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ハチミツ絞りとパン焼き屋の娘

 

「――あとは肉の味付けに使うかなぁ」

「……」


 おいおい。さっきまでハチミツで何ができるのか、質問攻めだったじゃないか。どうして急にスンってなった? 


「甘い肉など旨いのか?」

「あまじょっぱいって味覚は、育ってらっしゃらない? お砂糖味しか知覚できないんじゃ、貧乏舌って言われても反論できないと思うよ」


 ハチミツレモン味のさつまいもとかスペアリブとか、めっちゃおいしいよ?

 でもルーの身体にお邪魔してからは、お腹が減るってこととは無縁になっちゃったからなぁ。ルーは菓子以外は口にしないから、ごはんが美味しいっていう記憶は忘れたくないや。


「レモンなど酸いだけではないか。我はパンケーキを食してみたい」


 流石のルーも貧乏舌などと悪口を言われて、ちょっとムッとしたような口ぶりだな。


「酸っぱいだけではないけどね。でも、ここにもレモンってあるんだ? 私が知ってる作物をちょこちょこ見かけるから、食事に関してはそんなに変わらないのかな」


 ルーがまともに食事をしないから、この大陸にはどんな料理があるのかが、さっぱりわからないんだよね。


「まめちゃはぷりんがほちい。()ゅうにゅうをしゃがちゅのよ!」

「牛はいるかな? でも家畜化してないとミルク絞りは難しそうだけど」

「我が見つけようぞ」


 豆太と盥を手のひらに乗せて、地上からは確認ができないような魔術を使っていたルーは、更に低空飛行に切り替えて草原を泳ぐように飛び始めた。


「こんどは牛探しか。闇雲に探すよりも商会で聞いた方が良いよ。ミルクが出るってことは子育て中なんだから、こんなに近づいたら逃げちゃうよ?」

「フム、では牛は後にするか」


 ルーは即座に上昇するとスピードをあげて帰路を急ぎ、恐ろしく高い山脈を軽々と越える。うっかり高度を飛んだために、盥の中にいた幼虫や蛹は凍りついてしまったので、亜空間収納(インベントリ)にしまっておいた。

 拠点の上空で人へと変わり、その勢いで回転しながら落下する。風が体を受けとめて落下速度を緩めると、ストンと地面に両足がついた。


「おやおや、美しい姿だと思ったらやっぱりルー様かい。きょうは空からのお帰りだったんだな」


 ユミーや子どもたちを怯えさせないように炊事場から離れた場所に降りたのだが、どうやら革なめしの作業場の近くだったらしい。

 にこにこしながら声をかけてきたのはガッシリとした体型の初老の男性で、レッドゴールドメタリックのみつ編みは襟足から服の中に消えている。これは仕事中の事故を防ぐためと作業の邪魔にならないよう、背中に垂らしてはおかないようにしているのだと言っていた。


「ただいま帰りました、ツィルマンさん。ここでの暮らしはいかがですか?」

「いやぁ、水回りが快適で作業が捗っとるよ。汚れた水もすぐにキレイになるんで助かっとるわ」


 このおじいさんは、作業用にした住居でひとり暮らしをしているツィルマンさんだ。

 村では皮なめしや木工を担当する職人さんだったらしいが、作業中は臭いや騒音が出るために少し離れた場所に住まいを構えていたらしい。メダーホルネッソの襲撃で西の里に避難した際も、ひとり暮らしだったからと作業小屋に住んでいた人だ。

 どちらの里でも住居が足りなかったから、わがままな村人もいる中でのツィルマンさんの申し出は、とても助かったのだろう。


「シュティアはきょうもカワユイな」

「かわゆいの! しゅてあは、まるまるになりぇりゅのよ」


 ツィルマンさんの足もとには、センザンコウに似た上位精霊(マニェータ)のシュティアが後ろ足で立ち上がり、尻尾でバランスをとりながら上体を起こしてペコリと頭を下げていた。

 シュティアは森林の精霊(ヴァルドゥギュイス)で、革なめしで使うタンニンが含まれている植物の採取をよく手伝っているらしい。

 ルーがツィルマンさんの名前を覚えているのも、シュティアの主であるからに他ならない。


「そなた、蜂の巣の処理方法を存じておるか?」

「はあ。初夏に入る前なら、運が良ければひとつかふたつは見つかることもあったかのぉ。そんな年にゃあ、こっそり酒を仕込んだもんだ」

「ぼく、おしゃけはちらないのよ?」

「フム」


 おや? ルーは蜂蜜酒が気になってるのかな。


「じつは蜂の巣を大量に入手したんだけど、ツィルマンさんと村のみんなは半年前に襲われたでしょう? だから見るのも嫌かと思って話しづらいんですよね」

「そうなのかい? それじゃあ手が空いとる奴がおらんか、声だけでも掛けてみるかのう」

「そうしてもらえたら助かります」


 ツィルマンさんに蜂を見ても平気かどうか確認すると、すでに動かなくなったものにまで恐怖心はないと言うので、盥を取り出してその量を見せた。

 ツィルマンさんは驚いた声を出し、シュティアはその小さな手をたたいて称賛してくれたので、ルーと豆太は胸を張って鼻高々といった態度をとっている。


「ですがルー様。この盥はどこで手に入れなさった? これじゃあ中身が漏れちまう」


 ええっ、そうなの?

