顔合わせのついでに水路を延長する
前回、更新日が1日ずれていたことに気がつきました。
煌めく体毛の人たちの代表として西の集落のセバルトさんと長男のツィルフリートさん、東のトルックスさんと奥さんのフレジアさんとお互いに挨拶をしてもらった。
「ぼく、まめちゃよ」
いや、こんなところで名乗らなくても、豆太は拠点に住む誰もが一番に名を覚えていると思うけどね。
他の住民がいなかったのではなく、一気に名乗られても覚えられないだろうという配慮のもと、とりあえず代表者だけが名を交換したのである。
大人たちの側では子ども同士で声を掛け合っていたし、さっそく分け前のビー玉を配っていたので、徹夜で狩った鼠賊から落ちた物を追加で渡してあげた。
結構な量を狩ったので、黄色から落ちたビー玉は二十袋ぐらいあったと思う。それに赤色からは花札セットがドロップしたので、説明書付きで渡しておいた。ルールがわからなかったら、精霊か大人に読んでもらってくれ。
花札がドロップしたのは、年末年始の休みに親戚が予定以上集まることがわかり、一セットでは足りなかったので買い足したことがあったからだろう。
佐々木商店で買える玩具は、花札の他はビー玉とおはじきとカラーゴムボール、シャボン玉に水風船くらいだったはずだ。
進化した佐々木商店には新たな魔獣が増えていたし、前回いなかった赤色と黒色も出現した。それらが落とした物は、アルコール類やおつまみ、特別に注文していた果物や野菜が多かったので、お菓子を期待したルーはガッカリしたらしい。
「でもさぁ、たぬきケーキがあったじゃんか」
荷物泥棒の黒色からは、狸を模ったカップケーキが四個ひとセットでドロップしたのだ。
「うむ」
「本当に狸は入ってないよ? スポンジケーキにチョコと生クリームで本体をつくって、アーモンドスライスの耳が刺さってるんだ」
「まめちゃ、たべゆの!」
「うん、後でおやつに食べようか」
大人たちが果樹の手入れやらニワトリの世話について話している横で、私たちはドロップしたおやつの分け前について語る。
誰からも聞かれていないが、自分の不真面目さに気まずくなったので、豆太をなだめておやつの話を終えた。
「こちらはユミー。パンを焼く仕事をしていて、竈の精霊たちと一緒に暮らしている女性です。こちらのフロレンシアさんは、修道院の精霊であるラルスの主だよ。テピトラ王国の聖騎士で、ダンジョンで弱っていたところを捕獲したんだ」
女性の年齢を軽々しく言ってはいけないかもと、いちおう口は噤んでおいたが、こちらの国ではどうなんだろうな。ルーの記憶には参考になるものが見つからなかったので、そもそも経験していないのか記憶にすら残らなかったのか、まったくわからなかった。
「気になるのか?」
「どうなんだろう。みんな結婚が早いみたいだし、子どもを産むつもりなら、ちゃんと気にしないとダメだろうね」
早すぎたら母親の体が心配だし、赤ちゃんも育ち難いって聞いたことがあるよ。母親が高齢だと体力的にツライらしいし、赤ちゃんも先天的な病を得やすい。
帝王切開しないと産まれないケースのとき、この世界の医療知識で対応出来るのかを知らないから、無責任なことは言えないんだけどさぁ。
「やっぱり人を集めてるんだから、医療関係者が欲しいな」
過労死しかけてるとか、上司や同僚にイジメられてるとか、困ってる人はいないかなぁ。精霊の主だとなお良し。
「本人に精霊がいなくても、家族についているならそれでも良いか。家族ごと拐っても、いまなら家は何軒でも、どこにでも建てられるんだし」
「医師か」
「おくしゅりは、とってもまじゅいのよ」
薬は美味しく頂くものではないよ。それに豆太が薬を飲む機会があったことに、驚きを隠せないんだけど。
