精霊は日当たりの良い場所をご所望です
「そう言えばさぁ、ドルクさんたちはポータルで運ぶつもりだったんだっけ?」
海上の移動はそれほど長い時間ではないが、普段見上げるだけの空を飛ぶのは怖いだろうと、一家は精霊と一緒にポータルで運ぶ予定だったのだ。
セバルトさんたちを運んだときは、二度と戻れない故郷を見てから去りたいと言ったから一緒だったけど、今回は特に希望されていなかった。
「家畜もおる故、構わぬであろう」
「しゃみちくないのよ?」
それもそうか。興奮して暴れることはないと思うが、家畜たちや大型犬らが不安がるかも知れないし、普段から世話をしてくれる家族が一緒の方が落ち着くだろう。
「町や海を見たいなら出て来てもいいよ」
ルーが可視化出来ないように自分のまわりを覆っているから、海までは落ちないし地上の人間からは見つからない。
眼下には狭い入り江内で一人用の手漕ぎ舟を操る漁師たちが、漁網をおろす作業をしている。
「あら! あらあらあら〜」
ただでさえルーが本来の姿だし、家が空に浮かんでいるなんて非常識な状況で出てくるのは無理かなと思っていたが、一番にトコトコと歩いて来て感嘆の声をあげたのはアスリさん、御年六十九歳のご婦人であった。
「ちょっと! 母さん、大丈夫なのか!?」
「おばーちゃん、ぼくもみたい!」
慌てて息子や孫たちが飛び出してくる。大型犬は二頭ともすでにアスリさんの両側に陣取っていて、家族に危険がないか辺りを警戒していた。
「舟がすごく小さく見えるのね」
「町も家も、ひまわりの種より小さいよ」
こちらにもひまわりが咲くのか。機会があったら同じ品種なのか見てみたいね。ウムト君八歳は、人差し指と親指で小さなマルを作ってみせた。
君が知っている最小のものがひまわりの種なんだろうか? それともピッタリ種サイズの家を見つけたのかね。
「ジャナン、ハーミト、よく見ておくんだ。こんな景色は二度と見られないからね」
アスランさんが自分の子どもを抱き上げて、自分が育った山の様子を見せている。
果樹園が消えた場所は焦げ茶色の土がむき出しで、樹高が一メートル前後の小さな雑木の苗がまばらに植えられていた。
これは主を持たない樹木の精霊たちがやったことで、ほとんどは土砂崩れを起こした山に棲む下位精霊だ。彼らも、拠点までついて来るものは同行しているし、残ったものはここで幼い樹木を育てるようだ。
「芽吹きの精霊が根の強い草の種を植えておった故、近いうちに芽を出すであろう」
「それなら雨で土が流れたりしないかな。町の人たちも、果樹園の跡地を見て木を植えることに気づいてくれたら良いんだけど」
「わるいこなの?」
「どうだろう? 町の人みんなじゃないと良いんだけどね。樹木の精霊が哀しむ様を見たくはないからね」
さすがに家畜は建物から出てこなかったが精霊たちは海に興味津々で、ルーの近くを飛んだり敷地を囲った柵の上から外を覗いたりしながら、眼下の濃い水の色を眺めていた。
「そろそろ行くぞ」
ルーのひと声で、一家や精霊たちが家の中へ帰って行く。豆太も何度か振り返りつつ、みんなの後について行った。
「なんか寂しくない?」
「仕方あるまい」
あっさりルーと二人だけになってしまったが、精霊が弱ると困るので仕方がないのだ。
精霊たちはポータルで移動できるから、この大陸のどこへでも自由に行けるけど、海の上に長時間滞在することができない。理由は海上に魔素が無いからだ。よって海に関わる精霊はいない。
潮風の精霊は港町によくいるが、海で生まれるわけではないらしい。
「クラーケンがおるな」
「投網か! それにしても大きいな」
海面近くまで浮いてきたのは、エサの魚を追って来たからだろうか? 日本で見たダイオウイカは、これより大きかっただろうか? 画面の向こうにいただけで実際に見たわけではないから、大きさが想像できないな。
「クラーケンは倍以上大きいぞ」
「そうなんだ」
ルーが教えてくれたが、元の大きさがピンときていないんだから倍なんて言われてもなんの感情もわかないわ。強いて言うなら困惑だろうか。
「後ほど狩りに戻るぞ」
