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全ては連環の輪の中

 北の大陸と南の諸島国家コスタペンニーネの間には、東から西へと流れる大きな潮流がある。また大陸の間を流れ、中央の大きな流れに大小様々な潮が交わる一帯には、小さな無人島が点在している。それなりに大きな島が点在する一帯は潮の流れが複雑になり、商船などはその一帯を避けて航行するのが常識だ。

 だがそう言った場所を逆手に取って、海賊たちは隠れ家を作り拠点にしたりする。そう言った所謂海賊のアジトは世界中の諸島郡に点在している。例えば五大海賊ともなればその規模はかなりの大きさになると噂になっている。大よその位置は分かっても、その詳細な位置までは知られておらず、もし分かったとしても辿り着くまでには相当な航行技術や船舶が必要とされる。海軍などがその拠点を潰す作戦を打ったとしても、何隻もの戦艦と人材、多額の費用を投じなければならない一大作戦になるため、早々にそんな予算を組める国は少ない。

 故に、海賊になりその拠点へと立ち入りが許されるのは、本当にその海賊の一味として認められた証拠となる。海賊として名乗るようになって早一年。僕、メーヴォ=クラーガは初めてヴィカーリオ海賊団の拠点へと案内されようとしている。


 ゴーンブールの南東、ゴーンブールの東から流れ込む潮流と、中央の海流が交わる海域。小さな島々が点在している為、それなりの船舶と航行技術を持った者たちでなければ近寄らない海域に、死弾の拠点はあった。

『あるじ様、何と言う景色でしょうか』

『……ああ、本当だ』

「見えてきたな。アレが俺たちのアジトだぜ」

「本当にアレがアジトなのか?何処からあの島に上陸するんだ?」

 示された光景に僕は柄にもなくラースを質問攻めにしてしまった。左耳の上に陣取っている鉄鳥も興奮気味に揺れている。

「まあ待てって。島の裏側に行けば分かるよ」

 ニッカリといつもの笑顔を見せるラースに、僕はソワソワと落ち着かない気持ちを持て余した。

 目の前にあるのは大海原に一本の杭を刺した様に悠然と聳える断崖絶壁の孤島。周囲に小島はなく、何故そこにそれだけの島が残ったのか不思議になる程、その島はぽつんと海の真っ只中にあった。此処数日の航路は確かに海流が読み難くて苦労したが、だからこそこの島は見つけにくいのかも知れないと納得も出来た。

 エリザベートのマストの二倍はあろうかと言う高さの崖は、長年風雨に晒されて取っ掛かりのない垂直さを見せて島の周囲を囲んでいる。所々崖は反り返って天板を浮かべたようになっている箇所もある。港を造れそうな立地があるとは思えず、ゆっくりと距離をとって島の周りを周回した先で、僕はまた感嘆に声を上げた。

「何だあれ」

「アレがアジトへの入り口さ」

 崖の壁に、ぴったり船が一隻通れるほどの巨大な亀裂が口を開けていた。

「よぉし風力部隊!微速前進、風を一定に保て!」

 船の後方で円陣を作る風力部隊の四人が、一定の風を帆に送り始める。舵を少しでも傾けたら船体が石壁に激突しそうな、ギリギリの幅でエリザベート号は亀裂の中へと進んで行った。ラースの舵取りの技術には時々驚かされる。

「ようこそ!ヴィカーリオ海賊団のアジトへ!」

 両腕を広げてラースは僕に向き直った。ラースと、その後ろに広がる光景に、僕は驚愕と苦笑でしか返事が出来なかった。

『なんと言う事でしょう、あるじ様!』

「……冗談みたいだな」

「夢だと思うなら、頬でも抓ってみるこったな!」

 再び舵を取ったラースが船首を向けた先に、亀裂から繋がる空洞と、そこに建造されてた港が広がっていた。


 港に船が着くと、そこには出迎えの人々が沢山待ち構えていた。そうだ、出迎えの人々だ。女子供だけでなく、労働者らしい男たちも居る。

「お帰りなさい!」

「船長、おかえり!」

 船の上から手を振るラースは、船員たちが船を降りるのを待っていた。行かないのか?と聞くと、俺を待つ家族は居ないからな、と苦笑した。

 アジトのあるこの島には、船員たちの家族が住んでいるのだ。元々売られるはずだった奴隷たちはヴィカーリオ海賊団に強奪されたり、ある時は報酬として現物支給と言う名の身元引き受けをラースが押し付けられた結果、海賊として船に乗る事を決めた。船に乗る事を許されなかった女や子供、長期間の航海に向かない体力のない男たちはこの島で自給自足と農作を主な仕事として与えられていた。

「やってる事は奴隷を使って稼ぎを立てようって事で変わんねぇんだけどさ、俺はアイツらに納期だの徴収金額の設定だとか、そう言う物は課せたくなかったんだ。だって面倒くせぇだろ?自分たちで食う、使う以外の物は金や別の物に換えて、自分たちの生活を豊かにしようぜって言った方が、絶対にあいつらだってやる気になるんだ」

 鞭打って奴隷を使うより、自分たちの生活のため、と意識を変えさせた方が遥かに効率も上がるし成果も出る。

「お前のそう言う人心掌握は天性のものだろうな」

「メーヴォに言われたくねぇなぁ。お前だってあっと言う間にウチの船に馴染んだくせによ」

 アジトを案内するぜ、とラースの後について船を降りた。

 しかし見れば見るほど、この港は高度な技術でもって造られたと分かる。相当硬いはずの岩盤をコレだけの大きさで削り出す事がどれ程労力の居る事か。人の手でも、魔法を使ってもそう易々とこんな立地を作り出す事は出来ない。しかもエリザベート号の他にもう一隻商船らしき船が停泊しているじゃないか。あの切り立った崖の島の内部に、船が二隻停泊して余りある空間と港を建造するその技術。