「医師は外科医がいたら良いな。それに薬師だって何人いても有り難いよ。土地によって生えている薬草は違うだろうし、この辺りにどんな薬草が生えているかは、まだ調べてすらいないからね」
「フム」
ガチョウに加えてニワトリとヤギと犬が増えたから、獣医もいてくれたら安心だ。家畜はもっと増やす予定だから、酪農家もスカウトしたいね。
「佐々木商店が育ったんだから、次はホームセンターがあったらいいと思うんだ。たしかにお菓子は売ってなかったけど、生活の質はグッと上昇するんだけどなぁ」
「左様か」
「まめちゃは、おかちがほちい」
だよねぇ。ルーなんて返事すらしないもんな。
機会を見て事毎に、生活便利品が増えたら拠点に人が集まることをアピールしていこう。
「お疲れ様でーす。新しく越してきた人を紹介するね」
まだまだ食材も燃料となる薪も十分とは言えないからか、最初に建てた炊事場を皆は利用しているらしく、お母さんたちはよくこの炊事場に集まっている。
怪我が治っても体力が回復していない人や、親を亡くした子どもだけの家族に、高齢者のみの世帯もいるので、もうしばらくは大量につくったものを分けて食べる方が効率が良いみたいだ。
「これを追加で渡しておくね」
どうせなら根菜がドロップしたら嬉しかったんだけど、味醂や日本酒、ザラメに粒味噌といった、日本料理に使う調味料がほとんどだった。缶の粉ワサビなんて、どうしたらいいのさ。
「これは片栗粉っていって――」
スープにとろみがつくのは受け入れられそうだ。料理は冷めにくいし、誤嚥を防げるからね。
焼肉のたれは便利だけど、いままでフライパンを使ったことがなくて、串焼きがほとんどだったらしいから、下味を付けるのに使うそうだ。
荷物泥棒の赤色からは、一キロの鳥もも肉が落ちたし、狂乱羊の黄色は片栗粉が二百グラムか、二メートルくらいの生ソーセージが手に入った。
「あとは丸粒麦茶が山盛りだね」
「これは煮出して飲むのかい?」
「そうだよ。香ばしくて飲みやすいと思うけど試してみてね」
赤色の狂乱羊から五キロの紙袋が二つドロップしたので、四十キロもあるのだ。
炊事場担当の奥様たちは、ひと袋ずつ保管庫に運び入れた。
「穀物も、もっと蓄えられるくらい欲しいよな」
馴染めるか心配していたら、他にもドロップした食料を保管庫に運びながら、食事の支度を一緒にする約束をしていた。故郷の料理を教え合う話で笑い合っていたので、いまのところは問題なさそうでホッとする。
ユミーとシアさんも一緒に挨拶ができたが、人魚たちは昼間だから池から出られない。だからちょっと距離があるけど、こちらから向かうしかないのだ。
「次は集会所と人魚の池に行くね。マカミとアセナが心配するとかわいそうだから、中央にある人魚の池まではポータルを使うよ」
二匹はとても大きいから、もう少しなれてからみんなに会わせようと思っているのだ。
「こんなに広いとは思ってなかったよ」
「ビー玉ってとてもキレイね。こんなにまん丸なガラスは、初めて見たわ!」
子どもたちは疲れて歩けないかと思っていたけど、山で育った子どもたちは足腰が丈夫だったので、興奮気味に駆け回っている。
「井戸はあちこちにあるから、自由に使って大丈夫だよ」
「あら! 井戸の精霊がいるわ」
上位精霊の主は、下位精霊の主よりも他の精霊を知覚しやすいのか、あちらこちらを見渡しながら、指をさして驚いている。
「こんなにも精霊がいるのね」
そうなんだよ。暇をしている子もいるから、是非とも主になってほしいけど、精霊たちは思ったよりも慎重に主を選んでいるようだった。
「まめちゃのおともらちよ。いっぱいよ!」
「良かったね、一緒に遊べて」
特別に仲が良い子とかはいなさそうだけど、どこに行っても豆太に手をふる精霊がいるんだ。
「カワユイのう」
「そうだね」
集落にある中央の広場では、回復した者が集まり大工仕事に精を出していた。
