冥界に行こう!
「なるほどね。じゃあ、僕が冥界に行ってみる。」
ゲートキーパーとドラクロアの推測を聞いた大村ユウジは、よくわからない根菜と鳥肉のシチューを食べながら言った。
「大村さん、何言い出すんですか?」
ゲートキーパーが呆れた顔で言う。
「いや、だって世界線が鼠算式に増えてて、ドラクロアさんみたいに異世界の方の人がこっちのゲートに来るようになっちゃったかもなんて、考えたところで理由なんてわかんないし、対策しようにも冥界からの連絡がない。連絡を待ってる間にもそれは拗れていくんだろ?だったら直接話し合った方がいいと思うんだよ。こういうことよくあるんだよ、現場と上層部の認識の乖離ってのは。上の人達は数字とかデータで見るからさ、現場のことなんてよく見えてないんだよな。んで、大ごとになったら切られるのは現場の方。そんなの何度も経験したわ。」
大村ユウジのその言葉には生前の鬱屈が入り混じっているようだった。
「それなら俺が行くべきなんじゃないですか。俺の上の人ってことになるわけだから、俺から報告すべきじゃないかな。」
「んー…でもさ、君は割と早い段階で僕の問題について上に再調査依頼を出していたわけじゃん。それを上がスルーして、僕を転生する立場にしといた結果こうなったのなら、もう当事者として僕が責任者と話し合う頃合いじゃないかな。それに君は忙しいだろ?幸い僕は無職だ。」
「今のあなたは職どころか命もありませんよ。仮にそう考えたとしてどうやって行くんです?こちらからの連絡はスルーされて、アポイントを取ることもできないんですよ。」
行くどころか連絡もままならない状態なのは大村ユウジも知っている。だからこの話は埒もない仮定の話だとゲートキーパーは思っていた。
「アポ無しで行くしかないだろうな。夜中に冥界とのゲートが開くんだろ?その時にそこに飛び込めば冥界に行けるんじゃね?文字通りの飛び込み営業だ。」
大村ユウジは、ちょっと上手いこと言ったみたいなドヤ顔をした。ゲートキーパーは、大村ユウジが仮定の話をしているわけじゃなく、その上余りにも軽率な考えでいることに気づいた。
「本気で言ってるんですか?そんなの、何もわからないのに危険です!」
「何で?前に再調査依頼を送ってるんでしょ?その時に何事もなかったなら大丈夫なんじゃない?」
確かに物は冥界から送り届けられるし、こちらから送ることができることもわかったが、それらは心や意識がない物体でしかない。どんな仕組みでどう繋がっているのかわからない冥界とのゲートを、変化に影響を受けてしまう心や意識のあるものが通るのは危険すぎる。
「手紙と人間は違います。心や意識があるものが冥界とのゲートを通れるのかはわかりません。」
それまで大村ユウジとゲートキーパーのやり取りを静観していたドラクロアが口を開いた。
「一時的に心や意識が止まってる…つまり、寝てりゃいいのか?」
「そうとも言い切れませんが…何か影響が出るのだとしたら少しは抑えられるかもしれませんね。」
ゲートキーパーの返事を聞いて、ドラクロアは少し思考を巡らせた。
「大村、飯の後にキッチン見ていいか?」
「ああ、構わんよ。」
「何でキッチンは大村さんの縄張りみたいな扱いなんです?」
ゲートキーパーは二人の顔を交互に見て眉間に皺を寄せた。
食事の後、大村ユウジとドラクロアはキッチンにいた。
「ドラクロアさん、何するつもりでいんの?」
食事の片付けをしながら大村ユウジが尋ねた。ドラクロアは戸棚や引き出しを開け、時々仕舞ってあるものを手に取って、眺めたり匂いを嗅いだりしている。
「ここにあるスパイスとか使って、睡眠薬みたいなものが作れないかなと思ってね。」
「おお!さすが呪い師!」
大村ユウジは賛辞の意を表した。
「媚薬も作れるぜ?」
ドラクロアがニヤリとする。
「だからそれはいらない。」
「使う時があるかもよ?」
「転生したら持ってけないんだし使う当てねーよ。そんなの…使いたくもねーし。」
大村ユウジは、ユリシアに媚薬を使おうとしたアクセル王子への噴飯を思い出していた。それがあの世界での自分の命運にとどめを刺したのではあるが、薬なんか使って自分より力の弱い者をどうこうしようなんて、あまりにも卑怯すぎて大村ユウジには受け付けなかった。
「ゲートキーパーくんとか…。」
