは静かに俺の言葉を待っている。
「怖い……かな……」
まとまらない気持ちから出てきた言葉は、その一言だった。
「怖い、ですか」
言葉が続かず、部屋は静まり返る。俺は気持ちの中から言葉を探す。時間がゆっくりと過ぎていく。
「その、今日の、仕草の練習とか」
「…………」
気持ちを咀嚼していく、時間をかけてようやく言葉になっていった。
「女の仕草とか、言葉遣いとか、だんだん、自分が自分じゃなくなってるみたいで、怖いんだ」
ようやく気持ちを伝える。エリスの方を向くと、考えているのかすぐに返事はしなかった。
今の自分は複雑になっている。女になっていく恐怖、それに怯えている男としての情けなさ、恥ずかしさ。そして……。
「奏向は、その気持ちの中で、"楽しい"とか"嬉しい"って感情はなかったんですか?」
エリスはずばり俺の気持ちを言い当てていた。恐怖の感情の中には、楽しい気持ちも嬉しい気持ちもあった。だからこそ困惑して、だからこそモヤモヤしている。
「もちろん、奏向を無理やり女の子に変えたのは私です。だから奏向に無理をさせたのも私ですし、責任があります」
エリスに責任が全てあるとは思っていない。もちろんやり方は荒療治だが、俺を変えようと助けてくれていることは事実だしおかげで変わったことも多い。
「ですが、その中で奏向は楽しんでいる場面もあったんじゃないですか?」
ただ、その感情を認めたくはなかった。それを認めたら俺は......。
「恥ずかしい、とは違いますよね。男として生きてきた自分が女として楽しんでいることが認められない、でしょうか?」
エリスは俺の気持ちをズバリ当てていた。このモヤモヤした気持ちは女として過ごせば過ごすほど溢れてくる。それは男としてのプライドがそうしてるのかもしれない。
「少し無責任なことを言いますが......」
エリスはそう前置きを置くと言葉を続ける。
「気にせず楽しめばいいんだと思いますよ?」
「気にせず?」
自信満々な表情でエリスは解説を始めた。
「だって今の奏向は奏とは別人なんです。ですから、奏であったことを気にする必要はないんですよ。それに奏を女の姿に変えたのは別人として過ごして欲しいから変えたんですよ。それなのに元の姿のことを気にされたら意味ないですよ」
そんなことは気にするな。簡単なことではあるが意外と難しいことでもある。それをこうも自信満々に言ってのけてしまったのがこの天使なのである。ふと、まじめに悩んでた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
「はあ、わかったよ」
「本当ですか? なら言ってみてください。「ありがとう、私の大好きなお姉ちゃん」って!」
呆れているのか、それとも受け入れてしまったのか、俺には断るという考えがなくなってしまっていた。多分、いろんな意味で吹っ切れてしまったのだろう。後は、なるようになるだけだ。
「すーはー、............ありがと、お姉ちゃん」
多分”お姉ちゃん”って単語に反応したんだと思うがエリスは目を爛々と輝かせていた。
「えー、私の大好きなが抜けてますよ!」
「無理! とりあえずはこれで納得しろよ」
「せっかくなんですから言ってくれてもいいじゃないですか!」
その夜は、遅くまで二人で語り合った。どうでもいいような楽しい話を。
この日を境にして、俺の女としての過ごし方の箍が少しづつ外れていった。代わりに女としての楽しい日々?がやってくることを、この時の俺はまだ知らない。