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異世界でも植生や食生活はそれほど変わらないようだ

間に合いませんでした(泣)

 

「あれっ? これはヨーグルトだ」


 ルーが嫌そうな顔をするのが気配でわかるが、あれはヨーグルト味のキャンディだから本物とはちょっと違うと思うよ。




 ドルクさんの果樹園がある山の麓に拡がる町ゼイティンでは、東の海側は漁師が魚を捕って干物などに加工し、領主が所有している作業場では塩をつくっている。南の山側には狩人や木こりが住み、獣肉や毛皮、木材や薪などを売って生活しているようだが、北側のドルクさんが住む高台には他人が立ち入ることはほぼ無いらしい。

 おそらくだが、あの一家にはほぼ全員に精霊がついていたから、彼らが不利益を被ることを許さないのだと思う。だけど高位精霊(マジェマージヌ)がついていても、今回のような土砂崩れを防ぐことができなかったのは、森林伐採がドルクさんの果樹園の敷地外で行われたことと、未来視のような能力を持つ存在がこの大陸ではルーだけだからだ。

 西側は内陸まで広く平原で、町の近くでは牧場を営む者が羊や牛を飼い、乳を絞ってチーズなどに加工して販売しているらしい。そこにヨーグルトがあった。


「ちゃんと食べられるヨーグルトだよね? 凄いよなぁ。チーズもそうだけど、私が食べていたものとそれほど変わらないよ」

「てぃかはこれがしゅき?」

「妹がおやつを作ってくれたんだよね〜」


 なのちゃんが作ったレアチーズケーキとか、ヨーグルトのスフレケーキは甘さ控えめで美味しかったよなぁ。もう食べられないと思うと、なおさら食べたくなっちゃうよ。いつかどこかの国で買えたら良いんだけど、食べる専門で作り方なんて知らないから教えることもできないんだよね。

 異世界だからスライムの盛り合わせとかマンドラゴラの素揚げとか、わけのわからない食べ物と遭遇するのかと思ったけど、みんなが食べてるのはパンにジャガイモに卵と果物だよ。その上、チーズとヨーグルトときたもんだ。


「ゲテモノ料理が盛り沢山とかメシマズ世界とかじゃなくて、本当に良かったな〜」


 まぁ、いまのところ食べているのはルーが口にするお菓子だから、私には馴染みのある味ばっかりだな。まだこの国の衛生事情がわからないから、発酵食品を買うのは怖いんだけど、ルーはお腹を壊すことがあるんだろうか。


「ルーは食べたら体に悪いものは自分でわかるんだよね?」


 以前、王妃様に盛られた毒物に気づいたもんな。食べる前に気がつくに決まってるか。


「我には毒など効かぬ。不味くなければ口にすることもあるが?」

「えぇっ! それは私には影響はないんだよね?」

「知らぬ」

「はぁ〜?」


 それは酷いよ。意識が混濁して私が消滅するかも知れない毒が存在したらどうしよう。それが世界一甘くて、ルーがボリボリかじっている氷砂糖より美味しかったら、私は消えて無くなるんだぁ。


「無念なり」

「左様か。ところで氷砂糖とやらは冷たくもないが、名前を付け間違えたのか?」

「見た目からじゃないかな? モグラじゃないのに名前にモグラがついている生き物もいたよ。なんとかモドキとか、ニセなんとかなんて可哀想な名前をつけられた植物も多かったはずだよ」

「るぅ! もういっこほちい」

「構わぬぞ。この革袋に詰めてやろう」


 そう言って、ルーは亜空間収納(インベントリ)から一キロ入りの氷砂糖の袋を取り出し、ひと握り分を革袋に詰めて豆太に渡した。


「さっきから私に冷たくない?」

「我はチョコの塊がドロップすると思うておったのだ」


 氷砂糖は成長した佐々木商店で、黒色の毒蛇(ギフィティシュランゲ)からドロップしたものだ。他にもホワイトリカーや青梅、ザラメに棒寒天などがドロップしたため、祖母から頼まれた買い物が影響しているのだろうと予想できた。

