ぶつかり合う想い
教室に着くと、そこにはもうほとんどの生徒が居て、友達との他愛のない話に花を咲かせていた。
「おはよーっす!っておい!暗いなー。もっと元気に行こうぜっ!」
やたらハイテンションなこいつ。不覚にも俺の友達。この学校でただ1人の俺の友達。
名前は楠 青葉。赤みがかった茶色は地毛らしい。ツンツン頭のそいつの手には、いつでも野球ボールが握られていた。別に野球部でもないのにいつも持っている。
「・・・はよ。」
「・・・お前まじでどうしたんだよ?今日はいつにもまして元気なくねぇーか?」
ふと俺の顔の下からのぞきこむ青葉。脳裏に浮かぶさっきまでの様子ー・・・
―――――――――――――――ガタンッ――――――――――――――――
「そんなに話がしたかったら他の奴と話してればいいだろ!!俺に付きまとうなよ!」
教室中に響き渡るくらいの大きな声で、俺は叫んだ。案の定、今までざわついていた教室は一瞬にして静寂の間と化した。
「・・・・・・いきなりなに?大きな声出さないでよ。」
「何?ついに頭イっちゃったわけ?」
沈黙の後、徐々に聞こえてくる俺への冷たい言葉。
「ていうか言いすぎー。青葉かわいそうじゃん。」
「いやっ!確かに俺も朝からしつこく話しかけてうるさかっただろうし・・・。ごめんなっ?」
「楠は謝んなくていいだろ。おまえはほんっと優しいんだよなー。」
「そうそう。こんな誰も話したがらないやつに毎日話しかけて・・・。」
「青葉は悪くないよー。てかうるさいのはあんただっつーの!」
「・・・・・・・・・。」
俺の耳には誰の言葉も入ってこなかった。耳が、頭が、脳が・・・。全身が奴らの冷たい言葉を聞くことを拒絶していた。
ガンッ!!
俺の止まったままだった細胞が、本来の仕事を思い出したかのように動き始める。
「聞いてんのかよ!」
机を思いっきり蹴った男子生徒が俺に攻撃してくる。
「悪いのはお前!全部お前のせい!!」
「青葉謝れよっ!」
「ついでにお礼も言っとけばぁー?いつもこんなダメ人間に話しかけてくれてありがとうございますって!」
「あははっ!それいいねー。サイコー!!」
「ほらほら、ダメ人間さん?青葉にお礼、言っといた方がいいんじゃない?こんな優しいクラスメイトの提案、受けないわけにはいかないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
女子の提案にか、それとも未だに一言も言葉を発しない俺に対してか、教室は笑いの渦に飲み込まれる。
その笑いの渦を打ち破ったのは案の定、青葉だった。
「おまえらいい加減やりすぎだぞ。もうやめろよ。」
その青葉の一言で、クラス中の視線が青葉に向いた。
「ほら、そろそろ先生来るぞ。怒られるのは御免だよ。お前らだってそうだろ?」
「・・・・・・まぁ、確かに説教とかだるいよねー・・・。」
「だろ?んじゃまぁ、とりあえず席着こうぜ。」
クラスメイトたちが渋々自分の席に着き始める。
俺も荷物を片付けようとし、席を立ったその時-・・・
「青葉に助けられたな。でも次があることお忘れなく・・・。」
擦れ違い際につぶやかれたその言葉は俺の耳に、入り、しっかりと脳で理解してしまった。
やっといつも通りに動き始めた俺の細胞は、またもや止まりそうになる。体中に悪寒が走り、まるで真冬に海に放り込まれたような冷たく、暗い感情が、耳からどんどん俺の体内へと流しこまれていく。
「秋斗ー!早く席着けよ!!」
遠くで、俺を呼ぶ青葉の声。動けないままの俺は自分の席まで行くことも、青葉の言葉に応えることも出来ないでいた。そんな俺を不思議がってか、青葉は俺のところまで来ると肩をたたき、
「大丈夫か?あいつらのことはあんま気にすんなー・・・って言っても無理かも知れないけど・・・
って顔色悪いぞ?」
「ご、ごめん。ちょっと保健室行ってくるな・・・。」
「あぁ、そうした方がいいな。顔色、尋常じゃないぞ?先生には俺から言っとくから。」
「ありがとな。」
教室という籠の中から脱出した俺はふらつきながらも保健室へ向かった。
――――――――――――――――――ガラガラッ―――――――――――――――――――
「失礼します・・・。」
保健室にやっとの思いでたどりついた時には俺は精神的にぼろぼろだった。
「あらっ?お客さん?」
保健医の先生は机から顔をあげ俺の方を向いた。
「あらあら。今日は2人揃って・・・。どうしたの?」
2人揃っての意味をなんとなく理解した俺は、嫌な予感がしながらも先生の問いに答えた。
「えっと、なんか気分悪くて・・・。寝ててもいいですか?」
「確かに顔色悪いわね。熱は?」
「ないと思います。」
「そう。じゃぁ、一応熱計ってみてね。今はなくても、後で出るかもしれないから。」
そういって手渡された体温計を受け取り、ベッドに腰掛ける。
「隣のベット、寝てるから静かにね。」
「はい・・・。」