「でも、投網をどう処理したら良いか調べてないよ?」
「しまっておけば良かろう」
亜空間収納か。本当に便利だよなぁ。こんな機能が標準装備だなんて、ルーがいたら博物館や美術館から引っ張りだこに違いないよ。劣化させずに長期間保管できるんだからね。
「チカよ、我は魔素の無い地には行けぬ」
あぁ、やっぱり魔素って無いんだ。残念だなぁ。
「ても私、妖精は見たことあるんだよ」
近所に住んでたひとり暮らしのお婆さんが、ヒラヒラのスカートやブラウスを着て歩いていたんだ。白やピンクの服に、バッグは赤とか水色のキャラクターものだった。
ご近所さんは妖精さんって言ってたから、間違いなくあの国の妖精さんなんだと思う。
「左様か」
ドルクさん一家が住んでいたゼイティンという町から、南東に数十分ほど進んで海を渡ると、すぐに拠点が見えてきた。距離にして六、七十キロくらいだろうか。
精霊に負担がかからないようにスピードをあげたから、あっという間に着いてしまった。
とりあえず邸の北側にある空き地に、運んできた土地を下ろした。その小さな振動だけで木に残っていたモサルルの実はパラパラと落ち、それを子どもたちがせっせと拾っている。それを見ながら、いつもの姿に戻りながら地に足をつけた。
「イェニドゥヤ、インジル。これはどのあたりに植えたら良いの?」
モサルルのことは果実の精霊に任せれば、間違いなくよく育つ場所を見つけてくれるだろう。
「日当たりが良くなくては駄目よ」
「風の通りも適度に良くなくてはいけないのです」
双子のような美男美女が、拠点の上空を行ったり来たりしながら話し合っている。
そのうち拠点の風の精霊や太陽の精霊らが集まってきて、新入りたちと意見交換を始めたらしい。
「にわとりがいりゅのよ! むちをたべゆの」
豆太は拠点の精霊たちに、ドルクさんの家畜のことを教えている。たしかにガチョウを眺めるのが好きみたいだし、アーヴィングさんの春風とは友だちだ。
馬の姿をとるくらいだから、豆太が上位精霊になった環境は想像できるよね。
「やぎはねぇ、くしゃをたべゆの」
それは必要な情報なんだろうか。そのうちきっと、虫や草を持プレゼントして友だちになろうとするんじゃないかな。
「まかみとね、あしぇなはおおちいのよ」
そうだね、かなり大きいよね。でも二頭が好きな食べ物は、まだ知らないみたいだな。
「ルー様。わたくしたち、こちらに住まわせていただきますわ」
豆太と友だちの精霊たちのやり取りを眺めてほっこりした気持ちになっていると、ようやく納得したのか、インジルたちから報告が来た。
ドルクさんたちはモサルルの育成に良い場所を優先していて、イェニドゥヤらは南側ならどこでも大丈夫だと断言している。
海の近くが良いかと西側の土地も見学はしたが、すでに拠点に住む人たちと距離があり過ぎて交流しづらいため、東側に決定した。
「そちらはもう少しだけ、なだらかにしてくださいませ」
「こちらの水路側に家を並べていただけますか?」
相談した結果、丘の頂上を平らにはしたけれど家をそこに置くのは止めたらしい。理由は、水場や浴場などの施設から遠くなるからだ。
それぞれの家には炊事場があったが、いまは泉がないから水場までが遠くなってしまう。汲みに行くたびに丘を登り下りするより、果樹園の仕事の時だけ山に登った方が楽なのだろうね。
「セバルトさんたちの家とはやっぱり距離があるかぁ」
正方形の拠点は一辺が六百メートル以上あるから、集落とドルクさんの家とは五百メートル近く離れてしまった。
拠点の南東の角には物見櫓を建てる予定なので、北側と同じように空けておくとして、南側の柵に寄せて丘を置くとどうしてもドルクさんの家族が隔離されてしまうのだ。
「丘の北側がなだらかだから、セバルトさんたちにはそれほど影響しないよね」
北側は頂上からは三十メートルくらいあるんだから、丘のせいで日が当たらないということはなさそうだ。
「そうですけれど、南側にどなたかが住むようになったのなら、この丘全体を囲わないといけませんよね?」
「ニワトリを放すからだよね。マカミとアセナも、二方向が壁のほうが管理しやすいだろうけど」
