第51話 あなたと彼女
「ダメや!こんなパフォーマンス、最悪や!」ユキは激怒し、舞台袖で叫んだ。声は震え、拳はぎゅっと握りしめられている。
ステージでは、Ragging Bullのメンバーが演奏を終え、観客の拍手はまばらだった。SNSのライブ配信コメントも、FAの時ほどの熱狂はない。
唯は隣に立ち、ユキの腕をそっと触れた。「怒らんといて、ユキちゃん。」
「怒らんといて?」ユキが振り返る。その目は血走っていた。「なんで怒らんといかんのや!あいつら——あの偽物バンドのほうが、うちらのより受けるなんて、ありえへん!」
「ユキ、落ち着いて。技術だけが全てやないって、前にも言うたやん——」
「技術だけが全てやない?」ユキが唯の言葉を遮る。「それって、あいつらと同じこと言うとるんか!『技術がなくても気持ちが大事』とか、そんな綺麗事で音楽ができると思てんの?」
唯は何も言えなかった。
ユキはさらに激しく、振り返って自分のバンドメンバーに向かって叫んだ。「お前らも!なんでちゃんと練習せんかったんや!もっとちゃんと合わせられたやろ!お前らのせいや!」
ドラムの男性メンバーが口を開く。「ユキ、それは——」
「黙れ!お前なんか、ドラム叩く資格ないわ!」
ギタリストもベーシストもうつむく。誰も反論できない。
唯がもう一度、ユキの肩を掴んだ。「ユキ、そんなこと言ったらあかん。みんな頑張って——」
「あんたも黙れ!」ユキは唯の手を振り払った。「あんたがいつも『大丈夫、大丈夫』って言うから、こんなことになったんやろ!あんたのせいや!」
その時、舞台袖の陰から、アコがそっと近づいてきた。さっきまでFAの撤収を手伝っていたが、怒鳴り声が聞こえて気になったのだ。
「……ユキさん。」
ユキが鋭い目つきでアコを睨みつける。「何や。」
「あの、さっきの演奏、うち——」
「あんたに何が分かるんや!」ユキが一歩前に出た。「あんたが来てから、全てがおかしくなった!あんたみたいな——」
「ユキ!」唯が止めようとする。
「来るな!」ユキが叫ぶ。「あんたも、あんたも、みんな一緒や!あんな偽物バンドに負けるなんて、絶対に認めへん!」
その時、FAの他のメンバーも続々と集まってきた。カガミが先頭に立って、アコの隣に立つ。
「アコちゃん、大丈夫?」カガミが小声で聞く。アコはこくんとうなずいたが、顔色は青い。
キリカ、ハナル、セイナ、ヒデミも続く。
ハナルが一歩前に出て、震える声で言った。「ゆ、ユキさん。そ、そんなに怒らなくても……だ、誰も悪くなくて……」
「あんたも!」ユキがハナルを指さす。「どもるくせに、よくも平気で歌えるな!恥ずかしくないんか!」
ハナルの頬がピクッと動いた。それでも彼女は歯を食いしばって続けた。「わ、私たちは、楽しくやりたいだけで——」
「楽しい?音楽は遊びやない!」
その時、カガミが口を挟んだ。「ユキ、言い過ぎやで。ハナルちゃんは何も悪く——」
「あんたこそ!」ユキの標的がカガミに移る。「キャプテン気取りで、本当に自分が何かできると思とるんか?あの下手くそなギターで、よくリードを張れるな!」
カガミの眉が吊り上がる。「オレのギターが下手やと?あんたのほうが——」
「カガミさん!」セイナがカガミの腕を掴む。
しかしカガミの言葉はユキに届いていた。ユキの顔がさらに歪む。
「どうや?言いたいことがあるなら言ってみい!あんたのその程度の実力で、よくも——」
「もうええわ!」カガミが前に出ようとする。キリカがそれを制したが、カガミの体は半分前に出ていた。
「何や、その目は!お前らなんか、いつか必ず——」
「ユキ、やめて!」唯がユキの体を抱きしめるようにして止めようとするが、ユキは振りほどく。
「離せ!」
その時、ヒデミが無言で一歩前に出た。彼女の目は冷たく、普段のだるさは消えていた。
「……あんた、さっきから言い過ぎや。」
「あんたに関係あるんか!」ユキがヒデミを睨みつける。「あんたはただの助っ人やろ!」
「助っ人でも関係ある。こいつらはうちの大事な仲間や。」ヒデミの声は低かった。「それに——」
「あんたが一番気持ち悪いねん!」ユキがヒデミを指さす。「あんたが来てから、ますますバンドがおかしくなった!『すり寄り猫』——」
