固定したふたつ目のポータルは
スミマセン、遅くなりました
「きゃあ!」
ああ、そうだわ。琴ちゃんは抵抗していないんだから、肩に俵担ぎしなくても良いんだった。琴ちゃんに悲鳴をあげられるまで、自分の行動がおかしいことにまったく気がつかなかったよ。
ユミーからは肘鉄を食らったし、シアさんは簀巻きにしないと暴れ狂って運べなかったから、なんとなく拠点に帰るときは連れを担ぐ癖ができてしまったようだ。
「驚かせてごめんね。うっかりして担ぎあげちゃったよ」
琴ちゃんがふらつかないで立てるように上体を倒してゆっくりと肩からおろすと、床に足をつけた彼女がスカートやその上に巻きつけた布が捲れていないかと、パタパタと撫でつけて裾を直している。
この場に残っていた近衛を含む男性たちが、見てはいけないものを見てしまったかのような表情で、慌てて顔を反らしているのが面白い。城にいる女性のスカートは、足首も見えないマキシ丈だもんな。
いままで見てきた貴族の女性は、靴すら見えないくらいスカート丈が長かったし、動きやすい格好をした働く女性は、人目がある場所にはあまり出てこないのだ。
「いくら中身が央さんでも、男性に抱きあげられるのは恥ずかしいですよ〜」
琴ちゃんは優しいなぁ。荷物みたいに問答無用で持ち運ばれようとしてたのに、抱きあげるなんて控えめな表現をしてくれるなんて。
日本にいたら『痴漢は滅びよ! SNSで晒してやれ!』とか言われそうな行動だったのにな。
以前豆太に、性的暴行を加えるようなゴミはボコボコにして良いと言った手前、この場にいないことにホッとする。もしも見られていたら、居心地の悪いことこの上なかっただろう。
やっぱり性別にかかわらず、顔面偏差値が高いと多少のセクハラも許されるんだろうか? 顔がいくら良くてもセクハラは犯罪だと思うけど、ルーを前にして『セクハラ止めてください』なんて言っちゃったら、ブスが被害妄想も大概にしろって逆に炎上しそう。
『もういつもの姿に戻っても良くない?』『我はどの姿でも構わぬが、その前にポータルの固定をせねばならぬ』『ああ、琴ちゃんが通うからか』
琴ちゃんにはまだ精霊がいないし、彼女自身の体にも魔素がほとんど貯められていない。精霊も、先代の主の血縁でもない限り、生まれたての赤子を主にはしないからね。
そうなると精霊界の滞在時間が減るので、毎回ポータルを開くよりも固定したポータルを通る方が楽なのだ。
体に魔素が満ちていないということは、外の魔素に染まりやすいということなので、琴ちゃんが精霊界て留まると超人並みに進化するか、廃人まっしぐらだ。そのため、まだ小さな子どもがいたり魔素の少ない草木を運んだりするときは、ルーはポータル移動を極力避けている。
「城の外れにポータルを繋ぐが構わぬか?」
「確認して参りますので、こちらで少々お待ち願います」
深々と頭を下げて、宰相補の男性が退室する。それにあわせて神官たちも部屋を出ていくが、精霊たちはルーに怯えているのか、最後まで姿を現すことはなかった。
豆太がいたらもう少しみんなの心証が良かったと思うが、いまさら遅いのでどうしようもない。
『豆太は寂しがってないかな』『用が済めば留まる理由はないな』『さっさと許可を貰ってきてほしいよね』
王族がすべて捌けた会議室には、まだ数人の近衛が残っている。宰相は三妃の処遇についての指示や彼女が産んだ王子について、現王夫妻と王太子夫妻、大臣を集めて話し合うのだそうだ。
王太子には七歳になる王子がすでに生まれているので、三妃の王子をその親族のもとに渡すとクーデターの旗印に据えられる可能性がある。
三妃はおそらく王宮での幽閉ではなく離縁後に実家に返されるようだが、それは三妃の実家が北部の穀倉地帯に領地を持っているため、宮廷での発言力や影響力が大きいかららしい。
百年後のためにも国が乱れるのは困るが、王族には精霊の主となっている者がほぼいなかったので、ルーの関心は専らツイーディアに集中している。
