第74話 しっかり持って、落とさないでね
CDが完売した知らせが届いたのは、名古屋遠征から三日後のことだった。カガミがスマホを手に飛び跳ねながら、グループチャットに叫んだ。『売り切れた!百枚、全部売り切れた!!』
瞬く間に返信が返ってくる。キリカからは『早すぎやろ』、ハナルからは『え、ほ、ほんとですか!?』、セイナからは『追加でプレスしますか?』、アコからは『おめでとう』、ヒデミからは『ふーん』。カガミはその言葉を何度も読み返して、にやにやが止まらなかった。
その日のうちに、カガミは追加で二百枚を発注した。CDショップからも「追加分入り次第、また置かせてほしい」と連絡があった。SNSでの反響も大きく、『CDもう買えないの?』『FAのCD、手に入れた人いる?』『追加プレスお願いします!』という声が絶えない。カガミはそれを見て、もっと作らなきゃと思った。でも、同時に何か別のこともしたいと思った。
それはもう決まっていた。ライブの収益とCDの売り上げで、少しだけお金が入った。全員で分けてもいい。でもそれじゃつまらない。せっかくなら、みんなが喜ぶものに使いたい。
カガミはこっそりと、一人ずつにプレゼントを用意した。ネットで調べたり、店を回ったり、時には知り合いの楽器店に相談したり。時間はかかった。でも、その分、喜ぶ顔が目に浮かんだ。
「よし、これで決まりや!」
買い集めた品々を自分の部屋に隠して、カガミはみんなに連絡を入れた。
『今週の土曜日、オレの家に集合な!ちょっとした用事があるねん。』
土曜日。午後一時。
岩橋家のリビングには、六人の姿があった。カガミがギターケースを開けて、中身を確認している。キリカはソファにだらりと寄りかかって、ハナルはセイナと一緒にクッキーの箱を開けている。アコはヒデミの隣にちょこんと座って、ヒデミは壁にもたれてスマホをいじっている。
「で、用事ってなんや?」キリカが聞いた。
「まあまあ、落ち着け。」カガミはにやにやしながら、自分のリュックに手を入れた。「みんなに、渡したいもんがあるねん。」
「なんやそれ?」
「これや。」
カガミが最初に取り出したのは、ふわふわの魔法の杖のようなものだった。見た目はぬいぐるみのようで、先端には星の飾り。でも、よく見るとそれはマイクだった。ハナルが息を呑む。
「こ、これ……マイク?」
「そう!ハナルちゃんのために、特注で作ってもらったんや!」
カガミはハナルの前に進み出て、そのマイクを差し出した。
「え、で、でも……こんなの、どこで……」
「ネットでな、オーダーメイドのマイク作ってくれるとこ見つけてん。音質もめっちゃいいらしいで。」
「わ、私……」
ハナルはマイクを受け取って、ぎゅっと抱きしめた。ふわふわで温かい。魔法の杖みたいで、でもちゃんとマイクの形をしている。彼女はそれを自分の胸に当てて、そっと息を吹きかけた。澄んだ音が、部屋に響く。
「めっちゃ綺麗な音やん!」カガミが目を輝かせる。
「そ、そうですね……ありがとうございます、カガミさん。」
「ええよ、ええよ。」
ハナルはもう一度マイクを抱きしめた。その顔は、子供がプレゼントをもらった時のようにはしゃいでいた。
「次、キリカちゃん。」
キリカは眉をひそめた。「なんや。」
カガミが取り出したのは、小さな箱だった。包装紙に包まれていて、リボンがかかっている。キリカはそれを受け取って、そっと開けた。中から出てきたのは、小さなプロジェクター。星空を映し出すという、天体の機械だった。
「……これ、星空プロジェクター?」
「そう!キリカちゃん、毎日寝る前に天井見つめてるやろ。何もない天井やと、つまらんかなって思って。」
「なんで知っとるん。」
「見とるから。」
キリカは少し間を置いて、箱を開けた。プロジェクターを取り出して、天井に向けてスイッチを入れる。青い光が、部屋中に広がる。無数の星が、壁や天井に浮かび上がった。
「わあ……」ハナルが声を漏らす。
「綺麗……」セイナもうなずく。
キリカはしばらくそれを見つめていた。それから、小さく笑った。
「……ありがとう。」
「ええよ、ええよ。」
