第40話 ミサちゃん頑張れ!
火曜日。MOCA。
いつもの練習室に、六人の影が落ちていた。
「これ、本当に貼っていいんですか?」セイナがステッカーの台紙を大事そうに抱えて、少し躊躇している。
「当たり前や!せっかく作ったんやから!」カガミが目を輝かせて、自分のギターをテーブルの上に置いた。「さあ、セイナちゃん、貼って!」
セイナはおずおずと、台紙から一枚のステッカーを剥がした。黒地に、オレンジの『Sparkle』の文字。周りには星の飾り。彼女はそれを、カガミのギターのボディの右下に、丁寧に貼り付けた。
「うん、完璧!」カガミがギターを掲げて光に透かす。「めっちゃええやん!」
「キリカさんのは……これでいいですか?」セイナが次に、白い文字で『Cola』と書かれたステッカーを取り出す。
「そこ。」キリカがドラムのシンバルスタンドを指さす。「地味なとこがええ。」
「地味って……」カガミはキリカを見ている。「もっと目立つとこにせえへん?」
「いらん。」
セイナは苦笑いしながら、スタンドの根本にそっと貼った。キリカはそれを見て、小さくうなずいた。
「ハナルさんは?」セイナが振り返る。
「わ、私は、マイクに貼りたい。」ハナルが新しいマイクを持ってきて、ちょこんと差し出す。マイクの持ち手には、もう少しで紫色の『Aura』のステッカーが貼られるところだった。
「可愛い。」アコが覗き込んで言う。
「あ、ありがとうございます……」
ヒデミは新しいベースを抱えて、壁に寄りかかっていた。セイナが近づいて、「ヒデミさんはどこに貼りますか?」と聞く。
「ここ。」ヒデミがベースのヘッドの下を指さした。「これでちょっとかっこよくなるやろ。」
「はいはい。めっちゃかっこええで。」カガミが笑う。
「それならええわ。」
アコは自分のキーボードのスタンドを見つめていた。セイナが「アコさんは?」と聞くと、少し迷ってから言った。
「……うちは、まずキーボードに貼っとく。後で新しいの買うたら、その時また場所考える。」
「まだ言うとる。」ヒデミが笑った。
「約束は約束や。」
六人がそれぞれの楽器にステッカーを貼り終えると、練習室の空気が少し変わったような気がした。同じ黒地に、それぞれのイメージカラーで書かれたコードネーム。バラバラなのに、なぜか統一感がある。
「よし、そろそろ練習するか!」カガミがギターを構える。
「今日は何やるん?」キリカがドラムスティックをくるくる回す。
「ハナルちゃんの新曲、ちょっとやってみぃや。」
「え?で、でも、歌詞まだ途中で……」ハナルが慌てる。
「ええねん。とりあえずメロディだけ。アコ、キーボード頼むわ。」
「……わかった。」アコがキーボードの前に座る。
その時、ヒデミが突然言った。
「悪い。うち、ちょっと電話出てくる。」
「え?今?」カガミが首をかしげる。
「親や。すぐ戻る。」ヒデミはスマホを手に取って、廊下へ出ていった。
「しゃあないな。五人でやるか。」キリカが言う。
「アコ、キーボード、もう少し音量控えめにできる?ベースおらんから、バランス悪なるかもしれへん。」
「うん。」アコがうなずく。
「じゃあ、行くで。ワン、ツー、スリー——」
キリカのスティックが軽く鳴る。アコのキーボードが優しく旋律を紡ぎ出す。カガミのギターがそれに重なる。セイナは少し遅れて、控えめにコードを支える。ハナルがマイクを握りしめて、深呼吸した。
「朝の光 窓を叩いて」
「眠い目をこする日々に」
「ちょっとだけ 冒険のスパイス」
「混ぜたら ほら 始まるのさ」
まだ歌詞は途中。でも、そのメロディーは確かに、海辺でハミングしたあの温かい音だった。
「地図にない道を 行こう」
「コンパスなんて いらない」
「風の向きが 教えてくれる」
「今日はどこへ 連れて行くの?」
曲が終わると、カガミが「おお、いい感じやん!」と叫んだ。
「もうちょっとテンポ上げてもいいかも。」キリカが言う。
「アコさんのキーボード、もっと前に出してもいいですよ。」セイナが提案する。
「うん……次、試してみる。」