「もう少し待たなきゃいけないみたいだから、お菓子でも食べて時間を潰そうか」
退室しかけていたところだったが、またテーブルに戻って重い肘掛け付きの椅子を引く。琴ちゃんの椅子も引いてあげたら、キラキラした目で見上げられてお礼を言われた。
こちらに来てからはキャスター付きの椅子を見たことがないから、まだ発明されていないのだろう。異世界に来たからには地球の知識を広めてお金を稼ぐところだろうが、ルーが最重要視しているのは甘味の楽園の完成なので、そんな暇はないだろうな。
そういうわけで私には無理なので、琴ちゃんやこれから来る日本人に頑張ってもらいたいね。
「これって缶の紅茶? それに日本語じゃないですか! 央さん、なんでこんなの持ってるの?」
座る琴ちゃんの前に炭酸飲料、スポーツドリンク、ウーロン茶と紅茶を置く。好きなものを選べば良いとひと通りの飲み物を出したが、この文字を琴ちゃんは読めたらしい。
「へぇ? 琴ちゃんには日本語に見えるんだね。精霊の棲家のドロップ品は魔素で出来てるから、見る人によって変化するのかな?」
ラメドリトスのグリフォン商会でお菓子を売ったとき、ルーが日本語だと誰もわからないって言ってたけど、プリントされた文字が変化していたんじゃなかったんだね。
たしかに拠点の精霊の棲家のドロップ品が、ピンポイントでラメドリトス国の文字なのはおかしいのか。
「誤用を防がねばならぬ故」
「ああ、薬もドロップするけど毒物も高確率で手に入るもんね」
外国語で書かれた薬を使うのは勇気がいるもんな。翻訳アプリが使えたとしても、用法・用量を誤訳していたらと思うと、服用を躊躇っちゃうよね。
「説明されても違和感がエグいですよ〜」
普段ルーとの会話に違和感を持たれたことがないから、こちらも反応に困る。けれど、チカと名乗ったのはルーと豆太だけだったので、市井央を知っている人がいるのは、なんだか嬉しく感じるな。
時間がたっぷりあるわけではないので、出したのは吊り下げ菓子を三種類だけだ。これは、ひと袋の内容量が少ないので、ちょっと摘むのに適している。
今回選んだのはフルーツグミと、短いラーメンみたいなスナック菓子と、ラムネだ。ちなみにチョコ関係はルーが独占しているので、私は一つも持っていない。
「わ〜! じゃあ、あたしはラムネを貰いますね〜」
そう言って、いまではもう廃盤になったウーロン茶を飲みながら、かわいい動物たちが描かれたパッケージを開けている。
酸味を苦手としているルーがラムネを口にすることはないから、琴ちゃんが喜んでくれて良かったよ。
「コレくらいの蜘蛛を倒したんだよ」
「央さんがムチで叩く姿は、想像できないですね〜。でも、なんでムチなんか持ってるんだろうって不思議だったんで、納得しました」
なぜ私が日本のお菓子を持っているのかを説明しながら、この世界の精霊の棲家について教えていると、琴ちゃんにはダンジョンの知識が多少あったので理解が早かった。
「私もあの漫画は読んだけど、こっちの精霊の棲家では倒した魔物には実態がないから、食材にはならないんだよね」
「へぇ〜。でも良かったです。あたし、ゲテモノ料理は食べれる自信がないんで〜」
それは私もだ。あれはフィクションだから面白いのであって、ゲテモノ食をしている人種のドキュメンタリーなら、私は絶対に見ないと思う。
「失礼します。お待たせいたしました。許可が下りましたので、ご案内いたします」
見た目はオジサンと若い女性だが、キャッキャしながらおやつタイムを楽しんでいたら、まもなく宰相補の青年が戻ってきた。
場所は先ほどの塔の近くらしいのだが、魔術師長の同席が必要だという。
『長ってことはこの国で一番魔力が高いんだろうな。ポータルの固定を真似されたりしないよね?』
『読み解けるとは思えぬが、用心しておくか』
今度は城の中を通されたので、意外と早く塔の前に着いた。やっぱりさっきは警戒されていたのだろう。神託を確認したからだと思うが、貴族たちが多い場所を歩かせて良かったのだろうか?