カガミはそう言って、キリカの頭をポンと叩いた。
「次、セイナちゃん。」
セイナが前に出る。カガミが取り出したのは、大きな紙袋だった。中には、丁寧に畳まれた服。セイナはそれを取り出して、広げた。黒と白の鍵盤柄のワンピース。シンプルだけど、どこか上品で、彼女にぴったりだった。
「これ……」
「前にセイナちゃん、『こんな服欲しい』って言うてたやろ。ずっと探しててん。」
「覚えてたんですか……」
「当たり前や。」
セイナは服を抱きしめて、少しだけ目を潤ませた。彼女が自分のために何かを欲しいと言ったことなんて、ほとんどない。いつも我慢して、いつも周りに合わせて。でも、カガミは覚えていた。彼女が欲しいと言ったものを。
「ありがとうございます、カガミさん。」
「ええよ。似合うと思うわ。」
「着てみてもいいですか?」
「もちろん!」
セイナはその場で服を広げて、自分の体に当ててみる。鍵盤の柄が、彼女の清楚な雰囲気とよく合っていた。キリカが「似合ってる」と呟き、ハナルもうなずく。
「すごく綺麗です、セイナさん。」
「ありがとう。」
セイナは恥ずかしそうにうつむいたが、その口元は確かに上がっていた。
「次、アコちゃん!」
アコがキョトンとした顔で前に出る。カガミが取り出したのは、小さな化粧品のセット。高級ブランドの、見るからに上品な箱。アコはそれを見て、息を呑んだ。
「これ……!」
「前にアコちゃん、『これ、欲しい』って言うてたやろ。そしたら買うた。」
「いつ言ったか覚えてるの?」
「うん。三ヶ月前、Vladyでアフォガード食べてる時。」
アコは目を見開いた。そんな昔のこと、自分でもよく覚えていなかった。でもカガミは、忘れていなかった。彼女は箱を開けて、中身を確かめる。自分の好きな色のリップ、使い心地のいいファンデーション、それにアイシャドウのパレット。どれも、彼女が密かに欲しいと思っていたものだった。
「アコちゃん、どうしたん?なんか怖い顔してるで。」
「ち、違う……」
アコの声が、少し震えていた。
「ありがとう……」
「ええよ、ええよ。そんなに喜んでくれたら、オレも嬉しいわ。」
アコは突然、カガミを抱きしめた。強く、ぎゅっと。そのまま、カガミの頭を自分の胸に押し付ける。
「う、うわっ!」
カガミがもがく。アコの胸は柔らかくて、とても温かい。ちょっと息がしにくいけど、それがまた心地よかった。
「離してくれへん?」
「や。」
「アコちゃん?」
「もうちょっと。」
カガミは観念して、されるがままになっていた。他のメンバーはそれを見て、くすくすと笑っている。
「もうええか。」
「……うん。」
アコはゆっくりと腕を離した。その顔はほんのり赤くて、目は少し潤んでいた。
「ありがとう、カガミ。」
「どういたしまして。」
カガミは照れくさそうに頭をかいた。その手には、最後のプレゼントが残っていた。
「ヒデミちゃん。」
ヒデミはだるそうに前に出た。「何。」
「これ。」
カガミが差し出したのは、小さな箱。包装紙もリボンもない、ただの段ボール箱だった。
「なんや、これ。」
「開けてみ。」
ヒデミは箱を開けた。中には、知育玩具のようなもの。パズルみたいな形のブロックがいくつか入っている。
「……なんやこれ。」
「遊べるやつ。ヒデミちゃん、暇つぶしにいいかなって。」
「ふうん。」
ヒデミはブロックを一つ取り出して、てきとうに回している。その時、箱の中で何かがカラカラと音を立てた。彼女が箱を傾けると、底から細長い棒が滑り出た。木製で、つるつるとした手触り。定規のような形をしている。
「……これ、なんや。」ヒデミがカガミを見る。
「あ、それはな。」
カガミは声をひそめて、ヒデミの耳元に近づいた。
「アコちゃんが言うこと聞かへん時、これで叱ったる用。」
ヒデミは一瞬固まって、それからカガミを見た。
「……お前、なかなかやるな。」
「おう!」
ヒデミは定規をそっと箱に戻して、他の人には見えないように隠した。アコはそれに気づかず、まだ化粧品の箱を眺めている。
「何コソコソ話しとるん?」キリカが聞く。
「なんでもない。」ヒデミが即答する。
「怪しい。」