私がはじめにそれぞれを紹介すると、お互いに挨拶を交わして握手する。
見たこともない星に来たのに、挨拶もさほど変わらないのには不思議な気持ちになった。はじめましては歌をうたうとか、拳で語り合うとか、匂いを嗅ぎ合うとか、そんな風習がある人たちじゃなくて良かったよね。
「バルトフリートさん! 精霊の棲家からロープとナイフが落ちましたよ」
あと、手斧と木工用のカービングナイフが三本セットで手に入った。
「これは助かります。できれば私どもも、ダンジョン攻略の手伝いをしたいのですが」
申し訳なさそうに、細マッチョのオッサンたちが眉をハの字にしている。彼らには足りない分の家を建てたり、家の拡張や家具を作ったりと、急がなければならない仕事が山積みなのだ。
いまは櫓用の長いハシゴを、予備も合わせて数本作っている。
「万が一、外側の堀に落ちた場合に救助用のハシゴが必要ですからね」
たしかに! それは考えてなかったや。内側の堀は安全対策ができていると思っていたけど、外側に落ちるのは害獣だけだと思っていた。
「しばらくは無理せず、生活を整えることだけを考えてください」
できれば集会所にテーブルや椅子が欲しいし、病室にする予定の部屋にはベッドだって必要だ。だからホームセンターがあったら良いんだけど、お菓子は売ってなかったんだよね。
ペットの餌はあったけど、あれは甘くはないからルーは喜ばないだろうなぁ。
「ここも好きに使って大丈夫。トイレもあちこちにあるからね」
トイレは、ドルクさんの家の近くに一つ追加しておこう。既存のトイレは汲み取り式じゃないポットントイレだったから、全部埋め立ててきたのだ。
「あたし、おトイレにいきたい」
ジャナンちゃんがモジモジしながらそう言うと、我慢していたわけではなさそうだけど、みんなでトイレを使ってみることにした。
「全然臭くないんだな」
「ぼく、こわくなかったよ」
「石けんがすごくいい匂いね」
いろいろ話しながら新しく建てた炊事場を通り、集会場までやってきた。通り道に住む住民たちにも挨拶をして、新しく家族が増えたことを知らせる。
「ここはね、みんなが集まって相談事をしたり、宴会をしたり、新しい命が誕生する場所だよ」
具合が悪いときは何人か薬師がいるから安心だと言うと、町の医者には割高料金を取られるなどの嫌がらせを受けていたらしく、安心したような顔をしていた。
特に子どもは体調を崩しやすいし、近くに薬師がいる暮らしは安心感が大きいのだろう。
「屋敷の精霊はいる?」
声に応えてふわりと目の前に姿を現したのは、侯爵の家から救出した上位精霊だ。
ルーはすぐさまひざまずくと、そっと抱っこをする。畏怖からか、ルーに抱きあげられるのを許す精霊はほとんどいないので、嬉しくて仕方がないらしい。
「これも持っていてくれる?」
「ん!」
コクリと頷く屋敷の精霊に、緑の魔石をすべて渡す。昨晩もドン引くほどの鼠賊がわいたのだ。
トイレットペーパーと石けんも、補充して欲しいものは余分に渡しておく。
「ばぁばたちは? 奥にいる?」
「ん!」
左の通路を指さすので、医務室に集まっているようだ。
「オルシャさん、新しく十七人増えたのでよろしくお願いします」
調合をしている医務室に大人数で入るのは避けて、オルシャさんたちには廊下まで出てきてもらう。
「あらあら、まだ小さい子もいるのね」
オルシャさんは床に膝をついて、目線を合わせて挨拶をした。
「ぼくハーミト。ごしゃいです」
「あたちはラーレよ! ごさいなの」
開いた手のひらを前に出して、アスランさんの次男がのんびりと名乗ると、ファトマさんの長女も負けじと手をあげた。
「まぁ! 偉いのねぇ」
ドルクさんたちは、オルシャさんの優しい対応に安心したようだ。特に若い女性たちは、ベテランの助産師さんがいることに喜んでいた。
「まめちゃはたくしゃんよ!」
