冥界へ行ってきました
「頭痛え…。」
目が覚めると大村ユウジは落ちていた。ドラクロアの即席睡眠薬は、効果はあったが副作用なのか酷い頭痛がした。
「意外と遠いんだなあ…。」
大村ユウジがのんびりそんなことを思っていると、突然、地鳴りのような振動ととてつもない轟音が耳と聴覚を襲った。
「痛っ!えあ?!音?何?うるさい?何だ、これ?!」
高くなり低くなり、濁流のように流れ込むそれに大村ユウジは時々言葉のかけらを感じた。これ、全部人の声なのか?何百人、何千人…いや、何百億…何兆…?もの人の声が集まるとここまでになるのかと大村ユウジは考え、その衝撃に耐え切れず両手で耳を塞いだ。
「ああ?なんだこれ…。」
初めての体験だった。
耳を塞いだところで何も変わらない。声は外だけじゃなく自分の内側からもしている。轟音が濁流のように渦巻く空間に自分が溶けて混ざり合い、同化している感覚だった。その感覚に恐怖を感じ、逃れようと大村ユウジは何を求めるでもなく手を伸ばしたが、手は永遠と思えるほどに長く伸び続けた。
それだけじゃない。
普段から体を動かすことが好きで筋トレもしている大村ユウジはボディイメージは強い方であったが、最早体はその認識を超えていた。手を広げると指はどこまでも広がり、手を伸ばすとその手はどこまでも伸びる。目には360度すべてが見え、声の主である何億、何兆という人々の姿が幾重にも重なって、やがて混ざり合った色彩は色を保てず黒となり視界を覆った。
肉体が個を維持することができなくなるにつれ、思うことも考えることもできなくなり、意識もまた次第に薄まっていくような気がしていた。それなのに、無秩序に、脈絡のない感情、感覚、気持ちが己の意図とは関係なく、どこからともなく湧き上がり、それは思考がついていけない速度で、次々と現れては膨れ上がっていく。自分が置いていかれるような気がして止めようと思ったが止まらない。意識すら自分の意識じゃない意識に塗りつぶされていくようだった。
「これは…ヤバそうなやつだ…。」
大村ユウジは転生とも死とも違う感覚に危機感を覚えた。このまま空間の一部として溶け込んで生きながらえてしまったらゲートに戻ることもできない。そもそも今回は転生とは違うから、どっちにしろ戻れないのか?大村ユウジは今更それに思い至っている己の浅はかさに呆れ、どうにもならない状況に狼狽え、とにかく意識を保ち、ここへ来た意思を伝えようと叫んだ。
「すみませーん!大村ユウジですー!世界線急増の件について!お話に来ましたー!」
その声は自分の外にも中にもエコーがかかっているかのように何重にも重なり、自分の声すら自分を苦しめる道具と成り果てていた。「んぎっ!」
大村ユウジは塞いでも意味はないがまた耳を塞いだ。だが、それを機に突然すべての混乱は止まり、大村ユウジは体が地面にぶつかる衝撃を受けた。
「痛っ!もー。」
大村ユウジは腰を摩りながら立ち上がったが、辺りは真っ暗で何も見えない。
「誰かいませんかー!?」
大きな声で呼びかけてみたが、声は周囲の闇に吸収され、全く響かない。防音壁でもあるのかと思い、手を伸ばして歩いてみたが何も触れない。
大村ユウジは、そのまま前進を続けたが、行けども行けども何もなく疲労だけが蓄積した。
「こんな不思議な世界です感出しとして、痛かったり疲れたりはするんだな。」
大村ユウジは独りごちて、その場に座り一休みすることにしたが、空腹で喉も渇いていて、あまり回復する気がしない。大村ユウジは、何か食べ物と飲み物を持って来ればよかったと後悔した。




