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第11話 世にも奇妙な密航

 


「どうやって?」

「なにがだ」


「なにが、ってスランエルフに渡るんでしょ?」

「ああ」


「お金ない、装備もない、ついでに私の服なんか奪った憲兵服だし、そんな状態でどうやってスランエルフまで行くのって話」


 ミアンは問いは当然だ。


「確かに、我々はもう手配されているだろう。正規の手段では船に乗れない。そもそも最前線であるスランエルフ半島に民間の船は寄港できないようになっている」


 レミ爺の小舟は内海を渡れるほど大きくない。金がないから船を雇うこともできないし、港の軍人に賄賂(わいろ)も使えない。そしてミアンの憲兵服は目立ちすぎる。


 海に飛び込んだ我々のことを、ジャンヌたちが死んだと思っているなら良いが、それも希望的観測だ。


 ないものばかり。


「密航する」

「だからそれを、どうやって?」


「色々と方法はある。軍の目を盗んで夜間、船で近付く」

「警戒船がたくさん出てる内海を? バレて撃沈されるでしょ」


 ミアンの指摘にひとつ頷いてみせる。


「傭兵に混じって雇われる」

「まあ、それが妥当(だとう)かもね……」


「酒樽のなかに入って荷物に(まぎ)れるというのはどうだ?」

 あのね、とミアンは(あき)れた調子だ。


「まあ、今回は、聖アラ・メリニア帝国海軍に連れて行ってもらおう」

 また冗談を言ったのだと思われたのか、ミアンはため息を吐いて、


「私たちが狙ってるのがアラ・メリニアの司令官なの分かってる? 前線の司令官のところに、わざわざ暗殺者を連れていく間抜けな海軍がどこに――」



 ざあ、ざあ、ざあ。


 我々は古いフリゲート艦に乗っていた。


「――あるわけね」

「そうだな」


 雨が上がり、良い天気だ。


 マストにはでかでかと聖アラ・メリニア帝国のマークが描かれている。古く、補修の痕が多いが、しっかりとした造りの船は、白波を立ててぐんぐんと内海を進んでいく。


 我々はこれに乗って、アラ・メリニアの司令官を殺しにスランエルフまで行くのだ。


「一体どんな魔法を使ったの? ()()()()()

「ちょっとした取引だよ。()()()





 五十万人の募兵(ぼへい)


 近年の巻物(スクロール)の発展は目覚ましく、様々な秘跡、魔法をただの紙に込められるようになった。誰もが、より手軽に超常の力を行使できるようになったのだ。


 その結果、この世界の戦争は極大化した。

 新兵一人が十倍の敵兵を倒せるようになり、軍艦一隻で多数の都市を壊滅されられるようになった。


 かつてない魔法近代戦に、戦争は泥沼と化している。想定をはるかに超えた被害は戦争の止め時を分からなかくさせた。これだけ失ったのだから勝つしかないと、お互いに引っ込みがつかなくなっている。


 そして聖アラ・メリニア帝国は、西ナーヴァと戦争を続けるために五十万もの国民を兵隊に欲しがった。

 血と肉が海の藻屑となり、塵芥になる戦場へと、親や兄弟、子供を送り出す。


 必死の場所に行く人間を選ばなくてはならない。


 選ぶ。


 その方法は、()()()()である。


 十八歳から四十歳で、健康であるなら男女関係ない。町や農村などのコミュニティにそれぞれ人数を割り振って、その選び方はコミュニティに任される。


 誰かが、こいつを死地に送れ、などと言えば反発が起きるのは当然で、責任を負うことのできる者もそうはいない。


 選ばなくてはならないが、選びたくはない。それで世間一般に広く受け入れられたのがくじ引きだった。農村の住民がくじを引き、()()()()運のない奴を地獄に送る。


 兄であるフィリップと、その妹のモニカはそんな運のない兄弟だった。


「浮かない顔をしているな」

「そりゃあ、これから行くのは地獄だからな」


「兵士なのか」

「これからそうなるわ」


 バスクヴィルの酒場で夕飯を食う二人の顔には、戦争になんて行きたくない、と書いてある。周りのテーブルと比べて豪勢な料理も、彼らの気分を良くすることはなさそうだ。


「出身は?」

「ソルマン。知らないわよね?」


(はる)か西だな。遠い旅だったろう」

「内陸の小さい村さ。俺たち、村から出たことなくて、海なんて初めて見たんだ」

「いつか海を見てみたいねって話してたのよ。こんな形になるとは思ってなかったけれど」


「それは……不運だったな」

「運なんかじゃない」

「ちょっと、フィリップ(フィル)


