第31話 一番正しいって言ってるのに聞こえないの
ステージの上。
六人の音が重なった。溶け合った。一つになった。ベースの落ち着き、ギターの力強さ、キーボードの柔らかな旋律、ドラムのリズム、そしてハナルの美しい歌声がある。
ハナルは目を閉じてた。瞼の裏で、光の粒が弾けてる。そう、彼女がマイクを手に取ると、もう口ごもる女の子ではなく、圧倒的なオーラを放つAURAに変わるのだ。
今は違った。自分を否定する必要も、迷う必要もない。歌のすべてを注ぎ込んでいこう。
音が勝手に溢れてくる。体が勝手に動く。歌詞が勝手に喉から飛び出す。
「地図にない道を 行こう」
「コンパスなんて いらない」
「風の向きが 教えてくれる」
「今日はどこへ 連れて行くの?」
客席のペンライトが揺れてる。まるで星の海みたいやった。ハナルは初めて、自分がそのど真ん中に立ってるんだって実感した。
「すごい……!」誰かの声。
「やばい、泣きそう……」別の声。
「オーラ!オーラ!オーラ!」
ハナルは目を開けた。客席の一番前——マサルとヨシコがニコニコしながら見てる。
もっと奥。壁際に立ってる人影。あれ——トモや。腕組んで、壁にもたれてる。いつものように忙しいそうな顔やけど、目はしっかりこっちを見てた。彼は手でドローンを操縦している。
「パパとママ……来てくれたかな。」
遠くに!一番後ろの席には、アカシとお母さんのユミコがいる!そしてスータもいて、スタは確信に満ちた目でハナルを見ている。
ハナルはマイクを握りしめた。もっと、届けたい。彼らをがっかりさせてはいけない。誰であれ。
サビ終わって間奏。カガミがギターソロを弾き始める。最初はちょっと硬かったけど、だんだんほぐれて、最後には笑いながら弾いてた。
「カガミ、めっちゃ楽しそう!」キリカがドラム叩きながら言う。
「当たり前や!これがライブやもん!」
セイナは自分の指を見てた。さっきまで震えてた指が、今はしっかり弦を押さえてる。間違えるのが怖かった。失敗するのが怖かった。でも今は違う。間違えてもいい。失敗してもいい。だってみんながいるから。
アコがキーボードで優しいアルペジオを重ねる。ヒデミがベースで低く支える。キリカのドラムが、心臓の鼓動みたいにずっと続いてる。
セイナはそっと、口元を緩めた。
一曲終わって、客席から拍手。カガミがマイクに向かって叫んだ。
「ありがとうございます!次の曲は——『Prayer』です!」
その名前を聞いて、セイナの肩がピクッと動いた。さっきあんなに苦しんだ曲。練習室で何度も間違えて、頭抱えて、泣きそうになった曲。
「セイナ。」キリカの声。
セイナが顔を上げると、キリカがドラムスティックをくるくる回しながらこっちを見てた。
「いけるか?」
セイナは小さくうなずいた。「……はい。」
キリカがスティックを三回鳴らす。ワン、ツー、スリー——
アコのキーボードが静かに始まった。澄んだ音がステージに広がる。それに続いてヒデミのベースが低く唸る。カガミのギターがメロディを紡ぐ。
そして——ハナルが歌い出す。
「Shadows dance across the sky……」
「I don't know how to feel alive……」
英語の歌詞が優しく響く。ハナルの声はいつもよりちょっと低くて、それでいて温かい。客席が静かに耳を傾ける。
セイナは自分のパートが来るのを待ってた。心臓がドキドキしてる。でもさっきよりは落ち着いてた。
——来た。
ピックを弦に当てて、弾いた。音が出た。間違えなかった。次のコードも、その次も——全部、間違えなかった。
「できた……」セイナは小さく呟いた。
アコがそれを見て嬉しそうにうなずく。キリカも口元を緩めてる。
曲が進むにつれて、ステージの空気が変わっていく。最初は静かだった客席が次第に揺れ始める。誰かが小さく「すごい」って言った。誰かが涙拭ってる。
ハナルはサビで一気に声を張り上げた。
「This is a prayer's lullaby……」
「Dreaming to be heard by the sky……」
その瞬間、会場中が光に包まれた。ペンライトの波が一斉に揺れる。まるで空に祈ってるみたいやった。
キリカはシンバルを強く叩いた。カッと乾いた音が天井に吸い込まれる。彼女の目にはもう迷いはなかった。寒川家のこと、ユキのこと、全部——今はどうでもよかった。今はこのリズムに身を任せるだけ。
