第8話 山本ミホは勘違いしている
「ねえ、サトル」
「ん?」
「……あんたさ、私に何か言うことない?」
「は?」
昼休みの教室。
私がそう聞くと、永井サトルは購買で買ってきた焼きそばパンをくわえたまま、間の抜けた顔をした。
「何かって?」
「だから、その……あるでしょ。何か」
「……ああ」
サトルが何かを思い出したように頷く。
……え。
まさか。
ついに?
「お前、数学の課題出した?」
「…………は?」
「今日までだぞ。先週も忘れて先生に怒られてたじゃん」
「出したわよ!!」
「お、おう。なんでキレてんの?」
……こいつ。
本当に。
本っ当に、わかってない。
私は机に突っ伏した。
隣では花崎タクミが肩を震わせている。
「くっ……ふふっ……」
「……タクミ」
「いや、悪い悪い。なんでもない」
絶対、笑ってる。
というか、こいつは全部知っている。
知っていて、ずっと面白がっている。
……最悪。
どうして私は、こんな男たちと仲良くなってしまったんだろう。
そもそも。
全部の始まりは、一年生のときだった。
*
――高校一年生、秋。
「ねえねえ、永井くん!」
昼休みの教室。
女子数人が、サトルの席を囲んでいた。
「永井くんってさ、好きなタイプとかあるの?」
「……タイプ?」
「そう! どんな女の子が好き?」
サトルは面倒くさそうに顔を上げた。
「いや、別に考えたことないけど」
「えー! あるでしょ!」
「芸能人とかでもいいよ!」
「ていうかさ、このクラスの女子だったら誰?」
……あ。
私は少し離れた席で、友達と話していた。
別に聞き耳を立てていたわけじゃない。
ただ、サトルの声は昔から聞き慣れているから、自然と耳に入ってきただけだ。
サトルとは中学からの腐れ縁だ。
家が近いわけでもないし、毎日一緒に帰るような関係でもない。
でも、中学のときから妙に気が合って、気づけばよく話すようになっていた。
高校でも同じクラスになって、相変わらずくだらない話ばかりしている。
私にとってサトルは、そんな存在だった。
……その日までは。
「だから、そういうのないって」
「いいじゃん! 一人くらい!」
「誰が一番タイプ?」
「答えるまで終わんないよー!」
女子たちが笑う。
サトルは、いかにも面倒くさいという顔をしていた。
ああ、これは適当に答えて終わらせるやつだ。
中学からの付き合いだから、それくらいわかる。
そして、サトルは言った。
「タイプ? 話しやすくて好きなのは山本かな」
……え?
一瞬、時間が止まった。
「えええーっ!?」
女子たちが一斉に騒ぎ出す。
「山本さん!?」
「ミホ!?」
「え、そうなの!?」
「ちょっと待って! 二人ってそういう感じ!?」
私の方に、全員の視線が集まった。
「はっ!? ち、違うし!!」
慌てて否定する。
「ただの友達だから!」
「えー! でも永井くん、好きって!」
「ちょっと! やめてよ!」
顔が熱い。
なんなの、これ。
なんで私がこんなに恥ずかしい思いをしなきゃいけないの。
サトルを見る。
本人はというと、すでに机に肘をついて、タクミと別の話を始めていた。
……は?
いやいやいや。
ちょっと待ちなさいよ。
今、あんた。
私のこと、好きって言ったよね?
*
その日の放課後。
女子バスケ部の練習中も、私はずっとそのことを考えていた。
「ミホ! パス!」
「あっ!」
慌ててボールを受け取る。
そのままドリブルして、ゴールに向かう。
……好き。
『話しやすくて好きなのは山本かな』
……好き。
「ミホ! 後ろ!」
「えっ!?」
ボールを奪われた。
「ちょっと、今日どうしたの?」
「ご、ごめん!」
チームメイトに謝りながら、私は頭を振った。
違う。
落ち着け、私。
サトルが言ったのは、話しやすくて好きってだけ。
友達としてって意味かもしれない。
いや、絶対そう。
あいつ、そういうやつだし。
……でも。
好きなタイプを聞かれて、私の名前を出したんだよね?