ヒデミの目つきが変わった。彼女は静かに一歩、ユキに近づいて言う。
「……よくそこまで言うたな。」
「何や!やろうちく——」
ユキの言葉が終わらないうちに、ヒデミの手がユキの胸を押した。強くはない。でも、ユキはよろめいて一歩二歩後ろに下がった。
「ヒデミ!」カガミが叫ぶ。
「……あんたは外に出とけ。」ヒデミはユキを睨みつける。
ユキの顔は怒りで真っ赤だった。それでも何も言わず、唇を噛みしめてその場を走り去った。振り返らずに。
「ユキちゃん!」唯が呼びかけるが、ユキは止まらない。
その時、Ragging Bullのドラムの男性が前に出た。「おい、あんたら——」彼の手がヒデミの肩に掛かろうとした。
「やめろ。」唯が素早く間に入った。「お願いや、ここは任せてくれへん?」
ドラマーは一瞬ためらったが、唯の真剣な眼差しに押されて、拳を下ろした。「……わかった。でも、これで済まへんぞ。」
「うん。大丈夫。後でちゃんと話するから。」
ドラマーは他のメンバーを連れてその場を離れた。
唯は深く息を吸い込み、FAの六人の前に歩いていった。そして——深々と頭を下げた。
「……すみませんでした。ユキの代わりに、お詫びします。」
「唯さん……」ハナルが声を詰まらせる。
「ユキ、ああ見えても、本当は寂しがり屋なんです。」唯はうつむいたまま続ける。「小さい頃から、誰かに自分の夢を笑われてきた。『ベースなんて女の子のやることちゃう』『音楽で飯を食えるわけない』って。それで、ずっと『認められたい』って思ってきたんです。」
カガミは黙って聞いている。
「それで、自分より上手い人がいるって知ると、怖くなる。」唯の声が震えた。「自分が否定されるのが怖い。自分が間違ってたって認めるのが怖い。だから——あんな風に、攻撃的になってもうて。」
「唯さん。」セイナが静かに言う。「それでも、あの言い方は——」
「わかってます。」唯が顔を上げる。目には涙が溜まっていた。「ユキが悪いんです。でも——でも、どうか、許してあげてもらえませんか?ユキのこと、嫌いにならないでほしいんです。」
「唯——」キリカが言いかける。
「お願いです。」唯はもう一度頭を下げた。「FAのことが、ユキは本当は羨ましいんです。自分にはないものを持っているから、それで……すごく辛いんだと思います。お願いします。これからも、ユキのことを——」
その姿勢があまりにも低くて、誰も言葉を発せなかった。
その時、セイナが一歩前に出た。
「唯さん。」
唯が顔を上げる。セイナの目は、いつもより柔らかかった。
「頭、上げてください。」
「で、でも——」
「ユキさんのことは、私たちが決めることじゃないです。」セイナは静かに言った。「でも、唯さんはここまで頭を下げる必要はありません。唯さんは何も悪くない。」
「セイナさん……」
「それに——」セイナは続けた。「唯さんがここまで言ってくれるなら、きっとユキさんも、心のどこかで変わろうと思ってるはずです。私はそう信じたい。」
唯の目から、涙がこぼれた。「ありがとう……」
「お礼なんて、いいです。」セイナは小さく笑った。「私たち、バンドは違っても、音楽をやってる仲間ですから。」
「そうやな。」カガミも口を開いた。「唯ちゃんがそんなに言うなら、もうええわ。オレたち、ユキのこと、あんまり根には持ってへんで。」
「カガミさん……」
「でも——」キリカが付け加える。「次にまた同じことしたら、その時は許さへんで。」
「……うん。伝えとく。」
唯は深く息を吸い込み、もう一度軽く頭を下げた。「本当に、ありがとうございました。」
それから、彼女は振り返って、ユキが消えた方へ歩いていった。その背中は少しだけ震えていたけど、しっかりと前を向いていた。
残された六人は、しばらく無言でその背中を見送っていた。
(From Dandy:
Conflict is never the answer, but sometimes words can heal what anger cannot. Next chapter: the aftermath. Stay tuned. Love you all.)