 ルーには悪いが、佐々木商店は製菓会社ではないので、チョコの塊は扱っていなかった。バレンタインに二、三種類チョコが増えたら上等な店なのだから、過度な期待はしないでもらいたいね。


「それに五キロの新生姜だもんな。米酢もドロップしたから、完全に甘酢漬けを作ったときの品揃えだよ」


 祖母は手づくりの保存食を大量に仕込んでは、親戚に配るのが生き甲斐みたいな人だった。蜂蜜レモンとか、青梅ジャムはすっごく美味しくて、よく小さな七叶(なのか)を連れて母の実家を訪れたものだ。


「私が中学生くらいのとき、なのちゃんは幼稚園児だったっけ?」


 そう考えると、私と妹は十歳近く歳が離れているのか。なのちゃんが高校生から大学生の間、私は社会人だったから間違いないかも? 長期休みのたびに泊まりに来てたもんなぁ。


「チーズが欲しいのか?」

「うーん。どうだろう?」


 今回増えたドロップ品の白色は、日本酒や米酢や醤油だったので、ルーのやる気は駄々下がりした。栗の甘露煮だけが唯一喜んだレアドロップだったかな。他にもホットケーキミックスもあったから、卵と牛乳でおやつが作れるが、まだ食べていないからか味が想像できないのだろう。

 私としては鼠賊(ディプラッチ)の黒色から白桃がひと箱、大蜥蜴(ゴニョフォリッセ)の黒から大玉の蜜リンゴが十キロ、毒蜘蛛ギフィティグシュピンネのレアから十キロ前後のスイカがドロップしたことが嬉しかったんだけど、ルーの舌は繊細な果物の甘味を知覚するのが下手らしい。


「始めはジャムにして少しずつ砂糖を減らしていけば、そのうち生も美味しく食べられるよ」


 果実の精霊(オーヴィスタ)が可愛くねだれば、ドロップした果実から拠点で育てられる種がとれるかも知れないし。やっぱり食育って大事だよな。


「あ~ん」


 さっそく豆太が口を開けて欲しがるが、ジャムはまだ作っていない。仕方がないので、私は白桃の皮を剥きナイフで四等分にして与えた。果汁が滴り、それを舐めただけでも甘くて美味しい桃だとわかる。これはひと玉、五百円は堅いね。

 世の中には一つ五千円もする桃が存在するらしいけど、きっと西王母の蟠桃みたいな味に違いないよ。


「ルーにはこの種が育つかわかる?」


 手のひらの上で種をコロコロと転がす。


「その種はこの地では育たぬ」

「やっぱり異世界の植物だからダメかぁ。残念だけど、精霊の棲家(ダンジョン)で手に入るもんね。あちこちで育てられたら、龍の棲家中の果実の精霊(オーヴィスタ)も喜ぶと思ったんだけど仕方がないか」

「ちかたないのよ?」

「…………これは我が預かっておく」


 豆太が私を宥めるように言いつつも、少しだけ残念そうにしていると、ルーはそう言って桃の種を自分の亜空間収納(インベントリ)に片づけた。

 やはり精霊が頼むと話がはやいな。白桃の育成に成功したら、ミカンとリンゴとスイカもお願いしよう。この大陸の植物が淘汰されたら困るが、隔離された拠点がある半島だけならルーの手を煩わせたりはしないだろう。


「さてと、買い物を続けようか」


 塩は精霊の棲家(ダンジョン)からドロップするからいらないし、魚の干物は数が揃わなくて住民分を買うことができない。

 ルーは肉も魚も食べないし、龍の体には食事自体が必要なかった。だからか栄養バランスとかカロリーに配慮しないで、気が向くままに甘ったるいお菓子を口に入れるんだよな。

 世の中の人間は欲望のままに食べていたらすぐに肥えて病気になるから、美味しいお菓子を我慢して食欲を抑えているのに。痩せたいって言いながらちょっと食べすぎちゃって、後悔して泣くのが人間ってものなのよ。