「気のせいや。」
キリカはまだ疑わしそうだったけど、それ以上は追及しなかった。
全員にプレゼントを渡し終えて、カガミは満足そうにうなずいた。
「よし、これでオレの mission、完了!」
「あんた、どこで金手に入れたん。」キリカが聞く。
「CDとライブの収益や。」
「それみんなで分けるんちゃうかったん?」
「ええねん。オレが勝手に使っただけやし。」
「それはあかんやろ。」
「でも、みんな喜んでくれたやろ?」
その時、マサルがリビングに顔を出した。
「おー、盛り上がっとるな。ケーキ、買うてきたで。」
「わあ!パパ、ありがとう!」
カガミが飛びつく。マサルは照れくさそうに頭をかいた。
「たまたま店の前通ったから入っただけや。」
「ほんまはちゃんと用意しとったんやろ?」ヨシコが後ろから顔を出す。
「違うわ!」
「はいはい。」
みんなで笑う。ケーキの箱を開けると、中にはカラフルなフルーツが乗ったホールケーキ。イチゴ、キウイ、オレンジ、それにチョコレートのプレートには『FAお疲れ様』の文字。
「わあ、すごい!」カガミが目を輝かせる。
「これ、お母さんが頼んだんか?」
「ううん。パパが一人でケーキ屋さん行って、『娘とその友達にあげたい』って真剣な顔で選んどったわ。」
「子供たちには言わないでって言っただろう。」マサルは自分の妻を軽く叩いた。
「照れなくていいのに。」
マサルはキッチンに逃げ込もうとした。カガミがその後ろに飛びつく。
「パパ、ありがとう!」
「う、うん。」
六人もそれぞれケーキを受け取って、一口ずつ食べる。イチゴが甘くて、生クリームがふわふわで、みんなの顔が自然と緩む。
「美味しいです、お父さん。」セイナが言う。
「お、おう。」
「マサルさん、ありがとうございます。」ハナルも小さな声で言う。
「いいえ、いいえ。」
マサルはそれだけ言って、キッチンへ消えていった。ヨシコがその後を追いながら、「照れ屋なんだから」と笑った。
ケーキが食べ終わる頃、ハナルは新しいマイクを手に取り、もう一度音を確かめていた。澄んだ声が、部屋中に広がる。
「いい音やな。」キリカが言う。
「はい。すごく綺麗です。」
「これで次のライブもバッチリやな。」
「そうですね。」
ハナルはマイクを抱きしめて、目を閉じた。このマイクで、また歌える。そう思うと、胸が高鳴った。
セイナは新しいワンピースを広げて、自分の前に置いていた。鍵盤の柄が、夕日に照らされてキラキラと輝いている。
「着てみれば?」アコが言う。
「え?今、ですか?」
「うん。せっかくやし。」
「で、でも……」
「ええやん。見せて見せて!」
カガミがはしゃぐ。セイナは仕方なく、着替えに部屋を出た。五分後、戻ってきた彼女は、まるで別人のように華やかだった。黒と白の鍵盤柄が、彼女の落ち着いた雰囲気をさらに引き立てている。
「似合ってる!」カガミが拍手する。
「綺麗です……」ハナルも目を丸くする。
「セイナさん、モデルみたい。」アコが言う。
「そ、そんなことないです……」
セイナは照れくさそうにうつむいたが、その口元は確かに上がっていた。キリカが「やっぱり買って正解やな」と呟き、ヒデミも小さくうなずいた。
その時、キリカが天井を見上げた。さっきまで星空を映していたプロジェクターが、まだ動いている。青い光が、部屋中に広がって、星たちがゆっくりと回っている。
「キリカさん、それ、毎日使いますか?」ハナルが聞く。
「……わからん。」
「でも、寝る前に見たら、ちょっとリラックスできるかも。」
「そうかもな。」
キリカはもう一度天井を見上げた。星が、また一つ増えた気がした。
カガミはみんなの様子を見て、満足そうにうなずいた。これで、何か返せた気がする。彼女たちがくれたものに比べたら、全然足りないけど。でも、少しは恩返しできたかもしれない。
「みんな。」
「ん?」五人の視線がカガミに集まる。
「これからも、よろしゅうな。」
(From Dandy:
Thank you all for your support. I hope you enjoy my story.)




