説明を後まわしにしたら良くないことの実例
遺伝子上の父親は貴族だと話してしまったので、竈の精霊たちも参加してユミーが産まれるまでにあった出来事を話してもらった。
精霊は人に寄り添う存在なのは間違いない。それは、ルーに話してくれたときには歯に衣着せぬ物言いだったのに、ユミーへの説明は傷つかないよう配慮した言葉を選んでいることからも良くわかる。
落ち着かない気分を紛らわせるために、ひと口飲んだだけのカップを持ちあげようとしたら、腕は一ミリも動かなかった。
『? なんで? ルー?』『それを口にするのは止めよ』『飲みたくないってこと?』『これは不味い』「そうかなぁ。生姜と杜仲茶が混ざったみたいな味だから、ちょっと甘みがあるよ?」
甘みがあるものは貴重なんじゃないのかな。それなのに、相変わらずルーには気遣いというものが見当たらない。いや、私だけに伝えたから、一応はユミーの気持ちを思いやっているのだろうか?
「苦手なら少しだけハチミツを入れたら良いよ」
助言はできるが蜂蜜を出すことはできないのは、ルーの亜空間収納にすべて収められているからだ。残念なことに、私は小さじ一杯分すら持っていない。あるのは絞りカスからとった蜜蝋と、ルーが『要らぬ!』と言ったプロポリスやローヤルゼリーと花粉などの、蜂蜜ではない部分だ。
甘いものはルーの管轄だから仕方がないな。
「まめちゃも! るぅ、まめちゃもほちぃ!」
豆太はひとくち舐めたからなぁ。甘いって知ってるから欲しがるのはわかる。
「るーしゃま! あたちも!」
「あっしにも」
「おれにもくれるか?」
ちっちゃなカップをずいっとこちらに突き出すように浮かせて、ルーを囲むように精霊たちが蜂蜜を強請ると、嬉しそうに亜空間収納からハチミツたっぷりの水瓶を取り出した。
ユミーのカップにも忘れずにとろ〜りと垂らすと、薬草茶を追加して頬を緩めてちびちびと味わっている。
気分が鬱いでいるときは甘いものに慰められるのも良くわかるし、人と関わるのが億劫だけどひとりにはなりたくなかったような気がした。
「ルー、村長と薬師たちにもハチミツを渡したいから、小さくても良いから容器ふたつ分頂戴よ」
「何故に?」
「手伝ってくれた人やユミーから聞くよりも、ちゃんとトップを通しておいた方が良いからだよ」
一部の人だけ美味しいものを食べていたら、いくら作業報酬だとしても不満が出ると思うんだ。それに蜂蜜は薬として使えるはずだから、オルシャさんたちにも預けておきたい。
蜜蝋とかは加工方法を知らないから、全部里長たちに丸投げするつもりだ。それなのに蜂蜜は総取りって、私には無理だな。
「でも、記憶の中のハチミツと、このハチミツが同じ成分なのかはわからないや」
「フム。然程変わらぬ」
メダーホルネッソが蜜を採取していた真っ赤な花自体があの地域固有の種なので、味や香りが違って当然だった。
「じゃあ、ふたつ下さい」
「これは我の蜂蜜ぞ」
絞らないで巣蜜の状態のものまで持っているくせに、たったふた瓶分もわけてくれないだなんてケチ臭いな。
「ルーに教えてあげようか? ハチミツは春に採ったものが美味しいって言われてるんだよ。だからこれ以上においしいハチミツがあるはず」
終わりかけの花よりも、盛りのときに集めた花蜜の方が美味しいっていうのは理解できる。
「この地は雪も降らぬ故、いつでも旨いのではないのか?」
「それは知らないな。私が住んでいたところは、冬に花は咲かないし、蜂も活動してなかったよ」
でも年中蜜が採れるなら、蜂たちは貯蔵するんだろうか? 豆太も甘いものに目がないから、異世界で各地を旅をしながらハニーハントも面白そうだな。
「とにかく、蜜蜂が絶滅しない限りいつでも集められるでしょう? 一番おいしいハチミツが見つかったら、精霊の棲家でドロップするように頼んだら良いんじゃないの?」
「フム、良かろう。ではチカにはこれらを与えてやろう」
ルーは勿体ぶって、自分が確保している四分の一くらいの蜂蜜を渡してくれた。今回はこれで手打ちとするか。
「ユミー、もしかしてあの街に彼氏がいたの?」
「ふぇっ! そ、そんなわけないでしょ」
「そう? 心残りがあるから戻りたいのかと思って」
「んー。となりのおばさんたちとか、粉屋さんとか、お世話になった人たちにお礼も言えなかったから――――引っ越しのあいさつはしたかったかなぁ」
「それもそうか。偉いね、ユミーって何歳だっけ?」
「あたしは十六で、もう成人してるわよ」
「いや、バカにしたわけじゃないよ?」
侮られたと思ったのか、ユミーはふくれっ面でそう答えたが、十六なんてまだ子どもだ。
そう思うってことは、私の年齢は高いんだろうか? 社会人だったのは間違いないんだけどな。