「まったく、拠点の子どもたちが真似しないように、みんなの前では口にする物に気をつけないといけないな」


 小麦粉とかの主食はいくらあっても困らないけど、この町の未来を考えたら買うのは控えようかな。


「土砂は雨により川に運ばれ、海へと流れ出よう」


 海が汚れたら塩もとれないし、漁獲量も減るだろう。

 この星の海には大型の魔獣が蔓延っていて、何人たりとも沖に出て漁をすることができない。この町が海に出られるのは、細かい入り江が深く陸地に入り込んだ地形をしているからだ。その狭い範囲で漁をしているんだから、海水が濁ったら魚は入り江から出ていくだろうし、海底の生き物にも影響が出るだろうな。


「領主はこの町の処遇をどうするんだろうね。塩で儲けていたんでしょう?」

「あの山に木を植えねば復旧は難しいだろう」


 人口に対して土地は有り余ってるもんな。ダメになったら隣の入り江に新しい村か町をつくるのかも。ここでルーに頼んで山を戻してもらったら、町の住民は何度でも限度を超えて木を切り倒すだろう。自分たちがやったことの結果は見せないと学習しないからな。


「痛い目に合わないと、自分の行動を改めるのはムズいよ」

「わるいこはぼこすのよ」

「そうだね。でもわざわざ豆太がボコさなくても、今回は自然とバチが当たると思うよ」

「ではここには用がないな」

「そうだね」


 それじゃあこの土地では、アフターケアの必要はないかな。泉の精霊(クヴェレギュイス)が回復したあとに、あの埋もれた泉に帰りたいと言った場合だけ、ここに帰ってきてあの泉の土砂を取り除く処置をしたら良いや。


「そろそろあの家族も準備が整ったんじゃないかな」


 家も果樹も残さず持っていくと言ったから、近くに生えている山菜やら野生の木の実が採れる若木などを、敷地内に植える作業をしているはずだ。

 山から得ていた香草や、染料になる蔦や木の根などのお宝は豊富だったけど、ドルクさんは必要な分だけを採取していたらしい。

 この度、引っ越すにあたり樹木の精霊(バオムギュイス)森林の精霊(ヴァルドゥギュイス)が持っていこうと訴えていたので、ルーは精霊たちの意向を汲んで十分な時間を与えたのだ。

 彼らにとっては故郷の味とはお別れなので、少しでも持っていけるように私たちは町に下りている。家には養うべき住民が二百人近くいるので、食料はいくらあっても困らないのだが、今後不安があるところから購入するのは忍びない。ただ、あの大きくて硬そうなチーズは気になるので、しばらくしたら様子見を兼ねて買いに来ても良いような気がする。


「そしたらお土産はないけどシアさんたちも心配だし、そろそろ帰ろうか」


 裏路地に滑り込みこっそりポータルを開くと、出口はドルクさんの家の前だった。


「さて、では私たちの拠点へ招待しますね。これからはあなたたちの住まいなので、遠慮は無用です」


 一家が家に入ると、鳥の姿をした上位精霊(マニェータ)がルーのまわりを舞うように飛ぶ。空気に溶けるように体の境界が拡がると、眼下には小さな丘に果樹園と砂糖菓子のような家が三軒建っていた。


「やっぱり龍の姿は格好良いよなぁ」

「しゅごいの!」


 豆太に称賛されて、ルーは張りきって大地から深さ五メートルほどの地面を切り取った。

 この土地でしか生きられない生物だけは返して、精霊が大丈夫だと言った植物はキチンと根を張っているか確認して運ぶ。


「よし、それじゃあ海を超えて家に帰ろう」

「かえりゅじょ!」


 これが済んだら面倒ごとを片づけないといけないけど、きっとなんとかなるでしょ。


ハヴァバハル王国 王都 ユルドゥス 町 ゼイティン


登場人物紹介

ドルク 家長 72歳 ハイジのお爺さん的お髭 蒼目

 高位イェニドゥヤの主


イェニドゥヤ 樹木の精霊(バオムギュイス)

 高位 男性体 薄紫のロングストレートと瞳


アスリ ドルクの妻 69歳 肩までの白いくせ毛 緑目

 高位インジルの主


インジル 果実の精霊(オーヴィスタ)

 高位 女性体 薄紫のロングストレートと瞳


エムレ ドルクの長男 51歳 栗毛 緑目 

 妹ふたりが姦しく寡黙な働き者 上位マーヴィの主

 

