海兄貴の受難
海の回で脇役だった魔族が主人公です。
ごめんなさい! 今回のテーマは某氏を笑殺する!なのでネタ的にどうよ?な部分もあります。でも、ちゃんと『とある魔物の恋物語』になっているはず・・・?
その魔物は自分が愚かで醜いことを知っていた。
だから賢いイルカや、愛くるしい小魚たちと戯れる彼のことを遠くから見つめていようと、そう決めたはずだったのに……ある日、おずおずと伸ばしたこの触手を、彼は、ミツケテクレタ……
海兄貴は海に住む魔族の中では最も人間に近い容姿をしている。海の男に相応しい筋肉感あふれるボディ、水の抵抗に鍛え上げられた逞しい四肢、風貌も人間と大差ない。違いが有るとすれば肌の色だ。
海のような青い肌、禿げ上がった頭だけは僅かに灰味がかっている。
そんなブルーマンの中でも彼はひときわ雄々しく、美しい男だった。どのくらいかといわれれば月一で世界を救い、ハーレムぐらいは持っていそうなほどの……おまけにマメで海のあちこちに泳ぎ寄っては生き物達の世話を焼く。そんな彼だからこそ、その魔物が恥らいながら差し出した触手に気づいてしまったのだろう……人を呑むほどに大きく育ち、無数の触手をわさわさと揺らす醜いイソギンチャクに!
海兄貴は無様な生き物に近づいた。それは何の警戒心もない、実にフレンドリーな行いだったのだが、イソギンチャクは畏まってきゅっと触手の大半を引っ込める。それでもたった一本だけ差し伸べた細く頼りない触手が『毒手』でないことを見て取った海兄貴は握手を求めて手を差し伸べた。
触手は掌の形をゆっくりと確かめる。びくっ、びくっとためらいながら腕に軽く巻きつく動きからは、聞こえるはずのないその生き物の声が伝わってくるようだ。
[……いいの? ほんとうにいいの?]
海兄貴は信頼と親愛をこめてもう片方の腕も触手に向けてやる。
イソギンチャクがごぱっと開き、あふれ出す無数の触手が彼の手首を強く締め上げた。
「!」
そこは月一で世界を救う男の余裕。愚かで醜怪な生き物の体を傷つけたりなどしないように、軽く腕を振って触手を振りほどく。その優しさは仇となった。
「! !!」
気が付けば腕の付け根、足首、そして腰骨の辺りを軽く縛り上げられている。逃れようともがけば触手はますます強く締め付け、骨の隙間がぎしっといやな音。
彼は口を大きく開き、言葉を発しようとした。
実はそれこそが海兄貴の体質に刻まれた能力……ブルーマンというのは日本で言えば海柄杓のようなものだ。沖を行く船の前に現れ、船長に歌によるなぞ掛けの勝負を仕掛ける。それはこれからその船に起こる受難を予見するもので、もし船長が切り返しを歌に乗せて答えられれば危難は回避される。だが上手く切り返せなかった無能な者には歌の通りの災難が降りかかるのだ。
彼は特にその能力に特化していた。言霊を杼のように繰り、一枚の布のごとく紡ぎだされる物語は時に狂信者すら生み出す。
しかし、愚鈍にして純粋な本能の具現たる深海の腐花には、その高邁な真言が秘したる神聖な剣にのみ宿る、魔を砕く聖光にも似た轟然たる真価の欠片すら理解できなかった。
びゅるっと水中を伸び進む一本の触手が青ざめた唇を塞ぐ。
腰布の周りに集まってくる蠕動する内臓的な感触の大群に、彼はその魔物がナニを仕掛けるつもりなのか気づいてしまった。
「! ? !!」
腰布の尻のほうから触手どもは潜り込んでこようとする。必死に腕を引き、振り回して払いのけるが容赦なく引っ張られる腰布は既に半分ほど引き下げられている。
もし今、押せば世界が滅ぶスイッチがあったとしたら彼は迷わずそのボタンに手を掛けるであろう。だがここは海の中だ。為す術などあろうはずが無い。
美しいブルーの筋肉輝く彼の体は、今や触手に好き放題に巻きつかれていてもとの形さえ窺い知ることはできない。見せしめのように縛を受けていない目元だけが恐怖を物語っていた……
その魔物はこれまで得たことのない充足と安楽に触手を打ち振るわせた。
この男を己の血肉と変えて全てを奪う、それこそが完全な愛というものだ。これ以上の至福などあろうはずがない。これでもう……コザカナドモトムレルウツクシイカレヲミナクテスム……
そのバケモノは醜く揺れる触手の束に過ぎない自分が捕らえた、この世で最も美しい獲物のために触手基にある消化器官を大きく開いた。
小さく蠢く無数の繊毛の中に彼を迎え入れるために……
教訓*訳のわからない生き物にやたらと優しくしてはいけません!




