妹紅と輝夜
「お前は今日から俺達の家族だ! いいな?」
「はい! よろしくお願いします! 神楽さん!」
「もう家族なんだ、俺の事は神楽でいいぞ」
「わ、わかりました……。神楽……」
俺は新しい家族として迎え入れる。
しかし、そうか……。虐待か……。俺も昔はされたもんだ。
遠い昔を思い出す。俺は昔の自分と妹紅を重ねてしまっていた。
深くは語らないが、俺も普通の生活、家族が欲しかっただけなんだ。
「神楽……? 達ってなに?」
そこで妹紅は首をコテッと横に倒しながら問い掛けてくる。
「ああ、俺の嫁達だよ」
「達? 一人じゃないんですか?」
「む? ああ、五人いる」
「五人ですか!? す、凄く多いですね……」
「ま、まあ……な」
妹紅は驚いた顔で叫ぶ。
――俺もここまでとは思って無かったけどな……。
なんて考えながらも。
「妹紅、嫁達に挨拶をしにいこう。行くぞ」
強引に抱き、翼をつくる。
衝撃を零にし、音速で飛ぶ。その間、妹紅は怯え、必死にしがみつく。しかし最後の方は慣れたのか、「きゃーー!!」と、叫びながらも喜んでいた。
永琳と輝夜のいる屋敷に着く。
「紫! 紫!!」
「はーい、なにかし……!? 神楽!! 貴方は私達じゃ我慢出来ないの!?」
出てきたと同時になにか喚いている。「神楽もやっぱり若い子がいいんだわ……」等と言いつつ。
「紫、そんなんじゃない。俺の娘になっ――」
「相手は誰!? 私達ともしていないのに!!」
引き続き、紫は「どこの馬の骨よ……! 私達に挨拶もしていないのに神楽と……!!」
――あ、挨拶したら許すんだ……。
ってそうじゃない、誤解をとかなければ。
「違――」
「永琳ー! 輝夜!! 来て! 諏訪子ちゃんと神奈子も呼ばなくちゃ!」
そうして紫はスキマに消えた。
後に残ったのは妹紅を抱っこしている、唖然とする俺と妹紅だけだった。
「なによー……、私は宝物を整理してる大事なところなのよ…………」
「騒がしいわね、全く…………」
「「…………」」
沈黙が続く。先に口を開いたのは永琳だ。
「か、神楽? 女の子を抱いて何してるの……?」
「い、いや、今日俺の娘になった――」
「娘!? 相手は!?」
一寸遅れ、輝夜が俺に問い詰めてくる。
さっきから何を勘違いしてるんだ……。
俺がその事を聞くと永琳と輝夜は呆けた顔を浮かべる。
「いや、だから紫の勘違いだよ。この子は……、拾ってきた……でいいのか?」
妹紅に聞くと少し考え、首を縦に――喋らない事を考えると、緊張してるみたいだ――振る。
漸く誤解が解けたかと思ったら紫、諏訪子、神奈子がスキマから出てきた。しかしその顔は鬼気迫っていた。
「神楽! どこの馬の骨とやったんだ!」
「それともその女の子は嫁!? 子ども体型なら私がいるでしょ!」
――いやいや、さっきから勘違いしすぎだろ。
「お前ら、勘違いしてる。この子は今日拾ってきたんだ」
「あら? そうだったの? 私は信じてたわよ! 神楽!」
紫は手のひらを返し、信じてたと笑顔で言ってくる。
しかし嫁達四人から一斉に「あんたが原因でしょ!」と、叩かれた。
「いったぁーい! なにも叩くことないじゃない……」
涙を溜めて頭をおさえる。
そっとしておこう。
「ほら、妹紅、自己紹介しなさい」
俺が促すと妹紅は降り、おずおずと名乗る。
「妹紅です……。よろしくお願いします……」
「私は一番目の嫁、八重 永琳よ。よろしく、妹紅」
「私は二番目よー、蓬莱山 輝夜」
「私三番目! 洩矢 諏訪子だよ!」
「四番目だ。名は八坂 神奈子と言う」
「五番目よ、八雲 紫っていうわ。ゆかりんって呼んでね」
――ゆかりんって……。お前……。
妹紅以外全員が白い目を向ける。
紫は目を反らし、少し顔を赤くする。
「よろしくお願いします! 永琳さんに輝夜さんに諏訪子さんと神奈子さんとゆかりん!」
えっ……。っと紫含む妹紅以外全員が無意識のうちに口に出していた。
しかし今更ながら、俺は挨拶をさした事を後悔していた。
何故なら妹紅は、輝夜を恨んでいる――今まで忘れていたが――からだ。