つまり。
少なくとも、私のことはタイプってこと?
……え。
じゃあ。
もしかして。
サトルって、私のこと……。
「ミホー! 集中!!」
「は、はいっ!!」
その日の練習は、散々だった。
*
それからというもの。
私は、サトルのことを妙に意識するようになってしまった。
「おー、山本。おはよ」
「……お、おはよ」
「ん? どした?」
「べ、別に!」
「……?」
前なら普通に返せていた挨拶が、なぜかぎこちない。
廊下でばったり会うと、ちょっと嬉しい。
目が合うと、なんとなく逸らしてしまう。
バスケ部の練習が終わって教室に戻ったとき、サトルがまだ残っていると、理由もなく話しかけたくなる。
……おかしい。
絶対、おかしい。
私はサトルのことなんて、別に好きじゃなかったはずなのに。
そもそも、あいつのどこがいいんだろう。
口は悪いし。
くだらないことばっかり言うし。
授業中はよく寝てるし。
タクミと一緒になると、二人して小学生みたいなことで笑ってるし。
……でも。
一緒にいると楽しい。
変に気を使わなくていい。
私が部活でミスして落ち込んでいたときも、いつも通りくだらない話をして笑わせてくれた。
あいつは多分、そんなこと覚えてないだろうけど。
それに。
よく考えたら、そこそこ顔だって……悪くな。
「……いや、ないないない!」
「何が?」
「ひゃっ!?」
いつの間にか、隣にサトルが立っていた。
「何一人で騒いでんの?」
「な、なんでもない!」
「変なやつ」
「うっさい!」
サトルは笑いながら、自分の席に戻っていった。
……もう。
なんなのよ。
あいつ。
……好き。
……あ。
今、私。
好きって。
「…………」
私は両手で顔を覆った。
……終わった。
完全に、終わった。
*
それから数週間。
私はひとつの結論にたどり着いた。
サトルは、私のことが好き。
そして。
私は、そんなサトルのことを好きになってしまった。
つまり。
……両思い。
そう。
両思いなのだ。
問題は、ひとつだけ。
……あいつ、全然告白してこない。
いや、わかる。
わかるよ?
今までずっと友達だったし、急にそういう関係になるのは恥ずかしいと思う。
私だって恥ずかしい。
でもさ。
好きって言ったの、そっちじゃん。
だったら、もうちょっと何かあるでしょ?
例えば。
帰り道に二人きりになったときとか。
放課後、教室に誰もいなくなったときとか。
……そういう、いい感じのタイミングでさ。
「なあ山本」
「……な、何?」
「消しゴム貸して」
「…………」
……消しゴム。
「自分のは?」
「なくした」
「また!?」
「頼むって」
「……はい」
「サンキュー」
……違う。
そうじゃない。
私が待ってるのは、そういう言葉じゃない。
*
「……で?」
ある日の放課後。
私は、タクミに相談した。
サトルはテニス部の練習に行っている。
私はバスケ部の練習が始まるまで、少し時間があった。
「で、って何よ」
「いや、サトルが告白してこないって話?」
「こ、告白なんて言ってないでしょ!」
「言ってるようなもんじゃん」
タクミは、にやにやしていた。
……腹立つ。
「だってさ。あいつ、私のこと好きって言ったじゃん」
「言ったねえ」
「なのに、あれから何にもないんだけど」
「何にも?」
「そう! 普通に話しかけてくるし、普通にふざけてくるし!」
「いいじゃん。仲良くて」
「そういう問題じゃないの!」
タクミがとうとう吹き出した。
「ぶはっ!」
「ちょっと! 何笑ってんの!?」
「いや、ごめん。マジで面白くて」
「はあ!?」
……こいつ。
人の恋愛相談をなんだと思ってるのよ。
「で、山本はどうしたいわけ?」
「……え?」
「永井に告白してほしいの?」