「後で紹介するけど、アッチの商船の船長がたまたま流れ着いた場所が此処なんだ」

 エリザベート号の隣に停泊する商船。その船長が嵐にあった時に偶然流れ着き、この亀裂に逃げ込んだ事で発見したのだと言う。

「あっちの商船との話は船長も交えて話すっからさ。まあ此処を拠点にって言ってくれたんだ」

「なるほど。しかし、それにしてもこの場所は……」

 上に人が住めるだけの土地を確保しながら、落盤しないようにと細心の注意を払い作られた空間。無駄のない港の設備。更に港から地上に上がる為に造られている階段と、その所々にある部屋らしき扉の数。魔法国家アウリッツの職人たちの今ある最高の魔法技術でもコレだけの施設を作り出す事は難しいと思う。

「おい、メーヴォ。コッチ来いよ」

「なあラース」

「言いたい事は分かってっから、コッチだって」

 言ってラースは港から壁沿いに削り出されて造られた階段を登っていく。その先に踊場の開けた場所があり、港を一望出来た。

『あるじ様、あるじ様!何と言う事でしょう!』

 あそこだ、とラースの指差した先にある物を見て、僕は思わずラースを睨みつけた。

「全部知っていたのか?」

「ンなワケねーじゃん。俺だってアレの意味が分かったのは、お前と会ってからだし。全部偶然!」

「でも黙っていた。緘口令まで引いて!」

「驚かせたくてさ!内緒にしてるの大変だったんだぜ?」

「何て男だ!チクショウ、愛してるぞ船長!」

「オエっ!やめろよ。胸焼けしそうだ」

 港の一番奥の天井付近の壁に、巨大なレリーフが刻まれていた。それは間違いなく、蝕の民の技術書の表紙を飾るモチーフと瓜二つ。つまり、この施設はかつて蝕の民がその技術でもって作り上げた場所であると、それならばこれだけの施設がある事も納得出来る。何て偶然で、必然的な運命のイタズラだろうか。

「お前のその眼が気になって、レヴに調べさせた事があってさ。結構な大枚はたいてようやく情報を得たら、金環蝕の眼を持つ人種が昔々に居たって御伽噺みたいな情報と、少し前に金獅子がそれに関するお宝を手に入れたって情報が入って来てさ。丁度お前が誘拐された、金獅子と取引したってあの頃の話だ」

 相当前の話じゃないか、と口にすれば、その後忘れてたしな!と笑われて思わず苦い顔をしてしまった。

「まったく、お前のいい加減さには呆れるよ」

「褒められると照れるぜ」

「褒めてない。で、後は地上の様子が気になるところだが」

「よし、案内するぜ!」


 地下洞窟の港から階段を上って地上に出ると、そこには小さな町が広がっていた。白壁の小さな家々が立ち並び、海沿いの小さな集落と言った風だ。正確には絶海の孤島の集落なのだが。

 居住区唯一の娯楽施設と言えそうな酒場では、長い航海から帰って来た男たちを労う宴で盛り上がっていた。ラースがそこに顔を出した途端の歓迎振りは凄まじかった。お帰りなさい、お疲れ様、口々に人々から歓迎を受けるラースは、さながら集落の英雄だ。

「そっちが噂の現物支給のお宝かい!」

「まあ、本当に宝石みたいな眼をしているのね」

「さあ、座って座って!」

 素朴な風貌の女に腕を引っ張られて、大柄な男に背を押され、あれよあれよと僕は酒場のど真ん中のテーブルに座らされていた。エールがなみなみと注がれた特大ジョッキが目の前に置かれ、横に座ったラースがいつもの笑顔で「さあ飲もうか」とジョッキを構えたので、僕はこれ以上の会話は望めないと諦めを付けるために帽子とコートを脱いだ。鉄鳥がふわりと飛び上がると、人々が一斉に見慣れない魔法生物に歓喜の声を上げた。

『あるじ様っ!たた、助けてくださいまし』

『ならココに来い』

 左耳にイヤーフックの要領で止まった鉄鳥の位置を少しだけ直し、僕は横に座るラースに忠告した。

「僕に三杯以上エールを飲ませようとするなよ」

「わかってる分かってるって!」

 言って僕は特大ジョッキを手に取って、一気に仰いだ。その後の記憶は曖昧だ。やはり一度にジョッキ三杯以上飲んではいけない。結局所々の記憶が飛んでいる。

 美しいソプラノの歌声が響く酒盛りの場で、集落の人間たちは口々に自分たちの今があるのはラース船長のおかげだとか、兎に角ラースを英雄視するような事を口々に繰り返していたように思う。奴隷として売られて行き、人として扱われない人生を送るのだと悲観に暮れていたと言うのに、ラース船長は自分たちを人として此処に住まわせてくれた、と。この場所は楽園だと口にしていたような気がする。

 この小さな土地で採れる物は意外と多い。海に出れば豊かな潮流の混じる一帯では多くの海産物が獲れるし、暖かい地方なので農作物もそれなりの物が採れる。自分たちが食べる分、使う分以外の物は例の商船が売りに行って別の物に変えて来てくれる。自分たちの生活を一から作り上げている充足感が人々から感じられた。

 そうだ、あの商船だ。その話を聞きたかったのに。

 夢うつつに思い返したところで目が覚めた。テーブルに突っ伏して眠っていたようだ。酒場の床で集落の人も船員たちも雑魚寝だったり、テーブルに突っ伏していたりで、すっかり宴の後の様相だ。左耳に止まっていたはずの鉄鳥はテーブルにペッタリと横になって眠っている。すっかり夜も深けた暗い酒場の中を、掛けられていたコートを羽織り直して表へ出る。満月が周囲の星の光を喰らう様に霞ませて夜を照らしている。漂う潮風は酒の回った頭へ程よい通気をしてくれた。