「ユミーにもつきあいがあるもんね。無理やり連れてきて悪かったけど、本当に身の危険が迫ってたんだ」
「親が貴族なんて知らなかったのに」
「でもひとり暮らしは危険だよ」
「そうね。それはわかってた」
出生の秘密を明かしたからか、いろいろと吹っ切れたような顔をしたユミーは、自分のことを落ち着いて考えられる余裕がでたようだ。
「あのさぁ、かぁさんの『魂の欠片』を探してくれてありがとう」
ユミーはそう言うとちゃんと考えたいからと、しばらくここで暮らすことに納得してくれた。なので、竈の精霊たちを残してお暇する。
「セバルトさんの家に行くかぁ」
百メートルも歩かずに西の里長の家にたどり着くと、セバルトさんは櫓の建設予定地に出掛けたらしく不在だった。
「オルシャさん、私たち蜂の巣から採れるものを持ってきたんだけど、いま渡したら置き場所に困りますか?」
「そうねぇ。作業をするにも、もう少しだけ落ち着いてからにしたいわね。人手はあるから冬支度も始めたいし」
「この地に雪は降らぬ」
「まぁ! それなら塩漬け肉は必要ないのかしら」
「ごめん、説明してなかった」
東の住人は弱りきっていたし、ルーは早く精霊の棲家が欲しかったから、ロクな説明もなく連れてきたんだった。
この拠点がどこにあるのか、まともな地図すらない世界では理解できるはずがないよね。
これはきちんと場を設けて、生活に不安がないように話し合うことにしよう。
「ルーには申し訳ないけど、みんなが建てるのを待ってるわけにはいかなくなったから、集会場を造って欲しい」
「他愛もない」
ルーがいてくれて良かった。人の手で街づくりなんて理想は、もっと基盤が整ってからの話だったわ。
ある程度は住める環境にしておかないと、何も始められないじゃないか。
「オルシャさん、これから建物をつくるけど、みんなの力を当てにしてないんじゃないってことは知っていて欲しい」
「ええ、わかっておりますわ」
「あと、保存食づくりは程々で良いってみんなにも教えてくれる?」
「もちろんですわ。炊事場に行けばすぐに伝わりますもの」
「おねがいします。集会場が完成したらみんなで話し合おう」
「そのように夫にも伝えますから、ご心配なさらずに」
にこにこと頷く様子に安心して家を出ると、上空に浮かび上がり、建物の完成形をルーに伝えた。
平屋で屋根にはほんの少しの傾斜をつける。雪が降らないのなら、屋根に積もる心配もない。避難所と併用できるように大広間がひとつと、隔離できるような六畳間くらいの小部屋を五つは作りたい。
炊き出しができる炊事場と、トイレは混まないように男女六つずつ、さすがに集会場に浴室は過剰だろう。
「こんな感じでどうかな?」
「狭くはないのか?」
「全部で二百人はいないんだから、これだけでも充分だと思うよ」
「場所は如何するのだ」
集落を見下ろすと、まばらに建てられた住居が目に入る。その中心近くには炊事場があるし、竪穴式住居の近くに置くと威圧感があるだろうな。かといって避難所が遠いのは不便だから、集落の北側にある銭湯の近くにするか。だったら集会場に浴室がなくても、避難所として使うときに困らないだろう。
南側の銭湯は造ったばかりの作業場が近いから、仕事の帰りに入浴してから清潔な体で家に帰ることができる。だから北側なら釣り合いがとれてちょうど良さそうだ。
『まぁ、たまたまそうなっただけで、いま気がついたんだけど』
できてしまってから言うのも何だけど、炊事場と銭湯とトイレが近い北北東側に、子どもや高齢者がいる住居を優先して建てたら良かったわ。
反対に南東側には狩りが得意な住人を配置したら、いずれ行くだろう柵の外の森にも近いし、獲物の解体作業をする小屋にも運びやすかったのに。
「一度目のマイホームは、間取りや収納で失敗するって聞くからなぁ」
アパート選びだって玄関からの動線は、立地と家賃の次くらいに重要視していたのに。
「住む場所を変えたいのであれば、我が移動させても良いのだぞ」
私があまりにも落ち込むので、耐えかねたルーから珍しく優しいお言葉をいただいてしまった。
「だよね。住んてる人だって、不満を持つ余裕がまだないよね」
「左様。次に活かせば良いのだ。だからそのように気にするでない」
――――ん? 次に? そうだった。ルーは『甘味の楽園』を目標に、精霊の主を集めてるんだったよ。
拠点の空き地は九割以上あるんだから、まだまだ住人が増えるんだった。
「まめちゃのおともらちも、たくしゃんね!」
豆太にこれだけ喜ばれて、否と言えるわけがない。私は、早急に街づくりを任せられそうな人を探そうと心に決めた。




