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アイドルシグナル  作者: ぽんず
もう一度だけ
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落ちた星は、まだ歌う

ライブハウスの楽屋は、今日もタバコと酒の匂いで満ちていた。


狭い部屋。

剥がれかけた壁紙。

乱雑に積まれた機材ケース。

古びたソファには誰かの汗の匂いが染みついている。


俺はそのソファへ深く身体を沈め、缶ビールを口に運んだ。


ぬるい。


舌打ちしながら空き缶をテーブルへ置く。


灰皿には吸い殻が山みたいに積まれていた。


壁に貼られた出演表を見る。


地下アイドルの名前が並ぶ中、自分の名前は後ろから二番目。

その横に、小さく書かれた数字。


客入り予定、“15”。


「……終わってんな」


自然と笑いが漏れた。


十五人。


昔なら考えられない数字だった。


もっと広い会場に立っていた。


四人組アイドルグループ。


デビューした当初は小さな箱ばかりだったが、気づけば何千人もの歓声を浴びる場所まで行っていた。


開演前のざわめき。

ステージを待つ熱気。

暗転した瞬間に爆発する歓声。


ライトに照らされた景色は、今でも脳裏に焼き付いている。


あの頃の俺は、アイドルに全部を捧げていた。


歌もダンスも、最初は人並み以下。


他メンバーみたいな才能なんてなかった。


センターみたいに華があるわけでもない。

歌で圧倒できるわけでもない。


だから努力した。


誰より早くスタジオへ行って、誰より遅くまで残った。


振り動画を何百回も見返して、喉が潰れても歌い続けた。


ファンに失望されたくなかった。


“神代蓮を推してよかった”


そう思ってほしかった。


本気で。


……今思えば、笑えるくらい真面目だった。


スマホが震える。


画面を見ると、元グループの名前が通知欄に表示されていた。


新曲リリース。

ドーム追加公演決定。


もう見慣れた文字。


適当にタップすると、宣伝動画が流れ始めた。


巨大なアリーナ。


揺れるペンライト。


歓声。


ステージ中央で笑っているメンバーたち。


その中心にいるのは、俺じゃない。


俺が抜けたあと加入した後輩だった。


愛嬌があって、器用で、何でもそつなくこなす天才。


今では人気投票一位。


グループは俺がいた頃より売れていた。


大型番組。

企業タイアップ。

街を歩けば広告が目に入る。


結局。


俺なんか必要なかった。


むしろ、いない方が上手く回っていた。


「……っは」


乾いた笑いが漏れる。


スマホを伏せ、深くソファにもたれた。


昔は、母親も喜んでくれていた。


女手一つで育ててくれた人だった。


父親は、俺が小さい頃に亡くなった。


顔も曖昧だ。


ただ母親がたまに、


「お父さんも音楽好きだったんだよ」


と話していたことだけ覚えている。


だからかもしれない。


ステージの上に立つ時間だけは、自分がちゃんと誰かになれた気がした。


売れ始めた頃、母親は泣きながら喜んでいた。


テレビ出演が決まった日なんか、何回も録画予約の確認をしていた。


蓮なら絶対人気になれるよ!

そういったあいつの顔が脳裏にチラついた


「蓮さん、そろそろです」


スタッフの声で我に返る。


「ん」


短く返し、重い身体を起こした。


鏡の前へ立つ。


鋭い目元。

整った顔立ち。


昔と変わらないはずなのに、別人みたいだった。




目に光がない。


昔はメイクにも時間をかけていた。


少しでもファンにかっこいい姿を見せたかったから。


今はどうでもいい。


どうせ地下ライブに来る客なんて近距離で顔を見る。誤魔化しなんか効かない。


ポケットからタバコを取り出しかけて、やめる。


そのまま楽屋を出た。


ステージへ続く暗い通路を歩く。


そのたび、嫌でも思い出す。


四人で円陣を組んだこと。


「今日絶対ぶち上げような」


そう笑い合っていたこと。


イヤモニ越しに聞こえた歓声。


あの頃は、本当に信じていた。


ファンも。

仲間も。


……あいつも。


世の中は結果が全てだ

何者でもなくなった俺の声が何者かに届くことなんてもう2度とない。


ステージ袖へ辿り着く。


フロアから聞こえる歓声は小さい。


たった十数人。


それでも。


ライトを浴びた瞬間、身体の奥が熱を持つ。


イントロが流れる。


呼吸を合わせるように、自然と身体が動いた。


鋭く踏み込むステップ。


指先まで神経を通したダンス。


感情を削るように歌う。


小さなライブハウスなのに、客席の空気が変わるのが分かった。


最前列のファンが、息を呑んだようにこちらを見ている。


歓声は少ない。


会場も狭い。


それでも、ステージの上に立っている間だけは、自分が終わった人間だと思わずに済んだ。


曲が終わる。


ライトの熱が肌を焼く。


息を整えながら客席を見る。


ペンライトを振るファンたち。

名前を呼ぶ声。


胸の奥が、少しだけ痛んだ。


――まだ、俺は。


その続きを考える前に、次のイントロが流れ始める。


俺は何も言わず、もう一度ステージ中央へ踏み出した。

初作品投稿させていただきました!ぽんすです。

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