「よう!起きたのか」

 声を掛けられて振り返れば、アレだけ飲んだにも関わらず変わらぬ緩い顔をしたラースが手を振っていた。その横に初老の男が控えている。

「折角だ、メーヴォ。紹介するぜ、例の商船のジェイソン船長だ。俺が海賊始めた頃から世話になってんだ」

「よろしく、クラーガ殿」

 老人特有の達観したような笑顔で、ジェイソンはこちらに手を差し出した。

「よろしくお願いします」

 その手を取り、言葉を交わす。狡賢く生きる事に長けたジェイソンの眼はラースのそれに似ている。のらりくらりと、しかし狡猾に生き延びようとする者の風格を感じる。なるほど、ラースが信用するに足る人物のようだ。

「立ち話もなんだ。場所を移すか」

 ラースの合図で、僕たちは居住区を抜けた。家々が立ち並ぶ居住区の奥にはかなりの農地が広がっていた。コチラの農地では春蒔き小麦が穂を伸ばしている。片や小麦かと思えば、アチラではトウモロコシが実をつけているから、限られた土地で多様な作物を作る事で豊かさを得ているようだ。そうだ、もう一年経つんだ。

 農地の片隅、海に面した柵の近くに陣取って、三人並んで腰を下ろす。どうだ?と勧められた酒を断ると、そう言うと思ったとラースが差し出した冷たい紅茶の入った瓶を受け取った。

「さぁて、どっから話すか?」

「ヴィカーリオ海賊団の成り立ちを話してくれ。そうすれば、自ずとこの場所やジェイソン船長の話も出るだろう?」

「そうだな、流石メーヴォ。二日酔いの頭も冴えてるな」

「そこまで酔っちゃあ居ない」

 そんな僕らの会話に、ジェイソン船長が声を殺してくっくと笑った。

「坊主は良い相棒を見つけたな」

「へっへっへ……見付けたのは偶然だけどな、今じゃ無くちゃならない相棒よ」

 改めてそんな紹介をされるとむず痒くなる。

「じゃあ、改めて聞かせてもらおうか?ラース船長の半生ってヤツを」

「大きく振るなってオッちゃん」

 そう会話を交わすジェイソンとラースは、何処か親子のような、師弟のような。そんな雰囲気を持っていた。


 ラースは元々船乗りとして少年期を過ごしていた。そのまま商船の船長に憧れるかとも思った頃、港である女海賊に目を奪われた。年の頃は自分より少し上程度のようだが、とても大人びて見えた。それが女海賊エリーだった。

 一目惚れだった。あの人に近付きたい一心で、どうすれば良いかと考えた末に同じ海賊になった。何て単純な考えだと言いたかったが、あまりにらしすぎて逆に納得してしまった。

「お前らしい理由だな」

「褒められてる気がしない」

 海賊になると言っても一人では船の操船もままならない、海図もあまり読めない、さあどうしようかと考えあぐねたところで、いとこであるエトワールの悩みと利害が一致した。エトワール副船長はそこそこに大きい商家の出らしいとは聞いていたが、当時家が勝手に決めた婚約者との結婚が秒読みに迫っていたらしい。彼の性癖については聞き及んでいるので、大よその事は察しが付いた。

 二人でどうにかなるものではない、と家を出た後の二人は各地で海賊仲間を掻き集めた。金欲しさのゴロツキを集め、早速港で船の強奪にかかった。

「そこで襲われたのが、俺なの」

「え?」

「夜に港で適当に大きい船に乗り込んでったら、オッちゃん一人甲板で寝てるワケ。船を出せっつて脅したら、取引しようって話にいつの間にかなっててさ」

 笑っちゃうだろ?と酒瓶を仰ぐラースに、ジェイソンまでも笑いながら事の次第を話してくれた。

 心意気だけの陸海賊だった当時のラースを目敏く見抜いたジェイソンは、自分の身の安全と共に今より稼ぐ方法を瞬時に考え抜いたと言う。それはもう命がかかっているんだから、それらしい理由もつけて必死に考えた。

 提案されたのが、海賊と商船による戦利品の始末方法だった。海賊業で手にした稼ぎを普通に換金しようとすると、どうしても足が付きやすいが、それを商船側で行えば足が付きにくくなる。更にジェイソンは当時宝石を専門に扱う宝石商をしていて、アクセサリーから宝石をバラすやり方をラースに教えたのは、他ならぬ彼だった。

「お前らが稼いで来たお宝は、足が付かないように遠くに売り捌きに行く。そう言う商売方法を考えたってワケさ」

「で、ついでに航海術とか帳簿付けに関しては、家の仕込みで土台のあったエトワールに全部任せてさ、俺は何すんだって聞いたら、オッちゃんなんて言ったと思う?」

「……海賊船長らしくデカく構えていろ、とか。そんな所じゃないか?相手の裏をかいて、騙して全部搾り取るくらいの気概で構えてろとか、そんな感じの」

「時々お前の頭の回転の良さに腹立つわ」

「図星か」

「パーフェクトな回答だな、クラーガ殿」

 不貞腐れたラースを他所に、にやりと誰かの笑みに似たそれを浮かべて、ジェイソンは拍手した。懐から煙草一式を取り出して一服失礼するよ、と火を灯した。

「で、俺たちは十人くらいの若造引っ連れて、適当な商船を襲って海賊船にしてやった訳さ」

 その後、少しずつながら商船や奴隷船を襲いながら、ヴィカーリオ海賊団は規模を拡大して行った。

「転機になったのは、奴隷商人のレガルドとシリウスって二人組みが絡んで来てからだな。そいつらが曲者でね。依頼と称して海を渡りたいって言って来たりしちゃあ、手持ちが少ないから現物支給でいいかっつって、奴隷をホイホイっとヴィカーリオに置いて行ってな」

