新しいノイズ
ライブが終わったあとの楽屋は、いつもより少しだけ静かだった。
耳の奥に残る拍手の余韻が、まだ完全には抜けていない。
俺はソファに腰を下ろしたまま、タバコを咥える。
火をつける前に、ドアが開いた。
「お疲れ様です!」
やけに明るい声。
顔を上げると、見慣れない男が立っていた。
柔らかい雰囲気。
少し垂れた目。
無駄にまっすぐな視線。
新人特有の“光ってるやつ”だ。
「……誰」
短く聞く。
男は一瞬だけ緊張したように肩を揺らしたあと、すぐに笑った。
「今日から加入することになりました。天音湊です」
加入。
その言葉に、眉が動く。
「聞いてないけど」
「さっき決まりました!」
軽い。
あまりにも軽い。
俺はタバコに火をつける。
「勝手に決めんなよ」
煙を吐きながら言うと、湊は少しだけ困ったように笑った。
それでも目は逸らさない。
「すみません。でも、ちゃんと一緒にやりたいです」
一緒に。
その言葉が妙に引っかかる。
「さっき見てました」
湊は続けた。
「ライブ」
「……客十五人の?」
「人数は関係ないです」
即答だった。
俺は鼻で笑う。
「関係ないわけないだろ」
現実を知らないやつの言葉だ。
理想だけで生きてるやつの。
「俺は関係あると思います」
湊はそれでも言い切った。
その目に、濁りがない。
昔の俺みたいな目。
……いや。
思い出しかけて、やめる。
「そのうち分かる」
タバコを灰皿に押し付ける。
「アイドルなんて、綺麗なもんじゃない」
「でも」
湊は少しだけ間を置いた。
「それでも俺、好きなんで」
一瞬、空気が止まる。
その言葉は軽いはずなのに、妙に重い。
俺は立ち上がった。
「好きとかで続く世界じゃない」
冷たく言う。
「裏切られるし、消えるし、最後は誰も残らない」
言った瞬間、自分でも少し嫌になる。
けれど止まらない。
「お前みたいなの、一番最初に壊れるタイプだよ」
湊は黙った。
少しだけ視線を落として、それからまた顔を上げる。
「それでもいいです」
即答。
今度は、少しだけ腹が立つ。
「意味分かってねぇだろ」
「分かってるつもりです」
つもり。
その曖昧さに、さらに苛立つ。
俺は笑った。
乾いた笑いだ。
「なら勝手にやれ」
背を向ける。
その瞬間だった。
「神代さん」
呼ばれる。
足が止まる。
呼び捨てじゃないのが、妙に気持ち悪い。
振り返ると、湊はまっすぐ立っていた。
「俺、ちゃんとやりたいです。ここで」
「ここで?」
「神代さんと」
一瞬、言葉が出なかった。
“神代さんと”。
その言い方が、変に引っかかる。
昔は、そう呼ぶ人もいた。
でも今は違う。
俺はただの数字だ。
地下の端っこで、適当に消費される存在。
「やめとけ」
ようやく出た言葉はそれだけだった。
湊は少し笑う。
「やめません」
即答。
しつこい。
なのに、嫌いじゃない。
そう思った自分に気づいて、すぐに打ち消す。
俺はタバコをもう一度咥えた。
「邪魔だけはすんな」
そう言って楽屋を出る。
廊下は暗い。
ステージ裏特有の、湿った空気。
遠くで他のグループの笑い声が聞こえる。
俺は歩きながら考える。
また厄介なのが来た。
才能があって、やる気があって、まっすぐなやつ。
一番嫌いなタイプだ。
なのに。
さっきの目が、少しだけ頭から離れない。
“人数は関係ないです”。
あの言葉。
昔、どこかで自分も言った気がした。
すぐに消した。
そんなものは、ただの綺麗事だ。
現実にはならない。
ステージ袖が見える。
照明の熱が漏れている。
もうすぐ次のグループが始まる。
俺は何も考えず、壁にもたれてタバコを吸った。
まだ、名前すらまともに覚えていない新入りのことを、なぜか少しだけ気にしていた。




