第2話 平穏よさようなら
「死霊魔法、秘跡干渉、呪詛魔法に闇魔法……すごいね、民間人が使っちゃいけない軍用魔法の見本市だ」
ミアンは甲冑を脱いで農民のようなリネンをドレスを着ている。
彼女と私以外には、村の酒場に客はいない。
他の客が目の前の女を恐れて逃げたのではなく、元から客などいないのだ。こんな山に囲まれた片田舎の港町に訪れる旅人は滅多になく、軍港の候補地として下見にきた軍人は、遠浅で見晴らしの良い砂浜を見て、向いていないと言って帰って行った。
美しい景色と美味い魚だけが魅力の町だ。どこか故郷と印象が重なり、そこを気に入って滞在していたのだが、聖騎士にバレた以上はもういられない。
まあ、明日の命があればの話だが。
食堂の木床に膝を着いた。両手も着いて、額を床につける。
「失礼を心よりお詫び申し上げます。ですが、恐縮至極ではございますが、どうかあの三人は許してやってください」
「うん?」
「あんな小悪党でもこの港町には必要なのです。打ち上げられ、魔性に堕ちた戦士から町人を守っております。他に戦える者はおりません」
ミアンは吹き出した。何が面白いのか分からないが、とにかく今は謝る以外の手はない。
「生業は漁師ではありますが海戦の影響で獲れる魚も減っており、漁に出られる日も少なくなりました。こんな港町では他に仕事もなく、暮らしを成り立たせるため、やむを得ず悪事に手を染めております」
くっくっく、と笑いの波が大きくなっている。
「ミアン様がご推察された通り、私はしがない闇屋でございます。交通の便が悪いこの港町に薬を融通しているだけのこと。アラ・メリニア帝に歯向かうつもりは毛頭ございません」
とうとうミアンは笑い声を上げた。どういうつもりなのかと目線を上げると、ミアンは困ったような笑顔で言葉を選んでいる。
「セドリック、君はいくつなの?」
いくつ、とは。年齢を聞かれているのか。
十四です、と答えるとミアンはまた吹き出した。
「ああ、いや、すまない。その若さで軍の高官のような話し方をするものだから、つい、ね」
その時、酒場の女将が料理を運んできた。低頭している私を見ると、
「あらセドリック。お嫁さんになってください、ってお願いしてるの?」
などと言い出した。
「し、失礼だろう。申し訳ございません、ミアン様」
これには参った。焦って声が上擦る。それでまたミアンが笑う。
今の見た目こそワカメのような赤髪を生やした細身の少年の姿だが、私の自認は未だに九州の爺だ。同じなのは色黒の肌くらいである。
なるほど。声変わり途中の高いのだか低いのだか判別のつかない声色で、硬い口ぶりで話すのが滑稽だったというわけか。
「いいよ。いいから椅子に座りな。頭を床に擦りつけている少年を見ながらご飯食べる趣味はない」
孫と同じくらいの歳の女に鼻で笑われ、ガキの扱い。情けなさと恥ずかしさで身が焼かれそうだ。
やはり私は、地獄に堕とされたのだろう。
言われるがまま椅子に腰かけると、ミアンは魚を食い始めた。ナイフとフォークを器用に使って舌平目のバター焼きから骨を選り分け、湯気の立つ白身を口に運び、美味い、と呟く。
テーブルマナーが染みついているな、と思った矢先、ミアンが言った。
「闇屋の能力、使ってみてよ」
これは尋問だろうか。
あの浜でミアンは有名な闇屋を探していると言っていた。間違いない。私のことだ。
「……では」
袋から数枚の銀貨と水晶を出す、
「転送魔法、ブラックマーケット」
唯一、巻物を使わずに自らの魔力で発動できる魔法を使った。右手に銀貨を、左手で水晶を撫で、その透明な玉に映った商品群から適当に選んでから、
「トレード」
と唱える。
銀貨の硬質な感触が、つるりとして冷たい壜の手触りに変わった。コルクを抜いてミアンのコップに注ぐ。香しい酒の匂いが私の鼻に届いた。
毒入りと警戒されると思ったが、ミアンは香りを楽しみ、一口含むと、
「ソービニヨンブランか」
と、ぶどうの品種を言い当てる。
毒入りではないが、無論、密造酒だ。
密造とは言え品質は申し分ない。とあるぶどう農家が脱税のために地下で造ったものだ。
開戦からこっち、アラ・メリニア帝国は戦費を賄うために徴収を厳しくしている。その農家は、収穫のほとんどを取られてしまって家族を食わせられなくなると、現金を得るために密造酒を造り始めた。
その流通に闇屋が手を貸している。
「セドリック。君が私の仕事を受けてくれるのなら、捕まえもしないし、あの三人も見逃してあげる」
「仕事とは」
ミアンは食器を置き、木のコップに入ったワインを傾けてから言った。
「『我々は闇屋。ご所望の物は。武器、薬、御禁制の魔法。果ては奴隷までも――』」
出かかった舌打ちと悪態を飲み込む。
私は、その先の台詞を知っている。継がれる言葉が重なった。
「『"未来"以外は何でもある』」
「"未来"以外は何でもある……そうか、なるほど、師匠か」
ミアンが諳んじたのは、私に商売のいろはを叩き込んだ師匠の口癖だ。おそらく目の前の女は、師匠に紹介されて私を探しにきたのだろう。