その時——練習室のドアが、ノックもなしに開いた。
「あの……すみません。」
入ってきたのは、一人の女の子だった。肩までのプラチナブロンドの髪。雪のように白い肌。青い瞳は大きく、長いまつげが影を落としている。シンプルな白いブラウスに、ベージュのロングスカート。まるで童話から飛び出してきたお姫様みたいだった。
「……え?」カガミが固まる。
「だ、誰?」キリカも警戒する。
女の子は一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「突然すみません!私、海橋女子高校の『エルフィン』っていうバンドのボーカルをやってる、美沙と申します!」
「え、えっと……」カガミが戸惑う。
「さっき廊下で、みなさんの演奏を聴かせてもらって……」美沙が顔を上げる。その目はキラキラと輝いていた。「すごく感動しました!特にボーカルの方の声、すごく綺麗で……それに、ギターとキーボードのバランスも完璧で!」
「あ、ありがとうございます……」ハナルがどもりながら頭を下げる。
「で、それで……もしよかったら、ちょっとお話を伺いたいなと思って。」美沙が緊張した面持ちで続ける。「私たちのバンド、今キーボーディストが足りなくて。ドラム、ギター、ベースはいるんですけど、どうしても音に厚みが出なくて……みなさん、すごく経験がありそうに見えたので、アドバイスをいただけないかなって。」
カガミはキリカと顔を見合わせた。
「アドバイスって言われてもなあ……」
「教えてください!」美沙がもう一度頭を下げる。「先輩!」
「せ、先輩……」カガミが耳を疑う。
「だって、みなさん、すごくかっこよかったです!うちのバンドのメンバーよりずっと上手そうで……それに、あの——」美沙の目がハナルに向く。「ボーカルの方、声にすごく温かみがあって。私、もっと上手くなりたいんです。どうしたらあんな風に歌えるのか、教えてほしいです。」
ハナルは真っ赤になって、うつむいた。
「わ、私なんて……まだまだで……」
「謙遜しないでください!」美沙が真剣な目で言う。
その時、廊下からヒデミが戻ってきた。ドアのところで美沙を見て、眉をひそめる。
「なんや、この子?」
「あ、ヒデミ!ちょうどよかった!」カガミが手を振る。「この子、『エルフィン』ってバンドのボーカルで、アドバイスが欲しいんやって。」
「はあ?」ヒデミはだるそうに美沙を見る。
美沙はヒデミのだらしない格好(黒Tシャツにジーンズ)を見て、一瞬たじろいだが、すぐに笑顔を取り戻した。
「あの、ベースの方ですか?さっきはお会いできなくて……よろしくお願いします!」
「……別にええけど。」ヒデミはあっさり言って、自分のベースを手に取った。
「あ、じゃあ、ちょっとだけやで。」カガミが代表して言う。「何が聞きたいん?」
美沙は緊張しながらも、自分のバンドの悩みを話し始めた。
「キーボードがないから、どうしても音がスカスカしちゃって。あと、私の声が前に出過ぎるらしくて、バランスが難しいんです。」
「なるほどな。」キリカがうなずく。「とりあえず、うちらの演奏聴いてみる?」
「え、いいんですか!」美沙が目を輝かせる。
「曲はこれしかないけどな。」カガミが笑う。
「さっきの曲、もう一回やるか。」キリカがスティックを鳴らす。「アコ、キーボード、さっきよりちょっと強めで。」
「うん。」
「ハナル、いつも通りでええで。」
「は、はい!」
キリカのカウントで、音が始まった。今度はヒデミのベースも加わって、音に厚みが出た。アコのキーボードは少し前に出て、カガミのギターと絡み合う。セイナは控えめながらも、しっかりとコードを刻む。ハナルの声は、優しくも力強く、練習室中に響き渡る。
美沙はその場でじっと立って、目を閉じた。時々、小さく口ずさんでいる。
曲が終わると、彼女はゆっくりと目を開けた。
「……すごいです。」声が少し震えている。「一人一人の音が、ちゃんと会話してるみたいで。それでいて、一つになってる。」
「まあな。」キリカが言う。
