第76話 エピローグ
私が人の世界を離れて、二年の時が過ぎた。
相変わらずのルーカスとドルマンと、それからマシロと。
マシロと言うのはドルマンの体から作り出された個体で、さすがにミニドルマンと呼ぶわけにいかないので名前をつけた。
まだ何物にも染まっていない真っ白なマシロ。
ドルマンに似て肌も髪も真っ白だからいいんじゃないかと思ったけど、今ではちょっと安直過ぎたかとも思っている。
あれからリュッセント民主国家も落ち着いて、シュナウザーが国のトップに、アレックスとグレイソンがその補佐をしているそうだ。
そしてディアナとノクスはそれぞれ魔塔の管理責任者をしているらしい。
異例の大出世だ。
まだ皆に会いに行くには早いけど、あと十年くらいしたら一度地上に降りてみようと思う。
因みにみんなの様子をどうやって知っているかというと、紙に風景を映し出す魔道具が開発され、定期的にルシエルさんに頼んでやり届けてもらっている。
いわゆる写真というやつだ。
「って、どーゆーことなの。これは!」
久しぶりに届いたディアナの写真を見て、私はつい声を荒げた。
「アリー、どうした?何かあったのか」
肩からひょこっとルーカスが顔を出して、私の手に持っている写真を覗き込む。
「何かあったじゃないよ、ルーカス!見てよ、これ!ディアナ、めちゃくちゃ成長してるの!」
そう、最近の私の悩みは二年経った今も全然見た目が変わらないことだ。
最初にこの世界で鏡を見た、あのあどけなさの残る可愛い顔。小柄でキュートな闇魔導師。
あの時は嬉しかったけど、いくらなんでも十八で今の私は子供っぽすぎる。
それに対して写真のディアナは顔も色気が出て、大人の女性だ。
そして胸も、胸も、胸も!
私はというと、かなりささやかな感じで…。
「ねぇ、ルーカス。私、変じゃない?それとも成長止まっちゃったのかな…」
するとルーカスは「うーんと…」と歯切れの悪い感じで、誤魔化すように笑っている。
そこに水浴びを終えたドルマンとマシロも戻って来て、
「何だ、まだ言ってなかったのか。アリーシャ、お前の体はな…」
と、言いかけたところでルーカスが「分かった、分かった!俺が言う!」と私の手をひっぱり、二人きりになれる部屋へと押し込んだ。
これはいわゆる夫婦の部屋というやつで、ドルマンに邪魔されないように作ったものだ。
「え、ちょっと、ルーカス…?」
私がきょとんとしていると、神妙な顔つきでルーカスが話し出す。
「アリー、驚かないで聞いてほしいんだけど…」
「ええぇ――――――――――――――――――――――――――!!!!!」
私は二年も経ってようやく知ったのだ。
自分の体が「人間」とは違うことを…。
「ばっかじゃないの!もっと早くに教えてよ!ルーカスのバカ!」
私はルーカスをぽかぽか殴りながら、ぼろぼろ涙を流した。
「ごめん、ごめんって。ショックを受けると思って言い出せなかったんだよ」
「それにしたって、ひどい!もっと、もっと早くに教えてくれれば…」
頬を伝う涙をすくうようにルーカスがやさしくキスをして、なだめるように抱きしめる。
「アリー、俺は君が人間だろうとなかろうと、どっちでもいいんだ。ただ、大好きで、一緒にいたいんだ」
そんなこと分かってる。
だからこそ私もずっと一緒にいたいと思って、ずっと悩んで…。
「ばか…、私はあと数十年しかルーカスといられないと思って、ずっとずっと辛かったのに。人間じゃなくなったとか、もうそんなことより、今、私は嬉しいの。」
「え…」
「だってこれでルーカスと死ぬまで一緒にいられる」
私が顔を上げてニコッと笑った時、ルーカスの綺麗な瞳から涙がこぼれて、視界がぼやけてキスをした。
「俺の言った通りになった。ずっと一緒。死ぬまで一緒だよ、アリー」
「…ばか」
それから沢山キスしてルーカスの手が私の頬からスルスルと下に降りていって、ただ感覚の赴くままに抱き合って…
「あっ…」
本当の夫婦として、初めて朝を迎えるのだった。
「おはよ、アリー」
「あ、ルーカス…おはよう」
それはむちゃくちゃ気恥ずかしくて死んでしまいくらいだけど、私はそう簡単には死なないらしい。
♢
それからまた何年も何年も時が過ぎた。
私もルーカスもドルマンも、もちろんマシロも見た目は何も変わらない。
大きくなると思われたマシロも小さいままだ。
でもその間に色んなことが起きた。
ディアナとノクスは結婚して子どもが三人も出来たし、私とルーカスの間にも二人(?)の子どもが生まれた。
それからアレックスが同僚魔導師と結婚して尻に敷かれてる。
シュナウザーはずっと独身で、グレイソンは素敵な彼と同棲中。
あとは私の両親。
ディアナとノクスから黒龍の嫁になったことを伝えてもらったら、泣き崩れてしまったそうだ。
この世界で初めて目にした人たちで正直愛情とか言われると難しいけれど、それでも定期的に手紙だけは欠かさない。
あとはドルマン。
相変わらず黒龍族の女性に人気だが、完全スルー。
一度、子孫を残すとか伴侶を探すとかそういうのは無いのかと聞いたら、「ない」の一言で終わった。
でもあんまりにも切ない顔をしていたので、きっとまた深い歴史がドルマンにはあるのだろう。
だからそれ以上は聞かなかった。
