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アイドルシグナル  作者: ぽんず
もう一度だけ
18/24

もう一度名前を

その日もライブ終わりだった。


小さいライブハウス。

十数分のステージ。

短い特典会。


地下では当たり前みたいな一日。


でも最近は、その“当たり前”が少しずつ変わってきていた。


フロアに来る客が増えている。


初見も増えた。


ライブ後に名前を呼ばれる回数も、前より多い。


何より、ステージへ立った時の空気が変わってきていた。


ちゃんと見られている感覚がある。


それが少し怖くて、少し嬉しかった。


楽屋で着替えを終えたあと、俺はペットボトルの水を飲みながら壁へもたれていた。


すると、向こうでスマホを見ていた湊が突然顔を上げる。


「神代さん」


「何」


「今日、ファンの人に聞かれました」


「何を」


「“ユニット名まだないんですか?”って」


ああ。


最近よく言われる。


出演情報にも仮表記ばかりで、ファン側も呼びづらいんだろう。


湊は少し笑いながら続けた。


「あと、“二人って雰囲気いいですよね”って」


「……何それ」


「なんか嬉しかったです」


本当に嬉しそうに笑う。


その顔を見ながら、俺は小さく息を吐いた。


ここ最近、湊はずっと楽しそうだった。


ライブの話をしてる時も、レッスン中も、名前を考えてる時も。


それを見るたび、少しだけ思う。


……こいつ、本当にアイドル好きなんだな。


昔の俺みたいに。


「で」


俺は視線を向ける。


「名前、どうすんの」


その瞬間、湊の目がぱっと明るくなった。


「実は今日、めちゃくちゃ考えてきました!」


「また変なのだろ」


「失礼ですね!?」


湊がスマホを取り出す。


それから、少しだけ真面目な顔になった。


「でも今回は、ちょっとちゃんと考えました」


「へぇ」


「神代さん、この前言ってたじゃないですか」


“もう一回、みたいなの”。


数日前、ファミレスで適当に零した言葉。


でも、湊はちゃんと覚えていたらしい。


「僕、それ聞いてからずっと考えてたんです」


湊はスマホ画面を見つめながら続ける。


「僕たちって、“再スタート”の二人だと思うんですよね」


静かな声だった。


「神代さんは、一回全部失って。それでももう一回ステージ立とうとしてる」


胸の奥が少しだけざわつく。


湊はそこで言葉を止めない。


「僕も、ちゃんと“居場所”って思える場所が初めてできた」


その言葉に、思わず視線が止まる。


湊は笑っていた。


でも、その笑い方は少しだけ寂しそうだった。


孤児院。


虐待。


詳しく聞いたことはない。


でも、普通じゃなかったことだけは分かる。


だからこそ、今こうして“居場所”って言葉を使ったことが妙に胸へ残った。


「だから、“もう一回”とか、“再生”とか、そういう意味は入れたいなって思って」


湊がスマホをこちらへ向ける。


画面に表示されていた言葉。


リライズ


数秒、黙る。


「……リライズ?」


「はい」


湊が少し緊張した顔で頷く。


「“もう一回立ち上がる”みたいな意味です」


英語として完璧かは分からない。


でも、不思議と悪くなかった。


シンプルで。


変に気取ってなくて。


それでいて、ちゃんと今の俺たちらしい。


「……まあ」


俺は小さく視線を逸らす。


「悪くねぇんじゃね」


その瞬間。


湊の顔が一気に明るくなった。


「ほんとですか!?」


「うるさ」


「え、やばい、めちゃくちゃ嬉しいんですけど」


子どもみたいに笑う。


そんなに嬉しいかよ。


でも、その顔を見ていると、少しだけ胸が軽くなった。


“Re:Rise”。


もう一回、立ち上がる。


もう一回、ステージへ行く。


もう一回、名前を呼ばれるために。


……悪くない。


湊は嬉しそうにスマホを見つめながら、小さく呟く。


「早くファンの人たちに言いたいですね」


その横顔を見ながら、俺は少しだけ目を細めた。


昔の俺なら、こんな未来の話はしなかった。


どうせ壊れると思っていたから。


でも今は。


こいつとなら、もう少しくらい夢を見てもいい気がしていた。

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