第7話 お店の中で
「すまん二人とも待たせた」
少し大きめの声でそう言いながら、俺は待合席に座るトウシとハルカの元へ小走りで向かった。
二人は何やら楽しそうに話していたが、俺の声に気づくと同時に会話を止め、こちらへ視線を向ける。
「大丈夫だぞ、で……どうだった? 少し長かったが」
トウシはそう言いながら豪快な笑顔で迎えてくれた。
俺は傭兵ギルドの登録が長くなった理由を何処から話そうか迷っていると、横からハルカが自分のことのように自信有りげに答えた。
「マスターの事です!! 当然、度肝を抜かれるような事をしたのでしょう」
ハルカは胸を張って断言し、まるで自分のことのように誇らしげで、俺は少しだけ頬が緩んだ。
「ははっ、それもそうか!」
トウシは笑いながら俺の肩に手を乗せ、続けて言った。
「ま、詳しい話は飯の時に聞かせてくれよ。この近くにうまい飯屋があるんだけど、他に行きたい店あるか?」
あいにくだが、目覚めたばかりの俺にはこの時代の常識どころか、今いるコロニーの構造すら分からない。
当然、手近な飲食店のあてなどあるはずもなく、俺は大人しく案内を任せることにした。
「任せるよ俺はここに来たばかりで何も知らないし、ハルカはどう?」
「ええ私も任せます」
ハルカは静かに頷いた。
その仕草が妙に落ち着いていて、頼もしさすら感じた。
俺とハルカはトウシに案内され、傭兵ギルドの建物を後にした。
どうやら目的の飲食店は傭兵ギルドから近いらしく、徒歩で向かうことになった。
外へ出て少し歩くと、フライトビークルから見た景色とは全く違う新鮮さに、思わず息を呑んだ。
長く、どこまでも続く連絡通路が幾重にも重なり、無数の建物へと伸びている。
俺は連絡通路から下を覗くが、上下左右にいくつもの連絡通路が無数に張り巡らされていた。
その光景はまるで、立体迷宮の中に迷い込んだような錯覚すら覚えた。
だが、さらに目を奪われたのは通りを行き交う人々だった。
人間に近い種族もいれば、初めて見る姿形の者もいる。
その多種多様な種族は、まるで初めて異世界に来たときのことを思い出させる光景で、それが当たり前のように広がっていた。
だが、俺の胸の奥に、ひやりとした感覚が広がった。
(……ここ、本当に俺の知ってる地球のある世界なのか?)
俺はこの世界が幼馴染の榛名と生きていた元の世界なのか不安になるほど、目の前の光景はあまりにもかけ離れていた。
建物の形も、空気の匂いも、行き交う人々の姿も。
見知ったものが一つもないその光景に、自分は別の異世界に迷い込んだのではないかと錯覚を覚えるほどだった。
だが、その風景は歩くにつれて徐々に変わっていった。
俺たちは丸い板のような円盤に乗り、透明な光のレールの上をエスカレーターのようにゆっくりと下っていく。
円盤は静かに滑り、層をひとつ降りるごとに周囲の雰囲気が変わっていくのが分かった。
上層の明るく開放的な景色は、下へ行くほど影を落とし、光源の数が増えるにつれて逆に暗さが際立っていく。
最下層に降り立つと、そこは一転して繁華街のような喧騒に包まれていた。
無数の店が立ち並び、ネオンの光が通路を照らす。
だが、少し細い道へ入ると空気は一気に変わる。
鋭い目つきの連中がこちらを値踏みするように見てくる。
その視線は、俺が異世界で散々見てきた治安の悪い地域のそれとまったく同じだった。
(……ハルカが銃を渡す理由もわかるな)
上層と下層でここまで雰囲気が違うとは思わなかった。
この世界の現実を突きつけられた気がした。
そんなことを考えていると、トウシが振り返り声を上げる。
「この店だ!!」
指さした先を見て、俺は思わず固まった。
そこにあったのは、俺のいた時代の日本の居酒屋、そのまんまだった。
(居酒屋だーーー!!)