そうだね。そんなに何度も前脚をあげても、豆太の歳はわかんないよ。
オルシャさんたちには医療関係のドロップ品を渡し、屋敷の精霊を床におろす。頭をひと撫ですると、はにかみながらスッと消えてしまった。
「やっぱりまだ人は怖いのかな」
「オルシャらは穏やか故、すぐに慣れるであろう」
やっぱり侯爵には、相応の罰が必要だな。
いつの間にかドルクさんは肩の痛みに湿布を渡され、便秘気味な子どもにはシロップが処方されていた。
「次は私の家に住んでいて、日中は池で泳いでいる人魚の家族を紹介するね」
集会場の扉と見せかけてポータルを開いたから、外かと思った一行は人魚の池の北側に出て驚いていた。
「ラメトゥさん、ちょっとお時間よろしいですか?」
声をかければ、中央の四阿にいた人魚たちがスイスイと泳いでやってくる。
「ルー様ではありませんか。何かごようでしょうか?」
「新しい家族が来たから紹介するね」
同じようなやり取りをしてお互いに名乗り合うが、ドルクさんたちの町にも人魚は住んでいないらしく、鱗のある下半身にとても驚いていた。
メタリックな髪の毛に目を丸くしていたが、男性も髪を伸ばしていることにも驚いていたので、あの町では男性は短髪が多かったのだろう。
「やっぱり夜しか行動できないのは不便だな」
食事は届けてもらえるし精霊もいるので心配ないが、急用があったときに待つばかりでは困るだろう。
「ここはほとんど中心だし、東西南北に水路をのばそうよ」
「そうして頂ければ運動にもなります」
ムキムキの人魚は見たくないので、程々でお願いします。
勾配はほとんどいらないけれど、水路の水が池に流れ込むのは困る。池に流れるのは北と西の水路、池から水路に流れるのは東と南にする。
「これなら全体で循環するから、溢れたりしないだろうね」
東側の集落には流れに乗って進めるし、帰りは北側に回ればまた流れに乗ってここに戻ってくることができる。鍛えたかったら逆のルートで進めば良いのだ。
「これで良かろう」
ルーは、ドルクさんたち家族とラメトゥたち人魚の家族が世間話をしているスキに、幅と深さが一メートルの東西南北に走る水路をつくった。
「柵はどうしよう」
溺れるときは水深三十センチでも危険だと聞いたことがあるんだけど。
「河川の精霊に頼んでおく」
「あれ? あの美人たちって拠点にいてくれたんだね」
「あのとき我らを手助けしたのは大河の精霊だが?」
「ゴメン」
精霊の種類はほんとにわからないんだよ。とにかく、拠点にある危険と思われる場所は、陸も水の中も精霊たちが巡回しているらしく、心配いらないようだ。
だけど、ぬるま湯育ちで危険察知能力が衰えたら困るのは住民たちなので、あえて告げずにおこうと思う。
「じゃあ、そろそろ家に帰ろうか」
ポータルをドルクさんたちの家の前に開くと、マカミとアセナがしっぽを振って出迎えている。
ニワトリを放している柵も問題ないようだし、ヤギも雑草を食べ放題だ。
「じゃあ、ご飯のときはあの炊事場まで来てくださいね。作物が実るまでは食べ物は支給するつもりだから、遠慮は無用ですよ」
引っ越してきたばかりで、見知らぬ人たちを一度に紹介したから疲れただろう。それに他国の人ばかりだから、精霊たちが仲立ちしてくれないと会話もままならない。
「やっぱり学校は必要か」
先生も各国から連れてくるか。モンペに悩んで学校を辞めたい先生を探さなきゃな。
「その前にラルスの主の件を片づけるぞ」
「…………ハイ」
忘れていたわけじゃないんだ。ちょっと億劫だなって思っただけなんです。
「放置するならば、ラルスの主は一文無しとなるであろうな」
「なんで!?」
「あの男が国に届け出るであろう」
貴族手当が支払われているからかぁ。姪の財産を奪うだなんて、アイツマジで許せん。
次回は14日(木)に投稿予定です。