♢
そうしてまた数十年の年月が過ぎた。
あの約束を果たす時が来て、私たちはソリティア王国へ降り立った。
ベッドに横たわる前王ゲシュト。
その周りにはもういい年をした子どもたちと、その孫が彼を取り囲んでいる。
今は第一王子だったイリスが王となっている。
イリスが私たちを見るや、「あの時の…」と何十年前と変わらぬ姿の私たちを見て驚く。
「不死の血」と言われるドルマンの赤い血を小瓶に注ぎ、それを私はイリス王に手渡した。
「あなたのお父上、ゲシュト前王が望まれたものです。ただしこれを飲んだら、魂は滅び肉体だけが動くおぞましいものになるでしょう。それでも欲したため、それを条件に数年前助けていただきました。あとどうするかはそちらで決めてください」
軽く一礼し弱々しく老いたゲシュトを一瞥して、そして私たちは去って行った。
あの後ゲシュトがあれを口にしたかどうかは分からない。
でも前王が死に際にゾンビになったなんて噂は一切耳にしてないから、きっと飲まずにそのまま亡くなったのだろう。
まぁ、それは私の願望も入っているのだけど。
♢
そして…
数百年の時が過ぎた。
当たり前だけどノクスもディアナも、シュナウザーもアレックスもグレイソンも、みんな死んだ。
リュッセント民主国家とソリティア王国は一つの国に統一され、今はリリティア共和国となっている。
それでも古の闇魔導師の子孫は残っていて、今は黒魔導師として子どもたちが増えている。よほどのことが無い限り、はるか数千年前の魔法は解けないだろう。
私は時々、昔懐かしい旧友たちのお墓を見にきては、手を合わせて綺麗にしてあげる。
古ぼけて年季の入ったお墓は、もう誰のものか知るものは少ないだろう。
それでも私は忘れないように、お墓の前で手を合わしている時は彼等との出来事を走馬灯のように思い出すのだ。
「ノクス、ディアナ、聞いて。私ね、子どもを十人も産んだんだよ。もう十分って感じだよね」
「シュナウザーさん、最後まで独身だったけど、やっぱりそれって私のためだったのかな…」
「アレックスさん、いきなり告白された時はびっくりしました。今でも覚えてますよ、あの時のこと」
「グレイソンさん、あの奇抜なファッション、天国でもしてるのかな」
♢
そうして、また時が過ぎていく。
千年、二千年…。
そして数千年の時が流れた、ある日、
ルーカスの寿命が尽きた。
龍族の里にお墓を作って、ルーカスを土に帰す。
想像よりも長い時間を一緒に過ごしたせいか、流す涙も数千年分だ。
「ルーカス…、まさか私の方が長生きするなんてね…、笑っちゃうよ。びっくりだよ」
ドルマンは何も言わずにただじっと、彼の安らかな顔を見つめている。
その近くにはマシロと私とルーカスの子どもたち。
皆に囲まれながらルーカスは、あの綺麗な顔のままで。
― アリー、大好きだよ。俺がいなくても、しっかり生きろよ
そう、言ってる気がした。
♢
子どもたちは龍の里から巣立って、それぞれ散り散りになった。
マシロもどれだけ生きるか分からないけど、外の世界に出て行った。
それでも私は龍の巣に住み続けている。
ルーカスの眠るこの場所に。
申し訳ないのがドルマンだ。
遥か昔にした血の契約のせいで、未だに私から離れられない。
だから必然的にドルマンも一緒に暮らしている。
それから数万年の時が流れた。
途方もない時間。
ルーカスと一緒に生きた時間よりも、ルーカスのいない時間の方が長くなった。
流石の私も少しだけ成長して、見た目が少し大人っぽくなる。
あの十八歳のディアナのように。
「ねぇ、ドルマン。あんた、ずっと一人で寂しくない?」
「さぁな。ただ、俺が家族を持った時は、俺の死ぬ時だ」
「はは、何それ」
「冗談ではない。吸血魔族の王の血は、子に引き継がれる。そうして初めて王の時間が刻まれるのだ。俺の父だった者は俺が生まれて千年で死んだ。そういう風に出来てるんだ」
数万年経ってようやく聞けた内容に、まだまだこの世の中で驚かされることはあるのね、なんて結構冷静に聞いていた。
「そうだったんだ。じゃあ、ドルマンはずっと一人でその不死の血を背負ってるのね」
「まぁ、そんなとこだ」
私はルーカスのお墓の前で手を合わせると、すくっと立った。
ドルマンは相変わらずの仏頂面で立ったまま見つめるだけだけど。
「そういえば、私たちのこと地上で何て呼ばれてるか知ってる?」
「何の話だ…?」
「ふふ、神様だって」
「は…?」
「神様。遥か雲の上にいる美しい金髪の女神と、この世の者とは思えない真っ白な肌と髪の太陽神だって。ドルマン、あなた神様らしいわよ」
「は、それは笑えるな。人間を脅かす吸血魔族が神か…」
そう呟いたドルマンは微かに笑っていたのだった。
ありがとうございました!
完結までに最後、時間がかかり申し訳なかったです。ただ、最後は満足のいく形で終わらせることが出来たと思い、心はスッキリしております。
因みにこの後はご想像にお任せしますが、筆者としてはドルマンもアリーシャもずっと関係は変わらずに、彼等の心にはずっとルーカスがいると思っております。
もしよろしければブクマや評価、感想などいただけたら幸いです。
ありがとうございました!