一応妹紅はかぐや姫としてで、名前は知らないからまだなんとかなっている。
これを知ったらどうなるか、俺はその事を悩んでいた。
その日の夜。
俺と妹紅以外の五人はスキマの中で話し合っていた。
なぜスキマの中なのかというと、妹紅がもし、起きて話を聞いていたらを考えての事だ。
「すまんな。しかし、これからの事を聞いてほしい」
嫁達は口々に、気にしないでと言ってくれる。
「妹紅の生い立ちと、何故髪が白く、目が紅いのか。っていう理由だが……。輝夜が関わっている」
え!? っていう声が聞こえる中、俺は続ける。
「まず、妹紅の生い立ちからだが、あの子は母親が誰かわからないらしい。本人は気にしてないみたいだが」
俺は妹紅から聞いた事を全て話した。
親の事、家族関係、何故輝夜を恨むのか、何故髪が白くて目が紅いのかを。
全員口を挟まず、ずっと黙って聞いている。
言い終わり、皆を見ると輝夜が唇を噛みながら言った。
「私のせい? 逆恨みに近いじゃない……。でも、そう……。私が難題を出さなかったら良かったのね……。機会をみて私が謝ってみるわ……」
輝夜が素直だ。もうちょっとぐだぐだすると思ったんだが……。杞憂だったようだな。
「ふむ、まあ俺も説得してみるよ」
輝夜から礼を聞き、俺は締める。
「じゃあ、まあこれで終わりだな。ちょっとの間妹紅は屋敷に住まわせよう。そして慣れたら言おうか」
「ええ」
「あ、神楽、今言うのもおかしいけど。屋敷の名前、永遠亭よ。輝夜の能力を使った屋敷よ」
「ふむ、わかった、永遠亭な。今日は皆寝よう」
そうね。皆が言い、全員スキマから出る。
次の日から、輝夜は積極的に妹紅と関わり、仲良くなろうとする。
妹紅も満更ではなく、輝夜の話や遊びを一緒に楽しんでいる。
というか実際一番嫁達と仲が良いのは輝夜だろう。
なにか馬が合うのかも知れない。
原作では妹紅と輝夜は遊び感覚で殺しあいをしていたらしい。
さて、こっからどうしたもんか。
そこからずるずると一年経つ。
今では常に輝夜と一緒にいて、輝夜ねえちゃんと呼ぶ。
輝夜もそろそろ頃合いだと言っていた。
夜。輝夜は伝える決心がついたようだ。俺を呼び、妹紅と一緒に竹林に行く。
「ねえ、妹紅?」
「なあに? 輝夜ねえちゃん」
「先に謝っておくわ……。本当にごめんなさい」
妹紅はいきなりの謝罪を聞き、吃驚する。
「え!? いきなりどうしたの?」
「私は貴方が恨んでるかぐや姫なの」
「え……? あのかぐや姫……?」
「ええ。月には帰らなかったのよ」
「妹紅……。すまん……、今まで黙ってて」
「かぐや……!!お前が……、お父さんを!!」
「恨みを晴らしなさい。私も貴女と同じ不老不死。なにをされても死にはしない。さあ、この刃物で私を殺しなさい。」
そう言って輝夜は何故か袖の中に入っている刃物を出し、妹紅に差し出し、両手を広げる。まるでわざと怒らせようとしてるみたいに。
「……!! ばか!!」
「妹紅!」
その言葉を残して竹林の中を走っていってしまった。ここは迷いの竹林。
少しでも歩くと位置、南北東西がわからなくなる。
迷いの名は伊達じゃないのだ。その上妖怪だっている。
今の妹紅はただの死なない女の子だ。もちろん妖怪を倒す事は出来ない。
走って妹紅を探す。しかし探しても見付からない。
仕方なく俺は輝夜と二手に別れて妹紅を探す。
私はなんて事をしてしまったんだろう。
私を拾ってくれて、娘だと言ってくれた神楽から逃げてしまった。
この一年、えたいの知れない私とずっと遊んでくれてお伽噺を聞かせてくれた輝夜ねえちゃんからを罵倒し、挙げ句背を向けて逃げてしまった。
輝夜ねえちゃんがかぐや姫だったなんて……。名前を少しでも考えればわかることだった。
でも腕を開いた時の顔は凄く悲しそうだった……。
私は仇の為にこの体になったんだ……。
簡単には許せない。でも和解した後は今まで以上の幸せがある。
それもわかってる……。幸せで仇の事を忘れそうだった。
いっそ、仇なんて忘れようか。そう思ったこともあった。
