ひとりぼっちで生きるのは寂しい
「かぁさんは苦しかったのかなぁ。にぃさんもひどいケガだったんだ」
しばらくすると、顔をあげないユミーが訥々と話し出す。
「にぃさんがいなくなって、かぁさんは塞ぎ込むようになっちゃった。あたしが話しかけても返事をしてくれなくなって――――あたしは……あたしじゃダメだったのかなぁ」
ぽつりぽつりと心情を吐露するが、誰かに聞いてもらうためではなく、抱えている心のわだかまりを自分で解こうとしているかのように見えた。
兄が亡くなり母親がいなくなって、誰にも話せなかった言葉がこぼれてくるのだろう。
「あたしは頼りにはならなかったのかな」
母親は、ユミーのために父親の助けが必要だと思ったんだろうか。いまは良くても自分が老いた時、娘だけに負担がかかることを危惧したのかも知れない。
父親はこれまで養育費を出さなかったのかと疑問に思ったが、ルーがそんなことを知るわけがないので質問は止めておいた。
自分たちだけの稼ぎでは暮らしていけないと悩んで決断した結果、命を失うことになるとは考えもしなかったのだろう。
「竈の精霊たちはいるかな?」
「あたちをよんだの?」
「おれもここにいるぜ」
「あっしもおりやす」
ユミーが掃除を終えた竈のまわりから、三体の精霊たちが顔を覗かせる。拠点の探検を済ませて、竈が使われた時点で戻ってきたらしい。
「な、なに?」
自宅にいるのに急に知らない声が聞こえたので、ユミーは驚いてキョロキョロと視線を動かしている。
「ユミーはパンを焼いているとき、ここに精霊がいるのを見たことがなかったの?」
「精霊だなんて、家では見たことないわ」
ゲッコーたちはこの竈を気に入ってはいるけれど、ユミーたちの前に姿をあらわすことはなかったのか。
「私らに会ってからは姿を見せたままだよね?」
「おれらは龍に名付けられたからな」
「ちからがいっぱいよ!」
「てもここではユミーたちから隠れてたの?」
「あっしらはあんまり好かれる姿じゃあ、ありゃあせんので」
三体の精霊たちはいまもユミーの目を気にして、怖がらせないように気をつかってこちらに近寄っては来ない。私も蜘蛛や蛇が得意ではないけれど、意志の疎通ができる精霊を見た目だけで避けようとは思わないけどね。
それに彼らはファンタジックなカラーリングでリアルさに欠けるから、慣れれば絵本や美術品を見るみたいな気持ちにしかならない。
「ルーは『Gの者』の姿をした精霊でも、心から愛でることができそうだよな」
「何故名を伏せねばならぬのか知らぬが、下位精霊が興味を持ったものの姿で上位精霊に成長することが多いのだ」
「豆太はパレードかなんかで馬を見て、その姿を模倣することにしたってこと?」
「それは豆太に訊ねよ」
「素っ気ないなぁ、けどまぁそうだよね。忘れなかったら聞いてみるよ」
ってことは、目の前の三体の興味を引いた生き物ってアレなんだぁ。
「あのぅ?」
「ああ、ゴメン。放置してたわ」
「それで、うちの竈と精霊がなんだっていうの?」
「竈の精霊がユミーを助けてって頼みに来たんだよ」
「なんであたしを?」
「この竈を気に入ってるからだよ。丁寧に手入れがされていて気持ちがいいんだって。だから頼りにならないことはないよ」
ユミーは思うところがあるのか、使い古したエプロンの胸もとをを握りしめて考え込んでいる。
「ユミーは蜘蛛とかトカゲとか蛇は苦手かな?」
「えっ? クモにヘビ? キライじゃないわ。さわったりはムリだけど、ハエやネズミを追い払ってくれるもの。この竈は火加減がしやすいし、作業場がキレイだと評判がいいの」