大村ユウジは洗いかけの皿を取り落とした。
「はあ?!あのさ、ドラクロアさん!さっきも言ったじゃん。そう言うことじゃないよって。聞いてなかったの?そうやって何でも恋愛に繋げて考えるの良くないよ。性的嗜好だって今は多様化してるからね、深い繋がりの裏に常に恋愛感情ありという見方の時代は終わったの。まあそれが僕に当てはまるかってのはまた別の話だけど、僕はそういうことじゃなくて、家族に近い感覚で大事に思っ…ぅん?…んん…っ」
大村ユウジの長広舌が始まるか始まらないかのうちにドラクロアが唇を重ね、言葉を遮った。
「あの…え?…はい?」
大村ユウジの塞がれた口が解放され、ドラクロアの唇と唾液が繋ぐ。大村ユウジは腕でそれを拭い、顔を真っ赤にして困惑していた。そんな大村ユウジをドラクロアはじっと見つめた。
「その、なんだ…驚いたなあ。ドラクロアさんはユリシアが好きなんだと思ってたから、僕にこういう感じで来るとは思ってなかった。」
ドラクロアは大村ユウジの手を握り、自身の方へ引き寄せた。
「ユリシアが好きだから、あんたを好きになってもおかしくないだろ?俺の世界のあんたはユリシアなんだから。」
ドラクロアが耳元で吐息のように囁く声が大村ユウジをゾクゾクさせた。
「いや、理論上はそうだけど、元々は同じであっても育ってきた環境って性格に影響するだろ?ドラクロアさんが好きだったユリシアは、生まれつき持ってたものが僕と同じでも、あの環境の影響を受けて育った性格のユリシアじゃん。だったら、僕は僕の生活環境に影響受けて育った性格なんだから、ドラクロアさんが好きだったユリシアと同じじゃないんじゃないかなあ。」
大村ユウジの言葉を聞いたドラクロアは、ため息を吐いて悲しげに微笑んで大村ユウジから離れた。
「改めて言われると堪えるね。その俺が好きだったユリシアは俺が殺したようなもんなんだから。」
大村ユウジは、ドラクロアの言葉を聞いて、過去の自分に、呪いのようにまとわりついた浅香ヨウコへの思いを思い出した。
「止められたのは俺だけなのにな。五年間ずっと悔いてきたんだ。」
大村ユウジはその思いには馴染みがあった。自分と同じだ、いや、人間はきっとみんなその辺は同じだと大村ユウジは思った。いらない感情も持って生きていくのが人間で、そしてその辛さに手を差し伸べたい気持ちを持つのもまた人間なんだろう。
「あのさ、ドラクロアさん。僕も何か、こうすればいいとかこうなんだからとか、言えるような人間じゃないんだけどね、生前、好きだった女性が人を殺すのを予期してたのに見て見ぬ振りをしてて、君みたいに長年引きずってたから。いや、今でもそれは消えてないのかも。僕の一部として消化されただけで。だから、言えるのはそんなことを君に、罪の意識として背負って欲しくないと僕が思ってるってことだけだね。大体さ、毒だとわかってて、自ら飲んで死んだのに毒を売った人が悪いってなってたら、車なんてどうなるのよ?自動車メーカー全社、大量殺人組織ってことになっちゃうだろ。でもそうはならないじゃん。」
ドラクロアは自動車のない世界線の人間だから、途中、何を言っているのかわからなかったが、大村ユウジが自分に共感し、元気づけようとしていることは感じ取れた。そして、悲しいことだが、そこにはやはりユリシアの面影があることも。
「それに、僕はユリシアは自殺だと思ってる。チュートリアルで死んじゃってるから、詳しいことは何もわからないけど…うーん?同一人物の勘?」
ユリシアも背負わなくていい何かを背負って、その重さは自分がいなければ全て解決するって思ってしまったんじゃないか?もしそんな立場に若くて非力な状態の自分がなったら?その時は、そう考えてしまうかもしれないと大村ユウジは思っていた。彼女もまた人間だ。
「ははっ、何だそれ…うん、でもそうかもしれない。」
そう言ってドラクロアは大村ユウジを抱きしめた。
「お…」
「勘違いすんなよ?これは感謝のハグ。」
そう言ったドラクロアの顔は、大村ユウジには見えなかった。大村ユウジはポンポンとドラクロアの広い背中を叩き、理解の意思を伝え言った。
「とりあえず今は睡眠薬作りに注力しようぜ。」
「そうだな…。」
そう言うとドラクロアはまたスパイス棚に向かったが、大村ユウジよりも体格のいいはずのドラクロアの背中が少し小さく見えた。