「よっしゃあ!」カガミが叫ぶ。ギターかき鳴らしながら飛び跳ねる。スカートがふわりと舞った。普段絶対履かないスカート。でも今日は特別や。アコが選んでくれたから。
アコはキーボード弾きながらヒデミを見た。ヒデミもこっちを見てた。何も言わなかった。ただ、小さくうなずいた。
それだけで、十分やった。
曲が終わった。最後の音がゆっくり消えていく。
客席が一瞬静かになった。
そして——割れんばかりの拍手。
「すごい!」「もう一回!」「アンコール!」色んな声が飛び交う。ペンライトの海がさらに激しく揺れる。
カガミは息を切らしながらマイクを握りしめた。
「……ありがとうございます!」声が震えてた。でもそれは緊張じゃない。感動やった。
ハナルも目を潤ませてる。セイナも泣きそうな顔。アコはヒデミの肩にそっと頭を寄せた。キリカはドラムスティックを掲げて、小さくガッツポーズ。
「まだ終われへんで!」カガミが叫ぶ。「もう一曲、行けるか!」
「行ける!」五人の声が重なる。
キリカがスティックを三回鳴らす。ワン、ツー、スリー——
「『降参しろ!悪意!』だ!!」
楽器の音に合わせて、ハナルが口を開いた。
「言う」
「歌の中 こっそりと」
「心を取る」
この部分は非常に感情的で、まるでラップのようで、ハナルは少し慣れない気がしたが、彼女はより落ち着いた声で歌い続けた。
そしてヒデミも自然とハーモニーを奏でている。この落ち着いた歌はヒデミの好みで、彼女はいつも自分の得意分野であるガールズライクな低音でハナルの歌声に合わせている。
「ゾクゾク」
「まるで猫のよう」
「評価打ち破る」
「軽蔑する者たちを」
「よく知っている」
「偏見とかそんなの」
「全然重要じゃない」
「だから――」
コーラス前奏。6人全員が最高の状態に入り、みんなが大好きなフィナーレを披露したいと思っていた。
「降伏しろ 全ても」
「存在すべきでないすべての否定」
「友情を壊してしまってもいい」
「簡単には許さない」
「傷から早く立ち直りなろう」
「どうなるかを恐れる必要はない」
「打ち負かされる 悪意は」
「早く降参しろ!」
……
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「愛しています、ウェイワードさん!」
「次のライブでは、前列の席を取るぞ!」
観客のアンコールの声に応えて6人は一礼して退場し、数人のファンにサインをした後、裏方に戻った。
……
ライブが終わったのは、夜八時を回ってた。
ステージ袖に下りた瞬間、カガミがその場に座り込んだ。
「……はあああああ、緊張した!」
「緊張してたように見えへんかったけど。」キリカが冷やかす。
「それは見せてへんだけや!」
ハナルは壁に寄りかかって天井を見上げてた。涙が勝手にこぼれる。止めようと思ったけど止まらん。
「あ、あたし……泣いてない……泣いてないよ……!」
「泣いとるやん。」ヒデミが呆れたように言う。
「だ、だって……うれしくて……」
セイナもそっと目元を拭いてた。「私、間違えませんでした。最後まで弾けました。」
「当たり前や。練習したもん。」カガミが立ち上がってセイナの頭をポンポン叩いた。
アコはヒデミの腕をぎゅっと握ってた。何も言わない。でもその指先は温かかった。
「……やったな。」ヒデミが小さな声で言う。
「うん。」アコもうなずく。
その時、ドアの向こうから足音。誰かが入ってきた。
「——お疲れさま。」
声の主は、浦和会長だった。相変わらずのピシッとしたスーツ。腕には例のノート。でも今日は口元がちょっとだけ緩んでるように見えた。
「う、浦和会長!?」カガミが飛び上がる。
「見に来たんだよ。あなたたちのライブをね。」
「あ、あの……どうでした……?」
浦和は一瞬黙って、それから言った。
「悪くなかったよ。」
カガミの目が輝いた。「ほんまですか!」
「ただの社交辞令だと思ってもらって構わない。」そう言いながらも、浦和の目はしっかりとハナルを見ていた。「特にボーカル。声、よかった。」
ハナルは驚いて目を見開いた。「あ、ありがとうございます……!」
「でも——」浦和は続ける。「これで満足してるわけじゃないんだろ?」
カガミが首を振る。「もちろん!次はもっと大きいとこでやるで!」
「ふん。その意気や。」浦和はノートを胸に抱え直した。「私はあなたたちを認めました。これからはキャプテンのスパークルに、私との連絡を取るように伝えてください。学校内であなたたちの演奏会を手配することができる。」