「そ、それは……」
急にそんなことを聞かれて、言葉に詰まる。
……そりゃ。
してほしいに決まってる。
でも。
自分の口から言うのは、なんか悔しい。
「……別に。あいつが言いたいなら、聞いてあげてもいいけど」
「上から目線すぎだろ!」
タクミが机を叩いて笑った。
「ちょっと! 笑いすぎ!」
「いやー、サトルも大変だなぁ」
「……どういう意味?」
「いや、なんでもない」
タクミは口元を押さえながら、窓の外を見た。
「まあ、頑張れよ。山本」
「……何を?」
「いろいろ?」
「何それ!」
タクミはまた笑った。
このときの私は知らなかった。
タクミが、全部わかっていたことを。
サトルが私のことを恋愛対象として好きだと言ったわけじゃないことも。
私がそれを勘違いしていることも。
……そして。
その勘違いが、もう取り返しのつかないところまで進んでいることも。
全部、わかったうえで。
あいつは面白がっていたのだ。
*
――そして、現在。
高校二年生の春。
あの日から、もうすぐ一年になる。
クラスが変わっても、私たち三人は相変わらず一緒にいる。
サトルは相変わらずバカだし。
タクミは相変わらず性格が悪い。
そして私は。
……相変わらず、待っている。
「なあ、ミホ」
「……何よ」
昼休み。
サトルが私の席にやってきた。
「今日、部活ある?」
「あるけど」
「そっか」
「……何?」
「いや、ちょっと聞いただけ」
……え。
ちょっと待って。
なんで聞いたの?
もしかして。
今日、一緒に帰ろうと思ってた?
でも部活があるから、諦めたとか?
「……あ、あのさ」
「ん?」
「べ、別に、部活終わってからなら時間あるけど」
「……そうなの?」
「う、うん」
「へえ」
サトルは頷いた。
そして。
「じゃ、頑張れよ。部活」
……は?
「おーい、タクミ! 次の授業なんだっけ?」
「あー、現国じゃね?」
「マジか。教科書忘れたわ」
「またかよ!」
二人は笑いながら歩いていった。
「…………」
私は、その背中を見つめた。
……こいつ。
いつになったら。
いつになったら、私にアプローチしてくるわけ!?
「……バカサトル」
小さくつぶやく。
すると、少し離れたところでタクミが振り返った。
目が合う。
あいつは、一瞬だけ私を見て。
にやぁ。
……笑った。
「……っ!」
私は机の上にあった消しゴムをつかんだ。
「タクミ!!」
「うおっ!?」
投げた消しゴムは、残念ながら外れた。
「何すんだよ!」
「うっさい!!」
「俺、何もしてねえだろ!」
「してるわよ!!」
サトルが不思議そうに私たちを見比べている。
「……お前ら、ほんと仲いいな」
「「お前が言うな!!」」
声が重なった。
タクミがまた笑い出した。
……ああ、もう。
本当に。
男って、なんでこんなにバカなんだろう。
でも。
サトルがこっちを見て、いつものように笑った瞬間。
私まで、つられて笑ってしまった。
……こいつ。
そんな顔するから。
いつまで経っても、諦められないんじゃん。
「……ほんと、バカ」
今度は、少しだけ小さな声でつぶやいた。
もちろん、サトルには聞こえていない。
あいつはまだ、何も知らない。
私があの日から、ずっと待っていることも。
こんなに好きになってしまったことも。
……全部。
そして、私はまだ知らなかった。
この何でもない日常が。
もうすぐ、少しずつ変わり始めることを。
* * *
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
…サトル…軽率に好きって言い過ぎだろ!!
恐るべき鈍感な子!
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