 そんな奴隷商人たちは、ラースの何を気に入ったのか、それとも商人であるジェイソンにツケを抱えさせたかったのか。

 ある時、船の護衛を頼まれろ、と剛毅な依頼と共に、レガルドとシリウスは一隻の奴隷船を引き連れて現れた。船はブリッグ船で、五十人を越える奴隷が船員として乗っていた。目的地はゴーンブールの南東。

「……つまり、この島?」

「ここは元々俺が偶然見つけた島で、隠れ家にしてたんだが、何処からそんな情報を掴んできたのかねぇあの男は」

 奴隷の半分は女子供。半分はそこそこに体力のありそうな若者たち。ブリッグ船は奴隷船から海賊船エリザベート号へと変わった。

 ブリッグ船は片舷十門・総二十門の砲台を装備しており、マストは二本で横帆。軽快な走りをする全長五十m、総重量にして四百tと言うかなりの大きさだ。船底に『浄化の樹』と呼ばれる超高級樹木を生やしており、海水を真水に浄化出来る上、竜骨に根を張り巡らせて船全体を強固に結合していた。どうやら元々は観光の国バルツァサーラの王族が使用していた船だったが、奴隷商人の二人がとその王族と取引した際に報酬として貰い受けたそうだ。観光の国と名高い西の大陸の単一国家バルツァサーラだが、その人の出入りの多い土地柄、秘密裏に奴隷の売買が横行していると噂は絶えない。

 そんな一財産ともなろう報酬を、手に余るからと言う理由で当時のラースに処遇を任せたいと言う、豪気な奴隷商二人からの申し出はまさに天からの贈り物だった。一介の海賊が持つには過ぎた船ではあったが、だからこそあの快適な航海が出来ると言う物だ。

 奴隷たちは島の住民になり、集落を作る仕事に追われた。エトワールは、奴隷たち相手に教鞭も取った。読み書きと四則演算。人に教える事なんて出来るとは思わなかったと、エトワールは自分の新たな側面を見つけて喜んでいた。各地で必要な資材やらアレコレを集めてくる内に、今ヴィカーリオで活躍するメンツの大半が何だかんだで集まって来た。

「医者のマルトと、料理人のジョンシューが来た時はえらい歓迎振りだったな。で、この集落が出来るまで三年くらいかかったかね。女子供と長期の航海に向かないヤツが此処で農作業して、船乗りになるって男たちとラース船長は海賊家業。舌先三寸で相手を丸め込む基本は教えたが、応用力の高さと言うか、アイツの天性だったんだろうな。宝石商を偽るなら俺が根回し出来た。あのレヴって子が入ってからは書面なんかは幾らでも偽造出来たから、こっちも随分稼がせてもらった。順風満帆かと思ったけどね……」

 言いよどんだジェイソンに、その先の話題は大よそ見えた。

「ありがとうございます。大体の話は分かりました」

 すっかり寝息を立てているラースをチラリと見て、ジェイソンに礼を述べる。ぷはぁと大きく吐き出された紫煙が夜空に溶けていった。


 翌日、二日酔いのラースを他所に、僕はヴィカーリオ海賊団の新しい顔ぶれと挨拶を交わしていた。

 集落を歩きながら見つけた、小さいながらも造られた教会に居た音楽団の二人と対面した。

「初めまして、手紙で色々聞いてます。アリス=イェルムっす。ヴィカーリオ海賊団で、爺ちゃんと音楽隊を組んでます」

 可憐な少女が海賊団の歌姫と言うのは中々乙な話だ。その祖父だと言うエドガーと言う紳士的な初老の男とも握手を交わした。

「エドガーだ。楽隊の長と言う名目だが、私と孫の二人きりの楽団だ。前の出航のタイミングに私が風邪をこじらせて共に行け出来なくてね。その間に船長は素晴らしい相棒と出会えたようだ」

「僕も人生観を改められた一年でした。今後、よろしくお願いします。僕は音楽が全く駄目なんで、是非ご教授願いたいです」

 ハッハと笑った楽隊の二人は、次の出航から再び船に乗り込むと言う。いつも賑やかだった船乗りたちの唄が、より賑やかに華やかになる事だろう。

 次に僕が挨拶を交わしたのは、船大工の棟梁と言うエルフと巨人族のハーフと言う男だった。港で船大工たちが風の魔法を駆使しながら船底のフジツボや海草除去している所だった。

「船大工の棟梁をやってるよ。ルイーサだ。よろしくな!」

 エルフの血族らしい美しい顔立ちと長い耳をしていながら、その体格は巨人族の船医マルトよりがっしりしていて逞しい。何となく腹立たしさを感じるが眼を瞑る。

「よろしくお願いします。砲撃長を任せられている、メーヴォ=クラーガです」

「噂はかねがね聞いてるよ。随分頭もいいって話で」

「船長を差し置いて頭が切れるかどうかを問われると、返答に困るけれどね」

「……ならメーヴォさん、少し質問をしても?」

 その瞳が不意に曇る。開いた口から出て来たのは、随分と哲学的な話だった。奴隷上がりと言うが、船についての知識は人一倍興味を持って勉強したと言う所か。

「一隻の船の全ての部品を新品に置き換えた時、それは同じ船であると言えると思うか?」

「なるほど、面白い問いだ」

 テセウスの船と呼ばれる、パラドックスの一種だ。哲学者たちは喜んで討論する話だろうが、残念な事に僕は哲学者ではなく技術者だ。船大工として彼が望む答えは、同じ技術者である僕なら分かる。