かぐや姫なんていなかった。お父さんは神楽だ、お姉さんは輝夜ねえちゃんや紫さんと神奈子さん。妹は諏訪子さん。お母さんは永琳さんだって。生まれ変わった私なんだと思っていたかった。
最初からここで住んで、育ったんだって思いたかった。
私は涙で顔を濡らしながら走る。
向き合わなくて逃げてしまったことを振り払うように。
涙で前が見えないけど、走っていたかった。
走った先には希望があるんじゃないか。と思って。
でも走った先には希望じゃなくて絶望だった
いきなりなにかにぶつかってしまったのだ。
「きゃ!」
衝撃で倒れて、声が出る。
ぶつかったものを確認しようと涙を拭って見る。
そこにいたのは大きい体だった。
体毛があって爪が長く鋭い。
目は私を吸い込むように真っ黒でその目は私をただの食糧としか見ていなかった。
「い、いや!」
私はすぐに逃げる。弱い私はまた逃げた。
妖怪は恐ろしい程に地響きをならしながら四足歩行で私を追ってくる。
「ギグウェァァ!!」
「ひっ! いや! こないで!」
私が願っても、叫んでも妖怪は追ってくる。
石ころに躓いて、転んでしまう。
「いたっ!」
「ギッ――グェ!」
妖怪は転んだ私を嗤い――正確にはわからないけど――長く鋭い爪を振り上げる。
「や、やめて……。まだ死にたくないよ……。神楽ともいっぱい話をして旅もしたい。輝夜ねえちゃんにも謝りたいのに……」
しかし、無慈悲にも、妖怪は私に爪を降り下ろした。
私は来るだろう痛みを想像して、目を瞑る。
私の耳から皮膚を切り裂く生々しい音が聞こえた。
けれど違和感を感じる。痛みが来ない。それになにか落ち着く匂いとあの日のように抱き締められてるみたい……。
私は恐る恐る目を開けた。
「妹紅……、無事……?」
そこには黒く輝いてるように綺麗な黒髪。
綺麗な着物。
見惚れるような顔。
輝夜ねえちゃんだった。
「輝夜……ねえちゃん?」
「ごめんね、来るのが遅れたわ」
輝夜ねえちゃんは痛みを感じてないかの様に笑って話しかけてくれた。
「輝夜ねえちゃん……!」
私は妖怪の事を忘れ、輝夜ねえちゃんに抱きついた。
背中に手を回した。するとなにかぬるっとしたものが手に付いた。
その何かを確認した。その手に付いたものは血だった。
私の手いっぱいについた赤黒い血。
「ひっ! 輝夜ねえちゃん! 血が……!」
私を庇ったんだから当たり前だ。
でも焦った私の思考はそんなことを考えない。
はっと気付き、妖怪を見ると、妖怪は自分の爪に付いた血を舐めていた。
「妹紅……。よく聞いて。私は大丈夫よ……。貴女と同じ不老不死だからすぐ治るの」
輝夜ねえちゃんは安心させるように笑いかけた。
「なんで、妖怪はそこにいるんだよ!? はやく逃げようよ!?」
私は笑っている輝夜ねえちゃんに言った。
でも相変わらず輝夜ねえちゃんは笑っている。
「大丈夫よ、私達の素敵な旦那さんが必ず来て、守ってくれるから」
ほら。って言った直後、何故か妖怪の首が落ちた。
「すまん! 遅くなった! 輝夜その背中大丈夫か!?」
首が落ちたと同時にいつのまにか神楽がいた。
「大丈夫、私は不老不死なのよ? こんなのすぐ治るわ。全く、何を焦ってるのよ。お馬鹿さん」
輝夜ねえちゃんは神楽の額を小突いて笑った。
その背中にはもう傷が無く、背中部分に血がついた着物だけが切り裂かれたように破けていて、背中が少し露出していた。
なんで神楽が来るってわかったんだろうと一人疑問に思い、輝夜ねえちゃんに聞くと、私の耳元で「嫁は旦那さんを信じるものよ。あの人は誰にも負けないくらい強くて、私達に優しい素敵な人なの」
女の子に弱いところがたまに傷だけど。と笑いながら言った。
永遠亭に戻って、私は勇気を出して謝った。
「輝夜ねえちゃん……、ごめんなさい!」
「いいえ、私が謝らなきゃ駄目なのよ。ごめんなさい」
「俺も黙っててすまんかった」
じゃあ三人で謝って終わりにしよう! って言って笑って三人で謝る。
後に残ったのは三人の笑い声だった。
――ここにきて本当に良かった! 生きてるってなんて素晴らしいことなんだろう!
これからの幸せを思いながらも、今日という日を生きる。