マーヴィ 果実の精霊(オーヴィスタ)

 上位 中型の青い鳥の姿 隼っぽい


ピナル エムレの妻 47歳 麦わら髪 ピスタチオ色の目

 葦笛が得意 次男が2歳で病没 上位エセンの主


エセン そよ風の精霊(リュフェンギスタ) 上位

 綿毛が生えた小人 十センチ 黄色いワンピース


ベルカン エムレの次男 2歳で病没 生きていれば25歳


フェリハ エムレの次女で双子 19歳 栗毛 蒼目

 母似で美人 刺繍と料理が上手 上位パパティアの主


パパティア 開花の精霊(アウリューンギスタ) 

 上位 小型の猿 毛皮が白銀 赤目


ベラク エムレの三女で双子 19歳 麦わら色 緑目

 母似で美人 歌と踊りが上手 上位カランフィルの主


カランフィル 歌の精霊(リートギュイス)

 上位 小型の猿 毛皮が白銀 赤目



アスラン エムレの長男 29歳 栗毛 ピスタチオ色の目

 上位シェレフの主


シェレフ 太陽の精霊(ゾンネギスタ) 上位

 雄鶏の姿 赤茶色の羽毛で尾が長く黒に金粉をまぶした色


フィルーゼ アスランの妻 28歳 黒髪 碧眼

 下位ラヴァシュの主


ラヴァシュ 竈の精霊(オフェニスタ)

 下位 オレンジ色


エセル アスランの長男 10歳 黒髪 緑目

 鍛冶に興味あり 下位バクラヴァの主


バクラヴァ 炎の精霊(フランミスト) 下位

 白っぽい青色


ジャナン アスランの長女 6歳 栗毛 緑目

 口達者


ハーミト アスランの次男 5歳 黒髪 蒼目

 おっとり末っ子



ファトマ エムレの長女 27歳 栗毛 蒼目

 上位チレッキの主


チレッキ 果実の精霊(オーヴィスタ) 

 上位 薄紅色の鳥の姿 梟っぽい夜目が利く


バイラム ファトマの夫 27歳 焦げ茶毛 山吹色の目

 鍛冶屋の一人息子 入婿 上位イルカイの主


イルカイ 月の精霊(モンディスト) 上位 雄猫

 真っ黒な短毛に金目 逞しく、小型の黒豹っぽい


ウムト ファトマの長男 8歳 栗毛 緑目 

 夜泣きの激しい子だった 腕白 下位ドルナイの主


ドルナイ 月の精霊(モンディスト) 下位

 オレンジがかった黄色


ラーレ ファトマの長女 5歳 若芽色の髪 蒼目

 毎朝の卵集めが仕事


レベント バイラムの父親 48歳 焦げ茶毛 緑目

 顎ひげ有りのイケオジ 鍛冶師 上位ラーヴァの主


ラーヴァ 炉の精霊(シュミドォーフニスト) 上位

 真紅の毛皮を持つフェネック 瞳は黒


エミネ バイラムの母親 46歳 若芽色の髪 山吹色の目

 従順 染織が趣味 下位ヤームルの主

 一人しか子を産めず、婚家の鍛冶屋では肩身のせまい思いをしていた。10年前、子の婚姻を機に縁を切る


ヤームル 雨の精霊(レーゲンガート) 下位 薄藍色



犬2匹 黒の大型犬の番

 マカミ 雄 2歳 アセナ 雌 2歳

 カンガールドッグ似 雄は体高85センチ 体重60キロ

ヤギ一匹 雌1歳 除草部隊長 トカラ山羊似 小型

鶏50羽 除虫小隊 名古屋コーチン似


モサルル 果樹 イチジクとビワのハーフ 50本前後 

 樹高は3メートル弱に剪定

 薄紫の花 薄い黄色の果実は5、6センチ 種は枇杷寄り


長女セブダ48歳、次女セビル47歳は山での生活を嫌い、孫たちも来ない


○○ 泉の精霊(クヴェレギュイス) 

 上位 ミドリガメの姿 3センチ 水色の甲羅 休眠中



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