なるべく物音をたてないように気を付けていると、不意に先生が大きな声で言った。
「っ!忘れてた!教職員会議じゃない!!って、もうこんな時間!?ごめんなさい木下さん!先生いないけど大丈夫よね?しっかり寝ててね!!」
「は―――――――」
俺が返事をするより先に、先生は保健室を出て廊下を走り去って行った。
(静かにって言ったのはどっちだよ・・・。)
ちょうどその時、体温計が自分の役目を終えた合図を出した。
(36度6分。熱はないな。)
俺が自分の体温を確認し終わった時、隣のベッドから聞き覚えのある声。
「熱あった?」
「いや、ないよ。36度6分だから。」
「よかったぁ~」
心の底から安堵する声。その声におそらく偽りはないだろう。相手を確認せずに答えてしまったが・・・。そぉーっと隣のベッドを覗く。
そこには、やや茶色く、腰辺りまである髪。くりくりっとした目。細く白い体ー・・・。
正真正銘、俺の双子の妹がいた。
「やっぱりか・・・」
深いため息をつく。
「なんでお前が居るんだよ・・・。」
「私、熱出ちゃった。」
無邪気に笑う紅葉の頬は、確かに少し赤く染まっていた。
「なっ!ほんとかよ!どんくらいあるんだ?大丈夫か――――――・・・」
そこで正気になる俺。急に恥ずかしさがこみあげてくる。体の上に太陽が落ちてきたと思うほど、全身が熱くなる。
「そこまで高くないから大丈夫だよ?お兄ちゃんの方こそ大丈夫?顔真っ赤だよ?」
俺の顔を見ながらくすくす笑う紅葉。
その無邪気な笑顔、透きとおるような声が愛しくてたまらなかった。でも、俺には紅葉を幸せにすることなんてできっこないから・・・。
急に黙りこんだ俺を、下から紅葉がのぞきこむ。またもや脳裏に朝の光景が浮かんでくる。俺はまた怖くなってわざとらしく話題を変える。
「そういえばなんでお前は熱出たんだよ。」
我ながら普通すぎる質問。しかもうまく話題を変えられず、また元に戻る。
「私は、朝―――――っていうかさっき?登校してくるときに、雪に打たれて・・・」
(また朝の話かよ・・・)
さすがにこのタイミングで話題を変えるのは不自然すぎるので、仕方なく話す。・・・ん?待てよ?
「お前傘は?持ってたじゃんか。」
「だってあの傘はお兄ちゃんが持ってちゃったじゃない。」
少し怒ったように言う紅葉。
「あれは俺の傘だろ?お前自分の傘はどうしたのかって聞いてんだよ。」
突然黙り込む紅葉。
(・・・?)
「だ、だ、だって・・・。」
熱が上がったためか、顔がさっきよりも赤くなっている。
「だって・・・何?」
「だって、だってね?私、お兄ちゃんと一緒に行くつもりで・・・。」
「あぁ・・・。なんか一緒に行こうとか言ってたな・・・。」
(まぁ、無視したけど。)
「一緒に行くつもりで・・・!傘を・・・ね・・・?」
「傘を・・・?」
「傘を、1本しか持ってこなかったの!!」
って、そんだけかよ・・・。てかそれで熱出るとか・・・。ほんと馬鹿だよな。自然と顔がにやける。
「でも、お兄ちゃんにとってはただの迷惑でしかなかったけど・・・。」
しょぼんとした紅葉にまた愛しさを感じる。
(ほんっと、馬鹿でドジでうるさいけど・・・。)
俺は紅葉の頭をなでようと手を伸ばすがー・・・
そこで気が付く。自分は好きでいることしか許されないのだと。ただ想うこと以外は許されていないのだと。
紅葉を幸せにすることは出来ない―――――――――・・・想い意外は許されないのだ―――――――――――・・・
誰に禁止されたわけでも、誰に決められたわけでもない。この頑な感情はほかでもない自分が植え込んだものなのだ。紅葉への愛情よりもっと深く埋め込まれたその想いは簡単には消えない。
でも、だからと言って紅葉への愛情も簡単に消すことはできないでいた。
―――――――――――――――いつの間にか俺自身の中にあった紅葉への想い
―――――――――――――――その想いに気づいたことによって自分で無理やり作り上げた悲しい感情
この2つが俺の中で確実に大きくなっていた。
『想い』の狭間で俺はどうすることも出来ないでいた―――――・・・
どれくらい1人で考えていたのだろう・・・。
先生はまだ職員会議から帰ってきていないものの、紅葉はいつの間にかぐっすり眠ってしまっていた。俺の隣で無防備にねる紅葉ー・・・。このまま見ていたら俺は自分の感情を抑えられなくなってしまう・・・。
「ん・・・。お・・・にい・・・ちゃ・・・・・・ん」
寝言で俺を呼ぶ。
でも・・・。
違うんだよ、紅葉・・・。
俺はお兄ちゃんなんかじゃない。『秋斗』という1人の人間なんだ。おまえが好きで好きでたまらない、
ただのちっぽけな人間なんだ・・・。
紅葉。俺の名前を呼んでくれよ。『秋斗』って・・・。ちゃんと呼んでくれよ・・・。
おれは、おまえのこと、
妹なんて1度も思ったことないよ――――――――――――――――――――――――・・・・・・