突然の質問に戸惑う様子を見せたが、はっきりと自分の気持ちを教えてくれた。
私の知り合いは、虫なんて視界にいれるのも嫌だという人が多かったはずだし、防虫剤やら殺虫剤は何十種類も買えたのを覚えている。
つまり私の記憶が正しければ、虫は敵対勢力で間違いないはずだ。
「ナミ、ウーンとゲッコーも、ユミーと顔を合わせて挨拶したら良いよ。これからも一緒に暮らすんだし」
「小娘よ、精霊を傷つけるならば容赦はせぬ」
「うわぁ!?」
バチンと、わりと大きな音がしたけれど、いまは自分の口をふさぐ方が大事だ。両手で勢いよく口に蓋をしたが、ユミーの顔色をからして妨害には至らなかったらしい。
『ルー! 心配なのはわかるけどさぁ、相手はまだまだ子どもなんだから脅すのは止めなよ』『精霊を泣かせる者は、欠片も残さす始末してくれるわ』『いやいや、生きてたら意見が合わなかったりケンカしたりすることもあるんだよ。それだけで存在を抹消されるとか、どんだけリスクヘッジが完璧でも不可避だろ』「チカは豆太が泣いても構わぬと申すか」
なんだってこんなに過保護なわけ? ユミーは嫌いではないと答えたじゃないか。そしていま、豆太なことは関係ないし。
「あたち、げっこーよ?」
「おれはウーン」
「あっしはナミともうしやす」
「はわわっ、あたしはユミーっていいます!」
「ちってるの」
「おれたち、赤ん坊のころから見てっから」
私たちが内輪もめしているあいだに、コスモス色のヤモリとスプリンググリーンの蜘蛛とピーコックブルーの蛇が、おずおずとユミーの前に姿を見せていた。何なら自己紹介も済ませているではないか。
「えっと、ユミーは精霊の姿を見て怖いと思う? 嫌な気持ちになってないかな?」
「あたし、精霊は神官さんのとこで見たことあるし、にぃさんの仲間もふわふわの子を連れてたわ」
ふわふわなのは下位精霊だろうね。
帝国では下位精霊は認識されていないし、そもそも精霊の存在が貴重すぎて妖精と取り違えている人だらけだった。上位精霊は愛玩されていたみたいだけど、この国では平民でも下位精霊が精霊だとわかっていそうだ。
そして精霊の主になることは、それほど珍しくはないらしい。
「じゃあ、いままでどおりゲッコーたちが出入りしていても良いんだね?」
「この村のそこら中にいるじゃない。子たちのそばにもいるし、まめちゃって子もたくさん話していたわ」
「ああ、子どもたちと遊んでくれたんだったね。それとまめちゃって名乗ってるけど、あれは豆太って言ってるんだよ」
「よんだのー?」
名前を出したからか、竈の精霊たちの真ん中に豆太が登場した。
まったく呼んではいなかったけど、豆太を蔑ろにしたらルーからの制裁が激しそうだからな。それに月虹たちと一緒にいたのに、自分だけが呼ばれなかったら悲しいよね。
豆太には人魚の子たちと遊ぶことを勧めるんだったわ。
「豆太にはユミーの通訳を頼んでたからね。それでユミーはここで暮らすんだけど、なにか希望はあるかな?」
適当な理由を探してお茶を濁すと、なにもなかったように話しを続ける。
「あたしはランレールンには住めないの? せめてラメドリトスのどこかにならいてもいいでしょう?」
「ランレールンってどこ?」
そういえば誰にも地名を聞いてなかったな。豆太にもルーにも訊ねようとは思わなかったし、むしろ知ってるなんて考えるわけない。
「我には些末事よ」
「だよね。そんな気はしてた」
「住んでる街の名前くらい知ってるでしょ? だったらこの村はなんていうのよ」
ちょっと前までメソメソしてたのに、急に強気になったな。ムッとした顔で聞いてきたが、そもそもここは村なのか?