 素直な同情を口にすると、フィリップは怒気をはらんだ声で否定し、モニカは困り眉で兄を(いさ)める。


 フィリップの恨み節は止まらない。


「くじに当たったのは金持ちの息子だったんだ。だけど、父親もそいつも戦争に行きたくなくて、兵役逃れしやがった。長男だからって言って。俺だってそうだ。俺たちがいなくなったら、父さんや母さんの畑仕事を誰が手伝うんだよ」


 兵隊になる人間は、代理人を立てることができる。その際は、装備や旅費を始めとした費用を出さなければならない。


 つまり、金さえ出せればハズレくじを誰かに押し付けられるわけだ。


 フィリップとモニカは、農村出身にしては良い服を着ているし、武器もぶら下げている。ぱっと見であれば名のある戦士にも見えるだろうが――


「私たちは、とてもお金が出せなくて……」

「兵隊にならざるを得なかった、か」


 ――ただの十八歳くらいの、素朴な若者だ。


「その装備をくれたら、代わりに戦争に行ってやる。どうだ」


 4つくらい年下の私を、二人は化け物を見るような眼で見た。


「ちょっと待ってよ」

「ど、どういう意味だか分からない……」


「フィリップ、モニカ。君たちも兵役逃れをしろ。領地の金持ちがやったように、装備と金を押し付けろ。この私に」


 持っている資産を差し出せば、()()を引き取ると、私はそう言った。今の兵募には赤い手紙などない。


 ナントカ村の(なにがし)ですという自称しかなく、頭数と名前だけ当たっていれば問題ない。二人は理解したはずだが、しばらく押し黙る時間があった。


 日が落ち、徐々に客が少なくなり、店の喧騒が静かになってきている。


 ようやくフィリップが口を開く。


「地元に帰ったら、戦争に行っていないのがバレる。父さんや母さんに何て言えば……」

「ミゾン・デューにでも行って仕事を探せ。港湾労働者ならいつでも募集している。二コラという男を探せ」


「故郷を捨てろって言うのか!?」

「故郷だけではない。名前もだ」


 二人はまた驚き、黙る。店の外に憲兵服が見えた。あまりゆっくりはしていられないな。


「思うに。お前ら兄弟の分かれ道はここだ」


 簡単な問いだとは思っていない。簡単に答えられるものでないとも思っている。今までの人生を捨てろと言っているのだから。


「選べ。国のためにスランエルフで死ぬか。過去を捨て、兄弟で生きるか」


 二人は口を開かない。


「……分かった。残念だが、別の奴を探す」

「ま、待って! 分かったわ。分かった、から」


 席を立とうとすると、モニカは私の手を取った。





「そうして、私はスランエルフまでの切符を手に入れたと言うわけさ。モニカ」


「フィリップ。あんた、本当は特殊部隊の工作員かなんじゃないの?」


 フィリップとモニカから荷物一式を受け取り、新兵をスランエルフに送るための軍艦に乗った我々は、内海を西に進んでいる。


「でも、この先、スランエルフで徴兵検査とか新兵訓練があるでしょ? 逃げたらまずくない? フィリップとモニカが脱走兵になった、ってあの子たちの故郷に(るい)が及ぶのは、ちょっとねえ」


「それもそうだな。じゃあ、途中で死ぬか」


「……なるほどね。『航海中にフィリップとモニカは海に落ちて死亡した』とかになれば、それ以上は軍から追及されない、か」


「分かってきたじゃないか」


「あんたといると嘘吐(うそつ)きがうまくなりそう」


 ミアンは楽しそうに笑う。


「口を動かしてないで手を動かせ!」

 褐色の肌に引き締まった高身長の女船長にどやされ、ミアンと一緒に、アイ、アイ、キャプテン! と叫ぶ。


 それが何だか面白く、ミアンと目を合わせてほくそ笑んだ。


「さあ、新兵らしく甲板磨きに精を出そうではないか」


 他の新兵たちと木の甲板に這いつくばり、椰子(やし)の実のブラシで磨く。この船には我々を怪しむような狡猾(こうかつ)な水兵はいなさそうだ。


 周りは敵だらけで、向かう先は戦場だが、晴天の元で波の音を聞きながら、額に汗して肉体労働をするのも悪くはない。


 

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