あまりの再現度に、内心の驚きが口から漏れてしまう。
「まんま居酒屋じゃん……」
「おう、知ってたか。この店は映画に出てた大昔の地球の居酒屋を再現した店でな。内装にもこだわってるし、味もうまいんだ」
トウシはそう言って、のれんをくぐり木の引き戸を開くが、引き戸はガラガラと鳴らず、静かにスライドして開いた。
不思議に思いながら店に入る。
扉を閉めるとき、軽く叩いてみると、金属のような高い音が返ってきた。
(金属製の扉!? 見間違えるほどよく出来てるな……)
中へ入ると、そこには見慣れた日本の居酒屋が広がっていた。
漆喰の壁、木材の柱、木製カウンター、そして畳敷きの小上がり席。
ちらほらと客も入っている。
〘いらっしゃいませ。何名様でしょうか〙
奥ののれんの向こうから機械音声が流れてきた。
「3人だ」
トウシが答えると、再び機械音声が受け答えをする。
〘3番席にどうぞ〙
俺達は機械音声に案内された通り、机の縁に三番と書かれている小上がり席へ向かう。
「靴脱いでな」
トウシはそう言って靴を脱いで席に座り、俺とハルカも当たり前のように靴を脱いで、座布団の上に座る。
俺は壁側の席に座るが、出入り口の扉も木製ではないので、ほかもそうなのではと思い、気になってあちこちの感触と音を調べ始めた。
驚いたことに、座布団以外、全て感触が似ているだけのもので、全て金属で出来ていた。
俺があちこち触っているのを見て、トウシが笑いながら言う。
「流石に本物じゃないぞ。本物の木材やこの壁は物凄く高いからな。とてもじゃないが手を出せるのは貴族くらいだよ」
「貴族?」
SF世界に貴族という単語が出てきて、俺は思わず聞き返す。
その時、のれんの奥から配膳ロボットが水を運んできた。
その配膳ロボットは足がなく、ふわふわと空中を浮かびながら、おぼんを使って器用にお水を運んできたのだ。
俺は所々に出る雰囲気ぶち壊しの未来感を前に、言葉に言い表せない感情が渦巻いた。
(なんだろう……この混在感……)
俺は思わず渋い顔をして、机の上に置かれたお水を飲んだ。
「ここは食い物を注文すると水がタダになるんだぜ! そのぶん値は少し張るが……で、何注文する?」
(水に金かかるの!?)
俺は水にお金がかかることに驚きつつも、トウシに注文を聞かれて慌てて答える。
「任せるよ」
「そうか。ハルカさんは?」
「私もお任せします」
ハルカは落ち着いた様子で静かに答えた。
トウシは元気よく大声で注文をする。
「串焼きセット三つ、3番席にお願い〜!」
〘3番席、串焼きセット三点ご利用ありがとうございます〙
のれんの奥から注文を受け取る機械音声が聞こえて来る。
注文を終え、料理が来るまでの間、俺たちは会話をしながら待つことにした。
「ところでハルカと兄ちゃんはどういう関係なんだ? 気になってよ」
トウシは俺とハルカの関係に素朴な疑問を投げかける。
「主と従者の関係です」
ハルカが即答する一方で、俺は冗談半分でニヤリと笑って言った。
「親と子だ」
見事に食い違う答えに、トウシは若干困惑した顔で聞き返す。
「おい……話が違うぞ。どっちが本当なんだ?」
「主と従者だなんてひどい。 小さい頃はあんなに素直で可愛くパパと読んでくれたのに」
俺は目に涙を浮かべて涙目になると、昔の話をされてハルカは恥ずかしくなったのか、顔が徐々に赤くなり、少し取り乱す。
「あ、あれはマスターがパパと呼んでと言ったからで……!」
その反応が可愛くて、つい意地悪したくなった。
「でもその後もずっと呼んでくれたじゃん。いつからか呼ばなくなったけど」
「は、恥ずかしいから呼ばないだけです!」
ハルカは真っ赤になってそっぽを向き、頬をぷくっと膨らませた。
その仕草があまりにも可愛くて、俺のいたずら心に火がつく。
「じゃ……もう一度呼んで」
俺がそう言うと、そっぽを向いていたハルカは振り向き、顔を赤く染めて恥ずかしそうな声で言った。
「ぱ、パパ……こ、これでいいですよねマスター!!」
消え入りそうな声、それでいて破壊力抜群の呟き。
その光景はハルカが幼く小さい頃、俺の服の裾を掴み、頬を赤らめて消え入りそうな声で言った時の事を思い出させた。
(可愛かった!!)
俺は目を閉じて深く頷く。
俺の前にいたトウシは何が面白いのか、腹を抱えて大笑いしていた。
「あっはははははは。 なるほどな二人を見て確信した。確かに二人は親子なのだろう。何か理由がありそうだが、あまり深くは聞かない。そうかそうか」
しばらくの間、トウシの笑いは止まらなかった。
次回は、5月です。
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