 ツィルマンさんが言うにはこの盥は生木を使って作っているので、時間が経過し乾けば縮んだことでできた隙間から中身が漏れてしまうらしい。

 私はそんな知識を持っていなかったので、完成形だけをルーに求めてしまい、それを元にしてルーが作った材料は亜空間収納(インベントリ)に入っていたから生木のままだったのだ。


「乾燥かぁ。じゃあさ、櫓用の材木を外に積んで置いたのは悪くなかったね。あれっ? だったら拠点の丸太の柵にも隙間ができちゃうんじゃない?」

「あれには腐り落ちぬよう、防水の魔術をかけておる」


 なるほど。柵は雨ざらしになるから防水処理は大事だけど、盥とかは落ち着いたら職人さんたちに任せたいかも。

 ルーには有り余る魔素が蓄えられているけど、乾燥させて作るのが一般的ならそちらの技術を伸ばした方が、この世界の文明が発展しそうだからね。


「ならば、蜂蜜酒を作る場が必要か」


 ルーと豆太はツィルマンさんが手伝いを探しに出た後、数分で小さな作業所を建てた。こんどは材木を乾燥させて使ったらしい。

 皮なめしのための作業場とは規模が違うが、建物の中は大きなテーブルがふたつあるだけで、まだ空っぽだ。必要なものは、おいおい揃えていけば良いだろう。


「井戸は隣と共用でも遠くはないね」

「ルー様、手伝いが集まりましたぞ。しかし、これは一体」


 ちょうど間にある井戸を覗いて、不便ではないかと確かめていると、ツィルマンさんが四十代の男女を三人ずつ連れて戻った。

 彼らは不公平がないように、村と東西の里出身の男女からそれぞれ選んだらしい。


「秘密の作業に相応しかろう」


 ツィルマンさんと六人を建物の中へと促して、亜空間収納(インベントリ)から出した盥をテーブルの上に乗せると、六名の男女は口をあんぐりと開けて声もないようだ。


「では手伝いを頼む」


 ルーの一声でそれぞれが動き出すと、主の肩や懐に隠れていた上位精霊(マニェータ)たちがこっそりと姿を表した。シュティアもツィルマンさんとは小さな声でおしゃべりしていたので、ルーと相対するのはまだ緊張するらしい。


「こんなにすぐ終わるとは、ルー様お力には感嘆するばかりですな」


 ルーは六角形の部屋の蓋を切り取ったり、遠心分離で蜂蜜を絞ったものからゴミを取り除いたりと、地味だけれど繊細な作業を任されていた。

 精霊の主たちも器用に魔術を使っていたが、ルーに敵うわけがない。それでも手慣れているからか、濾過した蜂蜜がどんどん空き瓶に集められていった。

 絞ったあとの蜜蝋は盥にまとめられ、蛹や幼虫、卵はガチョウの餌箱に入れておくと、首をのばしたガチョウたちの胃袋にあっさりと収まってしまった。

 作業が終わって手伝いのお礼に蜂蜜をひと瓶ずつ分けると、男性たちは酒造りの作業に移り、女性たちは一息ついてお茶にするらしい。

 小さな子には与えないように注意すると、それはきっちりと周知されているのか、知らない者はいなかった。

 たっぷりのハチミツが亜空間収納(インベントリ)に蓄えられルーはご機嫌だったが、私は少し気が重い。まだユミーに母親の魂の欠片を渡す仕事が残っているからだ。


「後回しにしていても良いことはないもんね。諦めてユミーのとこに行くか。豆太は遊びに行っても良いよ」

「まめちゃもいくのよ?」

「楽しい話じゃないからなぁ。豆太には、まだここに慣れていないお友だちのお手伝いをして欲しいな」

「まめちゃ、げっこーのとこにいってくゆ」

「うん、気をつけて行っといで」


 豆太と別れた後に炊事場にいた女性に聞くと、子どもたちは昼寝や家の手伝いと、遊びを終えて家に帰ってしまったようだ。そしてユミーはパン焼き竈の掃除をしているらしい。

 扉が開いたままだったので中を覗くと、作業を終えたらしいユミーが背中を丸めて椅子に座っている。


「ユミー、持っていた粉でパンを焼いてくれたんだってね。ありがとう、みんな喜んでいたよ」

「あー! あんたは誘拐犯! こんな所に連れてきて、あたしをどうするつもりよ!」


 子どもたちが近くにいないからか、ユミーは誰に(はばか)ることなく怒りをあらわにする。立ちあがって握りしめた両方の拳が震えているのは、オリーブグリーンの瞳が揺れていることから、怒りだけが理由ではなさそうだ。

 得意ではない世間話から話の糸口を探って失敗したので、クッションを置かずに話すことにする。


「ユミーのお母さんの『魂の欠片』を見つけてきたよ」


 ユミーは頭を横に振って、嫌だと意思を伝えてくるが、私は亜空間収納(インベントリ)から革の巾着を取り出す。その中身を手のひらの上にころりと出すと、腕をユミーに伸ばして涙がこぼれている目の前に差し出して見せた。

 ユミーはしばらく石を眺めるだけで受け取ろうとはしなかったが、震える指で自分の首から下げている小さな袋を探っている。そして時間をかけて巾着の紐を緩め逆さにすると、中からは私の手のひらに乗っているものと似た石が転がった。

 ユミーの手のひらの上にある石の隣に母親の魂の欠片を並べて置くと、ふたつの石は呼び合うかのように、ぼんやりと光を放ち瞬きはじめた。


「血族に間違いはない」


 ルーがそう断言したのを聞き、ユミーはその石を握りしめて(うずくま)ると、声をあげずに泣き伏した。


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