「キーボードがないと、確かにスカスカになるかもしれへん。」カガミが言う。「でも、大事なのは、それぞれの音を聴き合うことや。自分の音ばっかり主張しても、うまくいかへん。」
「それぞれの音を……聴き合う……」美沙が呟く。
「そやで。」ヒデミがだるそうに言う。「お前さんはボーカルやから、特にギターとベースの音を聴け。あいつらが支えてくれてるから、お前さんが前に出られるんや。」
「ベースの音を……」美沙が何度もうなずく。「わかりました。やってみます。」
「それと。」アコが口を開いた。「キーボードがないなら、ギターに少しメロディアスなフレーズを弾かせるとか、ベースに動きをつけるとか。楽器が少ないなりに、できることはあると思う。」
「なるほど……」美沙が感心したようにアコを見る。「あの、キーボードの方ですよね?すごく落ち着いた音で、すごくいいなって思いました。」
アコは少し照れて、「……ありがとう。」と言った。
「よし、じゃあ最後に、もう一曲だけ聴いてくれへん?」カガミが言う。「『Prayer』。うちらの代表曲みたいなもんや。」
「ぜひ!」美沙が手を叩く。
六人が顔を見合わせる。キリカがスティックを三回鳴らす。ワン、ツー、スリー——
「Shadows dance across the sky……」
「I don't know how to feel alive……」
ハナルの声が、練習室を包み込む。美沙は目を閉じて、その音に浸っていた。
曲が終わると、彼女の目から涙がこぼれていた。
「すみません……」慌てて拭う。「あまりにもきれいで、感動しちゃって。」
「ええよ、ええよ。」カガミが笑う。「うちらも初めてライブやった時、泣いたもん。」
「そうなんですか?」美沙が目を丸くする。
「キリカちゃんとか、めっちゃ泣いとったで。」
「嘘つけ。」キリカが冷たく返すが、口元は少し緩んでいる。
美沙は深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。すごく勉強になりました。また来てもいいですか?」
「もちろんや!いつでも来い!」カガミが親指を立てる。
「よかったら、うちらのバンドのライブも見に来てください。」セイナが付け加える。「次はまだ決まってないですけど……」
「絶対行きます!」美沙が笑顔を見せる。その笑顔は、まさに「アナと雪の女王」のエルサのように、輝いていた。
「あ、そうだ。」カガミが思い出したように言う。「コードネーム、持っとる?」
「コードネーム?」
「そう。バンドのメンバー、みんなあだ名みたいなの付けてるんや。うちはSparkle、こっちがCola、Aura、Serlly、Legends、Wayward。」
美沙は少し考えて、言った。
「……私、『Elsa』にしようかな。みんなから『アナ雪のあの子』ってよく言われるので。」
「ああ、なんか納得したわ。」カガミが笑う。「よろしくな、エルサ!」
「はい!よろしくお願いします!」
美沙が去った後、カガミが言った。
「なんか、久しぶりに後輩できた気分やな。」
「あんた、あんなに偉そうに言うとったけど、自分が一番子どもやろ。」キリカが突っ込む。
「うるさい!」
「でも、あの子、本当にエルサみたいでしたね。」セイナがぽつりと言う。「髪の色とか、雰囲気とか。」
「うちもそう思うた。」アコが言う。
「ハナルちゃんはどう思うた?」カガミが聞く。
「……き、綺麗な人やなって。それに、音をちゃんと聴こうとしてた。」ハナルは小さな声で言った。「わ、私たちも、最初はそうやったなって、思うた。」
「そうやな。」カガミがうなずく。「初心忘れたらあかんな。」
ヒデミは何も言わずに、ベースをケースにしまった。
「明日も練習や。遅刻すんなよ。」
「はーい!」
(From Dandy:
A new friend? Maybe a future collaborator? Stay tuned for more FA! Love you all.)




