1. 天使と慣れないお風呂事情
前作からかなり間が空いてしまいましたが番外編スタートです。
日々の疲れを癒すために大切なのはリラックスする時間。一日勉学に励んだ自分にとってはゆったりと浸かるお風呂の時間が何よりも癒しの時間だ。
お風呂場特有のぼやぼやした光や天井から落ちる水滴をぼーっと見つめながら体が温まっていく。
すると、まるでモザイクのようになっているお風呂場の扉から人影が見えた。まるで服を脱ぐような動きを見せると、ノックもせずに扉を開けてきた。
「奏向? 私も入っていいですか?」
「それ、服脱いでから言うこと?」
堂々と全裸で侵入してきた一人の少女。すらっとしたプロポーションと整った顔立ち、そして美しい長い黒髪を持つ彼女は一応俺の姉ということになっている。
「あはは。それもそうですね」
そう言うと、シャワーで体を洗い始めた。このマイペースさに思わずため息をついてしまう。
この姉、エリスは今では普通の人間だがついこの前までは天使だった。正直天使みたいな力を使えるわけではなかったし、天使ってよりは世話好きのお姉さんって感じだったけど。
でも、この元天使は俺を救ってくれた。そして俺は、この元天使と過ごすために、女になったわけで。
「おじゃましまーす」
「うわっと」
エリスは体を洗い終わったのか、俺が入ってる湯船に入ってきた。家の風呂はあまり大きくなく、二人がギリギリ入れる程度である。
よってかなり密着した状態になってしまう。
「はぁ、生き返りますー」
「だから二人は無理なんだってば」
「抱きつけば問題ありませんよ~」
嬉しそうに抱きついてくるエリス。いくら慣れてきたとはいえ女性に裸で密着されるのは恥ずかしい。
「あれ? 奏向顔赤いですよ。のぼせましたか?」
「っ~~!! いいから、離れて」
ようやく解放されるが、頬の赤みは引かなかった。不思議そうな顔をするエリス。本当に天然なんだよなこいつ。
「はぁ、何で慣れちゃったかな」
「最初の頃は私のこと見てくれませんでしたもんね」
「そりゃ、女の裸なんて見たことなかったし……」
「でも、自分の体はまじまじと見てませんでしたか?」
「そ、それは! 別にいいでしょ自分の体くらい」
エリスの指摘にうまく反論できず、恥ずかしさから口元までお湯に浸かる。それをエリスは面白そうに笑っていた。
なんだかんだでこの感じが落ち着いてしまう。この日常を手に入れるために俺は女になった、大きな決断だったけどそこに後悔はない。今が一番幸せだと思えるから。
「でも、本当に初めの頃の奏向は初々しさがあって良かったんですけどね」
「初々しさって」
天使に女に変えられた最初の頃。その頃には、こんな日々を送ることになるとは想像もしてなかったと思う。
「あの頃は、奏向が…………」
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日々の疲れを癒すために大切なのはリラックスする時間。一日活動した自分にとってはゆったりと浸かるお風呂の時間が何よりも癒しの時間だ。なのに、実際のところリラックスなんて出来てはいない。むしろ心拍数が運動している並みに上がっている。
俺が男から、女になって数日が経つ。けど、未だにこの体には慣れていない。そもそもこれが自分の体なのかさえはっきりと自覚できていない。今まで知ることのなかった異性の体。それを思春期真っ盛りの男子が手にしてしまった。
興味はある。むしろ興味がなかったらこんなに動揺してはいない。だが、どうしても確認することを拒んでしまう。
それは、真っ当な男として育った俺の紳士的な性格ゆえなのか、それともヘタレな心からなのか、男から女に変わってしまったことに対する男としての最後の意地からなのか。
苦し紛れに湯船には濃い目の入浴剤を入れ、体を水面から見れないようにしている。正直、いつになったら慣れるのか検討もつかない。
そして、この後は体を洗わなくてはならない。どう足掻いてもぶち当たってしまう壁。このままこうしていても拉致があかない。俺は意を決して湯船から出ようとした瞬間。
コンコン
「奏向、いいですか?」
風呂場の扉をノックする音が鳴る。途端に上げていた腰を下ろして再び湯船に浸かる。
「だ、大丈夫」
ガチャ
扉が開くとそこには優しい顔をした女性が一人立っていた。ただ、おかしな点が一つ。色白の肌がかなり見えていた。
そう、彼女は服を着ていなかった。正確には、裸の状態でバスタオルを一枚体に巻いているのだ。大事なところが隠れるように。
「なっ! お、お前なんて姿で!?」
「仕方ないじゃないですか。この格好じゃないと奏向の体洗う時に濡れちゃうんですから」
この女性。名をエリスというこの女は、自分を天使だと名乗り俺を男から女の体に変えた張本人である。
女になってからのここ数日は風呂に入るたびにこいつが入ってきて、体を洗われていた。
今日はこいつの目を盗んで気づかれずに来たのに、迷っている間に気付いてしまったみたいだ。
「もう! 自分で出来るから!」
「本当ですか? 奏向が入浴してから、かれこれ三十分は経ちますけどまだ洗えてないみたいですが?」
やれやれと両手をあげるエリス。こいつ最初っから気づいてやがったのか。そして葛藤してることもバレている。
「これでも、奏向に配慮したんですよ。私の体を見るのも恥ずかしいっていうから、バスタオルを巻いてるんです」
「それは、そうだけど……」
かと言っても、その姿も俺にとっては過激に見えてしまう。だって……、女の裸なんて意識しだしてから見たことないし。