『顔見世を兼ねたのであろうな』『ああ、三妃の派閥もいるだろうからね』
次にこの姿で来るとは限らないんだけど、やっぱりオジサンで良かったかも。いつもの格好だったら完全にナメられて、突っかかってきた人間をいちいちしばいてまわるところだったろうな。
異世界からきた賢者様も、若い女性だからと良いように利用されていた可能性だってあるし、ひとりだけだから奪い合った可能性も否定できない。
「あっ、ツイーディアがいるね」
私たちが塔に着いてしばらくしたら、ローブ姿の一団が近づいてきた。エルンスト君も身だしなみが整っていないと思ったが、一団の先頭にいる男性も輪をかけてみすぼらしい。
髪とヒゲはボサボサで、着ている服はよれよれだ。背は高いが細身で顔色も悪く、目の下にはひと月寝ていないのかと思うくらいの隈が、堂々と横たわっている。
「随分と遅かったですね。こちらも時間があるわけではないので、挨拶は不要です」
おおぅ。宰相補殿は、魔術師たちとは不仲かな? 声が冷ややか過ぎて凍りつくところだったわ。
対する魔術師長は、自分にかけられた言葉とは受け取っていないかのように、まったくのノーリアクションで通している。
表情も変わらないし言葉も発しないが、それが標準装備なのか返事を期待していなかったのか、口論になることはなかった。
「琴ちゃんが通うための道だから、建物の近くが良いんだけど」
その後二人には動きがなく、お供の魔術師たちも戸惑っている。これでは埒が明かないので、天気が悪くても濡れずに済む場所が良いとアピールしてみた。
「こちらだ」
魔術師長の男はこちらを向くと、案内するつもりなのか踵を返した。その時、真後ろにいたらしい小柄な青年が、ルーに対して深く礼をとる。
「フム、森林の精霊か」
「あっ、たしかにあの人だけ綺麗だもんね」
正しくは人ではないのだが、高位精霊をどう表現したら良いかわからなかったから仕方がない。
「わあ〜。すっごいイケメン」
「だよね〜。芸能人よりかモデルって感じ」
「央さんのタイプですか?」
「いや、観賞するだけで満腹だよね」
琴ちゃん的にも精霊は美形に見えるようだが、彼らとおつきあいしたいのは私ではなくルーの方である。そして実際に仲良くなるのは、豆太が圧倒的な勝者で間違いない。
「なんか臭そうな集団だよな」
「央さん! そんなこと聞こえる声で言ったらダメですよ」
「失礼かもだけど、みんなヨレヨレだよ?」
キレイなのは上に羽織っているローブだけだと思うが?
「みんな社畜なのかな? この国で働くのは早まったかも〜」
ごめん琴ちゃん。私もできるだけ協力するから、いまは妥協してくれ。
ウサギ野郎が拠点に引き取るのを禁止しなければ、琴ちゃんがこの国に通う必要は無いんだけど、あそこは隠れ里みたいなところだからなあ。
できれば琴ちゃんには、この世界で幸せになってほしい。いつまで私の意識がもつのかわからないけど、琴ちゃんやその子孫を見守ることができるなら、それほど寂しくないと思うのだ。
「この地は如何か」
この人、声だけは良いね。
塔が見える位置に、城と回廊で繋がれた建物があった。その庭の四阿を魔術師長が指差す。
「屋根もあるし建物には近いし、問題はないかな」
きれいに整えられてはいるが、あまり使われている様子がない。ベンチとテーブルがあるから、休憩するのにも支障はないね。
「良かろう」
ルーは四阿の片隅にポータルを開いて固定する。前回と違うのが、紋を描く魔素にソフビ人形を混ぜているところだ。
多分だけど、クローバーの模様があったところにテントウムシが、星の模様には星型のステッキを持つ魔法少女が配置されている。ハート型や丸型も同様だった。
「これで真似は出来ぬ」
そうだね。ソフビ人形にはなんの意味もないし、これはうちの拠点にある精霊の棲家でしか手に入らない。真似しようにもこれでは不可能だろうな。
「なんだかここだけファンシーですね」
「あー、ねぇ」
ピンクや赤の可愛らしい人形と、黄色い星のパッチン留め。テントウムシはちょっとブサイクだけど、色味は鮮やかなので木製の四阿では良く目立つ。
「この場はツイーディアとその主が管理せよ」
明らかに他の魔術師たちがホッとした表情なのは、この微妙な空間に近づきたくないからなのか、ルーを畏れてのことなのか判断がつきにくい。
まあ、この地に住まう精霊で、名を知っているのはツイーディアだけだからね。それにエルンスト君がこの環境をつらいと感じたら、ポータルを通って逃げ出すことも可能だと思う。
「では、琴ちゃんが落ち着いたら顔を出すので、先生の手配をお願いね」
そう言い残してあっさりとこの場を去る。念の為、琴ちゃんが魔素に酔わないように囲ってから、私たちは出来たてのポータルをくぐり抜けて、拠点へと帰ってきた。
はやく豆太にも琴ちゃんを紹介しないとな。