他人が自分の縄張りを囲んでいたら、かなりのストレスだもんな。でも、水路近くには畑を作るか家を建てたいんだよね。水路近くの土地が百メートル近く無人なのは勿体ないんだけど。
ちょっと浮かんで拠点を見下ろすが、北東にちょこっと建物が増えただけで、空き地ばかりが目立っている。
そこにぽつんとできた丘は、命山にも見えた。
「ルー。ここって地震とか津波の心配は必要かな?」
海から近いんだから、避難できる高台は絶対に必要だ。
「この地は担当する神が創っておるが、海に関しては互いに不干渉なのだ」
「神様同士、余計な波風を立てないってこと? 海だけに」
「左様」
「つまり津波は発生しない?」
「しないな」
実際に神様が創っているなんて、なんだか不思議だよなぁ。でも、火山があるから地震は避けられないらしい。
「こっちの南側は、牧場にしたら良いんじゃないかと思うんだけど」
ヤギを見て思いついたわけじゃないよ。ゼイティンでは放牧も盛んだったから、住民の食料事情を考えれば安定供給できる食糧は大事だと思うのだ。
「除草や除虫はいままでとおり頑張ってもらうけど、もっと数を増やしてもいいと思うんだ」
あと、ミルクを絞れる動物を増やしたいね。赤ちゃんが増えるんだから、足りないときは代用できるようにしたいんだ。
「精霊の棲家のものでは足りぬのか?」
「あー」
たしかにバージョンアップした佐々木商店からは、一リットルの紙パック入りの牛乳がドロップした。
狂乱羊の緑色からのドロップ品で、洗面器サイズの木桶か牛乳が手に入った。狂乱羊を倒して牛乳が手に入るのは腑に落ちないが、佐々木商店で羊の乳なんて売っていなかったんだから、許容範囲なんだと思う。
ちなみに白レアから栗の甘露煮がドロップするが、狂乱羊自体、エンカウント率が低かった。
「精霊の棲家からのドロップ品はお手軽だし、必要なくなれば魔素に還るからリサイクルも完璧だよ?」
でも実際に飼っていれば、乳や毛皮は生かしたままで手に入るんだよね。
ドルクさんたちに牧場の話をしたら、思ったよりも反応が良かった。彼らもモサルルが不作のときは代わりの収入源が必要だと、強く感じていたようだ。
この地で不作は考えられないが、出来ることは多い方が選択肢がひろがるので、果樹園がある丘はできるだけ北寄りにして、ドルクさんの家も集落に近づけることにした。
「そこまで丘は高くないし、やっぱりこの位置で問題無さそうだね」
日の当たり具合や植えるモサルルの位置を細かく調整しながら、果樹園の形を決定する。
セバルトさんたちの集落の南に、小さな丘を移動させると、果実の精霊や樹木の精霊たちが。どんどんモサルルを植え直していく。
「果樹は弱っていないよね?」
「はい、大丈夫ですよ」
イェニドゥヤはそう言って、楽しそうにモサルルの幹を撫でている。
南側は程良く傾斜をつけてあり、三メートルほどの間隔でモサルルを植えた。北側はなだらかな坂道で、山菜やらの追加で採取した草木が根を張っている。
持ってきた土はモサルルの根を守るために大量になったが、いままでとは違い山の上に住むわけではないので、東西に拡がった丘にしている。
セバルトさんたちの集落は、土台がズレない程度しか土を運ばなかった。畑は残っている住民が困らないように半分ほど残してきたし、腐葉土はこの拠点には必要なかったから、この拠点に初めて高い土地が誕生した。
ちなみに堀を作ったときの石や土の山もあるが、あれは仮に置いてあるだけなのでカウントはしない。
「それじゃあ、顔合わせに行きましょう」
ドルクさんたちの表情が一瞬固くなったけど、気が合わなかったらもう少しだけ住むところを離せば良いのだ。慣れるまではお互いに気を遣うだろうが、精霊がついているから言葉に不自由はしないだろう。
少なくとも、相談もなく近くの森の木を伐採するような人たちとは違って、付き合いやすいと思うんだ。
「豆太もみんなと仲良くしてくれる?」
「まめちゃ、おともらちとはなかよちよ!」
私もルーも、人付き合いが上手いとは言えないから、一番社交性がある豆太には期待しているのだ。




