外傷性ショック
ゲートキーパーは、夜更けまでかけて何とか午前中の遅れを取り戻し、今日の分の転生者を転生先へと送り届けた。当然家に帰れず、今日もソファーで眠る羽目になっていた。
「なんかごめんね、僕のせいで。」
静かだと思ったら、大村ユウジがしおらしく部屋の隅で膝を抱えて床に座り込んでいた。
「いや、あなたのことはだいぶわかって来てたのに、午前中に話を聞き始めた俺もうっかりしてましたよ。」
本当にそうだ。この男が話すと長いとわかっていたのに。
「僕がいるから残業になるのはわかってるからさ、もう僕なんか適当にどこでもいいからチャチャっと転生させればいいよ…。」
大村ユウジが投げやりに言った。これはこれで鬱陶しいなとゲートキーパーは思った。
「そんなことしませんよ。ただでさえすぐ死ぬんだから、きちんと探さないとすぐ戻って来て逆に仕事増やすじゃないですか。」
仕事道具を片付けながらゲートキーパーは言った。
「それもそうだな…。」
それきり大村ユウジは口を閉ざす。何だか調子が狂うな…とゲートキーパーは思いながらソファーに座った。
「どうしたんですか?セクハラ案件の時の女の子のこと、そんなに気にしてたんですか?」
確かに良い態度とは言えなかったが、そもそも不倫をしていた課長が悪いし、仕方のない一面もあったとゲートキーパーは思っている。
「いや、そのことだけじゃなくてさ。」
大村ユウジは答えた。
「他にも?」
「うーん…僕さ、罪人なんでしょ?」
「まあ、そう聞いていますね…。」
ゲートキーパーは、大村ユウジがしたパワハラの話を、その時抱いた疑問を思い出した。今回のセクハラの話と合わせて考えてみても、パワハラ、セクハラでクビになっているが、明らかに冤罪である。それなのに、なぜ罪人としてここに送り込まれたのか?死者を振り分けるシステムが間違えた可能性は…いや、その考えは危険すぎる…こいつの罪状はまだ13はある。たまたまこの二つが冤罪だっただけかもしれない。実際、死の原因となった横領はれっきとした犯罪行為だ。
「良かれと思ってやって来てたことが罪だったんだなーって改めて思ったらなんか落ち込んできて。」
考えに沈むゲートキーパーは大村ユウジの声に我に返った。そうだ、今の問題は目の前の大村ユウジだ。
「初めに説明してますよね?並行世界は、自分のいる世界の他にも並行して存在している世界だって。あなたが行ったディストピアも仙人界も、元々はあなたがいた世界と同じだったけど、どこかで分岐して変わった世界なんですよ。その変化が小さいところもあります。だから何もかも変わらずに、でもあなたの良かれと思った行動が功を奏している世界はきっと存在していますよ。」
大村ユウジは力無く笑った。
「そうなのかなー。そうだといいなー。」
「そうですよ。だからさっさと転生後のミッションをクリアして輪廻の輪に戻って人生やり直してください。」
大村ユウジが束の間考えるような顔をしてゆっくりと答えた。
「…いや、それは難しいんじゃないかなぁ。」
「何でですか?」
「だって僕はずっとこういう僕で、これが正しいと思ってて、これ以外の生き方を知らない。ディストピアでも仙人界でも死んだけどさ、間違ってたとは思ってないよ。でも罪人で、転生も失敗してる。それって多分間違ってたってことだよな?そしたらもう何をしていいやらわからないよね。」
確かに二度の転生の失敗の原因は、生前の冤罪と通ずるものがある。一度目の転生の失敗だけでなく、その前まで遡り、考慮して転生先を考えればいいのか。
「なるほど…確かに俺ももっと着眼点を変えた方がいいかもしれないですね。」
「ちゃくがんてん…そ」
大村ユウジの言葉が途絶え、ずるりと倒れ込んだ。
「ちょっ?!大村さん?どうしました?」
ゲートキーパーは慌てて駆け寄った。よく考えてみれば、今までここにこれほど長く、頻繁にいた者はいない。もしや、何か悪影響があるのかもしれない。
「大丈夫ですか?!」
ゲートキーパーは大村ユウジの肩を揺り呼びかけた。
「なんか、死に疲れた…。」
何だそりゃ…?大村ユウジは困惑するゲートキーパーの腕を掴み詰め寄ってきた。
「あのね!ゲートキーパーくん!本当はね!死ぬから嫌なの!殴られると痛いし撃たれると痛いし!死ぬし!痛いのってHP削ってくるから。」
急なパニック状態。その瞳は恐怖で震えていた。
「落ち着いてください!ここ転生するけど、そういうシステムじゃないですよ?」
「気持ちの話!気持ちが削れる!」
腕を掴む手に力がこもる。
「じゃあもう本当に死ぬのやめてくださいよ!それを言うなら俺だって残業でHP削られてます!」
「それならもう輪廻の輪に戻れなくてもいいよ…」
大村ユウジはそういうと、ゲートキーパーの膝の上に崩れ落ち、そのまま意識を失った。
ゲートキーパーは大きくため息をつき、確か人間の死因には外傷性ショックというものがあったなと思った。致死に至るほどの外傷でなくても、ショック状態に陥ると人間は死ぬ。ましてや致死に至る苦痛を二度も味わっていれば、ショック状態はそれを上回るものだろう。それなのに生きてここに戻され、また死んだら同じことが繰り返させる。パニック状態になっても不思議ではない。外傷性ショックか…今までこんなに短期間で二度も死んだ人間はいなかったので考えたこともなかった。
「今後、改善の必要があるなあ。」
ゲートキーパーは独りごちて、大村ユウジを見た。今は落ち着いてよく寝てる。しかし、そっとソファーに戻ろうとすると身じろぎするので、ゲートキーパーは結局床で寝る羽目になった。