「その船を……そうだな、例えばエリザベートと名付けよう。エリザベート号が幾多の戦いで破損して修繕されようとも、ヴィカーリオ海賊団が乗る船はエリザベート号で間違いない。どんなに新しい部品に挿げ替えられようともな」

 無機物に個を与え、それを一つの人格として認めようとするのは、技術者の悪い癖だ。僕のヴィーボスカラートも、原形を留めない位何度も修繕し、手を加えてきた物だが、それは僕の大切な武器で間違いない。

 僕の答えを一頻り聞いたルイーサは、何とも言い難い顔で息を止めていた。え?と思った途端に、その顔が嬉し泣きに変わり、自分の体が宙に浮いていた。

「うおぁ?」

「流石ラース船長が選んだ男だ!すげぇ!すげぇよ本当に!」

 全く同じ答えだ、とルイーサは僕の事を持ち上げてくるりと回り、更に熱い抱擁を仕掛けて来た。苦しい。

「ラース船長とおんなじ答えだ!俺もそれ聞いて船大工続ける気になったんだ!」

 すげぇや、と連呼する頭の軽さで、やはり奴隷上がりなんだなと実感しつつ、軋み出した肋骨に僕は本気で抵抗をした。

 半ば死に掛けたところで解放され、僕は賑わう酒場に鉄鳥を迎えに向かった。酒場では戸を閉め切って日光を遮断し、コールが集落の女たちに採寸をされている所だった。それを眺めるレヴの頭に鉄鳥が陣取っていた。

「白魚に貰った反物の出番か?」

「あ、メーヴォさん。そうです、お姉さんたちにお願いして、コールの服を作ってもらう事になってます」

「私の為に皆様からご尽力頂けるこの身の幸よ……マリー様の時代では、吸血鬼の私はこのように好待遇など受ける事は出来ませんでした……あぁ、マリー様のお手を思い出します」

『あるじ様!わたくしめの不甲斐無さを叱咤してくださいませ!うっかり寝こけてしまったなど、従者たる者として失格でございます!』

 片や新たな主の待遇に喜び、片や自分の失態を嘆き、賑やかな事だ。

『お前を置いていった僕の過失でもある。気に病むな』

 ふわりと浮いた鉄鳥は僕の左耳の定位置に納まって、それでも謝罪の言葉を口にしていた。

「ラースは何処に行ったか知ってるか?」

 鉄鳥の位置を直しつつ、レヴたちに問う。昨夜、話の最中に寝てしまったラースは、ジェイソンの手を借りて近くの作業小屋に移動させた。何処で寝たら良いか分からなかった僕も一緒にそこで眠ったのだ。今朝方二日酔いだと言って起きなかった彼を放置して挨拶回りをした後、姿が見えなくなっていた。

「二日酔いだったなら、マルトさんのところじゃないですか?」

「ああ、そうか。……で、マルトは何処に?」

「はは、マルトさんなら診療所です。教会には行きました?教会を正面にして右手に行くとすぐです」

 何だすれ違ったかな、と呟きつつ、レヴに礼を述べて僕は診療所に向けて足を延ばした。

 そう大きくない島の中、歩いているとあちこちで、やあ新入りのメーヴォさんとか、隊長さんとか、沢山声を掛けられた。人との関わり合いは極力持ちたくない性分だが、此処に住む人たちは何処か明け透けで、その一言一言に裏を感じず、居心地の悪さは無かった。

 診療所はすぐに分かった。何しろ凄い人だかりだ。島に在沖する医者は居たものの、マルトの作る薬は人気らしい。あんなに苦いのに。

「ああ、メーヴォさん。どうしました?」

「忙しいところ悪い。ラースは来てないか?」

「船長なら、さっき二日酔いに効くお茶を出して帰ったところですよ」

「あぁー……また行き違ったか」

 思わず天を仰いだ僕に、マルトの笑う声がする。何か用があったんですか?と問われ、例の実験の成果と次の成果を出す為の依頼をしたい、と返せば、ああ例の、と納得してくれたようだ。

「酒場は行きました?」

「酒場じゃレヴとコールが仕立屋に囲まれてた」

「ジョンのところは?そろそろお腹も空く頃じゃないですかね」

「……そのジョンは何処に?」

「多分船の厨房です。あそこが彼にとって一番落ち着ける場所ですから」

 島に来ても待つ家族は居ない、と言っていたラースの言葉を思い返しつつ、マルトに礼を言って診療所を後にした。

『すっかり盥回しでございますな』

『仕方ないさ。此処では僕は新参者だ。みんな思い思いに顔を合わせたい人だって居るだろうし、そうじゃないのだっている』

『……あるじ様の新しい帰る場所でございますな』

『そう、だな』

 帰る場所など無い、とは言わなかった。たった一年で、僕は陸から海に魂を喰われたらしい。今、揺れる甲板が少しだけ恋しい。

 港ではジョンの手料理が船大工たちに休憩の軽食として振舞われている最中だった。

「船長?来てへんぞ」

「さっきメーヴォさんが移動してから、来てませんよ」

 ジョンとルイーサにそう返されて、ついに僕は手詰まりになった。

「船長に用事か?」

「ああ、例の骨の実験成果と次の実験用の材料調達の依頼だ」

「せやったら、船首岬には行ったんか?」

「何だって?」

「島の一番北にある絶壁で、ラース船長のお気に入りの場所です」

「そう、それや」

「……うん、分かった。行ってみる」

 ジョンお手製のソースがかかったオコノミヤキを一切れ頂いて、モグモグやりながら僕は港を離れた。



 集落には東西南北に伸びる十字の道があって、それに沿って居住区、教会や診療所などが点在していた。南側に港があるから、真反対の方に船首岬と名の付いた島の端がある。断崖絶壁は海へと迫り出して、確かにその形は船首のようにも見えた。