「このままじゃ湯船が冷めて風邪ひいちゃいます。ほら、洗いますからこっち来てください」
「いや、でも」
「ほら! こっち来てください!」
エリスに手を引っ張られ、湯船から上げさせられる。そして、俺は小さな椅子に座りエリスは浴槽の淵に腰掛けた。
「とりあえず、髪から洗いますね」
「髪は、洗えるから」
「そうですか? じゃあやってみてください」
俺は一度シャワーで髪を濡らし、シャンプーを手に取ると髪を洗い始めた。ここ数日はエリスに洗ってもらってた髪。
シャンプーの後にリンスをしろとか、わからなかったからってのもあるけど、一番の理由はこの肩くらいまで伸びた髪の洗い方が不慣れだったからだ。長い髪は思ったよりも洗づらくて、全体にシャンプーが馴染まなかったりなかなか苦戦していた。
「そういえばさ」
「はい、なんですか?」
「なんで俺の髪、この長さなんだ?」
なんとなく回答は想像つくが、それでも何故肩までの長さなのかちょっと気になる。
シャンプーが目に入らないように目を瞑ってる中、エリスは答える。
「それはロングの方が可愛いからですよ! でも最初は不慣れだろうからと気を使って肩までにしてあげたんですよ」
やっぱりというか、あんまり嬉しくない回答だった。俺を妹にしたと言った時も思ったけど、こいつ俺のこと結構好き勝手にいじってるよな。
天使が嬉しそうに髪についての話をしていると、ようやく髪を洗い終える。
「おっと、それでは次は体の方ですね」
「うっ……」
体……、あんまり見たくない。元男であるからなのか、今の女の体を見ることに罪悪感を覚えてしまう。
何かやましい事をしているような、そんな気持ちになってしまい妙に早く心臓が鼓動する。
自分の体なのに実感が湧かず、こうして見ることすら気恥ずかしく躊躇してしまう。そのせいで、体を洗うのにこんなに葛藤していたわけだ。
「それじゃあ洗いますからね。目瞑ってて大丈夫ですよ」
だがしかし、エリスに洗ってもらうこともまた同じくらい恥ずかしいことで、特に他人に体を触られてると、妙な気持ちになってしまう。
「きょ、今日は、自分で洗う!」
エリスが洗おうとするすんでのところで俺は声を出した。エリスは一瞬ビクッとしてから一つ聞いてくる。
「ほんとーに洗えますか?」
「洗う……」
はぁ、とため息をつくとエリスは立ち上がり扉を開けて自分のバスタオルを放り投げた。
「えっ!?」
そして今度はエリスが湯船の中へと入っていく。
「仕方ないじゃないですか。私そこで座ってると洗うの邪魔になりますし、このままだと冷えちゃいますし」
「だからって」
しかしエリスはじーっとした目を俺に向けてくる。
「洗えるんですよね。なら私は気にせず洗ってください」
「わ、わかったよ」
改めて座り直すと、石鹸を手につける。そして極力見ないようにしつつ体を洗い始めた。腕から洗い始めると、すべすべした肌が石鹸の泡に包まれる。男だったからこそ、女の肌が男のそれとは違う事をより一層感じる。
きめ細かい肌、すべすべしていて柔らかいけど弾力もしっかりある。男の肌とは違う美しい肌。妙に刺激に敏感な胸周りをなるべく気にせずに優しく洗っていく、それが終わると上半身を順に洗っていく。
「フーフフーフフーン」
エリスは湯船で上機嫌に鼻歌を歌っていた。なんかイライラするな。それはそうとお次は下半身を洗い始める。足先からふくらはぎ、太もも、そして……。
「うっ……」
「どーしましたー? もしかして洗えないんですか?」
一番問題の、股間が最後に残ってしまう。明らかに男とは違う部分。洗い方はエリスに教わったものの、触ることを頑なに躊躇していた。エリスは挑発のように俺を煽ってくる。
「あ、洗えるし!」
「なら早くしてくださーい。私も洗いたいんですから」
この天使、いや天使の皮を被った悪魔め! しかしながら状況は変わることはない。遅かれ早かれ通る道なのだ。覚悟を決めた俺は何も考えずにその部分をシャワーで流し、軽く手で洗った。
どんなに変な感覚がしても平常心を保ち続ける。素数を数えて冷静さを取り戻す。まるで悟りでも開いたように俺は淡々と体を洗った。こうして俺の体洗いは無事に終わったわけで……、とはならず。
「へ、あぁぁぁ……」
バタン!
「ちょっ! 奏向! しっかりしてください奏向!」
せっかく洗った体を赤く染めながら、俺は気絶したらしい。
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「だから、ただのぼせただけだって!」
「本当ですかね~? 実は自分の体に興奮してたんじゃないですか?」
あの後俺は鼻血を出して風呂場で気絶をした。よくよく思えば、何十分も風呂に使ってたわけだしのぼせるのも無理はない。
でもエリスは女の体に慣れてなかった俺が耐えきれなくなったのではないかと当時はかなり討論した。それがあの時の思い出だ。
「ふーっと、偶には洗いっこしませんか?」
「洗いっこ? そんなことしなくても」
「いいじゃないですか。女の子に慣れたんだったら大丈夫ですよね」
エリスはそう言って強引に俺を湯船から引っ張り上げると素早く風呂場の椅子に俺を座らせた。
「ちょっ、俺はまだやるなんて一言も」
「いいじゃないですか、偶には。ほら、お湯かけますよ」
そんな感じで洗いっこが始まったわけだが、最終的にエリスが胸を俺の体に押し付けたことで鼻血が出てしまいまたからかわれることになったわけで。
だって、まだ慣れないんだよ!




