いつもの日々へ
ゲートキーパーは壁の大仰な時計を見た。定時を三時間過ぎてる。いつでも帰れるようにきちんと片付けた部屋を見渡す。何も起こらない。
「今度こそうまくいったのかな…。」
よかったと思おう、これで大村ユウジも輪廻転生し、今までより少し運のいい人生を歩むはずだし、俺は定時で帰れる毎日に戻れる。そうだ、明日は久しぶりにカフェでランチしよう、そう思ってドアに向かった時、どさりと音がした。振り返ると見慣れた背中が床に転がっていた。
「大村さん!やっぱりダメだったんですか?」
「ゲートキーパーくん?」
大村ユウジだった。
大村ユウジはちゃんと人間として死ねたという確信が持てず、今、ゲートキーパーを目にして自分は食べずにいられるのか不安だった。
「大丈夫ですか?またメンタル病んでますか?」
「病んでない…病んでないんだけど…。」
大村ユウジは、万が一、ゲートキーパーを食べようとしないように頭を両手で抑え込んでうつ伏せにうずくまって話を続けた。
「死ぬほど腹減ってる。」
「もう死んでますよ?」
死んでる…そして、こうやって話せてるなら、人間のまま死ねたのだと大村ユウジは安堵し、仰向けに寝返った。
そこには心配そうに自分を見るゲートキーパーの姿があった。例え仕事の上のことだとしても、大村ユウジにはありがたかった。
「久しぶりぃ…会いたかったよ。」
「結局こうなるんですね。」
ゲートキーパーはやれやれとため息を吐いたがその声は明るかった。
「とにかく腹減ってんの。なんか食べていい?てか、作って食べるね。」
大村ユウジはいつものように机の椅子に座っていた。
「腹減ってるっておかしくないですか?転生先で体がくらったダメージはここに来ると全て回復してるはずですけど。」
ゲートキーパーも同じくいつものようにソファーに座っていた。
「ゲートキーパーくん、わかってない。わかってないねー!食事って、確かに体の栄養を取るっていうのが一番の目的だけど、だったら味付けとか調理とかしなくていいだろ?って話になるじゃん。でも人間がそうやってブラッシュアップして美味しく食べるのはさ、そうやることで心の栄養を満たしているんだよ。食べたいと思っていたものを食べた、好きなものを食べたという幸福感。たくさん食べたという達成感。それが全く満たされない上に食べたくないものを食べたがる自分への失望、食べたものが求めているものじゃないという裏切られ感。そんな生活を一週間もしてればさあ、幾ら体が満たされても心の食欲は満たされないんだよ。」
一週間ぶりの長広舌。いればいたでめんどくさい。それが大村ユウジだとゲートキーパーは実感した。
「はあ、じゃあまあ勝手にしてください。今となってはあなたの方がキッチンの食材に詳しくなってる。おかげで俺は一週間、食には苦労してましたよ。」
「あらー、僕に胃袋掴まれちゃってる感じ?」
「それ、女性が男性に言うやつですよ。使い方間違ってます。」
いそいそとキッチンに入った大村ユウジはキッチンの居心地の良さに幸せを感じた。
食材もたくさんある。
「ゲートキーパーくん、調理しないで食えるもんしか食ってないじゃん。本当に生活力ないなあ。」
「余計なお世話ですよ。」
ゲートキーパーはそう切り返したが、久しぶりに聞こえる何かを切るトントンという軽快な音にワクワクとした気持ちも湧いていた。
「ゲートキーパーくんも食べるでしょ?何せ僕がいない間は粗食に耐えていたんだからなあ。食いてえよなあ。」
そう言って大村ユウジが運んできた料理は、大量の野菜と大量の肉、その上生卵が割り落とされている丼だった。
「今日はまた一段と…なんと言うか、ガツンとしてますね。」
「だって何も食べられなかったんだもん。でもそのおかげで戻ってきても君を食べたりしなかったからいいんだけどね。」
「あ、うまっ!」
濃いめの味付けの焼き肉から溢れた汁が、サッと茹でてまだシャキシャキ感の残る野菜に絡んでちょうど良い感じになっている。
「うまいだろ?こういうのもたまにならいいんだよ。毎日だともう36歳の胃腸じゃ無理だけどねー。」
それから数日間は大村ユウジは転生しなかった。
ここ数日で急に転生者の数が増え、その日の分をこなすだけでも残業となるほどで、大村ユウジの転生まで手が回らなかったからだ。
「すみません、大村さん。あなたの転生先も探さなくちゃいけないのに。」
「いや、全然気にしなくていいよ、そんなこと。僕がチュートリアルですぐ死ぬのが悪いんだし。それにしても何でだろうね?なんかどっかで大きな災害でもあったのかな?ハリケーンとか地震とか戦争とか。」
「特にそういうことはなさそうですね。転生者達の死因は、病気、事故、老衰などバラバラですよ。」
ゲートキーパーは今一度資料に目を通した。確かに多すぎる。




