離脱症状
禁煙一日目。
……いや、“減らす”だけだったはずだ。
なのに朝からタバコを一本も吸っていない。
意味が分からない。
俺はソファに座ったまま、何度目か分からないため息を吐いた。
落ち着かない。
手持ち無沙汰。
イライラする。
無意識にポケットを探って、タバコがないことにさらにイラつく。
「……何してんだ俺」
小さく吐き捨てる。
別にやめる必要なんてない。
誰に強制されたわけでもない。
なのに。
“もっと長く歌ってほしいです”
昨日の湊の言葉が頭に残っていた。
最悪だった。
あいつ、変なところに残る。
スマホが震える。
『おはようございます!』
湊。
朝からうるさい。
『今日レッスン13時からですよ!』
知ってる。
そう返そうとしてやめる。
代わりにスタンプだけ送った。
数秒後。
『返ってきた!!!』
『珍しい!!!』
連投。
うるさい。
でも少しだけ笑ってしまう。
スタジオへ向かう。
地下へ続く階段を降りるたび、煙草を吸いたくなる。
完全に癖だ。
ドアを開ける。
「おはようございます!」
またでかい。
「……うるさい」
「声小さくします?」
「別に」
湊は笑いながらスポドリを差し出してくる。
「はい」
「何これ」
「禁煙応援ドリンクです」
「意味分かんねぇ」
でも受け取る。
冷たい。
少しだけ頭がすっきりした。
湊がじーっとこっちを見てくる。
「……何」
「吸ってないんですか?」
「まだな」
「え、すごくないですか!?」
大げさ。
「別に」
「絶対イライラしてるじゃないですか」
図星だった。
俺は舌打ちする。
「……ちょっとだけ」
「顔怖いですもん」
「元からだろ」
「あ、それもそうでした」
軽く笑う。
腹立つ。
でも嫌じゃない。
レッスンが始まる。
音楽。
振り確認。
立ち位置。
いつも通りの流れ。
なのに今日は集中できなかった。
頭がぼんやりする。
イライラする。
身体が妙に重い。
ターンを少しミスる。
舌打ち。
もう一回。
またズレる。
「神代さん」
湊が小さく声をかける。
「少しタイミング早いかもです」
その瞬間、イラつきが先に出た。
「分かってる」
思ったより強い声が出る。
空気が止まる。
講師も湊も黙った。
最悪だ。
八つ当たりなのは分かってる。
「……ごめんなさい」
湊が先に謝る。
その顔を見た瞬間、一気に自己嫌悪が来た。
「……いや」
俺は深く息を吐く。
「俺が悪い」
講師が少し驚いた顔をする。
湊も目を丸くしていた。
昔なら絶対認めなかった。
でも今は、湊相手だと変に強がる気になれない。
休憩。
俺は床へ座り込み、水を飲む。
落ち着かない。
煙草が吸いたい。
めちゃくちゃ吸いたい。
「神代さん」
湊が隣へ座る。
「大丈夫ですか?」
「よくない」
素直に答えてしまう。
湊が少し笑った。
「禁煙って大変なんですね」
「だから禁煙じゃねぇ」
「減煙?」
「……多分」
自分でも分からなくなってきた。
湊は嬉しそうに笑う。
「でも続いてるのすごいです」
「お前さ」
「はい?」
「なんでそんな嬉しそうなの」
聞くと、湊は少しだけ考える。
それから真っ直ぐ言った。
「神代さん、自分のこと大事にしてない感じするから」
言葉が止まる。
「……は?」
「なんか、壊れてもいいって思ってるみたいで」
その言葉が胸に刺さる。
図星だった。
酒も。
煙草も。
無茶な生活も。
別に長く生きたいと思っていたわけじゃない。
夢も壊れた。
信じてたものもなくなった。
だから、自分を削ることに抵抗がなくなっていた。
でも。
「俺、神代さんにはちゃんと歌ってほしいです」
湊が静かに言う。
「もっと大きいステージ立ってほしいし」
胸の奥が少し熱くなる。
やめろ。
そういうこと言うな。
まだ諦めきれてないって、認めたくなるから。
俺は視線を逸らす。
「……知らね」
結局、それしか返せない。
でも湊は少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、とりあえず今日も一本なしでいきましょう!」
「軽く言うな」
「頑張ってください」
その笑顔が妙に眩しくて。
俺は小さく舌打ちしながら、水を一気に飲み干した。