 長い木漏れ日色の髪を潮風に靡かせ、ラースはそこに佇んでいた。

「ラース」

 風に声がかき消されないように、少し大きな声で呼べば、ラースは大げさに驚いて振り返った。

「メーヴォ……何だ、驚かせんなよ」

「お前でも驚く事があるのか」

「俺の硝子のハートは大事に扱ってくれよ」

 随分分厚そうな硝子だな、と言ってやれば高そうだろう?と冗談の押収はいつまでも続いてしまう。

「話があって来た。今良いか?」

「おお。何だ?次のお宝の話か?」

「気が早いな。しばらく此処で羽休めするものだと思ってたぞ」

 陸の時間はつまらないが、陸でなければ出来ない検証実験や作業もある。波に揺れる甲板も恋しいが、今は揺れない土の上でしか出来ない作業もしたい。

「今後の活動についてと言う点では間違ってない。まずは、コレだ」

 言って僕はコートの内ポケットから大振りのダイヤを一つ取り出してラースの眼前に差し出した。

「はっ?えっ、なにコレ!すっげぇ!でっけぇダイヤじゃねぇか!そうだよな?どうしたんだコレ」

 想像以上の反応を返されて押されかけたが、掴みとしては悪くない。

「人工ダイヤだ」

 そう答えを出してやっても、ラースの驚きの顔は困惑が混じって変わらなかった。それもそうか。

「人工?これ偽物なのか?」

「天然物ではないだけで、正真正銘のダイヤだ」

「どう言う事なの……?」

 ダイヤモンドはその構成物質が炭素のみで構成されている。炭素を人工的に高温高圧で圧縮すればダイヤモンドが出来上がるのではないか、と言う仮説は昔からあったが、今のところ前人未踏の地である。

 しかし、蝕の民の技術書の中に、それを可能とさせる術が記載されていた。

「マジでか……」

「で、闇の魔法と炎の魔法が得意なジョンとその部下に協力してもらって、何度か実験をしていたんだ」

 手近に入手出来る炭素と言えば石炭だったりするが、石炭を実験に使うほどヴィカーリオも自分の懐も暖かくはない。では炭素を何処から調達するか、と言う時に、ジョンの虎鯨の実験の話が上がった。

「つまり?」

「つまり、虎鯨の骨を使って実験したんだ」

 巨大な虎鯨の骨は巨大な炭素の塊だ。もちろん不純物が交ざる事も念頭に、虎鯨の骨からダイヤを作る実験を繰り返した。

「それがコレ?」

「そう言う事だ。ただし、僕が欲しいダイヤとは違う」

 またメーヴォの難しい話が長引くな、と言う渋顔をされたが、もう少し話に付き合ってくれ。しっかり話を通さないといけないんだ。

「その人工ダイヤは、天然物が持つような宝石の魔力が乏しいんだ。僕が欲しいのは、天然物に匹敵する、魔力を帯びた人工ダイヤだ」

 天然物の宝石は生成の過程で蓄積した、その土地の天然魔力を帯びているものだが、虎鯨の骨ダイヤはほとんど魔力を帯びていない。それでは魔石や魔力を増幅する石の代用として使えない。虎鯨も頭のいい哺乳類魚種に分類されるが、魔法を使用するような高度な知恵も無く、体内に魔力を循環する器官も持ち合わせていない。元々の炭素に魔力が宿っていればいいのでは、と言う考え行き着いたのは程なくだった。

「で?」

「鯨の骨でダメだった訳だから、次にやる実験が何かくらい、想像に難くないだろう?」

「……虎鯨狩ってって頃だよな、それ。もしかして」

「その、もしかして、だ」

「あの捕虜、無駄無く使っちゃったって事か!」

 ご名答!言って僕は別の内ポケットから、小降りのダイヤを数個取り出した。微かに青みがかった人工ダイヤだ。

「なんだコレ、すげぇ……青いダイヤとかマジかよ」

「人間の骨を使えば、元々その人間が持っていた魔力を少なからず宿した人工ダイヤが出来上がると言う仮説を立てた。コールが血を吸い尽くして、マルトとジョンに解体してもらった人骨でダイヤを作った。人骨になら魔力が蓄積されているんじゃないかって仮説は、見事証明されたってわけさ」

 そうして作られた人工ダイヤは、既にコールの持つ黄金銃に搭載されている。

「まさに悪魔の所行だな」

「悪魔も恐れを成す、ヴィカーリオ海賊団だろう?」

 違いねぇや、と笑うラースの目の奥に、金儲けと虐殺への期待が黒い炎となって燃え上がっていた。

 鯨の骨でダイヤを作って売り捌き、商船を襲った人間たちは骨まで無駄無く解体してダイヤにする。強力な武器や便利な道具で団の強化を図れる。

「まさに錬金術たぁこの事だな!」

「それで、一つ相談があるんだが」

 ラースの抱える心の闇に、僕は一歩踏み込む。土足で、慇懃無礼に。

「エリーの遺骨がこの島にあるんだよな。それで、お前の新しい武器に使うダイヤを生成したい」

 その土足の一歩で、ラースの闇がどう動くのか。

「え?」

「エリーの遺骨でダイヤを作る。そしてお前の武器に使う。分かったか?」

「は?マジで?」

 踏み込んだ一歩が、ドロリと飲み込まれた。

「マジでそんな事出来んの?」

「……お前は何を聞いていたんだ?たった今、懇切丁寧に説明したばかりじゃないか」

「いや、聞いてた聞いてた!聞いてたけど、本当に出来るのか?エリーの骨で、ダイヤを作って、それで、俺の武器を作るとか」

「出来る算段がなければ、こんな事冗談でも口にしない」

 そりゃそうだなよ、と呟いたラースの顔が、次第に暗い笑みへと変わっていく。

「……マジで、少しも残らず手元にエリーを置いておけるって事だよな?」

 勿論だとも、と即答してやれば、ラースは華が咲くように笑った。

「もう、エリーを暗い床の中に置いて行かなくて良いんだよな?そう言うことだよな?頭骸だけじゃなくて、体の骨を全部ダイヤにして、一緒に行けるって事だよな?俺な、本当はエリーの骨を全部持って海に出たかったんだ。だって嵩張るだろ?でも、ダイヤになれば、俺の新しい武器になれば、いつでも一緒に居られるって事だよな?夢が叶うって事だよな!」