「住んでる人の数的には村なのか。だとしたら名前はないよ」
「はぁー。ランレールンはあたしが住んでた街の名前。国の名前がラメドリトス王国よ! ついでに教えるけど、王都はアンローグだからね」
「おいちぃ!」
「うーくんもどうじょ」
「なんだこりゃあ! うめぇじゃねぇか」
「こりぇはぐみよ、もものあじよ」
「ももっすか? 知りやせんね」
…………だから豆太には席を外してもらったんだけどね。飽きたからっておやつタイムになっちゃったのか。
「続きはおやつを食べながら話そうか」
竈の精霊たちに証言してもらって、ユミーの本当の父親のことを話そうと思ってたんだけどなぁ。
「失礼しまーす」
上位精霊たちは浮かんでいるからいらないけれど、私はユミーに勧められて母親が使っていた椅子に座った。
小さなテーブルに円錐コーンと餅飴を数種類ならべると、ユミーが薬草茶を淹れてくれたがカップが足りなかった。なのでルーが精霊たちの分を秒で創り出ししている。それぞれに仔馬やイモリ、蛇に蜘蛛の模様が入っている手の込みようだ。
きゃらきゃらと楽しそうに飴餅を爪楊枝で刺している精霊たちと違い、私とユミーは薬草茶で乾いてもいない喉を潤す。ルーは精霊たちを間近で見ていたそうだけど、いまだけは我慢してもらうしかない。
「ユミーは父親のことを聞いてる?」
「えっと――私が産まれる前に死んじゃったってことと、にぃさんと同じ赤茶の髪をしてたって」
それはユミーの本当の父親じゃないな。
「ユミーはあの街に戻れないんだ。それは貴族が関係してるからで、元凶が消えても安心はできないと思う」
「はぁ? なに言ってんの。お貴族様があたしの焼いたパンなんて食べるわけ無いでしょ」
普段は一般人が貴族とかかわることなんてないからなぁ。接点が店関係だと思い込むのも仕方がないだろう。住んでる区域すら分けられてるくらいだし、貴族はユミーが住んでいた辺りに足を踏み入れたりはしないだろう。
「いままで自分の髪の色は疑問に思わなかった?」
「――あたしの髪は父親の血筋からって聞いたわ」
父親の血筋か。嘘じゃないけど、うまく誤魔化したね
「ユミーの本当の父親は貴族だよ。会いたいかも知れないけど、命の方が大事だからいまは駄目なんだ」
「命があったってあたしはひとりぼっちじゃない! なんであたしの家族ばっかりみんな死んじゃうの!?」
泣き叫んでテーブルに伏したユミーが一番言いたかったのは、ひとりになった不安と悲しみだった。
まだ十代の子どもなんだから、ここ数日過ごせていたことを褒めるべきだった。こんな状況で子どもたちと遊んで残っている粉でパンを焼いてくれたのだ。
「ここの人たちは痩せっぽっちだったでしょう? メダーホルネッソに襲われて逃げてきた人や、食べるものがなくて餓えていた人たちなんだ」
ユミーは聞いてくれているのか、泣き声は抑えられている。
村の子どもたちの中には、家族全員メダーホルネッソの毒針でなくなった子もいるが、どちらがより不幸なのかを比べるのは意味がないし心もない。
「そんな人たちにパンを食べさせてくれてありがとう。ユミーだって暮らしていくのは不安だったのに、持っていた糧を分け与えてくれたんだね」
「あたしが持ってる粉はもうなくなっちゃったの。だって私よりも細い大人が水を汲んでるのよ?」
二百人近い住人だもの。私が買った小麦粉の量だって、何人分になるかもわからないんだから、ユミーはすべてを出してしまったんだろうな。
「ユミーは無理やり連れてこられたんだから、生活を私が保証するのは当たり前なんだよ?」
「ゆみぃはここであたちたちとくらしゅの! みんないるから、しゃみちくないのよ?」
ユミーが突っ伏したあたりから心配そうにこちらをうかがっていた精霊たちは、それぞれユミーを慰めようと必死だ。
「かなちぃの? これでふくのよ」
そう言った豆太が、ドロップ品の台ふきんをユミーに握らせている。
ひとりぼっちで生きるのは寂しい。だけどここにいたら、少なくともひとりで泣くことはないんだよ?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




