第90話 お前何者か
「お、美沙ちゃんたち、新しい動画出してるで!」
「え?どこどこ?」ハナルが覗き込む。
カガミがスマホをテーブルの上に置き、全員で画面を囲む。Xのタイムラインに映し出されたのは、エルフィンの公式アカウントからの投稿だった。『初めてのチームリハーサルVlog!メンバーの素顔をお届けします #エルフィン #バンド女子 #リハーサル』——動画のサムネイルには、笑顔でピースサインをする美沙、真由美の緊張した表情、茉莉奈の元気な笑顔、野美の控えめな微笑み、花火のクールな横顔が写っている。
「わあ、見たい見たい!」ハナルが目を輝かせる。
カガミが再生ボタンを押す。軽快なBGMと共に、エルフィンの練習風景が映し出される。最初は美沙の挨拶。『みなさん、こんにちは!エルフィンです!今日は初めてのVlog撮影に挑戦してみました!』次に茉莉奈が飛び込んできて、『よろしゅう!』と関西弁で叫ぶ。真由美はバイオリンを抱えて、おずおずと「こんにちは」と挨拶する。野美はドラムスティックを回しながら笑い、花火はギターを構えて一言「よろしく」とだけ言って、すぐに演奏を始める。
動画には、練習中のカットもたくさん入っている。曲の合わせ方がまだ荒削りだったり、美沙が歌詞を間違えたり、茉莉奈がベースの弦を張り替えようとして失敗したり——完璧ではない。でも、すごく楽しそうだった。
「いいなあ。」アコが小さな声で言う。「楽しそうや。」
「うん。」ヒデミもうなずく。「まだまだやけど、あの雰囲気は大事や。」
「そ、そうですね。」ハナルも嬉しそうに笑う。「私たちも、最初はあんな感じでしたね。」
「そうやな。」カガミがうなずく。「初心を思い出させてくれるわ。」
カガミはすぐにFAの公式アカウントでリポストし、コメントを付けた。『Elfinの初Vlog!めっちゃいい雰囲気!これからが楽しみや!応援してるで!』
すぐに美沙から返信が来た。『ありがとうございます!FAさんにそう言ってもらえて、すごく嬉しいです!』
それからしばらくして、キリカがスマホを手に取った。何気なくエルフィンの投稿のコメント欄をスクロールしている。最初は応援のコメントばかりだった。『楽しそう!』『これからが楽しみ!』『美沙ちゃん可愛い!』『真由美ちゃんバイオリン上手い!』——しかし、途中でキリカの指が止まった。
「……何やこれ。」
「どうしたん?」カガミが顔を上げる。
キリカは無言でスマホを差し出した。カガミが受け取って画面を見る。そこには、英語で書かれたコメントがあった。
『Another high school girl band playing pretend. Cute, but cute doesn't make music. Come back when you've actually learned your instruments.』
(訳:またかよ、高校生の女の子バンドのごっこ遊び。可愛いけど、可愛いだけじゃ音楽にはならない。楽器をちゃんと覚えてから出直してこい。)
さらにその下には、FAにも向けたような追い打ちのコメントもあった。
『And that 'Fortissimo Arena' or whatever—same thing. Just kids playing dress-up.』
(訳:あの「フォルティシモ・アリーナ」とかいうバンドも同じ。子供がごっこ遊びしてるだけだ。)
「はあ!?」カガミの声が怒りに震える。「誰やねん、これ!」
「何て書いてあるん?」ハナルが恐る恐る聞く。
カガミがざっくりと訳すと、ハナルは息を呑んだ。アコは眉をひそめ、セイナは唇を噛みしめた。ヒデミはだるそうに「ふうん」とだけ言ったが、その目は少しだけ鋭くなっていた。
「こんなん、無視しとけばええ。」キリカが言う。「相手にするだけ無駄や。」
「でも——」カガミが食い下がる。「美沙ちゃんたち、こんなコメント見たら、傷つくやろ。」
「傷つくのは、本人たちや。」キリカは冷静だ。「それに、あんたが何か言うたら、余計に燃えるだけや。」
「そうかもしれへんけど……」
「キリカさんの言う通りです。」セイナも口を挟む。「今は、見なかったことにしておいたほうが——」
「無理や。」
キリカが立ち上がった。その声には、さっきまでの冷静さが消えていた。代わりに、怒りがにじんでいる。
「お前らはそれでええかもしれへん。でも、私は、あかん。」
「キリカ——」
「『ごっこ遊び』やて。『着せ替え』やて。そんなこと、言われて黙ってられるか。」