カガミは驚きのあまり耳を傾けていた。最後の仮名を聞いた時、彼女は自分の耳にしたことを信じられず、浦和会長に飛びつこうとしたが、浦和は身をかわし、カガミは空を切った。
「さて、キャプテン、そんなにやんちゃして。私は行くね。みんな頑張って。」
「はい!ありがとうございます!」
浦和が振り返らずに手をひらりと振った。その背中は、いつもの厳しさの中に、なんか温かさも混ざってるように見えた。
その後ろから、トモがドローン抱えて入ってきた。「おーい、カガミ!めっちゃ撮れたで!」
マサルとヨシコも続く。
「めっちゃえかったで!」マサルが親指立てる。「特にキリカちゃん、ドラムかっこよかったわ。」
「……ありがとうございます。」キリカはちょっと照れくさそうに頭を下げた。
そしてその後ろに続いているのがハナルの家族。アカシはハナルのとこに歩いていって、そっと頭を撫でた。「ハナルちゃん、歌上手かったよ。お父さんも感動してた。」
「あ、ありがとうございます……」ハナルはまだ涙が止まらない。「パパ……ママ……そしてスタ、成功した。」彼女の家族が駆け寄って彼女を抱きしめた。
そしてセイナは地面に座り込み、顔には汗と混ざり合った笑顔が浮かんでいた。
「本当にありがとうございます、アコさん。あなたがいなければ、今日は大変なことになっていたでしょう。」
「うちは何もしていないわ。あなたが自分でできると思っているだけよ。」私は彼女の隣に座り、「その時、ヒデミも同じように私を家族からの冷遇で辛い気持ちから引き出してくれたの。だから、あなたも頑張ってね。」
トモがスマホを取り出して画面を見せる。
「これ、撮影した動画。もうバズり始めてるで。」
画面にはさっきのライブの切り抜き。『FA、初ライブ!』ってタイトルで、いいねがもう数百件。
コメントもどんどん増えてる。
『このバンド、やばい——』
『隊長はスパークルさんですよね?組織力が本当にすごいです。』
『これからどれくらいで武道館に行けるかわからない!すぐに行けそうだ!』
『最初に出たCDセットを持っている人はいますか?一式欲しいので、購入してコレクションに加えたいです。』
『本当に美しすぎる。誰がレジェンドさんを見ても鼻血が出そうだよね。』
『ベーシストが変わったら何か問題が起こると思ってたけど、やっぱりこんなに素晴らしいので満足だ。』
『これが最も正しい六人だと言ったが、理解した人はいるか』
カガミはコメントを読みながら、また泣きそうになった。
「……やったな、みんな。」
「うん。」
六人は自然と輪になった。手を伸ばして、互いの肩を抱き合う。
「これからも、よろしゅうな。」カガミが言う。
「よろしゅうな。」五人の声が重なる。
窓の外では、夕日が沈み始めてた。オレンジの光が、練習室の床に長い影を落とす。
明日からまた練習が始まる。次のライブに向けて、新しい曲を作って、また集まって、笑って、喧嘩して、そしてまたステージに立つ。
それが、彼女たちの日常。それが、彼女たちの——家族の形。
「さあ、帰ろか。」ヒデミがだるそうに立ち上がる。
「今日は打ち上げや!おごるで!」カガミが財布を取り出す。
「お前、金あるんか?」キリカが眉をひそめる。
「ちょっとくらいは!」
「私も出します。」セイナが手を挙げる。
「うちも。」アコも小さな声で。
「あーもう、みんなで割り勘にしよう。」ヒデミがため息つく。
「それでええやん!」カガミが笑った。
六人は練習室を出た。廊下にはまだライブの余韻が漂ってる。
「ねえ。」ハナルが突然立ち止まった。
「どうしたん?」カガミが振り返る。
「……あ、ありがとう。みんな。あたしを、ここまで連れてきてくれて。」
ハナルの目から、また涙がこぼれた。
「ばか。」キリカが小さく笑った。「連れて行ったのは、あんた自身や。」
「そ、そうやで。ハナルちゃんが歌いたかったから、ここにおるんやろ?」カガミが言う。
「うん……」
「じゃあ、泣かんでええやん。」ヒデミがハナルの頭をポンと叩いた。
「……うん!」
ハナルは涙を拭いて笑った。
六人は夕日の中を歩き出した。今日のライブの話をしながら、次の曲の話をしながら、他愛もない話をしながら。
影が長く伸びる。でもそれはもう、孤独な影じゃなかった。六人分の影が重なって、一つになっていた。
「愛してるよ、チームメイトたち!」
(From Dandy:
Congrats on a great performance! Keep watching! Love you guys!)