 目をキラキラと輝かせて、ラースが僕の手を取る。キラキラ輝く瞳は、まるで暗い沼の表面のようで、その先は濁って底が見えない。ああ、何て心地良さそうな闇。

「お前、そんな夢を持ってたのか」

「俺はエリーとひとときだって離れたくなかったんだぜ?」

「なら、願ったり叶ったりだな。絶対に武器作りを成功させるよ」

「あぁー!メーヴォ!愛してるぜ!」

 ぶわっと腕が広げられたと思ったら、ラースに抱きしめられていた。苦しい。

「やめろ、胸焼けしそうだ」

 あと苦しい。バシバシ背中を叩くな痛い。

 無理矢理ラースを引きはがして、こっそりポケットから盗られたダイヤを返してもらい(代わりに使い物にならない虎鯨ダイヤをくれてやった)、僕は改めてラースにエリーの墓の場所を聞いた。

「教会の十字架の下だ」

 随分大きな墓だな、と言ってやれば、直接土に入れて朽ちてしまっては意味がないから、箱に入れて地下に安置していたと言う。それならば保存状態は良さそうだ、と幾つかあった不安の一抹を拭う。

 ラースと一緒に教会を訪れ、隠し収納から取り出された質素なチェストから出て来たのは、真っ白に輝く人骨だった。大き目の骨が綺麗に残っている。

「綺麗な骨だ。状態も良い」

 その時の僕の眼は、きっとラースと似た目をしていたに違いない。嬉しそうにチェストを渡してくれたラースが、期待を篭めた声色でへへ、と笑った。

「よろしく頼んだぜ、相棒」

「世界で一つだけの、お前のための武器を作るからな」



 ヴィカーリオ海賊団のアジトのある島では、基本的に無駄を省く。必要最低限の居住区しかないので、家族の居る船乗りたちは家へ帰るが、一部の独身船乗りはアジトでも寝泊りは基本船の中だ。奴隷上がりの船員たちの一部は、同じく奴隷だった女たちと結婚していて、出航に際して残して行けるものは子種くらいのものだったワケだから、既婚者たちは殆どが子持ちで、その最年長は五歳だ。一年振りの再会で、みな一様に羽根を伸ばした。

 寝泊りは船で問題なかったが、折角陸に上がったのだから静かに実験出来る場所が欲しいと進言し、診療所の一室を借りる事にした。マルトには申し訳なかったが、薬屋は酒場に臨時移転して貰った。クラーガ隊の面々と昼間は診療所に篭り、技術書の検証実験に励んだ。

 陸に上がって三日目。ラースが早々に陸での生活に飽きて船を出そうと船員たちに言い回っているが、皆家族と農地の世話をしたり、子供の相手をしていたりで聞く耳を持たない。その内小さな子供たちを連れ立って、新生ヴィカーリオ海賊団だ、と言って駆け回っていたから、もう暫くは陸での生活が続けられそうだ。

 朝昼晩の飯時には、集落の女たちとジョンが毎食のように腕を振るってくれた。マルトの作る飲み薬や禁煙用のハーブの飴を求める人だかりも、五日頃まで続いていた。

 陸での生活が一週間を過ぎた頃。エリーの遺骨を使ったダイヤモンドの生成に入った。専用に設えた装置に砕いた遺骨から抽出した炭素を入れて魔法の力を掛けていく。炎の魔法で高温にし、同時に闇の魔法で重力場を作り出して超高圧を掛けて結晶化を図る。その実験の様相を一目見ようと、火入れのタイミングには集落中の人間が診療所の周辺に集まっていた。結晶の精製までには時間を掛ければ掛けるだけ良い結果が出る。ラースには長い間のマテをさせる事になるが、果報は寝て待てだ。

 農作業をする者たちに、採って来た魚たちを加工する者たち。採れたトウモロコシを商船に運ぶ者、集落の全員が何かしらの仕事に従事している。それは全て自分たちのための仕事であり、仕事をした後は皆一様に休息を取っていた。

 時々、彼らの仕事に寄り添うように、二人きりの音楽団が音楽を奏でていた。せっせと働く人々の横で、テンポの良い音楽と歌が流れ始めると、皆口々に歌を口ずさみながら手を動かした。休息の頃には、柔らかな音色が程よい睡魔を呼び寄せてくる。

 ダイヤの生成に入って後は待つだけになってしまった僕は、新たな技術書の解読と共に、洞窟港内にある一室の調査を任されていた。

「俺も此処を見つけた時に一度開けたっきりでね。何だか妙な物ばっかり転がってて、どう手を着けていいか分からず仕舞いでね」

 上り階段の裏側にひっそりと隠されていた地下への階段の先に、その一室はあった。岩盤が風化して埃となって降り積もっていたが、中にある物はそう簡単に朽ちるような物ではなかった。何しろ蝕の民の遺物なのだから。

「此処はきっとお前さんの担当だ」

 ジェイソン船長とラースに揃って厄介事を押し付けられた感は拭えなかったが、お掃除隊の異名を発揮する時が来たと、クラーガ隊が息を巻いて居たので、僕もその勢いに乗る事にした。