キリカはスマホを手に取り、自分のカメラを起動した。録画ボタンを押す。
「お前、何する気や。」ヒデミが眉をひそめる。
「わからん。とりあえず、言いたいこと言う。」
キリカはスマホを固定し、自分が映る位置に立った。画面の中の彼女は、いつもの無表情とは違う。目が、ギラギラと輝いている。
「よし、撮るで。」
彼女は深呼吸を一つして、話し始めた。
「どうも。FAのドラマー、COLAです。」
その声は、低くて、それでいてはっきりとしていた。
「さっき、エルフィンのVlogに、あるコメントが来ました。『高校生の女の子バンドのごっこ遊び』『可愛いだけじゃ音楽にならない』『楽器をちゃんと覚えてから出直せ』——こんなこと、言われて、黙ってられると思う?」
画面の中のキリカは、一歩前に出た。
「言わせてもらいます。私たちは、『ごっこ遊び』をやってるんやない。本気で音楽に向き合ってる。技術が未熟でも、それでも伝えたいものがあるから、やってる。それが、何が悪い。」
キリカの声が、少しだけ大きくなる。
「あんたは、『高校生』っていうだけで、全部を否定した。でも、高校生だからこそできることがある。高校生だからこそ届くものがある。それを、否定する権利なんて、あんたにはあらへん。」
彼女はカメラをまっすぐに見つめた。
「もし、あんたが本物の音楽ってものを語りたいなら、まずはあんたの音楽を聴かせてみい。自分が何も出してへんくせに、他人のことを批判するのは、一番カッコ悪いで。以上。」
キリカは録画を止めて、スマホを置いた。
練習室は、しばらく静まり返っていた。誰も何も言えない。ただ、キリカの言葉が、部屋の中に残っている。
「……どうや。」キリカが振り返る。
カガミが口を開けたまま、固まっている。ハナルは目を丸くしている。セイナは何か言おうとして、やめた。アコは小さく笑った。
「……かっこよかったよ。」
「そうやな。」ヒデミがだるそうに言う。「あんたがそんなに熱くなるとは、思わんかったわ。」
「うるさい。」
キリカはそっけなく言ったが、その耳は少しだけ赤くなっていた。
「これ、投稿するん?」カガミが聞く。
「うん。」キリカはうなずいた。「言いたいことは言うた。後は、相手がどう出るかや。」
「もし、また何か言われたら?」
「その時は、また言い返す。」
キリカの言葉には、迷いがなかった。カガミはそれを聞いて、にっこり笑った。
「それが、オレたちのドラマーや。」
「……別に。ただ、言いたかっただけや。」
キリカはスマホを手に取り、録画した動画をFAの公式アカウントでポストした。タイトルは『COLAから一言。』。キャプションは『これが私たちの答えです。』。
投稿してから、数分で反応が来た。最初にコメントをくれたのは、美沙だった。
『COLAさん……ありがとうございます。涙が出ました。私たち、もっと頑張ります。』
茉莉奈もすぐに続いた。『FAの先輩たち、めっちゃかっこいい!私もこんな風に言えるようになりたい!』
花火は短く、『感謝しています。』——それだけだった。野美も『勇気をもらいました。ありがとうございます。』と。真由美は『キリカ姉ちゃん、かっこいい!』と、スタンプをたくさん送ってきた。
そして、その日の深夜。あの英語のコメントのアカウントは、静かにアカウントを削除していた。
「あいつ、逃げたんや。」カガミが笑う。
「当たり前や。」キリカはだるそうに答えた。「言い返せんかったんやろ。」
「でも、これで終わりやないかもしれへん。」セイナが言う。「また別のアカウントで、同じようなこと言う人も出てくるかもしれへん。」
「その時は、その時や。」キリカはあくびをした。「何度でも言う。私たちは、ごっこ遊びやないって。」
その言葉に、誰も反論しなかった。
翌日、エルフィンの公式アカウントから新しい投稿があった。Vlogの続編。タイトルは『エルフィン、これからも頑張ります!』。サムネイルには、五人揃っての笑顔。真由美の目は少しだけ赤かったけど、それでもしっかりと前を向いていた。
その下には、エルフィンのコメントが添えてある。
『先輩方、いつもありがとうございます。私たち、これからも音楽を続けます。応援よろしくお願いします!』
それを見たキリカは、小さく笑った。
「……よかったな。」
「うん。」カガミもうなずく。
その夜、キリカは自分の部屋で、さっきの動画を何度も見返していた。恥ずかしい。でも、後悔はしていない。
「……まあ、ええか。」
スマホを置いて、目を閉じた。明日も、また練習だ。
(From Dandy:
Stressed out like a donkey)