面倒な仕事を私へと押し付けたに違いなく、結果として虎の子の巻物を三枚も使うことになり、腹に剣の鞘をめり込ませることになった。
ミアンは食器を手に取ると、魚の骨をぶち、と断ち切った。
「私が買いたいのは"復讐"。ある男を殺したいの。セドリックにはその手伝いをして欲しい」
「それは、聖騎士としての秘密任務という意味でしょうか」
「言ったでしょう、復讐だってね。極めて個人的な殺し」
日の高いうち、昼食を前にしてさらりと交わす話ではない。女将の方を見るが、素知らぬ顔で魚を捌いている。あれは地獄耳だ。聞かぬふりをするつもりだろう。ますますこの町に居座りづらくなった。
何にせよ深く事情を聞いてしまうとまずい。首を突っ込みすぎれば後戻りできなくなる予感がする。ここは上手く手を切らなければ。
「……分かりました。浜でお見せしたような魔法の巻物など、ご入用の物は準備させていただきます」
「いいや、ついてきて欲しいんだよね」
勘弁してくれ。何が楽しくて国家権力とケチな小悪党が連れ立って歩くのか。一体何を考えている。
「お言葉ですが私は、巻物がなければ緑魔にも太刀打ちできないような未熟者です。荷物持ちくらいにしかなりません」
「いいじゃない。荷物持ち」
「闇屋は法で禁じられております。私と関わっていることが公になれば聖騎士であるミアン様の醜聞になりましょう」
「もしかして脅してる?」
「滅相もございません」
「私は醜聞なんか気にしないし」
「では、知り合いの闇屋を紹介させていただき――」
「ねえ、セドリック」
ミアンは私の言葉を遮って、自らの得物に触れた。
ゾンビウォーリアの首を掻き切った、あの業物の剣に。
「断れる立場?」
私が仕事を受けるならば逮捕もされず、ドニ、オノレ、マケールは斬られない。怪物を片腕で一本背負いするこの女に私が敵うはずもない。
四人の首が繋がっているのはミアンの気分次第で、始めからその首を縦に振る以外に選択肢は与えられていなかったのだ。
すう、と潮の香りがする空気を吸う。
「ご用命、承りました」
ミアンは私の答えに満足したように頷く。
「じゃあ、まずはもっと砕けた話し方をしてもらわなくちゃ。何言いたいか分かりにくいし。様もつけないで」
「承知いたし――」
しなやかな指先が剣に触れている。
「分かった。ミアン」
そう言うしかない。
「仕事の詳細は?」
「道中教えよう」
質問は躱されてしまった。この女には不審な点が多い。
軍のエリートなのは間違いないだろう。食器の使い方と言い、ワインの品種を言い当てたことと言い、所作の端々に育ちの良さが伺えるし、装備も手入れが行き届いている。何より浜で見せたあの強さ。
そんな彼女が単独行動を取り、個人的な理由で殺しを考えている。
いつ、どこで、どうやって、誰を殺すつもりなのか。
その理由は。
そもそもこいつひとりで誰でも殺せるのではないか。
私の力が本当に必要なのか。
聞きたいことは山のようにあるが、今話す気はなさそうだ。それでどう仕事をすればいいのか。見積もりもとれやしない。
「……せめて目的地だけでも」
「スランエルフ半島、かな」
「ふむ」
同じ内海に接し、石川県の能登半島のように突き出した、戦争相手である西ナーヴァ王国領、か。よくよく晴れて乾燥した日には、スランエルフの影がこの港町からも見える。
「今はアラ・メリニア帝の占領下だったか?」
「良く知ってる」
「開戦と同時に西ナーヴァの艦隊を打ち破って占領。基地を築き、そこから軍を南下させて西ナーヴァを脅かしている、と聞いたが」
闇屋の仲間から聞いた噂話を話すと、ミアンは深いため息をつく。
「専ら撤退続きだよ。大陸の戦力を半島へ分けたせいで攻めも守りも中途半端。皇帝陛下は死守せよとの仰せだが、占領もいつまで続くか」
我がアラ・メリニアはイメージダウンを嫌って戦況を良く宣伝しているようだ。その実情は苦戦を強いられているらしい。問題は、わざわざそんな前線へ行くと雇用主が言っていることだ。
「そうだな……陸路を北上して……軍港のあるバスクヴィルの町からは海路で渡るか」
「いいね」
「途中、ミゾン・デューの町に立ち寄りたい」
「分かった。師匠に会いに?」
頷く。
開戦して少し経った頃、スランエルフを取り返そうと出撃した西ナーヴァの艦隊は、ミゾン・デューの港町に夜襲をしかけ、魔法の艦上発射を浴びせて焼いた。
敵国の隠れた軍港があるという情報を聞きつけたらしいのだが欺瞞作戦で、無傷のアラ・メリニア艦隊から手痛い反撃をもらって西ナーヴァは敗走した。
アラ・メリニア帝国は完膚なきまでに叩き潰された港町には見向きもしなかった。
それでも、灰をかぶった町には生き残った人々がいる。まともな手段では食べる物も手に入らず、そんな中でも暮らしを立てようとして、我々のような闇屋が重宝されるようになった。
今では国内最大規模のブラックマーケットだ。
あそこなら必要な物も揃うだろうし、辿り着くまでに事情も聞けるだろう。
何より、師匠に文句のひとつでも言ってやらねば気が済まない。