 掃除用に軽装になり、口元にマスク代わりの布を当てて、床に散乱した物を港の一角に運び出す作業と、埃を落として遺物を改める作業を続けた。そんな中、音楽隊の二人の歌声がエリザベート号の甲板から港の仲に響き渡った。

「テンポが良くて、ノれる曲ですね」

 クラーガ隊の砲撃手副隊長カルムがその長い耳をユラユラさせながら、音楽隊に合わせて唄を口ずさんだ。

 港の中と地下室に響く音楽は反響して、どれが誰の声か分からなくなる程だった。そんな音の中、僕も自然と歌を口ずさんでいた。音程が外れるから、と歌えなかった歌を口にしながら、僕は掃除に没頭した。


 ある夜、酒場の円卓を囲んで、ヴィカーリオ海賊団の主要メンツが一堂に会していた。今後の方針について話をしたいと、ラースが皆を集めたのだ。早速口を開いたのはレヴだ。

「情報屋たちからの話ですが、ゴーンブール海軍の発行している賞金首の情報が更新されたとか。あと、銀狼海賊団が解散したそうです」

 獣人のみで構成されると言う中規模海賊の銀狼海賊団は、人外のタフさを生かして難攻不落と言われた数々の迷宮や遺跡を制覇して来た腕利きたちの集まりで、海賊と言うよりはトレジャーハンターたちに近い集団だ。それなりの腕利きたちが突然の解散と言う事か。

「なんやて?マジか!ピエール船長はどうしたん?」

 そして、ジョンはかつて海を渡るために銀狼海賊団に身を寄せていた時期があると言うのは聞いていた。

「大きな嵐で船が半壊して、船長は行方不明だそうです」

 なんちゅうこっちゃ……と渋い顔をしたジョンだったが、一つ深く息を吐くと、その顔は平素の顔に戻っていた。

「……あの船長が早々に死ぬようなタマとちゃうで。またどっかで合う事になる気がしよるわ」

 流石の芯の強さだなと感心しつつ、ちらりとラースが僕に視線を投げている事に気が付いた。つまり、地下室の進捗を気にしているのだろう。そろそろ子供たちとの海賊ごっこも飽きが来ているはずだ。

「……で、後は僕のところなんだが」

 二日間みっちり掃除をして発掘したのは数冊の手記と幾つかの機械類。手記はかつて此処を拠点としたある集団のメンバーが書き記した物だった。それはどうやら例の珊瑚諸島で見つけた航海日誌の書き手と同一人物のように思えた。

「コイツが興味深い内容で、もしかしたら例の十二星座武器に繋がる記述があるかもしれないと、今解読をしているところだ」

「本当ですか?凄いじゃないですか」

 ちなみに機械類のいくつかは技術書の図解に似たものを選別して修理、及び解体予定を立てている。

「僕の方でも蝕の民について情報を集めていますが、やっぱり随分古い事みたいで、中々有力な情報が集まらないんです」

「レヴ、どんな些細な情報でも、真意がハッキリしないものでもいいから、蝕の民についての情報は僕に回してくれないか?」

 その真意を見定められる有力な証言者がいる、と左耳を指してやれば、鉄鳥がチカチカと誇らしげに点滅した。

「よぉし、じゃあメーヴォは早急にその手記の解読をしてもらうとして……ルイーサ、船の修理は後どんなもんだ?」

「はい、船の修繕はほぼ完了しています。あとは帆の修繕が少し。裁縫組がコールさんの衣装が終わったからと手伝ってくれてますんで、数日中……いえ、あと二日あれば完璧に」

「良い仕事ぶりだな」

 にやりと笑ったラースに、ルイーサがその大きな体を縮めて照れて見せた。巨人族はシャイな人が多いのだろうか。ウチの二人が珍しいだけか。

「エトワール、ジェイソン船長の出航予定は何時だって行ってたっけ?」

「カークマン氏なら、明日の昼頃に発つと行ってました。トウモロコシの収穫が終わったのと、我々が持ち帰った貴金属の売り渡し先が決まったとかで」

「ふぅん。そうすっと帰ってくるのは二十日くらい先だな」

「今は特に資金難を抱えている訳では無いので、また暫くは別行動、使役便によるやり取りで問題ないでしょう」

 だよな、と確認を取ったラースが再び僕に視線を戻す。

「メーヴォ、例のダイヤは後どれくらいかかるんだ?」

「アレが出来まで此処での生活をするとお前が干からびそうだからな。大丈夫、もうアレは安定したから、船に移動させて航海しながら待てる状態だ。コッチはいつでも出航出来る」

 あと正直な話、地下室の施設が何なのかを解析したり、残されている書物や手記を全て解読するとなると、僕は次の航海に出て行けなくなりそうだった。

「あれは此処に立ち寄った時の宿題にするよ」

 肩をすくめてやれば、ラースが不思議そうな顔で笑った。

「そっか、また此処に帰って来る気になってるワケか」

「此処は僕らヴィカーリオ海賊団のアジトだ……違うか?」

「違いないねぇ」

 クックと笑ったラースが、テーブルの上に海図を広げた。皆の視線が海図に集まる。その眼は一様に飢えを抱えていた。

 ある者は仲間の為に調理する食材を求め、ある者は未知の薬を手にしたいと望み、またある者は自分を試す試練を求めるように地図を見る。

 ある者は失った希望を取り戻すため、ある者はまだ見ぬ海を求め、ある者は主の力となる為にまだ見ぬ冒険の日々を海図に夢見る。

 ある者は手に入れた安寧をより強固にする為に。ある者は野望を抱き、ある者は世界の未知を求めて、大海の波間を海図に幻視する。

 

「さあ、次のお宝は何処に探しに行く?」


海賊寓話第一章、終幕

20141211・初稿

20151114・改稿

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